第5話

 大見得を切ったわけじゃない。

 本気でどうにかすることは可能なんだ。

 俺は、その筋の連中が聞けばひれ伏す嫁神楽の始祖だからな。


 ただ守護霊にも事情があって。

 第一に、他人の守護霊と情報を交換するには、守護対象に人の多い場所に居てもらわなければならない。

 第二に、征燈が求めている能力を持ったいわゆる特殊な人間を探し当てるには、周辺の若い守護霊では情弱すぎて話にならない。


 つまり、現状の学校内守護霊のコミュニティーにも限界がある、と言うことだ。

 それを今回学べたから、次回からは有用に使う術の選択が可能になったと思えば悪い結果じゃないが。


 そんな苦労や学びを知らずに、征燈は勝手気ままに俺をなじる。


「あー、まだかなー、先生まだかなー」

「え、母さんに内緒で勝手に家庭教師雇ったの?」

「違う違う、そういうんじゃないから」

「もー驚かせないで」


 征燈の言葉は冗談として母親に伝わり、母親は苦笑をしながら配膳の準備をしている。

 三週間の出張から父親が帰ってくるからか、豪勢な夕餉になるようだ。

 晴燈くんは征燈に怒鳴られた翌日は逃げるように距離を取っていたが、次の日には元通り元気な笑顔を見せている。


『そろそろ交代時期ですが、その後どうですか?』

『は、はい……はあ』

『問題でもありまして?』


 人間が三人寄れば、守護霊も最低三体はそこに現れる。

 母親の守護霊は彼女が結婚する際に持霊が呼んだ、気高い雰囲気を持つ女性だ。

 近寄りがたい雰囲気だが、見た目ほどキツい性格ではなくてどちらかというと面倒見がいい。

 晴燈くんの守護霊がしおしおなのを見て、すぐに声をかけ力になろうとしていた。

 だが、晴燈くんの守護霊は笑うだけで言葉にしない。


『晴燈くんも子孫なんで、隠し事はナシにしてくれませんか』

『めめっ、滅相もないですっ、隠し事なんて。た、ただ、ちょっと厄介というか、その、なんというか』

『ハッキリしませんわね?』

『どう言えばいいのか、ええ、ちょっと説明し辛くてですね……』

『ある程度補正しますから、話してくれませんか?』


 家族は揃って、父親の帰りを待っている。

 今どき、食卓を囲んだ状態で父親を待つ家族も珍しいと思う。

 征燈の母親は特に家族の絆を大切にしているし、明確な「家族像」を持っているから実現しているのかもしれない。

 少々時代遅れな家族像ではあるが、本人は真剣だし家族もそれに賛同してくれているから先祖として文句はない。

 多少の問題が発生しても、総括して平穏無事で円満であれば十分だ。


「征燈、あなた独り言多くなってない?」

「え?」

「夜に部屋でもひとりで騒いでるでしょ」

「騒いでるってほど大きな声出してねぇだろ」

「夜は響くんです。晴燈が眠れなくなるから、ほどほどにしなさいね?」

「わかりましたー」

「僕、兄ちゃんの声がおっきくても眠れるよ!」

「はるちゃんダメよ、お兄ちゃんを甘やかさないで」

「本当だもーん」

「甘やかされてまーす」

「もう、似たもの兄弟なんだから……」


 和やかな家族を見守りつつ、あまり和やかではない空気が守護霊間に漂っている。

 しばらくすると、晴燈くんの守護霊はもぞもぞしながら話し始めた。


『そ、そのですね、晴燈くん、なかなか特殊みたいで』

『特殊とは?』

『はい……あの、だ、誰も出てこなくて』

『外部から呼べばいいのでは?』

『それが、ですね、呼んでも、こ、断られると言いますか、近づいてもらえずと言いますか』

血脈魂けつみゃくこんが入っていますから当然ですわね』

『はい? 血脈魂を入れた?』

『アタクシでは制御できませんもの、責めないでくださる? アタクシは、あの子を宿した時にスルッと入ってしまったことを確認しただけですわ』

『スルッと』

『な、なるほど……血脈魂が、入って、そ、そうですか……』

『……』


 いくら先祖でも、弟くんの状況を掌握することはできない。

 俺が晴燈くんの守護霊であったならもっと早い段階でわかったかもしれないが、そんなことを言っても仕方がない。


 彼らの話をまとめると、外部で次の守護霊候補を見繕っても身内しか選択肢がない状態に陥っている。

 突然話題に出てきた血脈魂とは、守護霊を「次回、血筋限定」と周知するためのアイテムだと思ってほしい。

 それを持つ人間の守護霊は外部霊ではなく、必ず持霊が見立てて選出することになっているのに晴燈くんの持霊から立候補者が誰も現れないという。

 このままこの状況が続けば、現在晴燈くんの面倒を見てくれている守護霊の彼は引き留められることになり、本来の「齢十歳くらいまでの嫁神楽家の子どもを守護する」使命を果たせず、最悪力尽きて消えてしまうだろう。


 俺が与り知らないところで晴燈くんの持霊が封印された可能性もあるが、嫁神楽の血筋を封じられたらさすがに気がつく。

 そういった気配もなく、事態は緩やかに深刻のようだ。


『ご先祖様でしょう? 解決策はありませんの?』

『どうして、誰も出てこないのか、げ、原因とか、思い当たらなくて、すみません……』


 困った。

 面倒なことがひとりの人間にまとめて起きるなんてどうかしている。

 守護霊を続けてもらうことも能力的に難しいから、持霊と一緒に早めに候補を見つけて交渉を行わなければならないのに。

 最近の疲れた表情はこういう理由だったのか。


 もう少し早く相談してくれていればと思ったが、何人も嫁神楽の子どもの世話をしてきた彼なりの自負があるのだろう。

 責任感や自信が養えれば彼の守護霊としての能力も間違いなく向上するが、直面する問題は荷が重いに違いない。


『と、とりあえず、もう少し、呼びかけてみます、ね』

『今はそれしかないでしょうな』


 晴燈くんの次期守護霊問題は万事休すを迎えた。

 しかもこんな時は面倒が増える。


『嫌だわ、鼻がもげそう!』


 母親の守護霊が存分にしかめっ面を見せて素早く引っ込んだ。

 同じく嫌そうな表情でそっと消える晴燈くんの守護霊。


 数秒遅れて玄関のチャイムが鳴り、晴燈くんが目を輝かせ、母親はほかほかご飯を盛るためにキッチンへ向かう。

 ガチャリと鍵が解除される音の次にドアが開き、父親の「ただいま」の声を聞いた途端に征燈が気配を察知して立ち上がった。


「晴燈、ここにいろ」

「えー父さんのお迎えしたい」

「ここで驚かせるほうが絶対喜ぶよ」

「そっか、そうする!」

「俺が先に行って時間稼ぐから、準備しろよ?」

「了解!」


 さすがは兄。

 弟の扱いには慣れている。


 晴燈くんは嬉しそうに待機することを選択し、ダイニングを離れた征燈は恐ろしく険しい顔で廊下を進んだ。


『征燈、喧嘩を売るなよ?』


 一応釘を刺すが、聞いてないな。

 家族愛が深いのは征燈も同じで、父親が連れてきた家族ではないモノへ強い敵意を剥き出しにしている。


「おう、ただいま征燈」

「……」

「どうした? 父さんの顔忘れたとか言うなよ?」


 ははは、と暢気に笑う父親の顔は今の征燈には見えないだろう。


「あれは?」

『簡単に説明するなら呪詛だな。素人が練り上げたお粗末なモノだが、多少の影響はあるだろう。とは言え、放っておいて問題はない程度だ』


 小声で質問されたので素直に答えた。

 回答を聞いても、征燈の警戒は簡単に解けることはない。


「はぁ~、やっと帰れたあ~」

「なにかあった?」

「それがなぁ、出張先から帰る間際から色々あって……本当は昼前にこっちに戻ってくる予定だったのに、直帰でこの時間になったんだ」

「色々って?」

「朝、使ってないのにホテルの洗面の水道が止まらなくなって水浸、それが原因で靴がダメになってホテルの人に買いに行ってもらった。チェックアウトの時には機械が故障したとかで清算が遅れて、予約していたタクシーは勝手にキャンセルされてて来ない、チケットを買ってた新幹線には当然乗り遅れて、電気系統の点検とかで乗った新幹線の出発も遅れてな。やっとこっちに戻ってきたら降りた改札口に交差点で事故を起こしたトラックが突っ込んで大騒ぎ、最近の若い者は怖いもの知らずだから逃げるよりもスマホを持って走ってきて駅から出たい人たちと揉み合いになるし、スーツケースが蹴り飛ばされて一瞬行方不明になるしで、まあ、今日は一日大騒ぎだったよ」


 流れるような説明はさすが企画部の営業マンだ。

 朗らかに話してくれているが、明らかに連れてきた厄介なモノに帰宅を妨害されている。

 一体出張先でどんな恨みを買ったのだろうか。


『なにがあった?』

『わうわう』

『ほほう。プレゼン中にライバル会社の乱入があったと』

『わう~、わうわうっ』


 父親の守護霊は、彼が幼少期に飼っていた犬だ。

 なかなかの忠犬で、しっかり彼を守護している。

 ネックなのは、犬語しかまだ話せないことだが、長年守護霊をしている俺が聞けば伝わるから問題はない。


『プレゼン会社に面接を蹴られていたライバル会社の社員が飛ばしたようだな』

「は、下らねぇ」

「こら、父さん本当に大変だったんだから下らないはないだろ」

「荷物持つから、靴脱いだら揃えて」

「わかりましたー」


 会話をしながら、父親の頭部全体を取り巻く汚い色の飴細工のようなモノへの警戒を解かない。

 征燈は、それを晴燈くんに近づけさせないためにどうすればいいのか、必死に考えているようだ。


 先に、父親をどうにかしてあげようと考えてやれ。

 身の危険度は圧倒的に父親のほうが上だぞ。


「父さん、先に着替えたほうがいいよ。なんか臭い」

「えっ? 臭い? 母さんに嫌がられる?」

「かも」

「それは大変だ! すぐに着替えるぞ!」


 上手く寝室へ誘導した征燈は、ダイニングへ「着替えてから行くって!」と声を上げる。

 晴燈くんの返事を聞いてから寝室へ行くと後ろ手で静かにドアを閉め、慌てて着ている服を脱ぎ始めている父親の背中を睨みつけた。


「なんとかしろ」


 征燈は、危険対象と個室に籠ることで守護霊である俺の能力を発動させることができると気がついてしまったらしい。

 頭の回転のよさはさすが嫁神楽の者だと褒めてやりたいが、巻き込まれる俺の身にもなってもらいたい。

 この状況はいわゆる黄色信号状態だ。

 即危険と判断できないこの場面で、守護霊が守護対象を護るために発動できる能力は限られている。


 ま、そこらの守護霊とレベルが違うってヤツだけどな。


 征燈を護るために張る防壁の勢いと圧力で、父親に絡んでいるレベルの低い呪詛を剥ぎ取り押し潰す。

 のっぺりしていたがそれなりの体積を感じたから、即座に返しができているだろう。

 仕事は呪詛なんかで取るもんじゃない。


『終わったぞ』

「視えてた」

『褒めてくれるのか?』

「護っただけだし」

「征燈となにか約束してたっけ? 父さん忘れてるかな」


 強めの言葉に、父親が反応する。

 やはり声に出しての会話は多く誤解を生むことになるから、止めたほうがいいと思うんだが、征燈は頑なだからなぁ。


「……出張前にさ、今日中に絶対帰るって母さんと約束してただろ。遅くなったけど晩飯には間に合ったんだし、母さんとの約束は守れたんじゃないかなって」

「ああそうだな、今日中に帰れたんだから万々歳だな。先週くらいから、母さんの手料理が恋しくてなあ!」

「息子に惚気るなよ」


 夕餉のラインナップを言おうとした征燈を止め、父親は自分で知りたいと目を輝かせている。

 寛ぎスタイルになってダイニングへ急いだ父親に晴燈くんが飛びついたらしく、大人げない悲鳴が聞こえたが楽し気な息子の笑い声につられた笑い声が重なった。


「……」

『どうした、早く行け。お前も混ざれ』

「うっさい」


 母親が汁物を温め直しているのか、いい香りが廊下に流れてくる。

 鼻腔でそれを感じ取りながら、征燈はぽつりと零した。


「あんなの、本当は些細なヤツなんだよな」

『あの程度ならそうだな。俺がどうにかしなくても数日中に消えていただろうし、父親の守護霊が護っていれば危険を回避することも容易なレベルだ』

「なのに……嫌悪感が凄い」

『そう感じるのは相手の負の感情に刺激されているからだ。言ったろう、嫁神楽の人間は敏感だと』

「早く俺の師とやらを連れてきてくれ? 小言を言われるのは好きじゃないし、頼むより自分で行動したほうが早いからな」

『わかってる』


 最後は誤魔化されたような気がしたが、征燈がなにを考えているのかはわからない。

 ダイニングに戻れば、聞き分けのいい息子であり優しい兄になっている。

 彼らの団らんを見守りつつ、俺は面倒の一つがすぐに解決してよかったと思った。


『さて、どう動こうか』


 久しぶりに視える子孫に喜んだあの瞬間に戻りたいくらい、面倒なことが次々と展開している。

 とはいえ、滅入っている場合ではない。

 やることが多くて、ここ数百年のんびりしすぎたことを悔やみそうだ。


 征燈に指導できる師をつける。

 晴燈くんの次期守護霊問題を解決する。


 目的を明確にしていれば迷うことはない。




 嫁神楽家が寝静まった刻、俺は空に式を放った。

 星のように散る式を眺めながら、反応をしてくれる者がいることを祈るばかりだ。

 俺が使う式は大昔のものだ。

 逆に言えば、解読できる存在だけを選別できる。


 現代において霊能力者という枠も細分化され、上手くすみ分けできている部分と混在している部分がある。

 嫁神楽流はこの国の霊術すべての根本に近い流派だから、どの流派に当て嵌めても応用することができる。

 そんな嫁神楽の人間を指導することができるヤツを探すなんて、じっくり時間をかけたいところなんだが。


『本人が急いでるんだ、先祖としては協力してやらねえとな』

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