第4話

 2時間目からはいつもの日常が戻り、無事に課題を提出できたクラスメイトと路次くんに感謝されつつ昼休みとなった。

 律儀なもので、路次くんは自分の弁当からタコさんウインナーを征燈に差し出す。


「要らねーし」

「育ち盛りだよお? ちゃんと食べないと」

「お前もだろ」

「今日くらい抜いても大丈夫だからぁ、お願い食べて~」

「……わかったよ」


 押し切られる形でタコさんウインナーを頬張った征燈に満足気な笑みを浮かべる路次くん。

 その路次くんを見守り幸せオーラを振りまく彼の守護霊。

 彼らは互いに干渉しすぎるが、バランスはいい。

 どちらもがもう少し、なんというか、シャッキリできれば関係性は完璧に近いはずなんだがな。


「……」


 昼休みの運動場には元気な生徒がはしゃぎ回っている。

 ぼんやり眺める征燈に首を傾げ、路次くんはどうしたのと声をかけた。


「俺らのクラスでスゴいことがあったのになって」

「世の中そんなに変わってない?」

「ああ」

「そんなもんでしょ~。あの子たちには関係ないし」

「関係なければ、どんなことが起ころうと知る由もなし……か」

「はい出た、イケメン発言!」

「出てない」


 征燈に視える世界では、生霊に苦しめられていた教師がひとり助かった、ついでに生霊になっていた人間も助かった。

 この世界では、気分を悪くした教師をクラス一丸で助けようとした、救急車も呼んで運んでもらった。

 それ以上の事実はない。

 路次くんも言っていたが、関係ないのだから自分と同じ理解をクラス外の生徒に求めるほうが間違っている。


「ゆっきーさあ、プライベートだったらさあ、ロジたちも知らないことは知らない仲じゃん? 同じクラスじゃないあの子たちに、ロジたちが体験したこと伝わらないって」

「だな」

「反対に言えばぁ、すんごい体験したってこと~」

「お前の好きな逆転の発想な」

「かはは、そうそう」


 守護霊と言えども守護する者の考えはわからない。

 理解を深めると影響が出てしまう。

 俺が子孫に及ぼすことの大きさを思えば、過干渉は避けるべきだ。


 だから、俺は必要以上に征燈との距離を縮めようとはしなかった。

 それが征燈のためだと思っている。




 守護霊になっても裏目というものには遭遇する。


 なるべく見守るだけにしていた征燈の行動が、ますます俺にとって面倒なモノになってきた。

 生霊教師の一件以来、征燈がインターネットで心霊系の動画を漁るようになり、俺が止めても聞き入れない。

 母親の守護霊に止めるように仕向けてくれないかと相談したが、おおらかな気質を持つ母親から厳しいことを伝えるのは難しいらしい。

 古い時代に守護霊になった俺は、現代の「電波」に上手く乗ることができない。

 だから、征燈がどんな動画を見ているのかがハッキリとわからないから余計にもやもやする。


「また怖い動画見てるの?」

「怖くないよ。この動画やらせだし」

「どうしてわかるの?」

「視えるからな」


 宿題を教えてほしいと部屋になってきた晴燈くんに得意げに笑う。

 さては俺が見えてないってわかってて笑ってるな?

 征燈がどんな動画を見ているのか、本人はもちろん説明をしてくれない。

 ひとりで視聴するから、他の誰かの守護霊に内容を聞くこともできない。

 徹底して、ちょっと意地悪だな。


「ずっと前から視えてたの?」

「え?」

「前はそんなこと、全然言わなかったじゃん」


 お、いいぞ晴燈くん。

 ナイスなツッコミだ。

 守護霊の彼にグッと親指を挙げると、恐縮した顔のままで軽く一礼をされた。

 俺の気持ちを汲んでくれる理解者がいるのは感謝しかない。


「兄ちゃんくらいになったら、僕も視えるかな?」

「晴燈は視なくていい!」


 突然の鋭い声に晴燈くんが強張り、俺も少し驚いた。

 晴燈くんの発言にここまで強く否定をするところは初めて見たかもしれない。


「ご、ごめん。驚かせたな」

「…………」

「晴燈、ごめんって」


 驚いた顔のまま無言で部屋を出て行った晴燈くん。

 征燈は追いかけようと腰を上げ、一呼吸おいて椅子に座り直した。


「……」


 片手の拳でこめかみを軽く叩き虚空を見つめる。

 ノートパソコンでは、ずっと心霊系動画が再生されている。

 小さな物音に悲鳴を上げ、めちゃくちゃにカメラを振りながら走る音が聞こえた。


『さっきの態度は晴燈くんに悪いぞ』

「わかってる」

『なにかにイラついているのか? それとも、焦っているのか?』


 そう聞くのは年の功というヤツだ。

 最近の征燈の行動は一貫して焦燥が付きまとっている。

 知識を詰め込もうと情報を漁り、最恐と噂される動画を片っ端から見ているんだ。

 これまで見てきた征燈からは考えられないくらい積極的に動いているのは明らかだった。


『相談に乗ってやろうか?』


 乗り気の俺に軽く舌打ちをして動画を止めると、背もたれを軋ませながら背中を伸ばした。

 征燈の前に姿を見せる俺を見て、自然なため息が漏れる。


「やっぱ、守護霊は神様がいい」

『しみじみと言うな、泣くぞ』

「泣かないくせに泣くなんて言うな」

『本気で泣く』

「本当かよ」

『お前が本気ならな』

「……本気だよ」


 静かな声音が零れた。


『なら、俺が納得のできる説明をしてみろ』

「納得したら俺の守護霊引退すんのかよ」

『考えてやる』


 小さく「嘘つけ」と鼻で笑った征燈だったが、机を離れてベッドに移動すると隣に立つ本棚からフォトブックを引っ張り出した。

 子煩悩な両親が、生まれてから小学校に入学するまでの記録を写真集のように編集した代物だ。

 一冊目は小学校に入る時に渡されたそうで、似たような物を高校入学時にももらっていた。


 ベッドに座りページを開くと、幼い晴燈くんが一緒に写っている。

 年の差七歳、小学生の征燈は生まれたての晴燈くんを見て、母親を取られるという意識より守りたい対象として強く意識したことだろう。


「守護霊ってさ、いつからいるんだ?」

『人間側からすれば生まれた時だが、因縁としては守護する側が「護りたい」と願った時点からになる』

「じゃあ、こん時のこと覚えてるよな?」

『俺が本守護霊になったのは、お前が十一歳になってからだ』

「は? なにそれ」

『守護霊にも適任期というモノがあってだな。今は晴燈くんの本守護霊をしてくれている者が十一歳まではメインでお前の守護をしていた』

「守護霊ってポンポン替われんのかよ」

『ポンポン替わることはできるぞ。実際、出入りが激しい人間は存在しているし、対象への守護の意義を失えば守護霊は離れる』

「マジか」

『守護霊がひとりの人間に対して大量にいることは知っているか?』

「でも強い守護霊だとひとりなんだろ?」

『そんなわけあるか』

「正確な情報はないのか?」

『巷に流れる情報より、現役守護霊の俺が言うことは本当だと思うが?』

「一番鵜吞みにできねぇよ」


 どこ調べかの知識が征燈を困惑させているようだ。

 インターネットなる他者間との繋がりは、便利そうに見えて落とし穴も多い。

 対面でも真実が見抜けない人間に、顔の見えない相手の真意がわかるはずないだろう。

 伝説や神などの起源原理と同じではあるが、嘘偽りもそれっぽく流せばいつの間にやら真実になる。


 なにより厄介なのは、征燈は俺と仲良くするつもりがないらしいこと。

 先の出来事で神様級の働きをした守護霊に、未だに感謝がないのがいい証拠だ。


 圧倒的守護の力だけで怪異を動けなくして、怪異の内面を探り当人の守護霊から名を聞き出し正気付かせたのはこの俺だぞ。

 本来、守護霊が頑張るのは危険から対象を護ることだけなんだからな。


『交代する際に情報共有がなかったから、その頃お前がなにをしていたのか知らん』

「それでよくも知ったような口を利きやがったな」

『守護霊も適材適所だ。多感になり感覚も鋭くなってくる年頃に見なくてもいい世界が視えるようになって苦労しないように、先祖である俺が本守護霊になる。嫁神楽家はそうして繋いできた』

「見なくてもいい世界、ね。もし興味が湧いたら?」

『適当に誤魔化す。嫁神楽の人間は一般人よりもソッチ系に敏感だからな。ちょっとした興味だけで視るには刺激が強すぎる』

「刺激が強い……はは、確かに」

『含みがある言い方だな』


 征燈の指先は、ずっと幼い晴燈くんを撫でている。

 無邪気な笑顔は隣に写る幼い本人も同じで、今の征燈からは想像がつかないくらい手放しで笑顔全開だ。

 俺がメインになった頃は、あまり上手く感情を出せない子だった。

 誰にも心は開いていないが弟には優しいお兄ちゃん、そんな感じだ。


 過去との差を見れば、俺くらいの守護霊には「なにかがあった」と察することは容易だ。

 言い淀む征燈を急かすのは逆効果だから、感情をまとめ終わるのを待つ。


「晴燈の一歳の誕生日に、一度だけ、視た」

『視た?』

「晴燈がリビングで寝てしまって、ベッドに運んでた時だ。急に晴燈が重くなって動けなくなった。廊下の明かりも消えて、抱っこしている晴燈がさらに重くなって、でも落とせないから自分をクッションにしようと思って仰向けに倒れた。その反動で晴燈の額が頭にぶつかった」


 克明に覚えているらしく、征燈は冷静に記憶を辿っている。

 盛ったりも偽りもなく、淡々と事実を言葉にしていた。


「想像以上に痛くて、目を閉じた瞬間に視たんだ」


 フォトアルバムを閉じる。

 目にした存在を思い出して微かに震えたように感じた。


「明らかに人間じゃないなにかを視た。燃えていて、吠えていて、怒っているみたいだった」


 視たソレが外部霊だったとすれば、晴燈くんの当時の守護霊と征燈を守護していた彼が対応するだろう。

 だが、俺は霊的な接触の報告を受けていない。

 そうなると、征燈が視たのは晴燈くんが囲っている持霊ということになるが。


 ……いやいやいやいや。


 持霊は魂の本質が宿している魂魄種のことだ。

 守護霊にもいくつか分類があって、持霊も守護霊になる可能性のある存在ではあるが滅多にはない。

 どちらかというと、彼らはその時に合う守護霊を呼び寄せたり交渉したりする側にある。


「あんなのから晴燈を守るんなら、神様じゃないと太刀打ちできないって直感したんだよ」

『太刀打ちしようと思うな。俺がいるから大丈夫だ』

「説得だけじゃ役に立たないだろ」

『なら言うけどな、守護霊ってのはそういうモンだ。何者が守護霊になっても同じ、守護する対象しか護らない。自分で誰かを守ろうと思うなら、修行をして霊威を高め、礼儀と使役能力をもって神と呼ばれる存在に手伝ってもらうのが筋だ』

「学校があんのに修行なんかしてられるか。それに、のんびりして晴燈になにかあったらどうすんだよ。責任取れんのか?」


 本気で腹が立っているらしい。

 仕方がない、征燈は誰がどう見てもブラコンだからな。

 しかも強火というヤツだ。


『晴燈くんのことを必要以上に気にかけているのは、そういうことだったのか』


 思春期に発病する中二病という夢見がち妄想病じゃなかったようで、ちょっとホッとした。

 だが征燈の神様を守護霊にする願望は潰えていないから油断ならない。


「イレギュラーでもなんでもいいから、守護霊を神様にして晴燈を守りたいんだ」


 噛みしめるように言うけどな、神様は守護霊にならないんだよ。

 どう説明すれば納得するんだ。

 ……俺が言っても信じないんだろうな。


 なぜこんなにも信用がないんだろうか。

 所見の挨拶が悪かったかのか?


「いい案ないのかよ」

『あるわけないだろ。守護霊の座は誰にも譲らねぇからな』

「引退するんじゃねぇのかよ」

『納得できなかったから引退はナシだ』

「じゃあお前が晴燈を守れ」

『できないってんだろ!』

「役に立たねえな!」

『期待するところが違うんだよ!』

「はあ? なら俺はお前になにを期待できるって?」


 くっそ、馬鹿にした言い方をしやがって。

 わかったよ、そこまで言うならなんとかしてやろうじゃねぇか。

 守護霊のコミュニティーだって広いんだからな。


『お前の能力を伸ばすにふさわしい師を見つけて、ここに呼んでやるよ』

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