第23話 決戦(1)

カルディアの首都バーングへの玄関口、ケプクの街はコンクリート造りの堅牢な建物が並ぶ。高層ビルこそないものの、帝都に比類する整備された近代都市の趣があった。そのほぼ中央に、ケプク周辺地域の政治経済の中枢機関が並ぶストリートがある。


色のない単調な建物の中で、目立って意趣をこらされた建造物が一棟存在した。茶褐色のタイル張りの堅実な外装。コンクリートにガラスをはめた無機質なビル群の中にあって、ひときわ有機的な暖かみのある雰囲気の外観が異彩を放っていた。


その最上階の奥まった一室に、カルディアの順警隊の各部隊長と、ケプク地域を統べる行政首長ら主だった文官、そしてその最奥中央にはデンガールの姿があった。

部屋には必要最低限で実用的な。質素ではあるが質のよいものを揃えた調度。ブレスタン特産のタペストリー。主張せず、かといってたち消えもしないそのさりげなさ。内装を整えた人物の趣味の良さが伺えた。


「いよいよ来るぞ」


デンガールはそのタペストリーを背にして、開口一番、一同に発破をかけた。


「帝国の納入をのらりくらりとかわしていたが、そろそろ黙っててもしびれを切らして出てきそうなんでな。ものもできたことだし、日取りも明確な方がこちらとしても動きやすい。だから納入を許可した。三日後にovaがこの地に来る」


“敵機襲来”と同義の言葉に、その場に緊張が走った。


「ovaが領内に入った時点で、いつでも“来る”と踏んでおけ。D-daはケプクから絶対に動かさない。何があっても相手は必ずまずここを落としにくる」


D-da。それは、カレイマラが独自開発したovaを超えるHFである。アレクセイが帝国を出奔後、過去にこの地で開発した新型の制御技術。そして、貧民街でケンが開発したovaの簡易製造法の技術。その二つをアレクセイが再びドッキングさせた設計図を元に、この地で造り出された。


「レアマテリアルの精錬技術をもたないブレスタンで、新型の機能をもったHFができるとは思わなかったが。生前の約通り、アレクの遺志をついだケンがその方策を我々に与えてくれた。これでようやくアレクとの約も果たせ、対帝国に勝算が持てるようになったというわけだ」

「設計図を手に入れておよそ一月。よく、間に合わせたな」


デンガールが声をかけた青年は、恐縮したように一つ頭をさげた。


「ブレスタン製D-da。この五機がカルディアのカギを握る。機乗するのは俺と巡警隊長、お前等4人だ」


視線を送られた四人は、それぞれがいかにもそれらしい個性溢れる反応を見せた。

いずれにしても、緊張感のないその様子にデンガールは軽く笑って。


「一応念を押しておくが。一大事だってことはわかってるよな?」

「もちろん。自分を超えるわけないとタカをくくってる奴をたーっぷり脅してやって、一泡吹かせばいいんでしょ」


真っすぐな髪をブレスタンの成人風に結い上げた、女がからっと答える。


「うわ、テッサ頭良い! 俺の言いたいことその一言に全部入ってるし」


心底関心、といった態で、隣に座る年若の青年が諸手を上げて身をそらせた。

その行動に、髪を青青と剃り上げた青年が苦笑しながら茶々を入れる。


「ウーダ、今のゼルフの発言は真意はついてるが、具体性がこれっぽっちもないんだよ〜」

「ゼルフ。根拠のない自信は言葉にしてしまうと強がりにしかならない。お前は隊を率いる身分なんだから重々気をつけろ。……敵方の戦力予想は?」


デンガールよりもやや年上に見える一番年嵩の青年が、年長者らしい落ち着きを持って面々を諌めた。

口々に言い合う四人に半ば失笑しながら、唯一まともな返答だった最後の問いに答えるようにデンガールは続ける。


「先方の出方だが、納入する五十機すべてに精鋭を乗せるという判断はしないだろう。ブレスタン(こっち)の他にも目を光らせておかなければならない地域は多い。おそらく出せて20名。他は暴走化で対応するといったところだろう。

が、暴走化はこちらの制御装置であらかじめ防いでおける。つまり、本気で叩く必要があるのはMAX20機だ」


カルディアの持つ諜報網を駆使して導きだした考察だった。


「然しものD-daであっても、5機で精鋭兵20機の相手は厳しくないか〜い?」


剃髪の青年が静かに問う。


「D-da五機で20機を相手というのも要件的には厳しいが、帝国の狙いはあくまでバーング制圧。ケプクで半数以上が動作不能になればその先の侵攻は厳しいと見て撤退を選択せざるをえなくなる」

「と、いうことは〜」


分かっていながら入れられる巡警隊長からの間の手に、デンガールは苦笑する。


「俺たちが最低限こなさなければならないミッションはそこだ。ケプクにおいて確実に敵方の暴走化を制止すること。これで30機、少なく見積もっても20機はほぼ戦力外。加えて精鋭兵5体の挙動を止めれば、奇襲は失敗と判断されるだろう」

「はい、楽勝。今度は根拠あるよ」


この場で唯一の女性隊長、ゼルフが手を挙げた。


「五対五。サシなら、私たちは絶対に負けない」

「……ゼルフ、違う。20機相手にしながら、五機を撃破するんだ。サシ勝負じゃない」


瞬時に隣からトーンの低いツッコミが入った。




* * *




ケプク郊外。帝国軍キャンプにova50機と精鋭兵の姿があった。

表向きの名目はあくまで新型HFの納入であり、ovaは積み荷として郊外キャンプまで運ばれていた。


刻は2305。深夜に予定されている作戦開始まで、残す所1時間を切っていた。


本日正午すぎに到着した奇襲メンバーは、明日の納入にむけて“荷解き”を終え、準備は最終段階を迎えていた。キャンプの中で兵士と技師が密やかに出撃準備を進めている。

襲撃はカルディア人がovaと接触する前に事を構えなければならない。今夜しか、チャンスはなかった。




「ロブ、チェックが完了した。オールクリアだ」


ロビンは声の主を振り返り、口角をあげた。

赤い髪の技師は肩をすくめる。


「ありがとう。サーニン」

「……今日、明日で決着がつくんだろ?」


サーニンは、ロビンを直視できず、床に置いた整備キットを弄びながら問いかける。

整備ブース全体が、緊張と興奮と。得体の知れない恐怖と不安。それらがない交ぜになった空気に支配されていた。

いつもとは違う。これから兵士たちが向かうのは、命を賭した戦場だ。


「死ぬなよ」

「必ず、戻ってくる。俺を信じてここまで来たお前に、すべてを明かさないといけないから」


ロビンはサーニンの赤い髪を引っ張り、上を向かせる。


「な、辛気くさい顔すんな」

「……痛えよ。やめろ。禿げる」


サーニンはロビンが彼なりの方法で自分(サーニン)の不安を紛らわそうとしてくれている、その意図を感じたのだろう、無理矢理ではあるが、笑顔を作った。


「各々、戦闘準備につけ」


兵長から指令が入る。


「幸運を」


サーニンは技師が兵士を任務に送り出すときの、決まり文句を告げる。

決まり文句だったが、今日は常とは込められているものが桁違い。二人はお互いにそう感じた。

ロビンはサーニンの肩を叩き、ovaに乗り込んだ。

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