第21話 志願兵(2)

中央本部での堅苦しい“作戦会議”を終えて。

タカシとスリディビの二人は、白羽の矢が立てられた精鋭兵に今回の作戦を周知するために、指定されたミーテイングルームへと続く廊下を肩を並べて歩いていた。


タカシは珍しくきちんと締めた正装のタイを忌避する害虫であるかのようにむしり取る。二人の規則的な靴音が静まり返った廊下に響き渡った。


歴史のターニングポイントになるであろう日は、もうそこまで迫っていた。




「いよいよ、か」


スリディビの言葉に、声に上げては応えずにタカシは口角を上げる。


「出陣のメンバー補充が課題だな。レジは負傷。ヤンの具合はどうなんだ? 精鋭兵からは南方と辺境各地、帝都の警備を担保しつつ割けるのは20名が限界。その二名が潰れると代打がいないだろう。実力がまあ辛うじて匹儔するのはハーケンだが、これもすでにメンバーに入っている。となると、選抜からロビンかオリバーを入れるか……即戦力といったらその二名だろうが」


スリディビはレジの件を任務中の負傷とし、巧みに偽りの報告を上げて選定のことは徹底的にタカシに伏していた。


「ヤンは問題ない。すでに出陣組のミーティングルームにいるはずだ。レジの代理の件の人選は同意だ。ロビンかオリバーが現実的だろうな。補充は一名。実力・従順さはロビンに軍配だな。それで申請しておいていいか」


しれっと、何事もなかったかのように進言した。レジを押さえている限り、ヤンは意のままに操れるという確信があった。


「そうしてくれ。ロビンに関しては、別ミーティングをセッティングする」


それに対し、タカシは要件のみ述べた。






ミーティングルームの扉を開けると、招集されていた精鋭兵17名分の視線が集まった。

精鋭兵の人数は現在66名。普段は要所の警備に数名ずつあてられ、大陸中に散らばる中で、これだけの人数が一同に会するのは珍しい。

タカシは前部に据えられた演壇に立ち、一同の顔を一瞥し。話を切り出した。


「ova五十機納入の際に、ケプクに奇襲をかける。目的はカルディアへの侵攻。ケプクの制圧だ」


大方の精鋭兵はこの事態を予想していた。が、実際に口に出されるとひと際身に迫ったものを感じる。――表立った戦争の起こらなかった平和な三十年。そのあっけない終末の予感に、口に出さずとも一抹の感情を抱く者は少なくなかった。


「いいか、言うまでもないがこの作戦は速攻であることに意味がある。カルディアは現状のova生産に必須のレア・マテリアルの90%を生産している。その原料輸入が途絶える状況はHFの新規開発には致命的事項だ。カルディアとの開戦は、その流通を“一時的”に途絶えさせるという決断に他ならない。だからこそ、速攻制圧による供給再開が必須、決して事態を長引かせてはならない」


タカシは聴衆の様子を探る為に、一旦言葉を切る。静まり返る室内。尋常でない注意が、自分に向けられていることがわかる。


「ケプク制圧後、そのままバーングへ侵攻する。翌日没までの首都完全制圧が目標だ」

「50機のパイロットはどう確保するのです? 精鋭を総出動させるのですか?」


精鋭兵から声が上がった。


「いや、精鋭兵はここに居る者がすべて。選抜兵を一名加え20名のみだ。後は訓練生から徴集する」

「訓練生? 使い者になるのか?」


率直な疑問が呈される。


「訓練生の30機に関しては、ケプク侵攻の際に強制切り替えを行う。どうせ暴走状態にするんだ。操作技能の修練も基礎レベルでいいし、精神強化対策も必要ない」


スリディビが答える。

兵士を容赦なく“モノ”として活用する。精鋭兵たちはその行為には慣れきっていたので、たいした反応もでない。


「しかし、強制切り替え後のパイロットは、敵味方等の判別が着かないのでは?」

「話はここからだ。そろそろ黙って聞け」


タカシの声。低音が室内に響く。その一声でシン、と場が静まる。


「いいか。先だってのカレイマラの実験で、敵・味方の判別をコントロールできる術は見つかっている。9割方な」


室内をくまなく見回す。


「そこで今回の精鋭方20機の任務だ。内15機は攻撃対象の指示を暴走化した訓練生に信号で送る。つまりコントロール班だ。担当は一人当たり2機だ。お前たちの能力なら戦闘しながら2機の指示。十分いけるだろ? その実力がある者を集めたつもりだからな。

あとの5機は敵機の殲滅・味方の援護を優先する。しかし、先ほども言ったが、1割ほど攻撃対象も指定できない“完全暴走”に陥る機が出てくる可能性がある。それ起こった場合、当該のHFの破壊が最優先だ。起動停止させ、パイロットの殲滅・中枢の機構の破壊。可能であれば、HF自体を粉砕する。Ovaの機構を決して敵に手渡すな。それでコンプリートだ」

「もし、奇襲が失敗した場合は?」


タカシは声の方を向き、首を振る。


「敵方のケプクの通常の配備は標準型HF30機。対してこちらは納入の新型50機をそのまま使用しての奇襲だ。成功率は?」


質問の主は首をすくめた。


「100%」

「余裕だろ?」


問答していた精鋭兵は口では応えずに、ニヤリと片方の口角を上げた。


「そもそも、精鋭を20人集め、ovaを30機失うことを前提にしている作戦。それを見ても帝国がどれだけこの一点にかけてるかわかるだろう。奇襲の失敗は許されない」


目の前の卓を叩く。


「わかってるか。失敗すんなよ、お前等」


よく通る声で、全員に念を押した。

わざとらしく挙手する者、あくびをかみ殺すもの、俯いたまま動かないもの。積極的に戦闘に意欲を示す者はいなかったが、それは精鋭兵の常のことだ。戦闘に際して平常心を保つためには、こと任務に関しては常日頃から感情の起伏を押さえておけと教育されている。

その場はタカシの発言を是としていた。


「30年だ。カルディアの真の併合。ここにいる者の大半が生まれる前から帝国が定めてきた最終目標。この為だけに、俺たちは存在するんだから」


その言葉が、今精鋭兵長として伝えることのすべてだった。


「質問がなければ、ケプク制圧後、バーング侵攻の手順を説明する」


部屋の隅で、明らかに常とは異なる気配を発しているヤンに気付きながらも、タカシは作戦詳細の解説を進めた。




* * *




「いい天気だな〜」


オリバーは雲ひとつなく晴れ渡る青空に向かって猫のようにめいいっぱい伸びをした。


「お前はいつでも能天気だな」


そう言ってから、ロビンはしまった、と顔を引きつらせた。


「え? なに? 今のもしかして天気をかけてた? それってじょーく?」


オリバーが即座に絡み付く。


「……」

「ねえ、ジョークってやつ? ねえねえ」


しつこいオリバーにロビンは上段蹴りをかました。二人の身長差は20センチ近くあるので、蹴り出された足はふいと後ろに少し上体をそらしたオリバーの首筋を掠める。


「危ないな〜急所狙い過ぎだって。容赦なさすぎ」


その速度、狙い所。明らかに殺意があった。オリバーの笑みが引きつる。


「あんたマジで。いずれその口が災いして死ぬぞ。俺からの優しい忠告だ」

「はいはーい。忠告ありがと。気をつけまーす」


本部に選抜兵として呼び出され、タカシに奇襲作戦を宣告されたロビンは、前もって約束を取り付けていたオリバーと落ち合って、選抜兵に成り立ての頃 ovaの説明会の時と同じく、隣接する中庭に歩をすすめたのだった。


「またここに来ちゃったな」


前回と同じく、メグから購入したクラブサンドを手にしたロビンは苦笑する。

一通り、今ガイダンスを受けたばかりの情報をオリバーに流す。もちろん、口外禁止のトップシークレット事項だから、その行為は軍紀違反で斬首ものだった。


「で、どうすんの?」


オリバーが軽く伸びをしながら、視線を合わせずにロビンの決断を問う。


「帝国に抵抗するのに一番の近道は、カルディアにつくことだ。そうだろ?」


ロビンはオリバーを試すように語尾に疑問符をつけた。


「お、仲間。オレもそういう結論」


オリバーは、意を得たりとニヤリと笑って握手を求めた。当然、空振りに終わるが、気を悪くした風もなく手を引っ込めて。


「で、その決断に至るには勝算があるわけだよな? オレの知っている限りの情報では、どうシュミレーションしても今回の奇襲はおそらく100%成功するんだけど。カルディアについた途端、カルディア解体って笑えねえし」

「勝算はある」


オリバーはロビンに一瞥をくれる。


「いやに確信的だな? ケンとデンガールに入れ知恵されたか?」

「アレクが守ってくれる」


オリバーは吹き出した。


「何? よりによってスピリチュアルな方にいっちゃったわけ? 勘弁して」

「……違う」

「いちいち否定してくれなくても分かってるよ。で、どういうこと?」


ロビンがくそ真面目に否定したので、オリバーはつまらなそうに肩をすくめる。


「制御装置が、カルディアに流れてる。貧民街で俺が暴走した時にアレクが使用したものと同じものだ」


オリバーは、目を見開いた。


「それは、本当……か?」


ロビンはゆっくり頷く。


「この目で見た。俺の暴走を止めた――正確にいうと、止めようとしただが――あの装置が、デンガールの手のうちにあった」

「つまり、帝国がおそらくこの奇襲の要の一つとしているであろう訓練生の“暴走化”が起こらないということか?」


ロビンはまた、頷いた。

オリバーは気の抜けたように、肩を落として笑った。ロビンはそれを怪訝そうに見返す。


「……ロビン、一つ頼みがある」


オリバーが笑いを止め、ロビンの目を見る。


「アンが死を覚悟してこの任務に志願している。あいつを、むこう(カルディア)に連れて行ってくれないか」

「……なぜ?」

「あいつは、カレイマラの生まれだ。徹底的に一強体制を押し進める帝国の被害者だよ。不条理な搾取や横暴に苦しむ貧民街や辺境の民。そして、何も知らされることなくただすべてを奪われたお前と同じ。平和な時分なら百歩譲ってここで生きるだけの人生を全うするのも有りかもしれない。が、カルディアに帝国が手を出すことが予期されていて、もう一度戦乱の世が来る今、あいつの居るべき場所は、ここじゃない」

「カレイマラ出身? あいつには、帝国にBランクの家族があるだろう?」

「詳しいことはめんどくさいから説明省かせて」


オリバーは笑った。


「反逆者の陣営にとってHF操縦者は一人でも多いにこしたことはないでしょ」

「出自の裏はとれてんの?」

「これ」


ロビンはオリバーの差し出したメモを一瞥し、薄く微笑んだ。


「ピートの印……か。ガキの時分にしか貧民街にいなかった俺には真贋は分からないけどな……」


貧民街の、有名な情報屋の実印が押された報告書。


「ちなみに、何この記述、ヤンとレジも同じだってこと?」

「そ」


ロビンは大きくため息をついた。

想像以上に、帝国の振る舞いのために己の人生を狂わせられた人間は多かった。“自分は犠牲者だ”と嘆いていられないほどに。


「そうそう、あいつがカルディアにつくことで“帝国の”家族に害を及ぼさないように巧くやってくれ。でないとあいつ納得しないから」

「はあ? あんた、今何を言ってんのか分かってんの? 離反したものの家族が無事でいられるわけないだろ。――アンをあとくされなくむこうに引っ張る方法があるっていうのか?」

「方法は、お任せします」


ロビンはオリバーの首に、予告なしに手をかけた。

オリバーは焦ったように、かすれた声で悲鳴をあげる。咄嗟に方法を仄めかした。


「どんな帝国兵も任務中に“死んだら名誉だけが残る”」


ロビンは手を少し緩め、その言葉を噛んで含めるように、考えた。


「……確かに、それが一番得策だろうな。けど、成功の保証はしない。上手くいかなかったらこっちであんたが尻拭いしろ」

「オッケー」


何だか軽く、適当にいなされたような気がする。ロビンはオリバーを睨んだ。

オリバーはその恨みがましい視線を完全にシカトしながら、クラブサンドから器用にピクルスだけを抜き取って口に含んだ。咀嚼しながら、問いかける。


「カルディアにつくって決意したって事は……ケンとの過去は割り切ったってことか?」

「それは別問題だ」


ロビンはにべもなく言い放つ。


「確たる証拠を掴むまでは、目的の方を優先する。個人的な復讐はいつでもできるから」


“復讐、ね”とオリバーは笑って。空を見上げて呟く。


「どうも解せないんだよな〜」


なにが、と目線でロビンは尋ねた。


「オレがあの時“身分証”をお前に手渡したのは、同情からじゃない。それが仕事だったからだ。依頼人は誰だと思う?」

「?」

「アレクだよ」


ロビンは一旦は口にくわえたクラブサンドから口を離して、オリバーを見る。


「本当は口止めされてたんだけど。お前がこんなにがっつりレジスタンスまがいな行為に足を踏み入れちゃってるんだから、もういいよな。

『すべて忘れて、幸せに生きてほしい』そう言ってたんだ。まるで事が起こるのを予期していたみたいじゃないか? バーカなくそガキはむしろ事に深—く首突っ込むような真似してきたけどな。お前にエリア10の選抜試験であった時。思わず罵倒したくなっちゃったぜ。無視すんの苦労した。


……なあ、それでもやっぱり、お前はケンを疑うか?」

「じいちゃんやアレクに手を下したのが、ケンであることは事実だ」

「そうね、……お前が納得のいくように、すればいい。オレが焚き付けたことでもあるし。むこうにいったら、何か情報が得られるかもな」


オリバーはロビンの態度を肯定も否定もしない。何か理由があったにせよ、あの凄惨な事件の下手人が確かにケンであることは可能性が高かったし、彼が引き起こした事態がこの少年の運命を大きく狂わせたことは確かだったから。


「勝算があるんだったら、オレも乗る。いずれそっちに行くわ。……バカみたいな頼まれ事をされちゃってよ。それが片付いたら、機を見て追いかける」


オリバーはごく軽い調子で、離反を宣言した。


「それまでせいぜい帝国の中で遊んでおくから。オレのことよろしく言っといて、あっちの長に」

「……」


養成所以前の“過去”から、数年来の旧知の仲だ。オリバーの離反の決心が俄な変心でないことは承知していた。


「何かあったら連絡くれ」


放られたのは記号と数字が羅列したメモだった。


「……どこで仕込むんだか」


半ばあきれながら、ロビンはメモをさりげなく仕舞う。


「さ、オレたちの舞台はこれからだ。イバラの道をせいぜい楽しもうぜ」


オリバーは機を心待ちにするように弾むような口調で言い、立ち上がった。

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