第20話 志願兵(1)

 オリバーはコンクリートの壁に何度目かの殴打を見舞った。打ち付けられた拳は、すでに感覚が鈍い。


 普段の軽佻浮薄さからは想像もできないほどの、鋭い目で虚空を睨み据えた。


「なんてこと、しやがる」


 四人で入ったはずのカレイマラ。去るときは、一人だった。


 レジとタリムは、あの検証以降会っていない。矯正施設への送致という結論だけを伝えられた。


 そしてヤンは。帝都への撤収をオリバーに命じたスリディビの横に佇んでいた。底なしに暗い瞳をして。


 三人を置いて、オリバーはカレイマラを後にした。


 カレイマラでの体験は、覚悟を決めているオリバーにすら、並でない衝撃だった。いわんや、十代の三人にどのくらいのショックを与えたか、計り知れない。


――しかし、タリムはともかく。


オリバーはなにか、引っかかるものを感じた。


『明日、精鋭兵を殺せといわれたら、そうする』と淡々と語ったレジ。その容赦ない“洗脳教育”を受けた精鋭兵のヤンとレジをも揺るがすものはなんだったのか。単に、幼い子どもの殺害という事実だけではない、何かがある気がした。


「……考えてても、しゃーないな。行こ」


 オリバーは、次の行動を決めた。




* * *




 帝都の北西区画は、正規の街並みから貧民街への玄関口である。


 都市計画に基づき、整然と建物の立ち並ぶ正規の区画から、壁一枚抜けるとそこには別世界が広がる。


 風紀を取り締まる法に放棄された色街と、本来なら法に抵触する生業の店が公然と軒を連ねる。帝国の社会福祉、特に公衆衛生の恩恵から取り残されて、立ち並ぶのは今にも崩れ落ちそうな老朽化したビル群。その黄ばんだ壁面には糞尿の匂いが染みついていた。


 夜のネオンだけがわざとらしい派手な色味を添える灰色の街の、片隅にその店はあった。


店と言っても、看板もなければカウンターもない。ただ、そこの人間の顔が看板代わり。


 自然光はほとんど入らない。切れかけた蛍光灯がチカチカと灯る薄暗い部屋の、奥。一人の男が、椅子の座面の上に立てた片膝に頬づえをついていた。


「J!」


 オリバーの姿を見て跳ねるように身を起こす。


 まぶしいくらいに剃り上げられたスキンヘッド。左サイドには入れ墨なのだろうか、黒い幅五センチ、長さ十センチ程度の黒いラインが入っている。痩せぎすで骨張った目鼻。薄い眉の下のくぼんだ目は左右で瞳の色が違った。元の目は灰色。右の義眼は彼の気分で毎日日替わりだ。本日は淡いブルー。


「よお、久しぶり」


 オリバーは何気なく、手を上げた。


「お前、こんなとこ来て大丈夫か?」


 男はオリバーの現状を多少は把握している風の口を聞く。


「大丈夫。“本体”は二泊の観光旅行に出てるから」


 偽りの旅行の手配。筋の者にオリバーがあたかも休暇を消化しているように偽の足跡をつけてくれるよう手はずを整えていた。


「は、相変わらずだな」


「暇はなくなったが、金(スポンサー)とこの街で培った糞知恵だけはあるからな」


「お前のオヤジもいつまで道楽につき合うかな。で、なんの用事だ?」


「調べものをしてほしいんだ」


「電信飛ばせばよかったのに」


 電信――オンラインネットワークを使った通信を示唆する。


「帝都内のネットワークは信用できねぇよ。直で手に入れるのが一番安全だからな」


 オリバーの発言に男の目が細められる。


「……そんなに警戒強い訳? どのレベルの情報?」


「多分、セキュリティレベルは下位。“秘密”レベルだろうな」


「帝国の中枢データだろ? 下位は下位でもケタが違うぜ。ふっかけても仕方ねえやつだ」


「足下見るなよ」


「はい、見積もり。前金3割、成功報酬7割でどう?」


 男が差し出したメモを一瞥し、オリバーは問いを被せる。


「何日でできる?」


「いつまでに欲しい?」


「明日の昼」


「割り増し2割だな」


「いいだろう。最低限の必要事項をこれから言う。それを収集することが大前提だ。内容を確認してから成功報酬を支払う」


「信用ないじゃん。俺が要望に応えられなかったことある?」


「分かってるよ、だからここに来たんだ」


 男は満足そうに頷いた。裏稼業だからこそ、顧客との信頼がものをいう。


「請求は?」


「オヤジに送っといて。モノは明日取りにくるわ」


「はー相変わらずだね、穀潰しの次男坊」


「どうも」


 オリバーは振り返らずにそれだけ言って、その場を後にした。




* * *




 時は少しさかのぼる。選抜兵の五人が南北それぞれの地で任務に着いた頃。


 普段は使用されない旧講堂に養成所のグレード1から3に所属する訓練生約300人が集められた。


 かつてここは帝国の原型となった国家の、国教の礼拝堂であった。およそ200年前。大陸全土統一という野望を持った時から、帝国は特定の宗教への崇拝を禁じている。唯一の存在は皇帝であると。その時以来、帝国民――特に帝都周辺都市の民は、祈るべき神を失った。


 その昔祭壇だった場所からは宗教のシンボルははずされていたが、建物自体は改修を繰り返され、大切に残されていた。天井に描かれた教典の一場面を示すと思われるレリーフは、それを示すものが何なのか誰一人として講義ができなくなってからも、人間の持つ普遍的な審美性に働きかける力を失わず、文化財として価値が見いだされ、保管がなされていた。


 吹き抜けになった高い天井。濃色の木材を基調とした室内に、正面の幾何学模様に組まれたガラス窓から、淡い光が差し込む。礼拝は行われなくなってもその厳かな雰囲気は一片たりとも崩れてはいない。


 その講堂に、高らかに声が響き渡った。


「志願兵を集う。新型HF ovaを使用する特別任務だ」


「任務完了後、参加者には1つラインの位を与える。もれなく、だ」


 会場がざわめく。


 1つラインは尉位を示す。ランクAのエリートが軍人の養成所を出て与えられる初等ランクだが、Bランク以下の人間には望んでもなかなか得られない、昇進への確かな一歩となる位だった。


「明朝0900から1200ジャストまでエントリーを募る」


「枠は30名、ジャストだ」






 散会を言い渡され、講堂からざわめきと人が溢れ出る。


 エルザとアンは肩を並べ、寮への通路を無言で歩いていた。


「エルザ、アタシ志願しようと思う」


「アン? それがどういう意味か分かってる」


 エルザは立ち止まって目を見開いた。アンもまた立ち止まり、10cmほど背の高い相手を見上げる。


「分かってるよ。その内容すら言われない任務の後に約束された昇進なんて、殉職の特進だってことだろ?」


「なら……」


「なぜって? ……っていうかさ、アタシには他の選択がないんだよね」


 アンの顔はガラス越しに見える中庭に向いており、その表情は分からない。


「親に言われてるんだ。『帝国兵になって、命令聞いて死んで来い』って。そしたら、育てた自分たちのところに金が入るからって」


 事も無げに言った。


 エルザは何も言えなかった。エリア10に入所して以来、不器用な直情さがなぜか気にかかり、常に側に居た存在。だが、今になって彼女のことを何一つとして知らない自分に気付いた。


 しかし、目の前のアンからは、必死に平常通り振る舞おうと努めている様が見て取れた。口を引き結び、遥か前方を睨むように見据えている。


 その気持ちを慮るように、エルザはそのことについて、あえて重ねては聞かなかった。


 心を整えるようにため息を一つついて、アンに告げる。


「……先に言われちゃったね。私も志願するよ」


 今度はアンが驚く番だった。


「エルザ、あんたは医者になりたいんだろ?」


 アンの声が上擦る。


「これに志願したら、それもかなわなくなっちゃうよ?」


「……ここにいたって、叶わないよ」


 エルザは静かに首を振った。


 15歳になった日、両親からいずれエリア10に行かなければならないことを告げられた。その日から、いずれ完全に自分の夢をあきらめなければならない日が来ると覚悟して生きてきた。そして今日がその最後の希望を捨てる日だと、そう感じていた。


「もう、いいんだ」


 自分の夢は、捨てる。人生も、捨てる。しかし、この出征にそれに見合うくらいの対価を求めたい。


「無駄な血を流さない為に、この世には絶対強者が必要なんだ。意に背こうと思わないくらいの、従わないくらいの絶対的な強さを持つ存在がね」


 それはエルザの、様々な経験を経て自身に構築された帝国一強を肯定する考え方だった。


 アンは、はじめて触れる友人の思想に、戸惑いつつ。今一度自分が“任務に赴く意味”を考えた。


「行こう、アン」


 それぞれの思いを胸に、エルザとアンは肩を並べ廊下を往く。




* * *




 アンは自室の鏡に顔を映した。右目のすぐ上が青黒く腫れて、視界が悪い。


 今日の演習で機体ごと横転させられた際に、操縦桿に思いっきり打ち付けたのだった。


「容赦なさすぎだって、ほんと……」


 思わずため息が漏れる。


 先日告知された“任務”へのエントリー者は100名を超えた。すぐに選抜試験が行われ、30名がパス。任務の詳細を言い渡される前に、新型ovaの操縦訓練が開始された。


 アンはその30名に名を連ねていた。エルザは、その名がなかった。養成所の成績からいけば、エルザの方が数ランク上位。――必ずしも実力順ではないということ。そこには何かしらの作為が感じられた。


 今日もまた、慣れぬコントロールパネルに四苦八苦しながら、先ほどまで12時間に及ぶ訓練をこなしてきたばかりである。連日の過酷な訓練を物語る、鏡に映った傷と冴えない顔色。実際に目の当たりにすると、その場に倒れ込みたくなるほどの疲労がこみ上げてきた。




 不意に、窓の外で物音がした気がした。




 疲れからくる空耳か、と思いながら、アンはカーテンの引かれた長窓に目を遣る。


 時計は20時5分を示している。多くの訓練生は部屋に引き揚げている刻だ。ベランダで、隣室の訓練生が洗濯ものでも干しているのかと思った。


が、それにしては重量感を感じさせる物音が一度響いたきり。窓の外に注意を向けると、やはり人の気配がする。


 少し躊躇して、アンはカーテンを一気に開けた。


 まさにその瞬間、アンがカーテンを開けることを予期していたように、窓ガラス越しにオリバーが手を上げた。いかにも真昼間に偶然ラウンジで会ったかのような素振りだ。あまりに自然な動作に、驚くよりも脱力する。


「ここ何階か分かってるか?」


 窓ガラスを細く開けながら、アンが声を顰めて尋ねた。


 どうやって来た、という問いは馬鹿らしくて聞けない。


「慣れてるんで」


 しれっと答えが返る。


「玄関(おもて)から入ってくるのが礼儀じゃねぇの?」


「非公式の訪問はこちらの方が盛り上がるんだよね」


 正面突破もたまにはいいんだけどさ。と付けくわえて。


 あまりに悪びれていない様子に、怒る気も失せる。


「エルザなら、二つ隣だよ」


 凍てつくような声で言い放った。


――いたとしても、正拳食らって退散がオチだろうけどな。


「知ってる」


 しゃあしゃあと悪びれなく言う憎たらしさ。掌打を顔面に叩き付けてやりたくなる。――というか、いつの間にかその射程範囲内にちゃっかり歩み寄られている。相手の顔面までの距離は至近だ。完璧な形状を誇るオリバーの鼻の下、そこに生える産毛が見える距離感だった。


「近い、近いっ!」


 憎々しげな響きを込めて、アンは右手をオリバーの顔面に叩きつけた。


「ごめん。女の子への間合いにしてはちょっと下品な距離だった。……でさ、」


 全速力で叩き付けられた手を軽くいなして澄んだ青い目を瞬かせると、青年はすこし身を引いて適度な間合いを取った。


「今日の訪問先、間違った訳じゃないよ。目的はまさに君なんだよね、アン」


「は?」


「いや、喧嘩相手のロブ坊やがいなくなって寂しいみたいだから慰めに」


 満面の笑みで再び顔を近づける。


「よく見ると、かわいいね」


「殴るぞ」


「やめて」


 オリバーは高い声を作って両手を胸の前でクロスさせる。帝国の子供が手遊びする、防御の姿勢だ。目は真剣、に見せているが口元は歪んでいる。


――ほんとに、こいつは…。


 アンは大きくため息をついた。


「中に入れてくれない?」


 そのアンの耳に、オリバーは唇を寄せる。体臭と、オリバーが常用するコロンの混ざり合った香り。その艶かしさに、本能的に身を引く。


「ベランダだと、ちょっと声が漏れそうなんで」


「入れるわけ、ねぇだろ」


 アンは警戒を露にして、にべもない。


――だよね。


 とはオリバーも引きさがらなかった。それでは目的が果たせない。


「あんたの出自に関することなんだ」


 極々密やかに。耳打ちする。


 灰色の目が、青い目に注がれ、絡んだ。


 アンの目に浮かぶのは、幾許かの疑問。そしてその根底にあるのは不審。


「その反応。やっぱり知ってるんだ。ね、入れて」


 普段と変わらない様子で、オリバーは縋った。


 アンは表情を硬直させたまま、一歩身を引く。隙間に身体を滑り込ませるようにして、器用にオリバーは部屋に入った。


「どーもありがと」


 この男を部屋に招き入れて良かったのかという理性にはるかに勝って、聞きたいことがあった。


「何しに来た?」


「告知された任務に志願したって、マジ?」


「……」


「お前、出自はカレイマラなんだろ?」


 目の前の男がどうやってその事実を知ったのか。なぜ、そのことをあえて話題にする必要があるのか。


 アンは、探るように押し黙っていた。


「その事実を知っているんだろ? カレイマラで行われていることも、お前への帝国の振る舞いも、知ってるんだろ? 帝国に恨みはないの? 自分を造り出し、放置し、好き勝手した相手でしょ?」


 オリバーが身を屈めるようにして立て続けに問いを放った。アンを覗き込む。


「その帝国に噛み付くこともなく、言う通りにして、無駄死にする訳?」


「恨まないわけ、ねぇだろ!」


 思わず声を荒げたアンの口を、その白い大きな手で塞ぐ。


「ごめん。興奮させた。冷静に話そう。


憎いんだろ……? じゃあ、なんで? なんで任務に志願するんだよ?」


「帝国は憎いよ。アタシのことを勝手に造っておいて、その後の扱いもコロコロ変えてさ。私の前にも後にも実験の犠牲になった子どもがたくさんいて、それをまるでアタシの咎みたいに背負わせて。……あまりに勝手だよ。


――でも一方で。たとえ偶発的にであっても、その勝手きわまりない帝国の意向に左右されることのない立派な両親を、アタシに与えたのも帝国なんだ。


養成所に入る時さ、父さんに『金になるから、死んで来い』って面と向かって言われたんだ。でも、それが本心か偽りかなんてすぐ分かる。


生まれからして真っ当な人生を歩めそうになかったアタシに幸せをくれた。人の心を慮り、人を愛することを教えてくれた。その両親は……帝国の体制下で生きる生粋の帝国人なんだ」


 アンの瞳が、声が、揺れた。


「十八年だよ? そんな長い時間を、自分の本当の子どものように愛をもって育ててくれた人たち。今は、生まれた土地より、帝国の所行より、その人達の安寧な生活を保つ方がアタシには重要だ」


 オリバーは予想だにしなかったアンの心中に、口をつぐんだ。


 ヤンとレジを追いつめた、カレイマラの実験体という事実。その事実があれば、帝国に対する心は一つだとはなから決めつけていた甘さを痛感した。


「あんたはアタシに、帝国に離反せよ、って言いたいの?」


 アンは、徐々に理解しはじめていたオリバーの訪問の意図を、直球で問う。


 オリバーは顔を歪ませた。自分の尚早さを後悔した。


「もし仮に、アタシが帝国に離反する。―—そうしたら父さんは、母さんはどうなる?


だから、アタシはこの任務で死ぬんだ。帝国にとってほとんど用をなさなくなった“型落ち”のアタシを庇いだてしてくそ真面目に育て上げたがために、帝国での立場を悪化させている両親を、パイロットの才能の無いアタシは昇進で救うことはできそうにない。―—帝国の意のままになる子どもを育てたという栄誉しか、与えられないんだよ!」


 アンの強い覚悟に、オリバーは言葉も無かった。


 しばし、痛いほどの沈黙が部屋に流れる。


「……お前の決意はわかった」


 オリバーはアンの手をとって、床に膝をついた。それは帝国人の最大限に敬意を表する仕草だった。その行為で、オリバーは心からの謝意を表した。


――傷ついた者を救うつもりで、傷つけてしまった。“救いたい”という気持ちは、独りよがりで、ただの奢りだった。


 アンも、目前に膝を折る男のその心情を痛いほど理解した。


 真っ当で素直な考え方をすれば、オリバーの言う通りなのだ。帝国を恨む気持ちは確かに存在し、しかし抵抗する術がなく泣き寝入り状態なのは事実で、それに対する悔しさがないといったら嘘になる。本当なら、もっと。良い選択肢があるほうが好ましいのに。


 ほんの数秒、部屋を静謐が支配した。


 オリバーはつと立ち上がって、アンの肩に手をかけた。


「一つ、言っていいか」


 アンは灰色の目を、瞬かせる。つり上がり気味の、くっきりと形のよい目がいつもの強がりを忘れて素直に頷き、オリバーを振り仰ぐ。


 お互いに、覚悟の上で危険なほどに心情をさらけ出した。今紡がれるのは、まっさらで嘘偽りの無い言葉だ。


「お前は、お前の望む通りに生きればいい。ただ、その両親は、お前の死を喜ぶとは思えない」


 オリバーには、この少女をこのままむざむざ死へと向かわせるのは、耐えられなかった。


 キイロといい、ノベといい。自分は肝心な所で、いつも説得に失敗する。と、半ば自責の念にかられながら。それでも言わなければいけないと、思った。


「両親は養成所に入る前、お前にすべてを伝えたんだろう? それは、お前に自由な選択を与えるためだったんじゃねえの? 帝国に従順に育てざるを得なかった。けど、実際は、お前は帝国に従順である必要なんかちっともない。そう伝えたかったんじゃねえの?」


 言い置いて、肩をすくめる。


「まあ、両親の予想以上にお前は人間として真っ当に育っちゃったって事なんだろうけど……」


 オリバーは決して何ものにも侵されないであろう、アンの強情そうで曇りない目を見て、苦笑する。


「アン、死ぬなよ。どんなことがあっても、生き抜くことを考えてくれ。……もう、犠牲はたくさんだ」


 オリバーは代案も無く、それしか言えない自分を呪った。結局、状況は変わらない。いたたまれなくなり、長窓に向かい、アンに背を向ける。


 アンは、しばし考えるように押し黙った後。ぽつりと疑問を漏らした。


「オリバー……お前は、カレイマラと何の関わりもないだろう」


 外を向いて背を向けたオリバーは、是とも否とも答えない。


「なんで、全く関係ない事柄にここまで首を突っ込む? 下手をすれば一族処刑も免れない」


 半分だけ振り向いた、その整った横顔が笑った。


「大丈夫。俺の家族は絶対に足がつかないから……。オレの動く理由? お気楽次男坊の、道楽さ」


 その笑みはほんの少し、自嘲を含んでいるように見えた。

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