第18話 南方任務(3)

カレイマラの町並を抜け海岸線沿いの道を数キロ走ると、密林の中に造成された空き地が見える。まわりをフェンスで囲われた200メートル四方ほどの空間。一切の木々が伐採され、太陽の光がここぞとばかりに燦々とふりそそぐ。常に湿り気を含んだヤズラ半島独特の黒土も、強い日差しに表面が白っぽく硬化し、風が吹くたびに粒子が巻き上げられ、視界がやや煙った。


ここがカレイマラでの任務の舞台だった。




中央にはヒュージファイターovaが二機佇んでいた。

検証の対象と、それに対峙するオリバーの機。

50メートルほど離れ、その周りをヤン・レジ・タリムが囲んでいる。




「開始時よりメインで闘うのはオリバーだ。他三機は待機しろ。ただし、相手はどうでるか分からない。突然攻撃対象を変更することもある。油断するな」


スリディビからスタンバイする各位に向けて通信が入る。


「オリバー。HFのしとめ方をレクチャーする。まずセオリー通り、足を封じて動きを止めろ。挙動がある程度制限された所でコックピットの下部を狙え。HFの基部だ。

それで相手の動作を止められる。その後、コックピット周辺に、支給したものを使用しろ」

「すべて“消す”んだな、了解」


オリバーは、投げやりな声で答えた。






「GO」


コックピットで無線越しにその言葉を聞いた瞬間、オリバーは目の前のHFが膨張するような感覚を覚え、その“異変”に気付いた。

それは、相手方のパイロットが“自我を失う”合図だと。過去数回奇しくも同じ現場に居合わせたことのあるオリバーは瞬時に理解した。


だからその事にもう心を動かされることはない。

あまりにも繰り返される光景に、皮肉なことに耐性ができていた。


「……本当に。国ってのは嘘つきだよな。何が検証のためだ。むしろ、暴走化の実用試験みたいに見えるんだけど?」


人をモノとしか扱わない帝国の所行に対して、驚きは失った。しかし、それに対する怒りは……




決して消えない。




「わかっちゃうんだよ。もう四度目だから。

なんで、みんな俺の前でそうなっちゃうんだよ。まるで俺が諸悪の根源みたいじゃないか……」


貧民街のキーロ。カレンツの逃亡者。タカノリ。そして、今。


「なんで、だよ」


コックピットに、オリバーの叫びが響く。けして、外部に響かない、孤立した叫び。

相手方のovaは一瞬、オリバーから照準をそらして他の三機に向かおうとした。が、次の瞬間には思いとどまったように。再びオリバーに対峙する。


「気が変わるのかい? それとも、理性が残っているのかい? 暴走化していても…」


血が出るほどに唇を、噛み締める。


「ふざけんな」


オリバーは腹のそこから叫んだ。


「ふざけんなよ! なんでそんなに簡単に帝国の意のままになるんだ! なんで弄ばれてんだよ!」


オリバーは怒りに任せて、“切り替え”を行った。

相手はその異変を感じ取ったのか、反射のように身構える。無駄のない動きだった。

相当なスピートで繰り出されたオリバーの一手目は、簡単に振り払われた。

オリバーは“セオリー通り”という倒し方が一筋縄ではいかないことを、一瞬で理解する。


「スリディビ」


オリバーが回線越しに問う。


「“アレ”もう、使っちゃっていい?」

「ダメだ。照射先を地面に向けられない状態では絶対に使用するな」

「じゃ、加勢よろしく。オレだけじゃ、この機を押さえるの無理だわ」

「……実力不足、を自己申告か? 本部にはそのまま報告するぞ」

「べつにいいよ」


オリバーはやる気なく答える。


「もう少し、逃げ回れ。そのうち加勢する」


スリディビはオリバーにそれだけ言って、密かに司令室に検証のシナリオ選択を示す一つ目の定型メッセージを送った。




15秒後。激しく打ち込まれていたオリバーが足枷になる前に変形した左腕の物的シールドを切り話そうとした瞬間。

相手方のHFは急に方向転換をした。北側に待機するタリムのHFへ滑るように向かう。


「タリム、応戦できるな?!」


スリディビのその質問にタリムは答える暇がなかったとみえ、無言で戦闘態勢に入る。正面から振り下ろされたパイプを、自機の装備する長棍を使い絶妙な角度で受け、力をそいだ状態で薙ぎ払った。

凄まじい音響と共に、長棍が妙な角度に折れ曲がった。タリムの感覚値からも周囲の目からも、受け方は完璧だった。しかし、威力を最大限に殺して尚この威力。

相手方が手にするパイプもまた、変形していた。それを一切気に留める素振り無く打ち振るう。

タリムは寸での所で後退するが、コックピット前面の強化ガラスをパイプが掠め、その周囲が三十センチほど白く曇った。


「タリム!」


タリムの不利は歴然としていた。次の一打が決定打になるかもしれない、そんな状況下で。

しかし、相手が追い打ちをかけることはなかった。

今度はヤンに向き直り、恐ろしい速さで接近する。


「ヤン、お前が制止しろ」


スリディビから指令が入る。


「ラジャ」


気のない返事とは裏腹に、ヤンの行動は迅速だった。相手の機がヤンの間合いに飛び込んだその瞬間。正確に一手、HFの地面との接点となる足と上に伸びる脚部の付け根、接合点に突きを入れる。接近戦で移動速度が30km/hを超える中、その攻撃を寸分違わずできるのはヤンだからこそと言えた。


重心を保つその要を突かれて、相手方は音と砂煙を立てて後方に倒れ込む。


「オリバー。今が“使い時”だ」


スリディビが告げた。


「ラジャ」


オリバーは肩に装備した“支給されたもの”を操作した。

反動の衝撃と、圧倒的な光量がコックピットを襲う。オリバーはゴーグル越しに目を細めた。

光が消えた時。目の前のHFはコックピットと基部もろとも。跡形もなく腹部が消えていた。肩口の装甲と脚部だけが、辛うじて形をとどめて残っている。


サンプル一体目の検証が終了した。


「こんな胸くそ悪い経験は初めてだ」


オリバーが吐き捨てた。


「まるで処刑、だな」






「次。ヤンがメインだ。他三体は番号の低い方から北側、時計回りに三方につけ」


間を置かず、スリディビが無造作に促した。

ヤンは黙って中央に進んだ。前方から、また一機ovaが姿を現す。






「GO」


中央に佇む二機に、同時に指令が入った。

それは戦闘開始の合図……のはずだった。

一陣の風に、太陽の光にあてられ水分を失った砂が宙を舞い、視界を悪くする。しかし、視界が開けてなお、その機体は動かなかった。


時間にして数秒。妙な沈黙が、その場を支配した。

その“間”でヤンは理解した。相手の機に何が起こっているのかを。


「……イアン?」


ヤンは、おそらく、敵方に通じているであろう回線を開いた。


「お、お兄ちゃん?」


驚いたように、高い声が返答する。


「イアンなんだな?」

「うん。お兄ちゃん、僕、GO(行け)の合図を聞かなかったよ」


ヤンは、こみ上げてくる感情を飲み込むように、微かに震える声で少年に話しかける。


「よく、聞かなかったな。クリームを食べさせてやる。早くそこから出て来い」

「やった。お兄ちゃんともう会えないかと思っていたもの。楽しみだったの。くりーむと」


ふふ、と少年は恥ずかしそうに笑った。


「お兄ちゃんに会えるのが」


じわり、と焦りを感じるヤンにはその言葉の半分しか届いていなかった。

精鋭兵である彼は、強制切り替えには機内での操作の他に、もう一つ起動方法があることを知っていたからだ。

すでに開始の合図から一分が過ぎ、傍らの回線からはスリディビの訝しがる感、次の手への挙動が伝わってきていた。


「イアン、降りてこい!」


ヤンが叫ぶ。

その瞬間、イアンの乗った機体が大きく震えた。


「イアン! 早く降りろ」

「ガッ……」


回線越しにイアンが、声にならない声を上げる。


「イアン!」


もう一度呼びかけた時には、もう相対する者はイアンではなかった。

精鋭兵であるヤンには分かっていた。強制切り替えが、遠隔操作で行われたのだ。

ゆらり、と自機に向かうHFの、どこにもあの少年の意識はない。






もう、二度と戻ってこない。






“元はイアンだったもの”を乗せたHFは奇声じみた摩擦音を上げながら、ヤンに向かう。

ヤンの乗ったHFは微動だにしない。構えもせず、武器を持った両腕をだらりと下方に下げたまま。回避する気配も、防御する気配もない。

イアンのHFが長棍を振り上げて、間近に迫った。


「ねえ、何やってんの?! 死んじゃうよ! ヤン!!」


見かねたレジが、間に割って入り、その重い一打を受け止めた。

ヤンは、沈黙したままだ。


「ヤン?!」


ヤンの反応の鈍さに、レジは舌打ちして意を決する。


「ディビ、私がやる。いいね?」

「……いいだろう」

「レジ! やめろ」


ヤンが声を張り上げた。

「はあ?!」と、常と全く異なるヤンの様子にレジは疑問詞を投げかける。


「ヤン、何なの? 急に変だよ?! これは任務なんだよ?」


いつもと異なるシチュエーション。それが、レジを動揺させていた。その一瞬の隙を突くように、相手方のHFから突きの一撃が繰り出される。

日々の鍛錬で染み付いた反復行動。レジは頭を介さずに動作し、瞬時に機体をひねる。

が、すべてを避けきれずにレジの肩口の装甲が、一枚宙に舞い上がった。




スリディビは実験体の行動に首をひねった。対象切り替えの指示を、すでに30秒前に本部に出している。これだけ指示が通らないということは。その結論は一つしか無かった。


回線を開く。


「全機に告ぐ。対象は完全暴走を始めている――即刻機能停止させろ。レジ、いいな」

「ラジャ」

「レジ! やめろ」


レジの応答に、ヤンの叫びが被る。


「ヤン、もう“彼”が戻ってこないのは、わかっているだろう?」


スリディビは切り捨てるように言い放った。


「ディビ、今日のヤンは何なの?! 何があったっていうのよ?」


レジはそう言いながら、間をおかず正面の機体に攻撃を繰り出す。

一体目のHFを静止したヤンの行動に見劣りしないくらい、見事な薙ぎ払いを見せた。スピード・重量感。すべて完璧に、相手の脚部に決まり、足下を掬う。HFは瞬時に横転した。


「レジ、やめろ」


ヤンは鋭い声をあげた。


「どうして?」


レジはその返答を待たなかった。眼前のHFに条件反射のように、正確に一撃を食らわす。

コックピット下部の基盤に右腕装備のライフルが至近距離から放たれ、数弾貫通した。間を置かず左手装備の長棍がコックピット周辺の装甲を容赦なく歪ませる。

相手の機能停止を確かめて、レジはオリバーが先ほど使用した“抹消のための武器”を構えた。


「レジ、それだけはやるな!」


ヤンはそう言いおいて、自機のコックピットのハッチを開けた。


「ヤン、何をしている?」


スリディビが鋭い声を上げる。


「ヤン! やめろ!」


スリディビの鋭い制止も全く気に留めず、ヤンはコックピットから外に出る。

ヤンの行動に、“尋常ならざるもの”を感じ取った他のパイロット達も何かに憑かれたようにハッチを開けて外に飛び出す。




ヤンは他の者を見向きもせず、横臥する機体の無惨に打つ砕かれたコックピットに通じるハッチを開いた。

電気系統はとうにショートしている薄暗いコックピットに、外からの光が差し込んだ。操縦者の大きくせり出した額、そして中央の傷が目に飛び込む。


「なに、これ」


背後から覗き込んだレジが悲鳴のような声をあげた。その異形と言える姿と、そしてその身体の華奢さを見て取ったからだ。

ヤンは、その亡骸を抱き起こす。その目はただ、空虚だ。


「パイロットは、子どもじゃない!」

「……っ」


タリムが喉を詰まらせた。

オリバーの顔色は蒼白を通り越して、灰色に近かった。血の気という血の気が引いている。

スリディビだけが、事を冷静に見守る。


「子どもだろうが、大人だろうが、対象は殲滅する。それが正しい。オリバー、レジよくやった」


その言葉に対して、誰も声を上げる者はなかった。誰も聞いてはいない。聞くどころではない。


「気にするな。あれは何も思ってはいない。その為に、作られた存在だ」


スリディビが確認するように、重ねて言う。


「その生の目的を果たしただけだ」

「そういう問題じゃ、ナイ!!」


タリムが悲鳴のような声で叫ぶ。


「そういうことじゃない、違うダロ!!」


それは絶叫に近かった。


「タリム、やめろっ」


オリバーがタリムの危険を察知し、制止する。


「タリム。選抜兵としての心構えを述べろ」


スリディビが徹底して感情の見えない、歯向かう者に対しての容赦のない視線を向けた。


「1無私2無欲3無感情 タダ自分を機構ノ一つと思えっ」


語尾を吐き捨てるように。タリムが叫んだ。


「今のお前はどうだ」

「そんな無我ノ境地にいれるわけ、ないダろっ! 頭おかしいよアンタ」


スリディビは表情を変えないまま、タリムに告げた。


「問題発言と見なす。タリム、お前は矯正施設行きだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る