第14話 北方任務(1)
数日後、重体のノベを除く選抜兵の五人に任務が下された。
ロビンはクリストファーそして紅一点のシルビアとともに大陸の北方、カルディアへ。オリバー・タリムは精鋭兵のヤン・レジ等と共に南方のヤズラ半島へ。
各々の胸中に様々な思惑を抱えて、兵士たちは任務の地へ向かった。
***
「ovaの操作方法の教授、だって」
帝都から軍用鉄道、ジープを乗り継いで丸一日。長時間の移動に辟易した様子で、シルビアはジープの後部座席で大きく伸びた。
「ずいぶん平和然としてるじゃない?――私たちが何か起こさない限りは、だけどね」
シルビアは車窓の外、乾いた砂地の無味乾燥な景色に目を遣りながら言った。
その様子にクリスは苦笑する。
「考えたくないが、そういう可能性もあるかもな。カルディアは先の統一戦争以降も独立の気概が強い。一つ火種を投げ込めばすぐに事が勃発する」
「その方が、やる気になるんだけどな〜」
シルビアはそんなことをさらっと口にする。
ロビンは、隣に片膝立ちで腰掛けるこの恐ろしく攻撃的な女をまじまじと見た。
亜麻色の髪、ブルーアイズ。目鼻立ちは女性らしく小作りで、愛らしい。兵士としては小柄だが、身体はしなやかに良く鍛えられている。年齢は二十代半ばに見えるが、本人が頑に口を割らないので実際は分からない。殊に年齢に関しては、先だって聞きだそうとしたオリバーが、瞬時に玉砕したほどのガードの固さだった。
ロビンの視線に気づいたシルビアが、目線を寄こした。
「だって、端からそういう思惑なんじゃないの?」
きっぱりと言い切る。
「でなきゃ、あんなことになった最新鋭のHFをこうも公然と運ぶと思う?」
その問いに、他の二人も即時にNOと言えなかった。
三人が移動している、その同隊列内に、五機の最新型ヒュージファイターが輸送車に乗せられて運ばれていた。
カルディアはじめ、武装蜂起のおそれ強いのある辺境地域の郡境に設置されるキャンプは〝警備隊〟と銘打たれ、内実はそう変わらずとも、名目だけは正規軍とは一線を画すように配慮されている。
まがりなりにも自治が例外的に認められている地方に、手厚い兵力を配置することは挑発行為と見做され、余計な事態を招きかねない。その斟酌に基づき、兵器の配備はあくまで地域の治安維持のためのものであり、よって銃器類の軽武装に留まっていた。少なくとも、ヒュージファイターが配備されることはまずなかった。
それが、ここに来てヒュージファイター――それも、最新式ovaの搬入。
だからこそ、今回の事態の異常性を察知し、三人ともただならぬ気配を感じているのだ。一旦事があれば一触即発のカルディア郡境に、最新鋭の兵器を持ちこむことが意味するものは、一つしか考えられなかった。
「少なくとも、オレはそんな事態ごめんだ」
と、クリス。
そしてロビンは、心中泡立つものを感じていた。無視すると端から決めていたケンのメッセージ。しかし、この手のうちにあるものが、事の重要な鍵を握るかもしれないとそう感じ始めていたからだ。
「悠長ねぇ。『ごめんだ』って、いざ直面して回避する術なんて私たちにないのに」
「いや、今回は事が起こらないと踏んでいる。最新型が従来のものと威力が格段に違うとはいえ、領内に数十機のHFを抱えていると考えられるカルディアに新型とはいえたった五機でどうこうできるとは考えにくい」
クリスは自らの仮説を確かめるように、噛んで含めるように話す。
「じゃあ、手の内を明かすような今回の任務だけど、帝国側のメリットはどこにあるわけ?」
「今回の狙いはカルディアの内情把握ってところか? Ovaを領内に持ち込んでガイダンスし、先方の反応伺いに俺たちのような〝兵器〟を投入っと」
本当に、そうなのだろうか? クリスは自身の導きだした仮説に得心がいかない様子だった。
「あっはっは。兵器ね。おっかし」
シルビアが声だけで笑った。
「……人間兵器だろうが何だろうが、それで飯が食えるんなら、文句無い。誇りや良識じゃこの世は生きられないからな」
面白くもなさそうに、クリスはぼやいた。
***
選抜兵の三人と、別車両で入国していた技師のサーニンは、カルディアに到着後すぐに本部で指令を受けると、そのまま駐屯地のキャンプに併設される食堂に流れた。
カルディア地方の入り口ははてなしなく続く砂の舞う荒涼とした平野。数十キロ続くその平野を抜けると、低い山脈がいくつも連なる〝低地〟と呼ばれる土地に出る。平野と異なり、山筋にはいくつもの泉とそれに連なる沢が存在し、緑豊かな、カルディア地方で一番気候条件の穏やかな土地である。その山脈を超えると、背後に岩肌をむき出しにした高い山々がそびえ立つ。低地に対して〝高地〟と呼ばれる土地である。その背後は山脈の裾野が直接海へつながり、ほとんど人が足を踏み入れない未開の地になっている。
カルディアの民は低地にいくつかの集落、都市を構え、大部分が居住する。その背後、低地と高地の間に首都の機能を持つ都市バーングがおかれていた。
帝国兵の駐屯が許されているのは、低地の要所の一つ、小都市ケプクの場外キャンプだった。小都市ケプクからカルディアの奥地に向かって伸びる街道が、唯一直接バーングにつながる道であるだけに、カルディアにとっても要塞の役割がひときわ強い都市であり、それより先の帝国兵の入領は帝国・カルディア間で終戦時に交わされた規約により難く禁じられていた。
「で、一月かけてカルディア兵にovaの操作を教えるのが私たちの任務ってこと?」
ケチャ・カプを口に運びながら、シルビアは同僚に問う。
ケチャ・カプはカルディア風の煮込み料理で、羊肉と野菜をケチャという独特の香辛料で煮込んだものだ。香辛料が身体を温め、放りこまれる具がごろごろと武骨に大きくて、たいそう腹もちがよい。現在は一年を通して都市に住まう人間が増えたが、もとは遊牧民の暮らしをしていたカルディアの民の郷土食である。
「なんだー生ぬるいな。兵器を使って友好ごっこ? 気持ち悪っ」
「お姉さん、少しボリューム下げた方がいいかもね」
シルビアの至極物騒な意見に、サーニンが笑顔で返す。
「はぁ? 私みたいな雑魚(ザコ)の些細な暴言にいちいち突っかかってたら、帝国の忠実なるお犬様が何匹いたって足りないよ」
「卑下してるんだか、尊大なんだかわかんねぇ奴だな」
クリスが笑った。
「選抜兵ごときが小物であることは確かだけどさ」
横合いからしゃあしゃあとサーニン。
「他人に敢えて繰り返して言われると、ムカつくよね」
シルビアは憮然とする。
「余計なことは、口にしない方が賢明でしょ」
サーニンの指摘はその通りだったから、シルビアは一旦黙った。
「操作技能の教授方は四人なんでしょ。あと一人、って誰よ?」
「精鋭から来るらしい」
「…そ。カルディア側の受講人数は?」
「巡警隊の選り抜き五十人」
「選り抜きで? 五十人?」
驚いた様子で、問いなおす。
「多いと思うか?」
クリスの発言に、シルビアは頷いた。
「カルディアの総人口。昨年時点の統計で51万464人。対して巡警隊員の数、3万7000人弱」
「ちょっと……巡警隊って何? 治安維持目的にしては、多過ぎじゃない?」
「〝巡警隊〟というが、軍として機能しているものではないらしい。実際は青年団みたいなものだ。人口に対してかなり比率が多いのもそのせいだ」
「そのただの青年団が、HFをバンバン独自開発して、その機動能力は帝国軍をも凌ぐって噂だけど?」
サーニンが口を挟む。
「その噂、おおむね正しいと見ておくのがいいだろうな。それがカルディアの民が戦闘民族と呼ばれる由縁なんだ。帝国語の学習、兵器の取り扱い、戦術や諜報活動の基礎を全領民が義務教育される土地柄なんだから……人口は帝国の総数と比較して3%に満たないが、HFの操縦ができる者の人口比率は圧倒的に高いだろうな。シルビアが言ったように、今回の五十人は選り抜きなんだから、その土台の数、押して知るべし、だ」
半ばあきれるようにクリスは述べた。
「自治を認められている状況に、ただ甘んじてる訳ではないってことか」
と、ロビン。
――帝国を一つも信用していない。
カルディアが今日まで自治を保ってきた理由。帝国に迎合した他国、人々との差異が何となくわかったような気がする。そして同時に、三十年間その意思を維持し続けるカルディア人に畏怖を感じた。
「どうした、ロビン」
「いや、その噂が真か偽かでいったら。真であった方が納得がいくな、と思って」
「ま、ね」
シルビアが素直に同意した。
ここに来てまだ二日。
だが、戦うものの勘――とでもいうのだろうか。選抜兵の三人は何となくこのカルディアの民が秘めている真価に感づいていた。
***
ギンッ
金属が真っ向から対立する音が、広い練兵場に響いた。
レンガ色の機体が二機、躍る。まったく同じ型で、脇腹に白の塗料で記されたナンバリングで辛うじて機体の判別がついた。
2と5。
それぞれは、クリスとシルビアに与えられた機体だ。
2が高速で振り下ろしたステッキを、5は余裕をもってその右手の分厚い装甲で遮る。
「いい動きだな」
「この間、叩き込まれたばっかりでしょ?」
全く淀むことのない、無駄のない動作。
精鋭兵との戦闘時に与えられた機体と同種とは言え、それほど時を経ずにこれほど滑らかな操作を見せるのは、さすが選ばれし者だけある――と、一度でもヒュージファイターの操作をしたことがあるものなら分かるはずだ。
逆から、ナンバー2の左手が伸びる。
ナンバー5――シルビアの機体の右手が拘束された。この至近距離で、近距離武器のステッキを封じされると、他に成す術がない。
「さ、出番だな。トカゲのしっぽ」
クリスがシルビアを煽る。
〝トカゲのしっぽ〟の意味するところは、先だってカレンツに於いて跳躍型HFがオリバーを相手に見せた技のことである。接続面からある部分を切り捨てて、束縛を脱して武器を切り替える行為のことをいう。一応正式名称はスケープゴートと言うのだが、惜しげもなく腕一本を捨てて武器を切り替える様がトカゲの自切行動に似ているところから、兵士たちの間ではこれで通じるようになった。
「嫌」
シルビアが一言の下に切り捨てた。
「ここど田舎でセルフメンテ必至だから、アレやるとめんどいの。わかってるくせに。この性悪」
「そりゃどうも」
「ほめてねっつーの」
そう言うが早いか、拘束された右手の肘を突き出す。5を拘束している部分、2の手先の輪をつくった接続部分が緩み、5は右手の自由を取り戻す。
ヒュウ
回線越しに、感心。の意のこもったサーニンの口笛が聞こえる。
「HFに古武術でも習わせてるのかい? お姉さん」
「姉さん、姉さんって。私はあんたより年下だっつーの」
「え、うそぉ?」
「おいあんたら。揃いもそろって……音声は録音されないからって、わざとらしい会話の押収すんな。ちょっと黙れ」
ロビンが遠隔から突っ込んだ。
ヒュージファイターの操縦席と練兵場に設置されたビデオカメラには、レコーダー機能が備わっており、操縦席内での操作とそれに伴うアクションが同時に記録される。これをリンクさせて編集すれば、操作方法の教材になるという訳だ。
「……緊張感皆無の会話も自動で収録されちゃってるんだよ。データの無駄だ」
練兵場脇のプレハブでは、視聴覚ルームに中継で2つの映像が生音声と共に運ばれてくる。そこでは、ロビンとサーニンが送られてくる映像にシナリオとの不備がないか照合作業を行っていた。
「音声データなんて終了後に即ゴミ箱行きでしょ? 結果的には動作は全部指示通りに動いているんだし」
「カシマシイ音声入りで聞いてるとまだるっこしいんだよ」
「音声抜きのVTRで見たら、そんなに悠長に見えないから大丈夫」
ま、その通りだとは思うのだが。それにしてもこの緊迫感のなさ。
「シナリオ通ってとこがテンション下がるんだよねぇ。ロビンみたいに黙ってやるのは私は無理~」
「俺も無理〜」
声音を似せて、室内のサーニン。
そうこう言いあっているうちに、アクション49〝離脱〟の録画が終了した。
「次、ラスト。アクション50よろしく」
「はいはい」
「あら、今日の私ってなんだか女優みたいね~」
シルビアの声が心なしか弾んでいる。
「一つ言ってもいいか?」
ロビンはあえて、水を差すように言った。
「シルビア、ほんとに次のアクションシナリオ頭に入ってるか?」
「なんで?」
回線越しに、音声だけで一同が呆れた素振りが伝わった。
クリスが仕方なしに返答する。
「50はスケープゴートが入るからな。躊躇せずやれよ」
「え、マジ? 誰がその後始末をすんのよ?」
「俺、これ終わったら躯体解説の講習に参加しなきゃ行けないから」
本業のサーニンは即座にバックれた。とりつく島もない。
「3分後に回すぞ。開始前にシナリオをそっちの画面に流すからもう一度確認しとけ」
「人で無しっ」
シルビアの抗議は無言のうちに却下された。
***
「もー最悪」
シルビアは悪態をつきながら、スパナを握った腕で額の汗を拭った。外気は肌寒いくらいだが、体高が平均値で5メートルを超えるHFの機体のメンテナンスは、身体をフルに使う大仕事だ。
拭った後のシルビアの額にはエンジンオイルの跡がくっきりついた。本人は、まったく気づいていないようだ。
「俺たちも同程度のメンテナンスがあるんだ。あいこだろう」
クリスがなだめる。
「ってか、教材作成に整備に修繕?! なんでこんな地味な作業ばっかさせんのよ。もう一人の犠牲者も早く来いっつーの。朋連れにしてやるからっ」
シルビアはうっぷんを晴らすかのように声を張り上げた。精鋭兵から派遣されるという、もう一人の教授方については、今日到着との報を受けている。
「来たみたい、だな」
クリスが入り口に視線を向けて、呟いた。
自然、他の二人の視線もその方向へ集まる。
「ちょっと…」
シルビアは声を出したものの、その後二の句が継げなかった。
薄汚れたプレハブの整備ドッグ。開け放たれたシャッター扉から姿を現したのは、鳶色の髪を刈り込んだ、長身の男だった。象牙色の肌に形のよい琥珀色の目。眉は濃く、目鼻立ち華やかで、口元には柔和な笑みが浮かぶ。
精鋭兵の中では一等直情的という評があるが、柔らかい外見と相まってあくまで平常時に醸す雰囲気は物静かで穏やかだった。しかし、その奥底には相対する人を緊張させる何か鋭利なものを秘めている。そんな気配のある男だ。
「ハーケン…」
クリスがその名を呟いた。HFの猛者の揃う精鋭兵。その中でも抜きんでた辣腕で聞こえるハーケンだ。まさかこんな辺境で、しかも同じ任に就く者として目にかかるとは思ってもみない。
「まーた、血なまぐさい男が来たわね…」
シルビアは極ささやかな声で隣のロビンとクリスに囁いた。
「〝修羅〟です。よろしく」
ハーケンはそう言いながら笑ってこちらに向かってくる。
「今の言葉、完全に聞こえてたな……」
クリスが苦笑し、シルビアはバツが悪そうに肩をすくめた。
〝虎〟に〝修羅〟――彼につけられた通り名は、いかにも獰猛で猛々しい狂乱的な人物を想像させる。が、本人の外見はイメージとはそっくり真逆の優男ときている。
「どうも。かき回しに来たよ」
冗談か、本気か。ハーケンは変わらない笑顔で三人に向かった。
「僕のマシンはナンバー3?」
ドッグを見回して、砕けた口調でハーケンは問う。
「YES」
「ちょっと肩慣らしに乗ってみたいな」
「この時刻なら練兵場が空いてる」
クリスが折よく情報を提供する。
「いいね」
ハーケンは手を打って。
「シルビア? また一戦どう?」
シルビアに声をかけた。選抜カリキュラムで、一度対戦している二人である。シルビアは心底勘弁、と眉をしかめた。
「ねぇ、この機の状態見えてます?」
案の定スケープゴート後の再結合に手間取って整備は道半ばだ。
「んー残念。この間の強化試合では負けちゃったし」
「あのね。ケンカ売ってんの?」
シルビアの髪がゆらっと、波打った。
「あんたあの時防戦一方だったでしょ。私が自由に打ち込める状況なんだから、いずれマシンは沈むにきまってる」
疑問をぶつけ、問いつめる。
「ずっと言ってやりたかったのよ。なんであの時、まともに対峙しなかったの?」
ハーケンはシルビアの顔面を凝視していた。顔を徐々に近づけて、たじろいだシルビアの額に徐に指先を当てる。
「な、何?」
黒く染まった指先を見せる。
「黒いよ。お姉さん」
シルビアは一瞬呆けて。
「あんたより、年下だっつーの」
眉間にしわを寄せて毒づいた。
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