第12話 天才エンジニア(1)

タカノリ・ノベの暴走事故は、帝国帝都では式典の余興として片がついた。しかし、大陸で唯一、その事態に首を縦に振らないもののために、帝国軍部は奔走していた。




大陸の北東部、カルディア地方。


統一前はブレスタンという小国であった。大陸の2%ほどの面積を締める領土に、五十万の民が住まう。すでに廃れてはいるが、もともとは高原を気ままに流浪する遊牧の民。人々の気性は勇猛で、大きな力に屈する事を諾としない。

そのため統一戦争期には小国が次々と帝国に下る中、カレイマラと並んで最後まで抵抗を続けた土地柄であった。


帝都から遠く離れているという地理条件に加え、奥地の山脈には貴重な鉱山資源が豊富に眠っており、その供給路を断たれることを恐れた帝国は、自治権を認めるという懐柔策を持ってして地名称の変更のみ帝国の意を容れるよう説得し、表向きの統一を終えたという経緯がある。




そのカルディアが、今回の一件に意見した。


統一以来三十年の間、帝国はカルディアへのインフラ技術向上のための人員派遣や教育水準の上昇のための支援。カルディアからは鉱山資源の定量輸出という取り決めの間で、両者は危うい均衡を保っていた。

だが、今回の一件で帝国内におけるHFのアグレッシブな開発姿勢が明るみに出、何を目的としての新兵器開発か、と。そう外交ルートつてに強い指摘が入ったのだった。


カルディアからは早々に視察団として数名が派遣され、帝国側は新型ovaの暴走という事態をあくまで想定内として取り繕うとともに、何としてもovaの絶対的安全をカルディア側にアピールしなければならなかった。

三十年越しの野望を結実させるための絶対条件である〝ovaをカルディア領内に導入せしめる契約〟をつい先日取り付けたばかりだったからだ。その契約だけは決して白紙に戻してはならない。それが、帝国中枢の強い意向だった。




整備ドッグ。

現場では技師長のケンがカルディア視察団に対してovaを前に式典の仔細について説明を行っていた。


「それでは披露式典当日、最新型の純白の機体が見せた動き。HF四機が束になってもなお均衡する力を持っていたあの異常な動きは、正常動作の範囲内ということですか?」


問うのはまだ十代の少女だった。銅色の肌。漆黒の腰まである艶のある髪を長く編み込んで背にたらしている。面の中でひときわ目立つ意思の強そうな瞳は大きく、純粋な光を湛えてひときわ彼女の顔を幼く見せていた。


「はい」


ケンは手短に、質問だけに答えた。


「それでは試験的に同じシチュエーションを作り、その動きを再現してもらいたい」

「それは、無意味です」

「なぜ。それでは貴方(きほう)が説明責任を果たしていないと考えざるをえない」

「検証自体を否定している訳ではありません。検証の意味がないという根拠から、無意味と申し上げています。最新型の動作の範囲はパイロット個人の資質によるところが大きい。つまり、ノベ当人以外のパイロットでどの程度の精度が上げられるかというところに疑問があると言っているのです」

「ノベ当人を出せば良い話でしょう」

「最新型において切り替えを行ったパイロットは心身を消耗します。現在のノベは最低でも半月の休養を必要としています」

「疑問が二つに増えました。まず一、そのパイロットの著しい心身疲労という状態変化について、なぜ貴方からの報告書に記載がなかったのか。そして、二つ目。なぜ代理での検証が不可能なのか。ノベのパイロットランキングは精鋭・選抜中で下位であると報告書には記載してある。それを上位の者になぜ再現できないというのですか?」


追求はあくまで厳しかった。到底二十歳前の少女が紡いでいるとは思えない言葉に、帝国の面々もひやりとする。


「一については、検証の段階で切り替えの実験を十分に行っていなかったこと。それが大きな要因です。パイロットへの予想外の負荷、激しい心身消耗についてはあの式典ではじめて判明したことでした。この事については、十二分な検証を怠った我々に100%の否があり、報告書にもその想定を記載できなかったこと、深くお詫び申し上げます。しかし、決して虚偽報告や報告義務を怠った訳ではないことはご理解いただきたい」


ケンはあくまでよどみなく、冷静に回答する。致命的にならない事項に関しては非は非として認めつつ謝罪し、しかし直接契約解消に響きそうな箇所は巧みに故意でなく過失として責任を逃れる。


「二つ目は?」

「二点目につきましては、先ほども申し上げた通りです。個人に由来するというのは、ランキングの基準となっている機化種としての総合的な能力ではない、切り替え後の力の増幅度合い、その点のみです。現状までに得ているデータによれば、この一点で見た場合、ノベはHFパイロットの中でもトップクラスの能力を持つという結論が出ています。よろしければそのレポートもこの場でご覧いただけますが」


少女は首を振った。帝国が用意する、帝国の言い分を優位に導く資料など見る価値はない。ケンも少女がそれを見たがるとは毛頭思っていない。そのまま言葉を継いだ。


「さらに。これも先ほど申しましたが、最新型は切り替え後、パイロットに過重な負担を与えることが判明しました。それが解消しない限り、人道に基づいてその状態に自国の兵をおくような行為はできません」


人道に基づいて。この言葉が誰の耳にも上滑りして聞こえた。けして尻尾を出さず、のらりくらりと交わすケンに、少女は焦れ、憤りすら感じながらも、これ以上の追求は自分の能力では無理だと感じていた。


「〝切り替え後〟のパイロットへの過剰な負荷の解消につきましては、目下最重要項目として取り急ぎの検討を進めています」

「……それが解消されるまでは、契約は保留とさせていただきたい」


現時点で、その結論を伝えることまでが自分が兄に託された任務だった。可能であれば追求を進め、ボロを出せば切り込んで行く所存だったが、相手の方が一枚も二枚も上手であることを認めざるを得ない。自分の至らなさに歯噛みする思いで、ケンをキッと正面から見つめた。


「当然のことです」


ケンは当たり前のごとく即座に頷いた。あくまで表面上は真摯に。ケンはその態度を最後まで崩さなかった。




***




同刻。整備ドックの片隅で、自分に与えられた新型機にサーニンと二人で向かうロビンの姿があった。


過去に遺恨を残すケンが開発し、ノベを無惨な姿にした最新型など見るのも嫌だったが、ロビンは一切の感情を排除し、何かに憑かれたように操作盤をいじる。あの時、ノベに何が起きたのか。そればかりがいまロビンの脳内を占めていた。

巧妙に隠されようとしているが、あの事態が暴走化であることは、過去に自身が同じ経験をしているロビンの中では確定的だった。


過去に貧民街の闘技場で一度きり機乗したあのマシンの操作盤との符合。ovaがあのHFに類するものであることは確実。ただ、どうしても腑に落ちないことが一点。

自分が暴走したときのシチュエーションを思う。あの時は、暴走の契機は同化した時だった。ノベの場合も、同化が契機だと考えるのが自然だ。しかし、引っかかるのだ。強化試合でヤンとの戦闘を行った際。ロビンは確実に同化したにも関わらず、暴走は起きなかった。


――暴走の契機がコントロールできるようになっている?


それが現状でロビンの導きだせる結論の限界だった。




「ロブ」


コックピットにサーニンがひょっこり顔を出す。


「何?」

「何? って、そんなめちゃくちゃ嫌そうな顔するなよ! いや、実際俺暇なんだって。だってポーズばかりの検証作業だからな。実際はバラド師長が手を動かさないことには何も進展しねぇし。お前は忙しい訳?」

「……能無し」


ロビンは暴走化の契機に対して突っ込んだ結論のでない苛立ちを、お気楽な様子のサーニンにぶつけてみた。


「おーい。いきなり何だそれ。そもそもだったらなんで俺を専属技師に呼んだ? 選抜付きにはもっとそれなりに優秀な技師がごろごろいるだろーーー」


バカ、とサーニンはすげない扱いに対する腹立ちまぎれに罵倒を付け加える。


「理由は簡単だ。あんたを一番信頼してるからだ」


ロビンがきっぱりと言い切ると、サーニンはロビンの口からでたとは到底思えない言葉に惚けたが、一瞬後には相好を明らかに崩してまんざらでもない顔をした。


「言うようになったねえ」

「実際、こっちの言い分が通ったってことはあんたの評価が相応だったってことだ」


ロビンの言の通りだ。ロビンは確かに本部宛に自分専属の技師としてサーニンを指名する書状を提出した。しかし、その手続きだけで一介の兵士の要望をすんなり容れるほど帝国の軍部は甘くない。最高学府をトップクラスの成績で修了し、そのままストレートでエリア10所属の技師になるというエリートコースを外さずに歩んでいるサーニンだからこそ、というところである。


選抜兵の専属になったことで、サーニンの技師の階級を示す星の数は中位の二つ星へと昇格していた。


「お前には感謝してるよ。ハラド師長の側で新型HFに触れることができるなんて」


エリートコースを順当に歩んでいるとはいえ、十代で特許技師の称号を受け、技師の最高位に身を置くケンと相対するのは真っ当な道を歩めば最短でも十年はかかるはずだった。兵士にとっての英雄と同じく、技師にとって特許技師と肩を並べてマシンに迎えること、それは帝国育ちの若者にとっては、文字通り身に余る光栄なのだ。サーニンは興奮を隠しきれない様子だった。




そんな生粋の帝国人のサーニンにこれからある依頼をすることが果たして正しいのか。ここにきてまだ迷いを捨てきれないロビンは、複雑な心境でサーニンの無邪気な笑顔を見つめながら切り出した。


「サーニン。あんたの能力を見込んで、頼みがあるんだ」

「?」

「ovaの設計図を持っているか?」

「……いや、持っていない」


ロビンの問いの真意を探るように、サーニンが怪訝そうに答える。


「最新式HFの機構について、あんたにはどこまで資料が公開されている?」

「……」

「頼む、ノベの事故の真相が知りたいんだ」


それは、半分は本心だ。そして、半分は……。

ロビンの感覚値では、サーニンを落とすのにはこの理由が最適だった。案の定、顔をしかめながらもサーニンは口を開く。


「整備に必要なパーツごとの解体図は各部ごとにある。ただ、基盤の設計だけはトップシークレットで図面では明かされていない。実物を開けばある程度の構造は確認できると思うが、おそらく俺等凡人レベルじゃまず理解できないな」


サーニンをして自分を凡人といわしめるほど、特許技師という存在は群を抜いた存在なのだった。


「……基盤まではいい。俺が知りたいのは外面の矛盾点がないか……特にコックピット内に、Ovaの実物には存在し、解体図に記載されていない機構が存在するんじゃないかと思っているんだ」

「やめておけ」


サーニンは真顔だった。帝国の民として、当然の反応だ。


「それは、帝国の意に反する行為だ」

「……けれど、作為的な暴走の可能性をそのままにして、そのHFに俺を乗せるのか? そこに技師の誇りがあると、あんたは言えるのか?」

「……」


サーニンの顔が歪んだ。自分の中の矛盾が、ロビンの言葉によって浮き彫りにされたからだ。


「サーニン。あんたが国を信じたいなら信じればいい。帝国の言い分からすれば、俺の指摘を検証した所で何もないはずなんだから……」


ロビンはあくまで、反帝国的な意図ではないことを強調した。

サーニンは迷っていた。


バレれば帝国への忠誠を疑われるような重大な反意的行為であることは変わりない。一方で、一週間たっても意識を回復しないノベをひた隠しにし、あの明らかに異常だった事態を想定内として着地させたことへの不審。そして、自分に信をおき、メンテナンスした機に乗るロビンを、あのノベのような状態にしてしまうかもしれない。その可能性への恐れ。そして、サーニンの生来の性格、自分の中に矛盾を許さない正義感と、裏表のない気質。


「わかった。ただし、あくまで解体図と照らし合わせるだけだ。……それだけなら受ける」


サーニンは覚悟を決めるように、言った。

人選は、間違っていなかった。ロビンは内心で一つ安堵した。

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