第9話 新型披露式典(2)
新型披露式典が三日後に迫った。
皇帝・政府要人の前で開催される式典の山場、御前試合は精鋭の副兵長スリディビとタカノリがその役を担うことが先日正式に決定した。
パイロット二名は事前に開発者から対面での詳細なレクチャー、自機とのチューニングができる機会を設けられており、今日はその当日。
スリディビは事前に「必要なし」と辞退していたため、タカノリ一人が開発のヘッドであるケンに案内されていた。
「基本操作は先日の訓練ですでに教授されていることと思いますが」
機体のチューニングが終了すると、コックピットから降りてきたタカノリにケンは声をかけた。
「はい、おおよそ稼働に問題がない程度には理解しています」
「他に、何かご質問がございますか?」
ケンは丁重な姿勢でタカノリに問う。
「バラド師長」
「はい」
「このマシンは、真性の機化種を対象にしたと言っていましたね?」
ケンは即座に肯定の意を示すように頷いた。
「その操縦者が真性の機化種でない場合は、どうなるのです?」
「あなたたちも訓練時は切り替えを行っていなかったでしょう? 切り替えを行わなくても操作自体は可能なのです。ただ、その時の操作はこのマシンにおけるユーザビリティの範囲外。したがって操作感はかなり損なわれます」
それはノベも訓練期間を通し、実感として分かっていた。通常時のovaの操作感といったら、開発の歴史の中で悪評高いHFの比較対象になるほどに、酷い。
ノベは矢継ぎ早に次の質問に移る。
「これに機乗した切り替え後の真性の機化種と相対したとき、切り替え前の兵士の勝算は?」
「それは限りなく0に近いでしょう。このマシンは切り替え後の能力を飛躍的に向上させる代わりに、切り替え前の状態では非常に操作系統のファンクションが扱いづらい。
つまり、先ほどいった操作感の問題にも通じますが、従来のマシンでの戦闘時より切り替えの前後での戦闘能力に格段に開きがでる設計になっているのです。このマシンを使用した際、切り替え前の機化種の操作能力というのは、従来のHFに機乗した一般兵よりやや優れているという程度。その状態で従来のマシンにおいて精鋭に勝てるのが万に一という確率であれば、新型のマシンにおいては億に一……いや京に一ということもないでしょうね」
「絶望的、という訳ですね」
タカノリの表情は沈鬱だった。
「差し出がましい問いであれば許していただきたいのですが」
ケンが切り出した。
「あなたは何を恐れているのです?」
澄んだ切れ長の瞳が、真っすぐにタカノリに向いていた。その純粋な視線にほだされるように……タカノリの口から言葉が迸る。
「あなたに隠し立てしても仕方ないことですね。私は……切り替えを自身の意思で行えない。――つまり、先日博士にご教授いただいた定義からすれば、真性の機化種ではないということです。先ほどの質問の回答は、切り替えをしない限り到底ovaは操れるものではないという風に解釈できます。しかし、私は披露式典で切り替えを行えるかの確証がない。御前試合のパイロットとして選ばれてしまった以上、御前で……衆目の面前で無様な操縦を行うことはできないのに」
タカノリは頭を抱えた。父親のいう型通りの試合すら、自分には実現不可能なのだ。
「こんな無様な姿を見せてしまい、お恥ずかしい限りですが。師長には兵士とは異なる立場で何か方策がないか教えを請いたいのです」
ケンが兵士と職を異にする技師という存在であったことも、心中をさらけ出せた要因かもしれない。タカノリは大きく息を吐いた。
「実際、すがるような思いです。」
そこから、たっぷり一分くらいの間があった。
言うべきか、言わないべきか。技師として逡巡している。そんな様子がケンからは見て取れた。
「……実は、隠し手を用意してあるのです」
「?」
「精鋭の中にもマシンの操作能力に実力差があるように、切り替えのセルフコントロールもまた個人差があるのです。あなたのように発動をまったくコントロール下に置けないのは珍しいが、時折発動が未発に終わったということはたとえ真性であっても可能性としてなくはない。その時に外部からの働きかけで発動契機を補完するという機能を、実はovaには搭載しています」
ケンは覚悟を決めたように言い切った。
「それが強制切り替えシステムです」
「それは……?」
何かしら状況を打開する術があるらしいことに期待を滲ませて、ノベは先を急く。
「機化種は非常特殊な脳波を持つということが長年の研究から分かっています。切り替え後はさらに特徴的な波形を示す。その脳波になりやすくなる環境をスイッチ一つで人工的にコックピット内に作り出すのです」
「それを起動するには、どのように操作すればいいのです?」
詳細を問いつめられて、はっとケンは我に返ったようだった。
「……すみません。未完成で危険をはらんだ機能のことに言及するなど、技師としてありえないことでした。忘れてください」
ケンは狼狽しているように見えた。
しかし、未完成、危険。そう言いつつも、その内実は一切口にしない。
「あなたの苦悩を見るだに、つい口を滑らせてしまいました……」
ケンの口調は、その機能を否定し、使わせまいとする言い分とは対照的に。ノベをその危険へあえて誘(いざな)うように、挑発するように、繰り返した。
「この強制切り替えはまだ未完成だ。決して行ってはいけません」
***
最新型披露の式典は、帝都宮城内の大広場で行われる。
機械化が急速に進んだ帝国歴300年代前半に廃れたが、それ以前は帝国に属する政務官が上級下級関わらず数百人居並んで皇帝への忠誠を誓う朝夕の儀を行った場所であった。縦横は優に二百メートル。四方を宮城の城壁に囲まれ、東西南北に四門がある。北門は官吏の政務区域である城内に通じ、他の三方よりやや低い城壁の上には古の皇帝・高級官吏が平伏す百官に対した場所、広場を一望できる露台が形を残していた。
この式典は帝国の権威を示し、国民の総動員が必要とされる重要式典と位置づけられ、上級階級であるA、Bランクを与えられた人々が、おのおのの職場をも抜けの空にして帝国の招集に応じ、集った。
国属の芸技団による華やかな演舞。深紅に白いリングが描かれた帝国旗が至る所にひらめき、宮城南門へのメインストリートの両端は出店が所狭しと軒を連ねる。人々は華やかな祭り衣装を着て露店を冷やかし、祭りの盛り上がりに華をそえる。
晩秋の澄んだ空に陽光がきらめく1330、御前試合が間もなく開始されようとしていた。 会場では試合に先立って開発者による新型機能説明が行われており、北の城壁の露台には、黒服の集団に囲まれて皇帝の姿も見える。
西陣側の控え室には精鋭兵長のタカシ・ノベ、そして副兵長のスリディビの姿があった。
「タカノリが東陣のパイロットになったのは上将の判断と聞くが……御前試合の人員として明らかに人選ミスだ。オヤジも長年軍部にいるせいか頭が腐ってると見えて、えらいことをしてくれる」
言葉の割には淡々とした様子で、タカシが言った。
「上将の顔に泥を塗らない程度に、立ち回ることはできると思うが? お前がそれを望んでいるのなら」
対するスリディビは欠伸まじりに返す。御前試合の直前とは思えないほどの緊張感のなさだった。女性にしては低い声だが、よく通る美しい声の持ち主だ。
抜けるような白い肌に、整った華やかな目鼻立ち。大きく縮れた長い黒髪を一つに後頭部で結わえている。濃いまつげに覆われた艶のある黒目がタカシに向いた。
タカシは苦笑まじりに弁解じみた言葉を発する。
「誤解するなよ。タカノリやオヤジがどう、ということではない。精鋭兵として、無様な試合運びは許されないということだ」
「分かっているよ。お前とは昨日今日の付き合いじゃないんだから」
スリディビはこともなげにいった。
「一番は切り替えをさせるよう仕向けることだが……先日のレジとの戦闘を見る限り、相当な極限状態に置かれないとお前の弟は切り替えを解放しないみたいだな」
共同特殊訓練の強化試合のことを前例として述べた。
「しかし、御前試合の性格上、あそこまで一方的な打ち込みはできない」
タカシの念押しに、スリディビは承知の意で首を縦にふる。
「切り替えしないことを前提に、相手(タカノリ)の動きをフォローする方に注力したほうが無難そうだな」
「だからこそ、お前を相手方に指名した」
そのタカシの言葉には、スリディビに対する絶対的信頼があった。
ヒュージファイターの操作技能だけでない、どんな状況にあっても沈着冷静に対処できる尋常でない精神力。感情に決して左右されることなく、常に状況における最善を考えた行動を取ることができる。人間としてはどこか欠けていると捉えられる性格だが、兵士としては文句なく一流の素質を持っているといえた。
「ちなみに……強制切り替えを行った場合は、対応は切り捨てでいいか」
「強制切り替え? それはありえない」
密かに据え付けられたトップシークレットの機能。その起動の可能性を全面的に否定するタカシの発言に、スリディビはあきれるように目を剥いた。
「それが、お前の甘い所だ。機能として存在するのに、ありえないはないだろう。そんな甘っちょろい考え方で精鋭兵長やってんじゃないよ」
「……」
あからさまな挑発に打ち返しのないことを不満そうにしながら、
「本当にその場合を想定していないのか? じゃあ来賓の避難導線は? 緊急時の精鋭兵の配置は? 皇帝以下Sランクの来賓に何かあってみろ。打ち首さらし首じゃすまないぞ」
スリディビは畳み掛けるように言った。タカシはそのいちいちもっともな指摘にあからさまに渋面を作りながら、答える。
「……もし、万が一。その事態が起こることがあったら。その時はターゲットは切り捨ての対処でいい。手段は問わない。軍規違反者としての扱いでいい」
「安心した。切り替え後のお前の弟はなかなか一筋縄ではいかなそうだからな」
スリディビは意を得たりと口角を上げた。
「それが強制切り替えとなればなおさら手に余る。動作停止が精いっぱいだろうから、せいぜい今の言を警備にあたっている精鋭に即時周知してくれるとありがたいな。ついでに会場の避難導線は確保しつつ、最低三体はこっちに回せ」
タカシはスリディビの指摘を受け、緊急時のフォーメーションを検討した。最重要はSランクの安全な退避。そして、最低限のラインAランクの90%生存、Bランクの70%生存。その上でスリディビの求めに応じられるか、瞬時に判断する。
「いいだろう。三体が限界だ。ヤン・レジは北の露台担当だから回せないし、選抜もまだ思想教育されていないから制止には使えない」
「それなら、ハーケンをよこせ」
「……OK、いいだろう」
「それでいい」
万が一の場合の、交渉が成立した。
***
1400 試合開始。
白と紅に美しく塗り上げられた新型が二機、会場に躍り出た。
なめらかに曲線を描く真新しい装甲。その美しい曲線。観客から わっ と歓声があがる。
しばらくお互いを牽制するように弧を描いて対峙した二機だったが、スリディビの乗る深紅の機体が右手に構えたランスを繰り出したことで、双方の打ち合いが開始された。
致命傷になることを避けつつも試合の緊迫感を演出するために、機体すれすれをかすめるように、巧みに繰り出されるスリディビの攻撃に、観覧席からは歓声があがる。
しかし、周りを囲む精鋭兵たちはその動作に追いつくのが手一杯と見える純白の機のパイロット、タカノリに対し、やきもきしていた。
「……まずいな」
広場南端のBランク観覧席際に待機しているオリバーは、一人ごちた。
重要式典の招集に応じ、辺境の治安維持に割り振られたメンバーをのぞき、精鋭兵・選抜兵はHFを出動させ総出で警備にあたっていた。オリバーとロビン、選抜兵のクリス・シルビア・タリムは南の城壁に据えられたBランク専用の観覧エリアで待機している。
〝この事態〟は十分予想できたことだが、実際に直面するとじわりと焦りがわいてくる。
「あいつ、切り替えができてない……」
相手方のスリディビが、相当うまく立ち回っていたが、時間が経つにつれ、明らかな実力差が垣間見えるようになっていた。これでは、会場が白けた雰囲気に包まれるのも時間の問題だ。
***
一方で。
当事者であるタカノリ・ノベは、同時刻、覚悟を決めていた。
――強制切り替えのスイッチを、押す。
ケンはタカノリに切り替えのための具体的な操作についてはとうとう口を割らなかったが、彼の言葉の節々から実態を類推することは容易かった。
『スイッチひとつで』とケンは言った。それは、切り替えの手段がワンステップで行える装置であることを意味する。しかし、『危険をはらんだもの』であるから、誤作動が起こってはならない。一方で、戦闘中に必要な時に手の届く範囲にないのでは意味がない。
情報を撚って行くと、自ずとその場所が分かった。
操縦レバーの下、開閉式の一枚の薄いプラスチック製の板で覆われたボタンがあった。エマージェンシーコールにしては、機体色と差異のない色調で一体化しており、目立たない。
これだ、とタカノリは確信していた。
タカノリが予期していた通り。どんなに意識を集中しても、その努力をあざ笑うかのように〝切り替え〟は頑として起こらなかった。
スリディビの打ち込み。その巧みな手加減は、自分の実力との乖離をまざまざと見せつけられるようだった。その一打は、繰り出されるごとにタカノリの十九年分の劣等感を抉り続けた。
――なぜ、こんなにも明らかに違う者たちと張り合わなければいけないんだ。
そう思った瞬間、笑いがこみ上げてきた。なんて馬鹿馬鹿しい。
――すべて、終わりにしたい。
ボタンに手をかけた。
その瞬間、コックピットの密度が変化した。
***
スリディビが、まず異変に気づいた。
至近距離で相対するタカノリの乗る純白の機体が、一瞬中から膨張した。……そんな気がした。
「!!!」
今までとは比にならない動きで、鈍重なメイスが自機に向けて振り下ろされる。スリディビの経験が、ガードではなく後退を選んだ。
正解。メイスは石畳の地面を深く抉り、前後に2メートルほどの亀裂を生んだ。
トップシークレットである強制切り替え機能をすでに知っており、なおかつ卓越した操作技能があるからこそ、できた動きだった。何も知らず、対処をしていなければHFごと粉塵に帰していたかもしれない。
その一振りで、最悪の事態にはじめに気づいたのは精鋭兵長のタカシだった。
「強制切り替えによる暴走化だ。これより緊急事態にモードを切り替え対応する」
強制切り替えの機能を知る精鋭兵たちに通信の全回線を開き、即座に状況を周知する。
「……強制切り替え? まさか」
東門付近で警備遊軍として待機していたハーケンが即座に応答する。
「100%、そうだ。遠隔監視の環境ゲージが跳ね返っている」
タカシが冷静に返した。
「遠隔操作ですか?」
「いや……」
常日頃感情を表に出すことの少ないノベ兵長が、吐き捨てるように言った。
「機内操作だ」
「……」
それが意味するもの――。重い沈黙がすべての精鋭兵の中に落ちた。その沈黙を許さないとでもいうかのように、タカシが矢継ぎ早に告ぐ。
「ハーケン、観客退避までは近距離装備にてスリディビの援護を。退避完了後に銃火器使用を許可する。手段は問わない。暴走化を力づくで止めろ」
「兵長……」
回線を拾っている兵士だれもが一瞬、言葉を失った。
それは、血を分けた弟を切り捨てるということを意味していたからだ。
「暴走した兵士の生死は問わないと言っている。何をもっても機能停止させろ。テオ」
タカシの断固とした口調が、その沈黙にかぶさった。
「はい」
名を呼ばれた精鋭兵がかすれた低い声で応える。
「まずは来賓に負傷者を出さないことが最優先だ。北側の退避はお前のチームの使命だ。完全にコンプリートしろ。必要な人員は最優先でそちらに割く」
「…ラジャ、イは左、ムルティは右からシールドを展開しろ。師長、北側はこの三機で防護網ははれます。が、本部からは観客の混乱をきたさぬよう徹底した状況周知と、一般兵士の誘導人員を要請してください」
テオから瞬時に回線が入る。タカシは『承知』の合図を出した。
精鋭たちの逡巡は場慣れした兵士らしく一瞬だった。
ハーケンはテオの反応を聞くと、意を決したように自分の配下二名に、スリディビと共に応戦するための戦闘フォーメーションを指示する。
皆その命令に状況を思い出したかのように動く。
純白の機体の動きに異変が生じた、その一分後。選抜兵たちにも一拍遅れて情報が入った。
「緊急事態につき、南側観客席前にシールドを展開しろ」
選抜兵を束ねる精鋭兵からの通信指令が選抜の五人に下された。
「敵機対象は、広場中央。タカノリ・ノベの機乗する純白の新型だ」
「はぁ? ノベが敵機?」
クリス・シルビアが異口同音に疑問を呈する。
「つべこべ言うな。現状の位置ですぐに対応しろ。範囲設定は直径20メートルでいい。中央からの攻撃を想定し、観客に飛来物が一切あたらないように」
選抜兵は20メートル毎にすでに配置されていたから、その場でシールドの操作をすればよかった。
「必要とあらば応戦する。が、退避完了の合図があるまでは絶対に銃器の使用は禁止だ」
「ノベに、なにがおこったんダ?」
シールドをはりながら、タリムが呟いた。
背後では、生身の兵士たちが人民を観客席から場外へと誘導を始めている。中央ではノベとスリディビが相変わらず打ち合いをしている。変わったことと言えば、ノベの動きは格段に鋭さを増しており、あのスリディビが防戦一方になっていること。形式的な御前試合としては明らかに常軌を逸した動きであった。
マシンの稼動域目一杯に行動し、機械の耐久性など一つも考慮に入れていないような……つまり、目の前の破壊衝動がすべてで、後のことを一切考えていない闘い方。
誰の目にも、尋常でない狂気の行動に映った。
「……」
選抜兵の中で状況がうっすらと理解できているのは、ロビンとオリバーだった。
「暴走化……」
「あ?」
クリスがロビンのその言葉を拾い、問いつめようとしたその瞬間、
「前方!」
ぐっと、五人の展開するシールドに衝撃が走った。純白の機体には近距離に有効な武器しか搭載していないはずだ。それなのに、何をするでない、機体から発せられた波動のようなものが周囲をのみ、空気を切り裂いた。
その瞬間、ノベに相対するスリディビが振り切られた。
――こっちに来る!
選抜兵たちは慄然とした。ノベの機体がこちらを向いた時。その瞬間、その機体の放つオーラにこの世のものではない禍々しさを感じたからだ。
が、その時、ノベの前に立ちはだかったのはハーケン、そしてその配下の二機だった。標的として格好のターゲットを見つけたように。ノベは殺意をもって構える。
互いに手にする近距離向けの打撃装備が交わるたび、衝撃の大きさを物語る耳をつんざくような金属音があたりにこだまする。
三機を相手にしてなお、ノベの機はまだ優位を保っていた。
「全機に告ぐ。北側の退避完了。これより作戦は敵機の機能停止を最優先とする。銃火器の使用も解禁する」
精鋭兵への回線にて精鋭兵長より通信が入る。
「了解」
スリディビとハーケンは自らの任を心得たように、手短に返答した。
北側の観覧席は、露台も含め人影は見当たらない。東西の観覧席も残す所一割を切っている様子だった。ロビンの背後の南側の席には、まだ三割ほど人が残っているが、巧みな誘導とHFのシールドに守られているという安心感からか大きな混乱は見られず粛々と避難が進んでいた。
広場中央へ向いたロビンは、中央でノベの機体を囲むHF四体の妙な動きを見た。
御前試合のため、銃器の使用が一切禁じられていたヒュージファイターだったが、今、四機の装備する重火器は、ノベの機体に向けられていた。
それは、操縦者の生死など一つも配慮しないあからさまなアクションだった。
「やめろ」
今から動いた所で、間に合うはずもない。
声が届くはずもない。が、ロビンは狂ったように叫んだ。
ぱっ と視界が点滅し、頭の中が赤一色に染まる。
折り重なって倒れた人間と、一面の血の海。
「やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
***
式典の観客に一人の死傷者もでなかったことを幸いに、観客総退避の事態は新型ovaの能力を誇示するための余興として片付けられた。
最後に重火器で処分されたHFについても、式典の想定内。四機を相手に対等に渡り合い、あからさまな装備の差異がないと敗ることのできない圧倒的な力を持つ最強兵器として、一般に解釈されるように仕向けられた。
一人のパイロットの命が死の淵にさらされたことは、露とも表に出ない。
***
ロビンはガラス越しの集中治療室に横たわるノベを見つめた。
全身に火傷を負い、くまなく包帯で巻かれた姿。体の至る所に挿入されたチューブが、室内を縦横無尽に走る。口元は人工呼吸器に覆われ、胸のかすかな上下動が辛うじて彼が生きていることを示していた。しかし、表情は一切分からず、投げ出された手足はピクリとも動かない。
式典から丸三日が経っていたが、未だに意識は回復していなかった。
怒り、悲しみ、憎しみ、あらゆる負の感情がロビンの胸中に渦巻いていた。
――この暴走事故は起こるべくして起こった。
『ただ真新しさや最上を求めるのが罪か。オレたち技師が新しい技術を生むとき。そこに他意はない。……誤った使い方をする方が悪いんだ』
そう言われた時はたしかに心底納得した。その言葉に、一切の他意がなかったから。
だが……今は。断じて許せない。
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