第8話 新型披露式典(1)

監督室のある指令棟は訓練棟と同じ区画にあるが、訓練生には馴染みがない。普段は立ち入ることない区画だ。その分棟の一室に六名の選抜者たちが招集された。


精鋭兵との戦闘から一週間が過ぎていた。




クリストファー・ノーランド

オリバー・ライト

ロビン・ラスキン

シルビア・マクニ―ル

タカノリ・ノベ

タリム・フーチイ




「諸君」


ブレスフォード上佐が口を開いた。

張りのある表情と頑健な体。声は太く、腹に響く。生粋の軍人とでも言おうか、その存在自体が人を怖じさせるところがある。


「君たちは与えられたチャンスをものにした」


六人は直立不動のままだ。喜びも怖れも表情に表す者はいない。


「諸君等はすでに訓練生ではない。選抜兵となり、精鋭兵と同等の地位を得た。今後は任を受け、帝国の手足となり存分に働いてもらう」


ブレスフォードは、選抜された訓練生各々を舐めるように見た。

それぞれに二心ないか、その心の底までを見極めようとするような目つきだった。






精鋭兵との戦闘を経て、選抜兵に昇進したばかりのロビン等六名が再び本部に呼び出されたのは強化試合の五日後。「最新式HFについてガイダンスを行う」という名目だった。


十名ほどが着席できる小規模のミーティングルーム。刻限ギリギリにオリバーは姿を現し、ロビンの横に無造作に着席した。


「最新式HFって、合同特殊訓練でオレたちがすでに乗っていたovaのことだよな? いまさら何を説明するんだ?」


オリバーの発言はもっともだった。一月ほども前からovaは選抜者に与えられ、先日強化試合を行ったように一通り戦闘ができるまでに操作面は熟知しているのだから。




定刻になると、前方のドアから三名の人物が入ってきた。


最初の人物はタカシ・ノベ。タカノリの実兄である。十歳年下の弟とは対照的に細身で華奢な体躯、白い細面に、繊細な鼻梁。兄弟に共通する項目といえば、漆のように黒い髪と瞳のカラーのみだ。しかし、その目。女性的で優しげな外見の中で、眼光だけが奇異に見えるほど鋭い。


彼の役職は精鋭兵長。いわずと知れた精鋭兵のトップである。精鋭兵の最低条件であるHFの卓越した操作に加え、何事にも動じない強い精神力、明晰な頭脳。その三点が揃ってはじめて役職の資格の持てる精鋭中の精鋭。中尉の階級を持ち、有事であれば最前線で指揮をふるう。

精鋭兵と同管轄下に置かれる選抜兵へと昇格したロビンたちにとって、直属の上官だった。


二人目は見たことのない顔だった。皺のないダークスーツに身を包み、細淵の眼鏡をかけた白い面長の風貌。こめかみに浮き出た青い血管。落ち着きがなく、定まらない視線。せわしなく眼鏡に手をやる様が、非常に神経質そうな感を与える。


そして、最後に部屋に入ってきた人物が目に入った途端。

オリバーは息を飲んだ。

同時に、隣のロビンの上体ががほんのわずかに揺らぐ。――少しずつ、ほんの少しずつ、震えが全身に伝播する。

ただならぬ気配を察したオリバーは、周囲に目立たぬようロビンの袖を引いた。


――自制しろ。と。


オリバーとロブに動揺をもたらした人物。真新しいモスグリーンの作業衣に帝国技師の腕章。三ツ星を金縁の円で囲ったデザインは、彼が技師の最高位にある証だった。


浅黒い肌に涼しい目をした黒髪の青年は、一瞬とはいえ感情をむき出しにしたロビンとは対照的に、一切の感情を捨てたような目で二人に一瞥をくれ、その後は正面をただ見据えた。




部屋の中を一瞥し、ノベ中尉が外見に似合わぬ低い声で話し出した。


「兵士能力開発チームサブリーダー、ハリィ・オニキス博士。そして、最新型HFの開発チームヘッド、ケン・バラド師長だ」


ダークスーツに続いて紹介された作業衣姿の青年は、着席する六名の新選の選抜兵に黙礼する。今回の中心的話者であるらしく、中央の演壇に進み出る。


「紹介にあずかったバラドです。本日はみなさんにovaとパイロットの相関についてご説明さしあげます」


慇懃な口調で、話を始めた。


「本日は従来のHFとの操作の違い云々ということは割愛致します。今回ガイダンスの趣旨はそこではない」


一瞬、間を置いて続ける。


「先日の訓練時には皆さんに新型の開発意図について何もご説明を差し上げないまま、機乗していただきました。おそらくその際にovaは制御に非常に高度なテクニックを要することを、実感として感じられたと思います。特別な能力を発動させない限り、持て余すほどの負荷を……」

「回りくどいな」


ロブの斜め前方にいる男が口を挟んだ。日に焼けて灰色になった黒髪、赤黒い肌。三十一という年齢は、選抜者の中では突出して年長だった。上背があり、筋骨隆々とした厳つい外見に似合わず、座学の成績も常にトップクラス。幅広い知識を持ったインテリとして養成所では通っていた。

名はクリストファー、通称クリス。


「その能力ならここにいるものは周知している。自分がそれを持つが故にここにいることもな。その先の説明をしてくれないか」


クリスはにべもない様子で言い捨てた。


「……失礼しました。お察しの通り、HF操作に突出した能力を示す人間がこの世には存在します。我々が〝機化種〟と呼んでいる者たちです。……機化種についてはオニキス博士にご教授いただくことにしましょう」


クリスの突然の差し込みにもケンは全く動じることなく対応し、隣に立つダークスーツの男へバトンを渡した。

博士と呼ばれた男、ハリィ・オニキスはせわしなく眼鏡の縁を触りながら、話し出す。


「私の所属する能力開発チームは、機化種の選別法を確立したことにより、優秀なパイロットの確保と教育、HF技術革新に貢献している。


機化種は〝切り替え〟を行うことでHFの操作において通常では考えられないパフォーマンスを生む。それが巷でささやかれている精鋭兵が一般兵の10人に相当するという説の根拠だ。我々は選別法を発見して以来、帝国人民から機化種の抽出に努めてきた。機化種の選別検査が開始された当初は、切り替えは自分の意思では行えず、発動の契機も定まらない――というのが定説だった。


しかし、選別検査が始まって数年、切り替えのセルフコントロールができる者が一定数存在することを確認できた。しかも、切り替えを自分の意思で行える人間は、切り替え後のHF操作能力も他の機化種に比べて一段格上の傾向にあることが判明している。それが、〝真性機化種〟と定義された者たち」


博士はここでようやく一息ついて、結論を述べる。


「つまり、君たちだ」


ケンがその後の言葉を引き取って続けた。


「このovaは、真性機化種を使用者に想定し、製造されたものです」




***




小一時間拘束されたミーティングルームから解放されて。

オリバーはロビンを行き慣れた訓練棟の中庭に誘った。隅の一角に据え付けられた売店に立ち寄る。


「メグさん、缶コーヒー2つ。あ、その蓋が閉まるタイプがいいな。あとクラブサンドも2つ」

「あれ、あんた選抜兵になったんじゃないの?」

「なんで知ってんの?」

「あんたが私の名前を知ってることよりは驚かなくていいと思うけどね。ここにいりゃ毎年選抜の時期にはその人選で話題が持ち切りだからね」


手際よく注文の品を梱包しながら、中年の女性売店員はにやりと笑う。


「あっそ。今日はね、古巣にノスタルジーに浸りにきたんだよ。だって選抜兵ってとっても心が渇いちゃうんだもの。メグさんに会えてほんと心潤ったし〜」

「バカいってんじゃないよ。訓練生一の減らず口は相変わらずだねぇ」


メグと呼ばれた売店員は、そう言いながらもまんざらでもない様子で頼んでもいないキャンディバーを2本、袋の中へ滑り込ませた。

オリバーは立ち去り際、顔なじみの売店員にウインクするのは忘れず。背後にいたロビンに缶コーヒーを一本放り投げ、広場の中央へと誘った。


目前には開けた視界が広がる。二人は並んで広場の中央を目指した。


「……何で、ここなんだよ」


ロビンは視線を前を向けたまま、オリバーに問いかけた。

広場のど真ん中。正午の日が燦々と注ぎ、ここを囲む施設はじめ周囲のどこからでも視線を向けられる位置である。


「何でって? 人との距離感は保てるし、盗聴の心配もないし、近づいてくる者はすぐ分かる。密談にはもってこいでしょ。さっきまでいた本部とは隣接してるし、天気も最高。つかの間のランチタイムをココで過ごすのも悪くないって言う行動心理に異常性は見当たらないよね」


自分は早速長い足を芝生に投げ出し、『座れば?』とロビンを手招きする。


「……」


至極正論をロビンが素直に認められない理由は、発言者がオリバーであるということだけだった。


「まさかあいつが出てくるとは思っていなかった。よく、耐えたな」


買ったばかりのクラブサンドをかじりながら、オリバーはロビンをいたわるように言った。


「……」


ロビンは沈黙した――顔を思い出すだけで目眩がする。大切な存在を失った喪失感と裏切りへの憤り。そして、すべてを奪われた絶望。それに紐づいた忌々しい光景。いっそ、忘れてしまえば楽なのだろうか。




「あいつが開発したHFってことは、根本はあの時のものと同じだろう? 実用に耐えうるものとして〝致命的だったあの欠陥〟を克服できたってことだよな?」


オリバーはロビンとの過去の接点に関わる問題に触れた。昨年二人が奇しくも時同じくして養成所に入所してから初めてのことだった。お互いに知らぬ存ぜぬを徹底してきたのは、それが双方の保身に繋がるからに他ならない。

養成所の訓練生は過去を語らないだけではない。過去と決別してくる者も多いということだ。




「わからない……。ただ、〝同化した〟だけでは何も起こらなかったから、根本的な解決でないにせよ、改善はしているってことだろう」

「改悪してないっていう保証もないけどな。まあ貴重な機化種をぶっつぶすような代物ヒュージファイターはさしもの帝国としても正規採用するわけない、か」


その発言に何かを思い出したようにロビンは顔をあげ、オリバーを見つめた。


「オリバー、今日のガイダンスの趣旨は、俺たち真性機化種の能力をフルに開花させるHFが晴れて完成した。それを今後表立って実用化するってことだっただろ?」

「ああ」

「機能面について重要なことが……おそらく隠されている」

「どういうこと?」

「……過去にovaに類似したHFに俺が乗った〝あの時〟。あいつは新型の機能をこう説明していた。『普通の戦士に同化と同等の能力を与えられる。同化ができる戦士は、能力を最大値まであげられる』と」

「気になるのは前半部分、か」

「そう。機化種以外の人間に機化種の能力を与えられるHFと、人を人と思わない帝国思想が出会ったとき、何が起こるのか想像できないか?」

「……簡単に想像できるな。それでもって、実用化にあたってはそっちが本筋ってこと?」


それは多くの犠牲を意味する想像であり、あまり気分のいいものではなかったが。ロビンの予想は冴えていたし、多いにありえることであった。


オリバーの言葉に、ロビンも同意の頷きを返した。


「もし、実用化にあたってもその機能をそのままにしているのなら」


握られたロビンの拳は真っ白だった。


「ovaは俺の力でつぶす」


長く伸びた爪が、手のひらに食い込み、一筋朱が走った。




***




「久しぶりだな」

「……ご無沙汰しております」


実の親子が交わす挨拶にしてはおよそ形式ばったものだったが、それがノベ家の次男と家長の偽らざる距離感だった。


「ようやく切り替えができるようになったか。ずいぶん時間がかかったな」

「……」


胸中にあるものをこの父親の前でうまく表現する自信がなく、また表現しようとすること自体が無為であると悟っているタカノリは黙した。言葉とは、聞く耳を持ったものに対してのみ有効なものなのだ、と過去から学んでいる。


「これでようやく〝役立たず〟の汚名を少し返上した訳だ」


息子の内心の葛藤に気づいているのか、気づきつつも興味がないのか。父親は息子に乾いた視線を投げ掛け、手に持った書類を目の前のテーブルに無造作に放った。

赤字で書かれた極秘の字がタカノリの目に飛び込む。表題は「最新式HFの段階的公開施策」とあった。


「お前にチャンスを持ってきた。実用化が決定した新型の説明を受けただろう。いままでのマイナーチェンジとは桁違いのリニューアルだ」


統一戦争以来、常に軍部の第一線に属す者として。長年の祈願が果たされた喜びからか、タカユキの声には珍しく感情がこもっていた。


「ovaの基礎が開発されたのは実に二十六年前だ。だが、大きな欠陥を抱えていたため長らく塩漬けにされることに相成った。バラド師長の貢献により欠陥をフォローする術が見つかり、ようやくこの度日の目を見ることになったのだ。新型の完成は帝国の完成に際し、〝お披露目〟を行う。位置づけは重要式典だ。もちろん皇帝陛下もおいでになる」


ここからが本題とばかりに、タカノリを正面から見据えた。小心な者であれば、視線が合っただけで口をきけなくなるほど、苛烈な視線だ。


「お前には御前試合で新型HFに機乗する役を担ってもらいたい。私から正式な推薦状を出しておいたから、おそらく通るだろう」

「お恥ずかしながら……。私はいまだにHFを自力で制御する術を知りません。新型の披露式典は皇帝、政府要人もお運びいただくような大々的なもの。今の私にはその大役は到底務まりません」


タカノリは静かに、だが、きっぱりと言った。父親は信じられないものを見るような目つきで息子を軽く睨めた。


「それが選抜兵に選出された者の言葉か。耳を疑うぞ。その弱気がお前の不幸の原因だ」


タカノリの意思は、瞬時にはねのけられた。


自分の価値観に外れるものを〝不幸〟と片付ける傲岸さ。そして、心構えにすべての原因紐づけられる精神論。それはノベ・タカユキが息子に向けて放る切り札だった。そこをつかれたら、いくら論理立てて根拠を並べても、暖簾に腕押しだった。


タカノリは常ながら一向に成り立たない父親との会話にむなしさを感じた。自分の意思を常に正として譲らず、相手に無力感を感じさせ、反意を削ぎ、意のままに操る。息子に対しても容赦のないノベ上将の常套手段だった。


「仮に、もしお前が機化種の切り替えをコントロールできなくても。型通りの組試合だ。切り替えするまでもあるまい」

「……しかし、切り換え前の私の能力ではovaの操作は手に余ります」

「いいか」


息子の発言にかぶせるように、タカユキは声を張った。


「この試合にノベ上将の息子であるお前が出ることに、意味あるんだ」


そこには一切の有無を言わさぬ響きがあった。

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