第6話 精鋭兵共同特殊プログラム(2)
ロビンとサーニンが〝敵情視察〟をして三日後、エリア10グレード2から選抜された二十八名は中央施設の講堂で一同に会し、精鋭兵共同特殊プログラムが開始された。
それから二週間、選抜者たちは特設の合宿所に居を置いて、缶詰め状態で訓練を行った。連日ヒュージファイターに直に機乗できるという夢のような日々も、支給された最新鋭のHF〝ova〟の操作ノウハウを覚え込むこと、それに加え強化試合に向けて精鋭兵の戦闘スキルを吸収しようと手一杯。そんな過酷な訓練もとうとう最終日を迎え、面々は精鋭兵と選抜者の実戦形式の個人戦〝強化試合〟を明日に控えていた。
ランチタイム。日に三度の食事は選抜者にとっては、唯一の息抜きの時間といっていい。合宿所にほど近い中央施設の食堂には、管理部の人間に混ざってパラパラと他の選抜者の姿も見える。
ロビンとノベ、オリバーは同じテーブルを囲んでいた。お互いに別段仲良くしたくもないが、かといってあえて離れて行動するでもない、といった態だった。しかも、今日は、明日の強化試合の対戦カードという格好のネタがある。
「ロビンもノベもご愁傷さまでーす」
オリバーが心底うれしそうに乾杯、のポーズで水の入ったグラスを傾けた。
「まさかの相手、ヤンとレジ。どうすんの?」
ロビンの対戦相手はヤン。ノベはレジ。とは、今日1000に公開されたばかりの最新情報である。
「……端から精鋭兵に勝てるとは思ってない。あの二人は殊に別格だ」
ノベが大真面目に答える。
ヤンとレジ。デモンストレーションの模範戦闘であっても、他の精鋭たちより実力が群を抜いて高いのが誰の目にも明らかだった。
精鋭兵にヒュージファイターを操縦させれば、一般兵士が操縦した際の十人分相当という軍では有名な定説があるが、ヤンとレジの戦闘力はそれをさらに凌ぐということである。二人の存在、そして戦いぶりを実際に目で見たことで、Bエリアで医局勤務医のイーヴが言っていたことが、すとんと腑に落ちた。『人間じゃない』と。
「そりゃ、ふつうの状態じゃ無理だろうよ。でも、〝切り替え〟ても無理か?」
オリバーは選抜者たちの内で、共通体験としてここ数日話題になっている〝ある感覚〟のことを言った。ある選抜者が戦闘中に〝ヒュージファイターと一体化するような感覚〟を口に出して語ったことがきっかけで、皆が同様の経験をしていることが明らかになったのだった。その感覚に〝入る〟とヒュージファイターの操縦は機械を操作する感覚より、自らの手足を動かす感覚になり、動きが格段に向上する。したがって、戦闘力も大幅にアップすると。オリバーの今の発言〝切り替え〟とは、そのことを指していた。
「無理だ。……俺は、自らの意思では切り替えができない」
ノベは淡々と話したが、言葉の端にほんの少しの無念さを滲ませていた。
一体化の感覚を多数の人間が情報として共有したことで、それを自らの意思で発動できるものと、できないものがいることも明らかになった。それが経験値によるものなのか、才能によるものなのかは選抜者の中で語るのはあくまで憶測にすぎず、確たる結論が出るものでは到底なかった。
「ま、そこはやってみないとわからないことだし。レジは切り替えられなきゃ確実に数秒で沈ませられちゃう相手だからね。顔は超かわいいけど」
オリバーはあくまで他人事、といった風に無責任に発言した。
その時、横合いから人の気配が近づいてきた。
「ロブ、ここいい?」
「だめだ」
「ありがとう」
にべもない断りも全く意に介さず、その少年はゆったりと空いた席に座った。
うわさをすれば、の精鋭兵。ヤンである。この二週間の特殊訓練で、選抜者たちはエリア10に巡回に来ている精鋭兵十名とは顔なじみ程度の間柄になっている。
年齢は十七ということだったが、少し幼く見える。薄い小麦色の肌。切れ長な一重まぶた、細い鼻梁、薄い唇。短く切った黒髪がかかる広い額が、若いながらもいかにも切れ者といった感じで、実際、ヤンは策士タイプのパイロットだった。
ラージサイズのランチプレートをどん、とテーブルに置く。
――それを、全部、食べるのか? 思わず聞きたくなるほど、巨大なプレートに溢れんばかりのパスタと付け合わせが盛られていた。
「精鋭兵は専用の食堂に行けよ」
「もう行った。話にならないほど量が少ないんだもの。こっちは安心のビュッフェ形式だし、視線も痛くないし。聞いてよ。ハーケンなんて、僕がおかわりするだけで殺気溢れる視線を寄こすんだ。一回目のおかわりで、だよ?」
「どうでもいい」
「ねぇロブ。明日は精鋭兵(ぼく)とのマッチだけど。調子どう?」
ロビンの言葉を完全に無視して、驚くほど多量のパスタを器用にフォークに巻きつけながら、明日の対戦者を前に真顔でヤンが問う。
「別に……」
訓練中に支給された〝ova〟の操作に手こずる選抜者は多かった。感覚値でいえば、跳躍型を繰るよりも高度な操作技能を必要とする。それが、過去多種多様なヒュージファイターに機乗経験のあるロビンの感想だ。
「君は余裕にみえるけどね。僕、ロブのこと心から称賛してるんだよ」
ロビンのHF操作センスが群を抜いていることは、見ていれば明確だ。しかし、講義に模擬戦闘、精鋭兵もけして駐在中に遊んでいる訳ではない。その発言は、よほど最初からヤンがロビンに注目していたという証だった。
ヤンほどのパイロット――しかも精鋭兵に注目されるというのは、帝国兵士にとっては名誉なことである。ロビンはその感情が上手く出るように、表情を作った。
その裏で、ヤンを正面からまじまじと観察する。『人間じゃない』といった時のイーヴの表情。その発言の真意がしりたい。
――食う量は常軌を逸してるけどな。
そんな感想はさておいて。
「余裕? そんなことはない」
ロビンは作り笑顔を引っ込めて言った。
謙遜ではない。ロビンの操作が他のものより現時点で優れているのは、過去にこの型に似たヒュージファイターに機乗した経験があるからだった。その点で、余裕があるのは当然なのだ。自分の才能にアドバンテージがあるわけではない。そう思っている。
「へぇ、ほんと?」
ヤンは心底意外そうに、相槌をうった。
「僕は、ovaの操作は全部頭に入ってるけどさ」
しれっと言う。
「なかなか身体は思うように動かないよね」
絶妙な間で、パスタはヤンの口に滑り込む。
「君は逆に見えるんだ。身体が動く。脳を介さずに、反射のように。そう見えるんだ」
ヤンの指摘は的を射ていた。ロビンはヒュージファイターを〝考えて〟操作したことはない。あえて誰にも言ったことはないが、先ほどオリバーが言っていた〝切り替え〟を自分の意思で自在にできるからだ。
「君を見てると〝戦いの神〟を見ているみたいな気分。人の分際で、君みたいな存在を作りだそうだなんて、そんな愚かなこと考えたら罰があたるに決まってる」
「……?」
ヤンの発言はあまりに飛躍していて、ロビンには理解しかねた。
「俺はあんたにこそ〝神〟がついてると思っているけどな」
ロビンの言葉に、ヤンはただ笑う。それはパスタを口いっぱいに頬張っているせいかもしれなかったが。
ヤンはおもむろにロビンの隣に座るノベに視線をやった。
「そうそう、ノベ。君が提出した古戦術の解釈レポート、超独創的。面白かった。一回話したかったんだよね」
「……」
急に話を振られて、ノベはただ押し黙る。古戦術のレポートは確か二か月ほど前に戦略の授業で提出し、担当教官に散々こき下ろされたもの、を指すと思われる。一介の訓練生のレポートをまさか精鋭兵のヤンが目を通しているとは毛頭思わなかったが。
「ああいう新しい解釈を評価できない……というかさせない国なんて、先が知れてると思うけどね」
しゃあしゃあと帝国をこき下ろした。たとえ軽口であっても、普通ならば帝国帝都では口が裂けても言えない〝帝国批判〟である。
「レジが歴史が好きなんだ。今度レビューしてやってくれない?」
「あ、ヤン。それ私が直接言うっていったでしょ」
耳触りの良い柔らかい声と共に、超ラージサイズのドリンクがタンッとテーブルに置かれた。ドリンクを持つ手の先には、可憐、という言葉がふさわしい小柄な少女が立っていた。薄い小麦色のふっくらとした頬の両脇に、ボブに切りそろえた黒髪が動作にあわせてさらさらと揺れる。
「あ、僕の欲しいもの! よくわかったね。レジ」
「何年一緒にいると思ってるの? いい加減君の食事パターンは覚えたよ。もうこれで終わりにしてくれない? って交渉をしにきたの。指示された集合時間覚えてる?」
「1300」
「今は?」
「1305」
「自覚ある?」
「ある」
「嘘言わないで。1255に君が専用食堂をでて、その行き先が中央食堂(ここ)だってわかった時のハーケンの表情を見せたいよ」
レジは極々親しいものに対する愛想のなさで、にこりともせずに言った。
「使い走りは勘弁してよ」
そういって黒目がちの大きな瞳を釣り上げ、形の良い唇を尖らせた。
「わかった。ごめん。すぐ行くよ」
ヤンは殊のほか素直に頷いた。レジの持ってきた巨大なドリンクを一息に飲み干す。
「ねえ、ロブ。最後に教えて。僕のことどう評価してる?」
「意外によく食う」
ロビンのなけなしのユーモアが通じたらしい。ヤンは声を立てて笑った。
「好印象ってわけだ」
「都合良く解釈すればいい」
「僕にとって君はね」
ヤンは少し、考えるそぶりをして。
「……明日、僕との試合で五分もったら。教えてあげるよ」
ロビンをつぶさに観察し、散々その才能を持ちあげておいてなお、自分の勝利を確信している。ヤンが見せたのは絶対の実力を持ち、君臨する者の〝確信的〟な自信だった。
――じゃ、ね。
軽く言ってヤンは席を立った。
レジもそれに続くように、三人に軽く会釈して、その場を離れる。
ほとんどヤンが喋っていたにも関わらず、彼のプレートの中身はきれいに空だった。まるで舐めたかのようにソースまできれいにこそげとられた皿が美しい。
テーブルに残された三人は、一様に自分の、まだメニューの大半が残ったレギュラープレートに目を落とす。
――人間じゃない。
どう考えても、コレのことを指しているとしか思えないほど、尋常じゃない食いっぷりだった。ロビンがヤンの食欲について思い沈む傍らで、
「やっぱめっちゃレジかわいい~」
オリバーは一人身もだえしていた。
***
日が明けて共同訓練最終日。
精鋭兵との戦闘を控えて、選抜者たちの待機する控え室は、ビリビリと音を立てそうなほど緊張の色に包まれていた。
部屋からはこれから決戦の舞台となる闘技場が見て取れる。幾つかの遮蔽物が置かれた、五十メートル四方の箱。光量を抑えたライトが、無骨でサビの浮いた鉄製の遮蔽物や無機質な鉄筋コンクリートの壁をぼんやりと照らす。
ロビンにとって、それは過去に強い関わりのある〝場所〟に似過ぎていて、条件反射のように幾分かの高揚を感じていた。
その光景を見下ろす窓際のベンチにロビンとオリバーは並んで座っている。誘い合わせたわけではなく、場所がないからたまたまそうなっただけ、と。特に言葉を交わすでもない。ロブは俯いて半ば寝ているようにも見え、オリバーは珍しく寡黙に窓枠に肩頬をついて闘技場を見下ろしていた。
***
ロビンの故郷は帝都の北西を囲むように広がる貧民街。
帝国が軍事生産力を飛躍的に向上させた、その結果として確立された消費社会の体制。その体制下での消費物の廃棄場がロビンの生まれた街の原型である。ゴミ溜めに、ゴミを再利用し商って生計をたてる者たちが集い、住みつき、街を成した。
貧民街の中央に廃材をかき集めて建てられた大きな闘技場があった。無機質で、武骨な大きな箱。それが貧民街に住む者の最大の娯楽、ヒュージファイターの闘技場であった。
ゴミ溜めに廃棄されたHFを〝技師〟が改造し、〝戦士〟が乗りこんで戦う。HFバトルは日々の生活に疲れ切った住人たちに唯一活気を与える存在。そして、闘技場でトップに君臨する〝英雄〟は子どもたちの絶対的な憧れであった。
そしてロビンも。例にもれず、闘技場の英雄に憧れ英雄を志す――貧民街の一介の少年だった過去がある。
***
「……〝あそこ〟に似てるよな」
オリバーがすぐ脇のロビンに辛うじて聞こえるくらいの声音で呟いた。
「じっと見てたらちょっとセンチ入っちゃったし」
オリバーはわざとらしく鼻をすすった。
「気合入ってちょうどいいわ。今日は負けらんねぇし。久しぶりに勘取り戻さねぇと。……誰が相手でも、な。そうだろ? ヒーロー」
ヒーローと呼ばれたロビンは、素っ気なくかろうじて〝是〟の意を示すために首を縦に振っただけだった。しかしその表情は高揚を隠しきれず、白い頬は上気して赤く染まっていた。
「変わってないね、HFバカ」
オリバーは密かに笑った。
一番目の者がコールされ、強化試合の闘いの火蓋が切って落とされた。
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