第5話 精鋭兵共同特殊プログラム(1)
精鋭兵共同特殊プログラムプログラム120が終了して、一月が経った。
訓練棟各階の電子掲示板に、人だかりができていた。
「すげぇ…」
掲示に目を通した皆が一様に絶句し、人垣から唾を飲み下す音が聞こえる。
〝精鋭兵共同特殊プログラム〟
そう銘打たれたその内容は、精鋭兵との強化戦闘カリキュラムが行われる旨を伝えていた。そこで良い成績を収めた者は、〝選抜兵〟となり、後に予定される〝精鋭兵〟との合同ミッションに参加できる。つまり養成所の訓練生たちに早くも帝国兵としての昇進のチャンスが与えられたということだった。
精鋭兵は、誰もが目指すことのできる存在ではない。帝国が独自に才能に目をつけた人材を幼少期に徴集し、特別なカリキュラムの下に完全無欠の兵士として育て上げられる。万に一人というその希少性、確かな実力。選り抜かれたエリートという立場が帝国軍人を目指すものにとっての羨望すべき存在だった。
しかし。
掲示を読み進めるうちに多くの訓練生の間から溜息が漏れた。
興奮が失望に……そして〝ある者〟たちへの羨望・嫉妬に変わっていく。
張り紙の下にはそのプログラムに参加資格のある選抜者の名前が書かれていた。誰もがこのチャンスにめぐり合えるわけではなかったのだ。その数、三十名弱。
オリバー・ライト
ロビン・ラスキン
タカノリ・ノベ
首位でプログラム120を終えたチーム3からは三人の名が明記されていた。
***
「納得いかない」
「だからそういうことは本部に言えよ」
羨望と、嫉妬とが入り混じった強烈な視線をくぐって掲示板から離れたノベとロビンの二人をアンが追ってきた。
「よりによってなんでノベが!」
赤銅色の肌が紅潮している。
「クリスやタリムはわかる。誰が見ても戦闘技術は優れてるし、策案(ペーパー)の成績だってトップクラスだから」
刑務所の任務の件は、堅く口外禁止されているため、アンは自身が戦闘不能に陥った後のノベの変貌ぶりを知る由もない。
ロビンは薄く笑って言った。
「ノベのことは放っておけ。どうせ顔パスだ」
七光のことを匂わせたのがロビンの真意でないことは誰の目にも明らかだった。周囲の思惑の先手を封じるため。そして、アンを挑発するための一言。
アンは分かりやすく、怒りに顔を赤らめた。
「そこまで」
通る声が響いた。アンが振り返る。
エルザだった。長身を作業服でつつみ、腰まである黒髪をひっ詰めて眼鏡をかけたおよそ色気のないスタイルであったが、それでも彼女は恐ろしく美しかった。
「ほんとにあんたは弾丸か」
落ちてきた前髪をかき上げる、何気ない仕草が匂い立つように華やかだ。アンはキッとエルザをも睨みつける。
「エルザは思わないわけ? 選ばれたのはいつも冷静に戦況の判断を下すあんたじゃなくて、行き当たりばったりな戦術のせの字もないような戦い方をするこいつらなんだよ」
「パイロットとしての資質は敵わないよ。そして、今帝国がHFパイロットに求めているのはその資質だということでしょう」
カレンツでの最終夜。アンが昏倒していた間の出来事を、語るものはいない。上層部からの口外禁止令。それを破ることは、それ相応の覚悟を必要とする。
「アン。これは私たちのレベルで議論すべき主題(テーマ)じゃない。帝国の、軍部が決めたことなんだよ」
警告を孕んだ、言葉だ。エルザは、アンがその含みを理解し、押し黙ったのを確認して声音を明るくした。アンは一本気ではあるが馬鹿ではない。
「文句を言うのは全部終わってからでいいんじゃないの? だれも先の結果なんてわからないんだから。私たち自身が気付かない才能をも見抜いて評価をくれる上層部があるとわかれば、こちらもやる気になるってもんでしょう」
「その通り。批判は結果を見てからでいい」
いつの間に現れたのかエルザの傍らにオリバーがいた。前半部の話をほとんど聞いてなかったはずの彼がエルザにただ同意しただけであることは衆目に明らかである。
「……ほら、開戦時の地形効果のレポート。AM中に提出でしょ。行くよ」
エルザはオリバーを完全に無視してアンに呼びかけた。
「あー、もうつれないっ」
そこを茶化すのがいけないのだ、と人はオリバーに忠告するのだが。人間なかなか染みついた習性はなおらないものだ。
エルザとアンは男三人に背を向けた。心なしか仲裁役だったエルザの顔まで険しくなっている。
「帝国が必要としてるのは、超戦士じゃない。狂戦士なのさ」
アンは最後まで皮肉を忘れなかった。
***
「おい、Bエリアで精鋭兵の戦闘やってるぞ!」
サーニンが寮の部屋に飛び込んできた。
突然の休講によるつかの間の空き時間。自室のベッドに寝転んでいたロビンは、一瞬ちらっと横目でサーニンを見たが、すぐに興味なさげに雑誌に視線を戻した。
つかつかと歩み寄り、『月刊HF』の表紙を退けるようにして、サーニンはロビンと視線を合わせた。
「このHFオタク。そんなにHFのことが知りたいなら優秀な技師の俺がいっくらでも講義してやるっての。なあ、精鋭兵は月内に強化試合で戦う連中だろう。敵情視察だ、行くぞ!!」
年に一度の精鋭兵巡回。養成所に一部の精鋭兵が訪れ、模範戦闘を披露したり、講演・講義の類を行う。それらの催しは、訓練生の気を引き締め、〝帝国兵になって立身出世する〟という目標を再確認させ、士気を高める効果を担っていた。
これに合わせて選抜者との合同訓練も行われ、最終日には訓練生の選抜者対精鋭兵の試合が〝強化試合〟と称してプログラムに組み込まれていた。
サーニンはクロゼットからロビンの上着を取り出し、有無を言わせず連れ出した。
「ただの試合なら初見の相手のほうが緊迫感があって好きなんだけど……」
「馬鹿いうな。情報がものをいうこの時代にそんな時代錯誤なこといっててどうすんだよ。伝説のヤマガ00式じゃあるまいし。それにお前、昨日書いてた報告書出しに行くんだろ? ついでだよ、ついで」
サーニンはロビンを〝攻撃機能に特化するあまり操作の稼働域の極端な狭さに廃番になったHFの型番〟で当てこすった。ヤマガ00式。一途、融通の利かない、バカ正直なという意味のスラングとして使われる。
「ついでって……」
Bエリアに林立する〝ブース〟と呼ばれる建物群は巨大なスタジアムのような外観をしている。ここは縦横百メートル、高さ五十メートルほどの戦闘場が十入った施設である。広大な敷地を占有するそれは、エリア10の外れにあり、中央の施設群からはゆうに二キロは離れている。そのため訓練生たちはBエリアに用向きがある時は、シャトルバスか手持ちのバイクかで行くのが常だ。
レポート提出場所は当然のごとく中央施設の一棟にあるので、ついでというには、ちょっと遠い。
***
サーニンのバイクに乗った二人がBエリアに到着すると、普段この界隈では見られない興奮が渦巻いていた。訓練生の芋洗い。見物客など想定していないブース内のお粗末な観覧席に、この人数が到底納まるはずがない。
「ちぇ、見らんねぇのかよ」
サーニンが舌打ちした。その時。
「選抜者のロビン君じゃないか」
わざとらしいもったいぶった話し方。
「げ。イーヴ」
「サーニン。その言い方はな ん だ? お前は怪我するといつも優しく手当てしていただいてるんだろーが、この俺に!」
俄かに態度を豹変させてサーニンにヘッドロックを見舞う人物。束ねた黒髪に銀縁の眼鏡。端正な容姿に、手足の長さが際立つ長身。
養成所医局勤務の医師、イーヴ。外見的特徴の近似からエルザの血縁者であることを見抜くのは容易い。
「三十路男に手厚く介護されて嬉しがる男がいるか、あほ」
いつもは技が入った時点でおべっかを使い出すサーニンだが、今回は意外にしぶとい。
「せっかく俺がいい席に案内してやろうとしているのに、その好意をお前は受け取る気がないと判断していいんだな?」
「はっ?」
涙目でサーニンはイーヴを仰ぎ見る。予想通りの反応に愉快そうにくくっと笑って、イーヴはサーニンを束縛から解放した。
「いま戦闘中なのはB2、4、5ブース。おすすめはココ、4ブースだな。精鋭の鷹と虎の試合が見られるぞ」
「鷹? と……虎ぁ?」
「例えだよ。猛禽の嘴を彷彿とさせる機体を愛用し、俊敏さは獲物を狙う鷹の如し。精鋭部隊で〝鷹〟と呼ばれる副兵長スリディビ。と、巨躯の機体の重量を物ともしないしなやかな動き。かつ敵を間合いに捕らえたときの獰猛さと執拗な追撃は他の追随を許さない〝虎〟のハーケン。精鋭の中でも随一の実力者と言われている二人だ」
「見てぇ!!」
サーニンは瞬時に食いついた。
「……まぁ、ついてくれば?」
イーヴはそういって人だかりに向かって歩を進めた。
『デーブ、今度医局にきたときに亢進剤をサービスしてやるよ』
『ハイ、マイク。まだ塞がってない右手の傷口に唐辛子すり込まれたくなかったらほんの少―し後ろに下がってくれないか。うん、少しでいいんだ』
『偽の診断書を教官に提出して、訓練をさぼったらしいね。このイーヴの管下でお痛はいけないよ、シン』エトセトラ。
「…単なる職権濫用じゃねーか」
サーニンの呟き然り。声に出して脅すのはまだいい方で、イーヴの姿を見るなり姿をくらます訓練生も多数いた。いったい普段どんなことが医局で起こっているのか――想像に難い。
ともかくもイーヴの前方はあっという間にひらけ、強化ガラス越しに眼下にブースが姿を現した。
巨大な木箱や組み立てられた鉄骨、ドラム缶等で遮蔽物が適度に用意された正方形のブースに二機のヒュージファイターの姿があった。嘴のような突起が肩口から伸びている真紅の機体。そしてヒュージファイターとしては大型の部類に入る無骨な漆黒の機体がブース内で戦っていた。その立ち回りは、非常に技巧的で無駄のない美しい動きではあったが、何というか……。
「うっひゃー! ど派手!!」
サーニンの言葉どおり、派手すぎるという感は否めない。機体も本来なら迷彩色(もっぱら市街戦で活躍するヒュージファイターはレンガ色や灰色が主である)であるところをあえてペイントしているのにも精鋭兵の優越が垣間見える。
「完全に〝見世物〟なんだろうな。すべてパフォーマンスってことだ。精鋭方も余裕のあることで……」
イーヴが皮肉げに笑った。
閃光弾、殺傷力は低いが見事な直線弾道を描くバズーカDM52、高価で訓練生にはまず支給されることのない小型ミサイルⅤ‐102。それらを惜しげもなく費やし、見事に弾の追尾を避ける姿は、戦闘というよりは舞台演舞という方が的を射ている。
「…完全に見くびられてるな~。ロブ。こんな奴らと演習したところで何かためになるのかな?」
と、サーニン。
「俺も今それを考えてるところだ」
「……えーーー……」
軽口に対して、至極真面目に答えが返ってきたために、サーニンは絶句した。
「まさか。選抜のチャンスをみすみす逃すと思うか?」
サーニンの声が見事に裏返ったことに満足して、ロビンはにやりと笑った。
「……からかったな。最近のお前は性格が悪い。アンの影響か?」
「あの女に影響されるほど落ちぶれちゃいない」
アンがいたら怒涛の勢いで怒りそうなセリフである。
「俺は戻るよ」
そういってロビンはサーニンの肩を叩いた。
「お遊戯会を見ていても時間の無駄だからな」
「まぁ、な~」
サーニンの名残惜しそうな声音につられてもう一度、ロビンはガラス越しに二機のヒュージファイターを見つめる。
「おい、イーヴ俺たちは戻るぜ」
サーニンが案内役に声をかけると。
「赤に千だ」
隣の訓練生とささやきを交わすイーヴの姿がそこにあった。
「イーヴ……」
「見世物を見世物らしく扱って何が悪い」
非難を向けられた当の本人は、冷たい視線に弁解する気はさらさらないようだった。
「あ、そうそうロビン」
イーヴは背を向けたロビンを呼び止める。つかつかと歩み寄って、ロビンの耳元でささやいた。
「ヤンとレジ。この二人ともし強化試合であたったら。まともに戦おうとしない方が得策だ。負けてもいい。いかに早く終わらすかに専念するのが身のためだ」
「?」
「精鋭の中の精鋭と言われる奴らさ。年はお前くらいで精鋭兵の最年少だが、ヒュージファイターの操作技能は桁外れだ」
常日頃イーヴが常用している脅しかと思ったが、それにしては表情が硬い。
「お前ほどの実力があれば対峙した瞬間に分かると思う。あいつらは……」
イーヴは一瞬、うつろで、底の見えない暗い目をした。
「人間じゃない」
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