第3話 初任務(1)
チーム3が監督室に呼び出しを受けたのは、三か月に渡るプログラム120の終了間際のことだった。
順に室内に入ると、正面の書斎机にこちら向きに座る男性が目に入る。白髪混じりの頭は初老の口といった年齢を想像させるが、眼光は厳しく口元は引き締まり、まだ三十代といっても通じるような気概を感じさせる。その横にはプログラム120を仕切る中年の女性教官が直立していた。
二人とも仮面をかぶったように表情一つ変えない。あまりに無感情で、顔の皺の一つさえも動かず、蝋細工のようだった。
「敬礼」
指示されて、五人は平常仕込まれている通りに素早く動作した。
「ブレスフォード上佐だ」
女性教官がごく簡潔に、椅子に座る人物を紹介する。
「上佐……」
アンが思わず呟きを漏らす。他の面々も少なからず驚きの表情を表している。
養成所には上佐の称号をもつ者は在籍していない。つまりこの人物は軍指令本部からわざわざここに来ている。呼ばれた要件向きは、本部直々の命令というわけだ――たかが訓練生に、である。
ブレスフォードは重々しく口を開いた。
「まず言おう。これは任務だ。訓練ではない」
当然のごとく、目はにこりともしない。
***
その日の午後、五人は珍しく主体的にミーティングを持った。
「遅くなった。悪い」
訓練生が自由にレンタルできる会議室に、最後の一人オリバーが現れた。
1303、開始時刻を3分超過している。
「遅せぇよ、バカ。次のカリキュラムは1330からだぞ。時間がねぇんだよ」
アンがすかさず罵倒する。
「理由も聞かずに責めるなよ」
『じゃあ早く言えよ』と一同が説明を視線で促す。
「聞いて驚け。会議中のドリンクにと思って自販でジュースを買ったんだけどよ」
確かに、その手にドリンクが一缶。さらにポケットからもう一缶。
「当たっちゃってさ~。知ってる? その当たりの曲がくっそ長い〝英雄のパレード〟。それをぜーんぶ聞かないと買ったモノが出てこない仕組みで……」
バンッ
そこで堪忍袋の緒を切らしたアンが卓を蹴り上げた。一応加減はしたようだが、テーブルの上のドリンクが今にも倒れそうに絶妙に揺れる。アンは嫌悪とも軽蔑ともつかない眼差しをオリバーに向けた。――だから端から理由を聞く気になれないんだよ。と、その目が言外に言っていた。それに関しては、他の三人も異論ない。
「オリバー。和を乱すことは感心できない」
「はい」
オリバーはエルザの声に素直に向き直る。エルザは手を出すと、
「ドリンク。二つとも、寄こせ」
リーダーの決断は、この軽薄男を水抜きの刑に処することにしたらしい。反論が山ほど口をついて出そうな気配ではあったが、ここで班長に楯突くことは時間のロスだとさすがにオリバーも気づいたらしい、おとなしく缶二本を放りなげた。
「まさか、演習中に任務に就けと言われるとはな」
ノベが口火を切った。
「向こう一週間の対戦予定がいつまでも組まれないんで何かあるかとは思ってたけどな」
オリバーが美しい青い目を伏せてテーブルに輪を描きながら呟く。
「カレンツの収容所監視って……」
五人に言い渡された任務は、刑務所の監視補助。期間は移動日含め七日間だ。
カレンツは帝都からおよそ西に100キロ。周囲30キロにわたり無味乾燥な景色の続くビッタ荒地のど真ん中にある街だ。
刑務所と、そこに務める者たちの住まい。雑貨屋、パブ、スタンドなどいくつかの店。そして街と街を結ぶハイウェイがあるだけの、乾いた砂っぽい街である。
刑務所としては帝都に一番近く、比較的刑の軽い囚人、または思想犯が収監されている。平素それほど注意を向けられている施設ではない。
監視任務といっても実際に配備されているヒュージファイターに乗り込み、機械操作を体験する。その程度の事柄しか起こり得ない場所であった。
『収監されているものの監視を行う。期間は五日』
これ以上ないくらい簡潔な命令だった。
初の任務と銘打たれて緊張はしているが、それよりも唐突な指示に対する戸惑いの方が大きかった。
なぜこのタイミングで? なぜカレンツに? そして、なぜ自分たちが? 皆の疑問を集約するように、それまで黙っていたロビンが口を開いた。
「俺たちだけではない。おそらく訓練生が順に、行っているんだ」
皆の視線に目配りしてロビンは小型の端末を取り出した。
訓練生に支給される携帯型のタブレットである。ネットワークに接続しており、随時訓練予定などをチェックすることができる。画面上にファイルを展開し、皆に見せるように画面を向けた。表組で数値が管理されている。配信されているものではなく、ローカルで作成されたデータの様だ。
「プログラム120の対戦カード」
なるほど、対戦の記録のようだった。
「書き出してるのか、他班の分まで…」
「書き出してないのか?」
皆の驚きの口調に、当然と言わんばかりに問い返す。呆気にとられる四人を尻目に、平然としてロビンは表組みに目を落とした。
「自分の班との対戦者しか公開されないから、対戦表は完全には埋まっていない。無理なく手に入る範囲で収集した情報からだから」
プログラム120に並行して訓練生には養成所の別カリキュラムも課される。戦術や兵器、操縦の講義、各々のレポート。体錬。平素はスケジュールをこなすことで精一杯。どの訓練生も部屋に帰るとベッドに直行し、泥のように起床時間まで眠る。全ての課程は遅刻厳禁。評価を落とせば有無を言わさず養成所に籍がなくなる。だから自分のこと以外にかまっている暇はない。――そういう状況下だからこそ、ロビンのこの行動は皆に驚かれたのだ。
「プログラム120に参加している班数は20。総当たり形式だから全部で190試合。プログラム期間中は一日に2回戦闘があり、すべて修了するのにかかる日数は95日、約三ヶ月」
そこまではわかる。
「自分の班との対戦者、入れ替わりの時に前後の対戦カードも見ていたが、ほぼ機械的に組まれている。単純計算すれば、ひとつのチームは5日に1回戦闘を行うサイクルになるわけだ。が……」
逆説の接続詞でつないだ。
「各チームとも、妙にブランクが空く期間がある。平均10日」
「10日?」
エルザが問う。時同じくしてその場の全員が今回の任務との符合に気づく。
任務五日、前後に移動日二日。その後休暇を三日。計、10日。
ロビンは無表情に頷いた。
「そうだ。この10日は、任務のための10日だ。おそらくプログラム120に参加している訓練生全員が順に、こなしているんだ」
他の四人は沈黙していた。
「ここまでは、おそらく俺たちが嗅ぎ取ることはたやすい。なぜ上が、このことをあえて訓練生に口止めするのか」
よく状況を観察すれば、訓練生だれにでも分かるような隠し方。
――訓練生に実務経験を? そんな生易しいことでわざわざ訓練生を動かすか。実務経験など養成所を出てから幾らでも積める。
そして、そんな楽観的な見解をロビンは持たない。
「仕組まれた戦いに気づかない者は取るに足らない。従順な帝国の手足となる」
ロビンは何かに憑かれたように続ける。
「そして気づくものには。けして逃れることのできないアリ地獄だと分からせるために。自分たちの小さな思惑など、帝国の手の内で遊んでいるようなものだとね」
「ロビン・ラスキン」
鋭い声が横合いから飛んだ。
「口に出すのは、そこまでにした方がいい」
常とだいぶ乖離した表情の、オリバーがそこにいた。
翌朝、チーム3のメンバー5人はカレンツに向けて出立した。
***
カレンツでの日々は四日目まで、平穏に過ぎた。堅牢な外壁。厳重なセキュリティ。本来ならば、何事も起こるはずがないのだ。
四日目はそれまで昼間のシフトだったのが、昼間に休暇が与えられ、その夜に初めて夜の警備を任されることになっていた。
カレンツ刑務所は中央に円筒形の本部ビルが建ち、その円筒から等間隔で十二時、二時、四時、八時、十時の五方向に罪人を収監する棟が細長く伸びる。上空から見ると、子供が描く太陽のような形をしている訳だ。規則正しく造れば六時の方向に向かうはずの棟が一つ欠けていて、そこが本部の正面ゲートになっている。
それらの建物は、もちろん他の刑務所の例にもれず円形の高い外壁に囲まれており、長さ百メートルほどの収監棟と外壁に囲まれた扇形の4つの土地は、それぞれ収監者の運動場や、ヒュージファイターの格納庫などに充てられている。
養成所から送り込まれた五人は、正門脇の監視所に詰めるヒュージファイター要員として当てられた。通常、この区画は五人チームで監視にあたるのだが、今晩は訓練生を半人前とカウントして、兵士三人に、訓練生五人という割り当てだ。
五人を束ねるリーダーはテオと名乗る四十歳前後の兵士だった。他二人は、イとムルティと名乗った。いずれも若く、訓練生と同世代に見える。
テオはアッシュがかった髪色のため白髪が交ざっているように見えるのだが、肌には張りがあり、見た目の年齢よりももしかしたら若いのかもしれない。よく鍛えられた引き締まった体つきがパイロットスーツの上からでも見て取れた。
「何も起こらないとは思うが。一応、レクチャーしておこう」
浅黒い頬で皮肉っぽくニヤリと笑う仕草がとても似合あう。
「非常事態に際しては。発見した時点で即刻全館に知らせが入る。俺らは警報や通信その他なんらかでも異常事態の知らせを受けた場合は即刻監視所前のブースに待機せているHF(ヒュージファイター)に機乗すること」
訓練生たちは一様に頷いた。初日にも同様の説明を受けていた。
「HFに乗り込んだらまずは通信機をオンに。すべての操作はそれ以降に行う」
組織として動くに当たって、指示と意思疎通の方法を確保することは最優先事項とされる。
「その後は必ず俺の指示に従う」
リーダーの命には服従。それは養成所でも叩き込まれている。
「脱走犯と断定された場合、目標を補足した時点で即刻射殺」
テオは言い含めるように言う。
「ここの罪人たちに脱走の事情を聴取するような無駄な温情はいらないのでね」
誰からともなく、空唾を飲む音が聞こえた。
このメンバーが生まれた時には、帝国はとうに全土統一を果たしていた。たとえ水面下でレジスタンスが動いていようと、反政府派がテロを起こそうと、一見は大掛かりな戦闘のない平和の時代に生まれたものたちだ。
何れも戦闘において人を殺す、ということに経験がなかった。
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