第2話 プログラム120

「♪こーとーしーもやってきた~♪」


人の気勢をそぐようなオリバーの歌声が訓練棟の廊下に響く。

今朝の定例ミーティングで新たな長期訓練が告知された。


訓練項目はプログラムナンバー120――五人班での市街戦シュミレーションである。プログラム開始時に個人成績・性格等を加味して自動的に振り分けられた固定班で、約三カ月の間、他班との攻防を繰り返す。


プログラム120は、コンピュータではなく思考の読めない人間を相手にする。そのため、チームの連携・作戦遂行能力はもとより、緊急時や不測の事態への対処が評価の主軸とされる。


養成所の訓練期間は順当に試験をパスして3年、最大で5年の在籍が許されるが、このプログラム120は訓練2年目にあたるグレード2でもっとも重きを置かれる演習課題といえた。




チーム編成は時刻1200ジャストに訓練生各自の所有するタブレットに配信された。


グレード2に籍をおく百名の訓練生が、各五名ずつ二十のチームに編成される。


訓練生の大半は予め伝えられていた1200定刻に情報を受信する。例に漏れず、チーム3に編成された五人もほぼ同時刻にタブレットを起動した。




チーム3 編成は下記のとおりとする。という前書きの下に。




メンバー1 アン・ギネス


「マジかよ」


アンは手で目を覆って天を仰いだ。




メンバー2 ロビン・ラスキン


「……」


ロビンは表情を変えないまま、チームナンバーをもう一度確認してウインドウを閉じた。




メンバー3 オリバー・ライト


「とっても斬新なメンバー構成♪」


オリバーは真意の読めない、半笑い。




メンバー4 タカノリ・ノベ


ふう。


ノベは大きなため息をついて、たっぷり3分間タブレットを黙視した。




メンバー5 チームリーダー、エルザ・アルジャン


「……前途多難」


エルザは目眩を覚えたように、そのままベンチに倒れ込んだ。




***




チーム3にとっての、プログラム120初戦。




訓練は実際にヒュージファイターに機乗するのではなく、操作盤が忠実に再現されたコックピット型装置を使用する。戦闘は仮想空間にて行い、装置には操作者が熱・振動・衝撃等がリアルに体感できる機能が搭載されている。


戦闘終了のブザーがなると、「使用中」のランプが「待機中」に切り替わり、各装置のドアが一斉にオートで開いた。


いつにもまして刺激的で消耗の激しい演習を終え、装置の中に残り「ヒーリングモード」で心身のクールダウンをする者が多い中、ロビンはさっさとコントロールパネルをシャットダウンし、巨大な演習室を出た。




「ロブ。おい、待てこら」


背後からの鋭い罵声が、まだ人気の少ない廊下に響いた。


「てめぇ、どういうつもりだ」


ロビンは振り向きもせず、歩を進めた。


「アン。やめな」


二人を追うように演習室から出てきたエルザが、形の良い眉をひそめて横合いから口を挟んだ。


「反省会は1600からだ。無駄な口論はするな」


冷静なエルザの対応に、余計にいらだったようにアンが振り返る。


「エルザは問題視しないわけ? あいつの完全な命令無視」


そうエルザに言い、制止を完全に無視してロビンに小走りに駆け寄り、肩に手をかけた。


「おい、ロブ聞いてんのか」


そこまでされてはじめて、ロビンは至極迷惑そうに振り返った。アンが詰問する。


「エルザは……リーダーはノベのことを再起不能と判断して救助の指令は出さなかっただろ。だがお前は救助に向かった。あれは命令無視の単独行動、減点は10だ」

「じゃあ聞くが」


ロビンはアンの背後のエルザに視線を向ける。


「エルザ、あんたは実際の戦闘で息のある部下を見過ごしにできる性格か?」


その質問には、アンも、当のエルザも口をつぐむしかなかった。答えはイエスとは言い難い……いや、100%ノーだった。


「操縦者への依存度の高いヒュージファイターの戦闘では、操作する兵士の力量はもちろん、その性格までをいかに早く把握することが生き延びるための鍵だ。敵は出会い頭に判断しなければならないが、味方であれば、どの場面でどのように振る舞うか、常日頃から見ておける」


うるさそうに肩に置かれたアンの手を払いのけ、続ける。


「実際の戦闘の場になって〝救助〟命令を出されたときに、俺たち一般兵に拒否という選択肢はない。だからどうすればそれが可能かを計ることこそが演習の意義だ。いざ実戦で軍規違反で処分か戦闘で死か、そんな二択はごめんだからな。――演習は実戦さながらにやることが前提だろう。それだけだ」


正論。だから、アンは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、二の句が継げない。


「……あんたに苦言を呈されるいわれは無い。致命的な失態があれば本部から通達が来ることだからな」


ロビンは傲然と言い放った。


「それでも文句があるんなら、真っ先にダウンしたノベに言え」


アンは完全に黙していたが、極限まで当てこすられたことで怒りはさらに増しているようだった。


「はいそこまで~。いいじゃない減点項目には違いないけど、結果的にはタカノリはロブの援護のお陰で無事自陣まで生還できたし、結果は白星なんだからさ」


いつの間にか三人の横にオリバーとノベの姿があった。


「それにさ」


オリバーは上をあおいで、頭をかいた。


「やっぱり下馬評まんまチーム3が初日からケンカしてるよって、言われちゃうじゃん!」


吹き抜けになった廊下の一つ上のフロアから、講習等を終えた訓練生らが完全なひやかし顔で多数顔をだしていた。


バシッ


廊下に乾いた音が響いた。


「?! なんでオレなんだよ〜」


不意打ちの平手を頬にくらい、オリバーが目を剥く。一発見舞ったアンはそれを完全に無視し、踵を返すと足早にその場を去った。


「なんかむかつくから、でしょ?」


エルザもこれ以上ないくらいの冷たいまなざしを置いて、立ち去った。


「……完全にとばっちりなんですけどーーー」


確かにとばっちりだと内心で思いつつも、ノベもロビンも無表情・無言でその場に突っ立っている。


「だれかフォローしてよ、もう!」


オリバーの叫びに、上のフロアから笑いがわいた。




***




「昼間、早速やりあってたってねぇ」


チーム3の内紛を心底面白いと思っていることを隠そうともせずに、話しかけてきたのは赤髪長身の青年だ。




夕食時。食堂は訓練生で満員だった。青年が、自分の許可を取らずにトレーを向かいに置いたことにロビンは眉を顰めた。


「座ってもいいか、ぐらい言ったらどうだ」

「つれないなー。いつもめっちゃ仲良しなのにぃ。しかもこの混みよう……ほかに座るとこなんてないじゃないの」


赤髪の青年の名はサーニンという。エリア10に所属する技師。そして、今は期間限定のチーム3の専属技師でもある。ロビンが養成所に入所してからなぜか絡む機会が多く、腐れ縁のメンテナンサ―だ。年は二十三。そばかすが見事に散った、赤い頬。常に軽妙な笑みを浮かべる大きな口元。そんな人好きのする顔に、ひょろりと高い長身がアンバランスといえばアンバランス。


明るい剽軽者ではあるが、根は真面目で技師としては非常に優秀。というのがここ1年付き合いのあるロビンの評。


「で、今日のアンの怒りは何が発端?」

「……俺の命令無視」

「ふーん。そりゃロビンが悪いな」


邪気のない笑顔がロビンを見つめる。


赤い髪に人好きのする顔。屈託のない性格。なぜか邪険に出来ないのは外見や性格が〝知己〟と重なるからなのか。


「それは甚だ一方的な解釈だ」


抗議が口をついて出る。相手が何を思おうと面倒だと思えば誤解も誤解のまま放置しておくのが常のロビンであるが、サーニンにはつい口応えしてしまう。




「隣、いいか?」


背後から声がかかる。いつのまにか隣の訓練生たちが席を立って、四つのいすが空いていた。そこにタイミング良く現れたのは、オリバーとノベだ。返事を待たずにトレーを置くオリバー。一方のノベは小さく会釈して席に付く。




ノベ。プログラム120で奇しくもチームメイトになった青年。彼の名を養成所で知らないものはいない。いや厳密に言えば彼の父の名、であるか。〝タカユキ・ノベ〟――それは三十年前、帝国暦三六六年に終結した統一戦争の英雄の名である。




***




舞台は大陸西南端に位置するヤズラ半島。帝国首都から見れば南方の辺境である。それゆえに併合の手が伸びるのは遅かった。半島の根元と先端のちょうど中央。海沿いの都市カレイマラを中心として帝国に対するのは、ヤズラ半島を領土とする南方六国の連合軍。


数の上では圧倒的に帝国の勝利と思われた戦いは、年の半分を雨季が支配する特殊な気象条件、半島の入り口を塞ぐようにそびえるカッカラの山脈が形成する自然の要塞、不案内な地理、加えて連合軍のゲリラ的な奇襲攻撃によって予想外の苦戦を強いられていた。


そこに一兵卒から参謀として異例の抜擢をされたのがタカユキ・ノベであった。


彼は一旦軍を国内に退去させた。遠征疲れのみえた帝国軍はもとより、連合軍もまた度重なる戦闘で疲弊しきっていた。そこをあえて強行突破というのが従来の帝国の方針であったが、ノベは撤退を選択した。


「闇雲な力押しの戦闘は自体を泥沼化させるだけである」と。


これは意地で凝り固まった古株の将校たちにはでき得ない作戦であったといえる。後方で本営が補給を充実させている間、ノベは偵察に重点を置き、密かに諜報の精鋭をヤズラ半島各国に送り込んだ。




一月の後、帝国軍の手元には詳細なデータが書き込まれたヤズラ半島の地図があったという。また、諜報と同時に真偽織り交ぜた情報を半島内に流し、六国の同盟の内部瓦解も同時に狙った。


ノベはまた『勝利ハ確信サレタリ』と檄文を発し兵士たちを鼓舞した。十分な休養で英気を養った兵たちは、優秀な参謀の出現に奮起し、軍の士気は高まった。


もともと軍事力・兵力共にはるかに連合軍に優る帝国軍は雨季の終わりに反撃を開始し、玄関口の山岳都市マルガを侵攻。それに勢いを得て、怒涛の勢いで進軍し、その年の内にヤズラ半島の主要都市をほぼ制圧した。


対する連合軍は連合軍指令本部のおかれたカレイマラの軍五千を残すのみとなっていた。




そして三六六年三月十八日。


ノベ自らがヒュージファイターに乗り込み先陣を切った伝説の戦い、カレイマラの戦いが火蓋を切って落とされた。後の史記に、「歴史的勝利」と繰り返し記されることになる、帝国史の中でも特別な一戦であった。




父親を英雄に持つノベはヒュージファイターの操縦技術、学習能力はもちろんのこと、些細な言動や所作までもが否応なしに父親と比較される運命にあった。彼の呼び名は幼いころから常にファーストネーム〝タカノリ〟でなく〝ノベ〟であった。




***




「昼間のネタか? オレも混ぜてくれよ。なんせ最大の被害者だ」


オリバーが夕食の載ったトレイをテーブルに置く。


「わはは。お前まだ左頬が赤いじゃねえか」


オリバーの頬にまだ残る手形を見て爆笑するサーニン。


「ねえ、サーニン、あそこでオレが殴られる意味わかる?」

「わかる、わかる。〝なんかむかつくから、でしょ〟」

「あ、てめぇあの場にいやがったな」


形式的なじゃれ合いをはじめた二人を無視して、ロビンとノベは黙々と食事を進める。


「……演習の時は助けられた。ありがとう」


隣に座るロビンにようやく聞こえるくらいの音量で、ノベが呟いた。


「助けたのはあんたのためじゃない。と、言っただろ」

「いや。礼を言うのは、お前の行動によってチームが救われたからだ」


ロビンはそこではじめて興味を持ったようにノベの方を向いた。視線が合うと、精悍な顔が薄く微笑んだ――ように見えた。


「俺がダウンしたことで明らかにチームに敗戦の気色が濃くなった。特に感情面で〝負け〟が込んでいた。が、結果的にお前が減点を背負うことで、戦局のすべてが好転した」

「……」

「お前が俺を助けるという判断をした後、エルザは〝勝つ〟覚悟を決めた。アンはあの性格だから、怒りが操作技術を向上させる。オリバーは序盤受動的な行動パターンが多かったが、後半は主体的な判断が著しく増えた。お前の行動が、すべてターニングポイントだ」


非常に的確な観察分析だった。ダウンした後は、コックピットの視界は暗転していたはずだ。演習終了後、授業や課題・スケジュールをこなしつつ録画レビューを自主的に行ったということだろう。時間的には一度……しかもある程度スキップしなければはじめから終わりまで見ることは難しいはずだ。それでいて各個人の行動特徴を初戦にして相当穿って見ている。




訓練生の間では、ノベの在学は「七光り」ともっぱらの評であった。エリア10にいるレベルの人間ではないと。


実際、ヒュージファイターの操作はどんなに甘く採点しても下の域からでない。座学の成績も実技ほどではないにせよぱっとせず、口の悪い者に至っては一番燃費の悪いヒュージファイターの「GSO」を陰で彼の呼称にしていた。暗に愚鈍と。彼が必要なこと以外はほどんど口を開かないことも、一切弁解しないことも、その評価に拍車をかけていた。


だが。先ほどのレビューは見事だった。


広い視野、観察眼と向上心、自分以外の存在すべてがライバルのエリア10において、人に対して素直な称賛を出来るその人間性。


ロビンはノベに対する認識を改めた。


そして。


「え、ちょっとそのほっぺたどおしたわけ?」

「ああこれね〜、ちょっとオンナノコに昼間やられちゃったさ」

「え? それって……痴情のもつれ?」

「痴情ね、そうね、あ、でもヒュージファイターでこんがらがっちゃったことだから機上のもつれ……なんちゃってね」


向かいではオリバーとサーニンが周囲を観客に巻き込んで、漫才を開始していた。

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