086-新たな力/後悔
二日後。
私は軍に呼ばれて、クロノスの稼働テストに付き合っていた。
『あいつら、オレのボディを雑にウォータージェットで洗いやがるんだ』
『そうなのですか?』
クロノスの言葉は、相変わらず私くらいにしか聞こえない。
ジェシカ大尉が、クロノスが喋ることを隠ぺいしたのだろう。
本来喋れないはずのクロノスが喋ると、開発者一陣がひっくり返る。
『お前なら、わざわざ細かいところまで洗ってくれるだろ?』
『え、ええ......』
とりあえず頷いておく。
情報精査をして、塵などが付着した部分を洗浄しているだけなのだが.....
「では、これから上げますから、すぐに搭乗お願いします」
『分かりました』
私はリフトに乗り、クロノスのうなじ付近まで持ち上げられる。
そのままスロープ状の入り口から中へと入り、大幅にアップグレードされたコックピット内部へと入る。
『あんのバカが散々散らかしたから、コックピットを総入れ替えする羽目になったんだ』
『馬鹿とは?』
『オレの搭乗者だよ! 最近見ないな....』
私は素早くデータベースを参照する。
ノイスター少将、暴走したクロノスによって分解され殉死――――
『.......ええ、そうですね。どこかで休暇でも楽しんでいるのでは?』
『だよな! あいつはただじゃ死なねえから! 絶対な!』
私はうそをついた。
でも、クロノスだって本当は分かっているはずだ。
憎悪の果てに、何を遂せたのかを。
『Clavis、起動準備に入ります!』
久しぶりに身に着ける、新型の頭部ユニット。
それに、クロノス側のプラグが噛みつくようにして連結する。
『エントリープラグ展開』
手の甲からインターフェースソケットを突出させて、そこにコードが伸びるのを確認する。
接続部位が増えたことで、クロノスの感覚が私と繋がっていくのを感じる。
『バイザー装着、戦闘システムオンライン』
『初期起動電力、十分だぜ! システム、ハード共にオールグリーン!』
『トリニティコア、起動!』
低い駆動音が響き、動力システムにエネルギーが充填されていく。
クロノスが自力で動くためには、本来であれば電力が必須だ。
『うおおおお! すげえ、本当に動ける!』
クロノスは、久々の自律起動に興奮しているようで、力こぶを作るようなポーズなどをしている。
本来なら、クロノスにもう私は必要ないのだが......
『それより、とっとと試そうぜ!』
『本当にやるんですか....?』
『もちろん!』
仕方ないので、クロノスとの同調率を合わせる。
すると、明確にUIに変化が訪れる。
『X-MODE ONLINE』
直後。
クロノスが身に着けていた武装を含めて、クロノスの装甲が青色に変化する。
変化は私のいるコックピットから広がり、全身へと拡大していく。
『うおお!』
『....ッ、クロノス、叫ばないでください。変な感じです』
『わ、悪い』
この
多分、私の中に眠っていたCVLシステムが、この現象を何とか制御できるようにしているようだ。
『だめだ、維持できねえ!』
『SYSTEM-OFFLINE』
直後、UIが元の通常状態へと戻る。
私とクロノスの同調が離れたせいだ。
『ダメか....?』
『いえ、もう一度やりましょう』
『――――X-MODE ONLINE』
私はクロノスと意識を合わせる。
この感覚は慣れない。
『難しいことは考えんなって。いつも通りだろ――――俺が動いて、お前が操る!』
『....ええ、そうですね』
X-MODEは侵蝕の要素を併せ持った同調術だ。
私とクロノスが侵蝕し合い、クロノスに装備されている武装も侵蝕して、青色の輝きを放つ。
『クロノス、貴方の憎しみは.....一人で抱えてはいけませんよ』
『お前の感じた寂しさは、オレが必ず埋めてやるぜ』
二人で手を取り合って、武器を構えて打つ――――
筈だったのだが。
『....装弾数なし、撃てません』
『くっそぉ!』
もともと戦闘行為を行う予定が無いので、クロノスの武装はすべて使用できないようにされている。
当然撃てるはずもなく、クロノスの叫びで私側が拒絶してしまう。
解除されたX-MODEに、私は難しいという感想を抱いた。
『このままでは、実戦には使えませんね...』
『まあ、最悪無くても――――オレたちは敗けねえからな!』
クロノスは精神世界で胸を張るが、私は一抹の不安をぬぐい切れずにいたのだった。
オレは、嘗てトモだった。
鈴木智一。
普通の幸せを享受する、普通の人間だった。
「......よう、ハル!」
「....ああ、トモ」
オレは教室で、いつものようにあいつに話しかけた。
当時のあいつは、いつもいつも、オレが話しかけると笑っていた。
だからオレも、あいつは幸せなんだと、勝手に思ってたんだ。
「おい、水かけてやろうぜ!」
「ギャハハハハ!!」
あいつは、虐めに遭っていた。
でもオレは、それでも笑ったあいつを、幸せだって。
笑っているから、楽しんでいるんだと勘違いしていた。
「おい、ハル.....なんで、飛び降りたんだよ....?」
だからオレは、あいつが起こした事件を信じられなかった。
ハルは、飛び降り自殺を試みたのだ。
その時初めて、オレは知った。
あいつの家が、借金まみれだってことを。
あいつの家族が、あいつに興味すらなかったことを。
あいつの兄弟が、あいつに何をしていたかを。
「あはは.....ごめんね、気を遣わせて」
「俺は何でって聞いてるんだ! いつも笑ってたじゃないか、何が不満だったんだよ!」
「........気を遣われたくないから、笑ってたんだよ」
オレはその時、知った。
あいつの笑いは、周囲に自分が傷ついていると主張しないためのものだった。
「.......その、悪い」
「明日から、話しかけに来なくていいよ」
「え?」
「無理してたんでしょ、僕と話してると、いい奴みたいに振舞えるんだからさ」
「.........違う」
オレは言葉では否定したが、心では否定しきれなかった。
「俺は、お前を友達だと思ってたんだ!」
「じゃあ、もう思わなくていいよ。僕は.....君と話してると、もっとも惨めになるから」
その日、あいつはオレを......拒否した。
今でも、心にある。
オレの、後悔は――――
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