085-現状維持

「すまないな.....」


私の前で、クレイアスが申し訳なさそうな顔をした。

場所は”王宮”。


「君を戦場に出すことはできない」

「何故ですか?」

「.....レジンのたっての願いだ」


聞けば、レジンは何を奪われても構わないといった姿勢だったが、私を戦場に出してもいいのかと言われると、発狂するのだそうだ。


「彼にとって、私は何なのでしょうか」

「さてね。レジンには今まで手に入らないものはなかっただろう。君は唯一手に入らなかった、彼にとって人生を賭けるに相当する宝物なんだろう」


歪んでいる。

そう思うのは、きっと私だけではないだろう。

だが、クレイアスは思うところがあるようで、がりがりと頭を掻いた。


「レジンをああしたのは、俺の責任だからね...望むものはすべて与えたし、このシークトリアという歪な国を裏から支える教育もした。だが結果として、俺を追い出して、コレクターの真似事までし始めたんだ」

「.....どうして、私の護衛なんて目立つことを?」

「あの莫迦が、俺の顔なんて覚えていると思うか?」

「それは.......」


周囲も分かっていて止めなかったのだろう。

レジンに逆らうことこそが、死を意味するのだから。


「そういう訳だから、しばらく警備任務を頼む」

「分かりました。....それで、あなたは?」

「引き続き、君の護衛だよ」

「....そうですか」


逆のような気もする。

だが、クレイアスは笑って言う。


「結局、王として生きるより、君の護衛として振舞う方が気が楽なんだ」

「死んでも責任はとれませんが....」

「元より死ぬつもりでレジンを止めたんだ。彼も必死になって俺を消しに来るだろうから、二人で頑張ろうじゃないか」


とんでもない後ろ盾を持ってしまった。

だが、私はこの人には逆らえない。

権限上そうなっているから.....


「分かりました。よろしくお願いいたします、私の護衛――――クレイン様」

「よろしく」


クレインは再び、クレインに戻って笑うのだった。







警備隊の任務は、嫌ではないが....嫌になるときもある。

それが、今日みたいな事があった時。


『生命反応を検知している! ただちに出ていきたまえ!』

「うるせえ! 俺たちはここしか住むところがないんだよ!」

『従えない場合、強制排除に移る!』


厳しい口調で叫んでいるヴィレッドは、別にそれを言いたくて言っているわけではない。

だが、侵入者は侵入者。

見逃せば、私たち全員が連帯責任で処罰される。


「な、なぁ! そこに乗ってるのって、英雄様だろ!? なぁ、俺たちを哀れだとは思ってくれねえのかよ!?」


必死に叫ぶ少年は、難民の一人だ。

シークトリアの首都は、難民を受け入れてはいるものの、三年経つと追い出されてしまう。

それまでに職を見つけられなかったり、親の都合で働けなかったりする人間たちは、首都に住む場所がなく、かといって他所に移動する金もなく、こうして首都の外にある場所に住みつくしかなくなっているのだ。


『申し訳ありませんが、貴方達を救助することはできません。貴方達の存在は、シークトリアの平和を乱しています。よって私が英雄として動いた場合は――――貴方達を殺す事が任務になります』


私は背の砲塔を、少年に向ける。

無論撃つつもりはないが、脅しにはちょうどいい。


「なんだよそれ......英雄は、みんなの英雄じゃないのかよ!」


こういう時が、一番つらい。

見逃してあげられれば....とは思うが、彼らはいずれ、不穏分子へと成長してしまう。

だから追い出して――――野垂れ死んでくれるのを、上は望んでいるのだ。


『.....申し訳、ありません』


私は砲塔を戻した。


『直ちに撤退しなければ、全員を五分以内に殲滅します。十五分経って回答が得られない場合は強行突入します、不法侵入である貴方達は、国籍を即時はく奪の上、殺害が許可されていますから』

「.........死ね! この、くそ野郎が!」

『.......』


投げた石が、私のボディに当たった。

直後銃声がして、少年の胸に穴が開く。


「抵抗行動を確認したわ。レッド、排除するわよ」

「あ、ああ!」


私は起き上がり、バトルアーマーの戦闘機能を起動した。

こうなった以上、全員の命を奪うか、エリアから離脱させるために誘導するほかない。

出来れば後者で行こう。


『不法侵入者の皆様へ報告いたします。ただいまより排除行動を開始します。攻撃されたくなければ、直ちにエリア外に出てください』

「うおおおおおお――――」


銃を構えて走ってきた老人を、ヴィレッドが射殺する。

足を撃とうが胸を撃とうが、結果は変わらないからだ。


『出来る限りエリア外に誘導します。フィオネ様、飛行許可を』

「飛行を許可するわ」


私は重力制御板を展開し、都市跡の上空へ飛び上がる。

そして、素早く情報精査を行う。

廃墟内に潜んでいるのは約三十二名。


『炙り出します』


エネルギー弾機関砲を使い、人のいない場所を狙って打ち込む。

すぐに悲鳴が聞こえ、生命反応が入り口近くに集まる。

そのタイミングで背の砲塔を建物の最奥部に向け、撃つ。


「わぁあああ!」

「助けてぇ!!」


轟音とともに建物の内部が炸裂弾によって吹き飛び、人々が通りに流れ出す。

そこに私は、容赦なく機関砲の掃射を浴びせかける。

なるべく当たらないようにしてはいるが、地面の破片などが当たったようで、足を止めた人間は後続のエネルギー弾に貫かれ、致命傷を負って倒れていく。


「.........」


排除エリアから人間が次々と出ていくのを確認した私は、先ほど倒れた人間の救助のために、地上へと降りる。

情報精査を行うと、もうこと切れていた。


「...........」


いつまで続くのだろう、こんな戦いは。

私はまた罪を重ねて、任務を終えた。

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