072-機械としての幸福

“王宮”から帰還した私は、護衛と共に安置場所まで向かう。

ホテルに泊まれたのは初日だけで、普段はここに安置されている。


「王宮の方が良かったと思うが、泊まっていかなかったんだな」

「ええ、私にはここで充分ですから」


私は護衛の車から降りて、ボロボロの建物へと入る。

私をメンテナンスするカプセルだけが部屋には置かれていて、全ての電気系統はそのカプセルに集中している。


「…」


多くの人間は、本来はホテルに泊まっている設定の私がこんな場所にいることを酷いと思うだろうか?

でも、それは違う。

もし私が人間だったなら、衣食住の保証はされていた。

だけど私は、アンドロイドに近似する人工知性。

人権はなく、食べ物も着るものも不要だし、周囲の環境に影響を受けないように設計されている。

メンテナンスポッドがあれば健全な状態を維持できる。

これは、機械としての幸福に値する。


「それに…」


私はポッドに入り、電脳空間に意識を飛ばす。

そこに行けば、クロノスと連絡が取れる。


『よぉー元気だったか?』

「ええ、そちらは?」

『お前はいいよな、ホテル暮らしだろ? オレは昨日なんか重機にぶつかられてよ…』

「はは…」


クロノスと話していると、自然と笑える。

義務や逃れられない運命に縛られている私と違って、クロノスは自由で不自由だ。

彼が自由意思を持っている事は誰も知らないし、私のようにあちこち歩いて回ったりなんてことはできないから。

でもその代わり、クロノスはあの場所から動けない。

雨が降ろうが、風が吹こうが。

それが幸せな事なのか、私にはわからなかった。


「クロノス、あなたは幸せですか?」

『どうした急に』

「いえ、少し嫌なことがあったので」

『うーん…まあ、幸せといえばそうか? オレにはお前がいる、よく知ってる間柄じゃねえけど、ジェシカ大尉もいるだろ? 嬉しいぜ…喋れる相手がいるってのは』


クロノスはそういえば、製造されてから私に出会うまでずっと一人だったと聞いた。

それに比べれば、今の状況なんてなんて事ないのかもしれない。


「少し気が楽になりました」

『そりゃ良かった。お前にまでいなくなられたら、オレはどうにかなりそうだ』


彼は本当にどうにかなりそうだから、真実味がある。

対エルトネレス級の時、システムの拘束を振り切ろうとしたクロノスを見てから、それは真実なのだとわかる。


「…クロノス、少し話したいことがあります」


私は覚悟を決め、彼に王との一件について話す。

この会話は監視されているかもしれないので、言葉選びは慎重にしているが。


『へぇ、中々面白そうじゃねえか?』

「私はどうすればいいでしょうか?」

『.......』


クロノスは少し黙った後、口を開いた。


『お前の好きにすりゃいいんじゃねえか?』

「ですが.....そうなったら、もうクロノスには会えないかもしれませんよ?」

『そりゃそうさ。だけどなクラヴィス.......オレらは別に恋人同士じゃないだろ? オレは簡単には壊れないけどよ、お前は.......オレの思っているより簡単に砕けて消えちまうんだ』

「何を....?」

『王のもとについてもいいんじゃねえか? オレは戦うからよ、お前は安全な場所にいてほしいんだ』

「そんなの.....」


ずっと一緒に戦ってきたというのに。

そんなに簡単に捨てられるのか。

私は電脳空間の身体を立ち上がらせ、通信を切断する。


『あ、おい待――――』

「.........」


何が正しいのか、もうわからない。

王は自分のもとにつくのが幸福だと言い、クロノスもそれに賛同した。

”蒐集品”のアンドロイドたちの言い分も幸福であるし、機械として生きるならばそれが最も幸せな道なのだろう。

しかし......”人間”の私は?

いや、俺は?


「...........人間は存在意義レゾン・デートルなしには存在できません。ならば、在り方に反することは何を意味するのでしょうか?」


何も分からない。

逃げるように私は自分をスリープモードに移行させる。

そう、逃げるように。

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