071-艦隊凍結の危機

「何ですって!?」


そんな叫び声を上げたのはラウドだった。

彼が握っていたスプーンが机に落ち、軽い音が響く。


「ラウド、静かに。ここは一般の人間もいますよ」

「ですがっ!」


ジェシカがラウドを窘めるものの、ラウドはいまだ頭に血が昇っているようで叫ぶ。

男女の諍いと思われたのか、最初は二人に驚いていた人間達も各々の食事に戻った。

そう、二人が現在いるのは中央区のフードコートである。

それぞれ待機命令を受けていたので、丁度いいということで報告職務を終えたジェシカがラウドを呼んだのである。


「……艦隊計画を凍結なんて、性急に過ぎると思います」

「ええ、それは私も思ったんです」


ジェシカはストローで何かの液体を飲みながら答える。

この液体は、所謂完全食であり、味と引き換えにあらゆる栄養素を摂取できる万能な食糧だ。


「しかし、司令部の方も混乱している様子でした。大統領命令ではないようなのですが…」

「Clavis And Chronusプロジェクトの凍結は、数百億SCの損失を受け入れるという事になります、それにプロパガンダに一度でもクラヴィス達を利用した以上、民衆がそれらの嫌疑を司令部にかけるかもしれません」


ラウドは冷静に分析する。

二人は互いに納得のいかない様子で、食事もほとんど進んでいなかった。


「…本当に、本当に推測ですが…ラウド少尉」


ジェシカは言葉を選ぶ様子を見せつつ、ラウドに憶測を口にする。


「....こんな噂を知っていますか? このシークトリアには王族がいる、という噂を」

「...いえ、知りませんでした。すいません」


ジェシカはそれに失望を見せることはなかった。

この噂は上層部に接点のある人間だけが、与太話に分類されるような話として耳にする程度の噂なのだ。

その時、二人の耳に轟音が響く。

つい二人が上を見上げると、巨大な宇宙船がビルの谷間をゆっくりと飛行していた。

軍属の二人ならすぐにわかる、小型艦のイロンⅡである。


「こんな場所を飛ぶなんて珍しいですね」

「そうでしょうか?」


イロンⅡは比較的よく見られるイージェイア級と違い、首都の上空を飛ぶことも少ない半ば発掘品のような古い船である。


「今は大型の派兵で騒がしいですからね.....ウェルカノ星系でしたか?」

「派兵というよりは、領土奪還戦ですね。もしクラヴィス達が路頭に迷うようなことが無ければ、私たちも艦隊に所属し、あの星系に飛び込むことになりますよ」


ウェルカノ星系とは、数か月前に領有権をイクティスに奪われた星系である。

エルトネレス級などの有機的デザインを取り入れたラデウル艦とは違い、イクティス銀河連邦の艦船は遊びやデザインを一切考慮していない完全な殺戮兵器といった様子であり、シークトリアとプレトニア連合軍は苦戦を強いられていた。


「..........何もなければいいんですけどね」

「そうはならないでしょうね」


ジェシカは完全栄養食を飲み干し、呟いた。

それを見たラウドは、テーブルの上にある自分の食べ物を見下ろした。

コロニスト愛用のペーストの食事だ。


「せっかく惑星に降りたのですから、有機栽培の食材を使った食事をしたらどうですか?」

「大尉に言われたくはありませんね」


惑星に降りれば、新鮮な野菜や魚介、肉を使った料理を口にすることができる。

しかし二人は、宇宙で口にしなければならない食事を食べていた。


「これが一番早く、効率的です」

「自分はこの味が好きなので」


”王”の話題は見事に忘れられ、二人は食事の話題に突入するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る