070-蒐集品たち

「...............」


私は今、前世で見たならばきっと感動していたのだろう。

実際、この規模のものを地球で作ろうとしても、技術が足りない。


「...........」


壁一面に、人間が埋め込まれている。

彼らは全員、全裸で眼を閉じているものの、生きている。

それぞれが黄金のフレームで囲われており、最良の状態が保たれているのだ。


「......標本、ですか?」


虚空に問うが、答えなど来ない。

きっとこれは、標本と同じなのだろう。

王に気に入られた人間はこうして、永遠に完璧な美しい姿のまま保たれるのだ。


「.....」


私は逃げるようにその広間を後にする。

王が通る故か、通路は幅広くそして、下から暖色の光で照らされていた。

次の部屋は何か、私はその期待だけを燃料にして歩き続ける。

そして。


「......これは、機械部品?」


橋のような道の左右の壁が等間隔でへこんでいる。

そのへこみに、部品らしきものが展示されている。

その大きさは千差万別で、へこみ自体も私の何十倍もの大きさのものがある。


「...通商連合特殊武装、三点結合インテグレーター...こちらは、巡洋艦級以上のジェネレーターでしょうか?」


見たこともない部品や武装が展示されている。

王はこれらも、近くに寄って見ることがあるのだろうか?

スキャンすることすら許されない、最上位のセキュリティが設定されている。


「.........」


人間としても、人工知性としても、構造物に芸術的な視点を見出すことは難しい。

王の蒐集癖の一環なのかもしれない。

私は道を進み、映像で見た場所に来る。


『こんにちは』

「こんにちは」


展示されているアンドロイドたちは、久々の話し相手だからか嬉々として話しかけてきた。

私はそれに若干の後ろめたさを感じつつも、返事を返した。


『レジン王以外の方がこの殿堂にいらっしゃるとは...貴方も、新しい蒐集品なのですか?』

「猶予を...頂きました」

『猶予...なるほど、即答ではなかったのですね。愚かな選択肢です』

「...そう、ですか?」

『ええ、用済みと言われることもなく、役に立つために尽力する必要もなく、ただここで存在しているだけでいいのです。素晴らしい事ではありませんか?』

「私には.........」


わからない。

自分の存在価値は、本当にあるのだろうか?

私には何の情報も与えられていないから、私にはクロノスが戦争を終わらせる鍵になるとは到底思えない。

このまま、ここでずっと永遠に存在しているだけで良いのでは無いか。


「............あなたは、幸せなのですか?」

『人工知性である我々に、幸福という感情は厳密には存在しません。しかし、我々にも“破壊されたくない”、“役立たずと言われたくない”という感情は存在します。それは、とても“嫌な”事ではないですか? そのリスクがないのであれば、我々はきっと幸福なのかもしれません』


機械的な考えだ。

でも、それはきっと現実的な視点なのだ。

クロノスと違って、私という存在は容易に消されてしまう。

結局、私は逆らわないから採用されただけに過ぎない。


『もう行ってしまわれるのですか?』

「ええ、まだ先を...この殿堂の執着を見たいものですから」

『良い旅を』


その後も複数のアンドロイドや機械知性と会話を交わし、そして別れた。

やはり言葉を交わせる存在に唆されたからか、私の心は揺れ動いていた。


「ここは......」


気付けば、私は行き止まりに差し掛かっていた。

曲がる角を間違えたようだ。

引き返そうとした私だったが、とあるものが目に留まる。


「これは.........」


「保管予定:Clavis」。

そう、ナンバープレートに当たる部分には書かれていた。

ここは私が入る予定の部屋なのだと、すぐにわかった。


「...」


スキャンをすると、チャンバーのロックは開いていた。

私は扉を開けて、その中を伺う。

すると、その奥には小さな一室があり、更に奥に扉があった。

私はその中へと入り、扉へと向かう。


「......」


その奥にあったのは、広大な空間と...幾つかの建物だった。

空間はまるで草原のような環境になっていたが、センサーはこれが光学的な投影であると告げていた。

建物に入ってみると、中は高級住宅の一室のようだった。

私には不要な設備ではあるものの、人間だったら喜んでいたのかもしれないと思った。


「これは...」


次の一室には、簡素なカプセルとメンテナンス用の本格的な設備があった。

全てをこの中で補う事のできる設備だ。

次の部屋に進むと、リビングルームのような場所だった。

スキャンをしてみる限りだと、この部屋のテレビからなら、ほぼ全ての娯楽にアクセスできる。

これも、王の施しなのだろうか?


「...」


再び無言で、建物を出て出口に向かおうとする。


「それでは不満だったか?」

「...いいえ」


その時、背後から声がかかった。

私は振り向かず、答える。


「十分過ぎるほどです、でも...何故?」

「お前は広い世界に興味を持ち、単調な展示品としての生活を望まないだろうと思ってな。だからこそ、俺が訪れる憩いの場としてここを作り、もっと広い世界を見れる設備を整えてやれば、お前はきっと頷く。そう思ったまでだ」

「.........」


自分のことは、調べ尽くされている。

そんな事を多少思わないでいられないほど、その分析は正しかった。


「......ごめんなさい」

「ふ...早く俺のモノになればいいというのに、強情だな。そのささやかな反抗が、お前を機械ではなく人間のように思わせる。それが何よりも輝く宝石なのだよ、クラヴィス」

「...失礼します」


逃げるように、私は“家”を後にした。

心を揺るがされ、餌をぶら下げられ。

このままではいけないという声が小さくなる前に、逃げ出したかった。

通路を脇目も振らずに駆けて、駆けて.........


「...ここは」


気付けば、最初の謁見の間の前だった。

電波が復帰し、私の視界の端に通知が映る。


『クラヴィス〜早く帰ってきてくれ〜寂しいぞ〜』


クロノスのものだろう。

彼は今何をしているのだろうか?

それを考えるだけで、心の靄が晴れていくようだった。


「......行かなくては」


まだ、選択の時ではない。

私は邪念を振り払い、護衛の待っているであろうエントランス向けて歩きだしたのだった。





















「今日はまだ無理か」

「宜しいのですか?」

「言っただろう、従順な彼女は、他のアンドロイドと何一つ変わらない。自分の意思で立つ事のできるClavisは、どんな宝石よりも希少なんだ」

「では、監視を...」

「必要ない。選択の時は近い。どんな決断をしようとも、俺はそれを尊重する。まあ、脅しはした、その脅しに屈しないほどの決意を見せてくれることを願っている」

「たかが機械にそのように期待をなされるのですか?」

「お前には理解できんだろうな、永遠に」

「愚問でしたな」

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