第6話 守屋夕野という後輩

  「よーし、お前ら。今日はオリエンテーション、【校舎案内スタンプラリー】の日だ」

【宇佐美葵】がアイドルを卒業し、宇佐美葵になった翌日。HRが始まると神田先生がそう言った。【校舎案内スタンプラリー】というのは、新一年生と新二年生がくじ引きで決められた二人一組のペアとなり、この春雨高校の校舎を案内する、というものだ。新入生が新しい生活に早く慣れるように、との思いで毎年行われているが、生徒達は新しい生活よりも新しい出会いにお熱らしい。昨年、俺はとある先輩と組み、その先輩がかなり変わっている人で今でも印象に残っている。

「それじゃ、中庭に行くぞ」

神田先生と一緒に中庭へ向かうと、数多くの新入生達の姿があった。見た限りでは男女比半々ということもあり、クラスの男子達の息が荒くなる。

「それじゃ、名前の順に引いていけー」

神田先生が抽選箱を取り出し、クラスメイト達は続々と引いていく。俺の番になり、抽選箱に手を入れてくじを引いた。四角く丁寧に折り畳まれている紙を開くと、そこには【16】とかかれていた。

「【16】、ってことはあたしとペアっすね!よろしくっす!」

後ろから声がかけられ、振り向こうとすると何か柔らかいものに弾かれた。

「あっ、ごめんっす!大丈夫すか?」

「あぁ、大丈夫だ」

デカい。俺が目の前にいる女子生徒を見た瞬間に頭に浮かんだ言葉だ。一部分が、ではなく全てがデカい。俺は170cm程なのだが、彼女はそんな俺の一回りほど身長が高い。おそらく、185cmはあるだろう。次に目を引いたのはその大きな胸だ。よく、メロン、などと比喩されるが、その理論を当てはめるのなら彼女のそれはスイカだろう。それに、ただ大きいだけでなく、形も整っている。もはや、完璧といっていいだろう。

「良かったっす」

彼女が俺に手を伸ばしてきたため、その手を取って立ち上がる。

「あ、自己紹介がまだだったっすね!あたし、【守屋夕野】っす!今日はお願いするっす」

「宮野月斗だ。よろしく」

「月斗先輩っすね!よろしくっす!それじゃ、早速行くっすよ!」

こうして、俺と夕野の校舎案内が始まった。


 「ほら、ここが保健室だ」

「うっひゃ~、さすが私立。広いっすねぇ~。あたしの中学の三倍ぐらいありそうっす」

「使う時はそのグリップボードに挟んである紙に名前と時間をかけ」

「了解っす!じゃ、早速……」

「さぼろうとするな、次行くぞ」

「は~い」


 「ここがパソコン室」

「うっ、プログラミング、チョサクケン……頭が痛くなってきたっす」

「……正直、その気持ちは分かる」

「そっすよね!なんなんすか、パブリシティ権って!randomって!意味分かんないっすよぉ~!!」


 「ここは図書室だ。放課後には自習スペースとして解放されるから利用するといい」

「本なんて読まないっすけどね。あたし、活字読んでたらいつも寝ちゃうんすよね」

「まぁ、分からなくはない」

「えへへ、でも、こんな所があるって分かっただけでも嬉しいっす!ありがとうこざいますっす!」

「別に大したことじゃない。それに、これから毎日通うことになるわけだしな」

「そうっすね!また、明日からもよろしくお願いしますっす!」


 「さて、あと少しだな」

事前に配布された地図を見ると、まだ行ってない箇所は2つ。この調子でいけば、3時までには帰れそうだ。

「せんぱーい、次どこっすかー!」

「あぁ、次は───」

ふと、違和感に気付いた。夕野の歩き方がおかしいのだ。何か、右足をできるだけ地面に着けないような歩き方をしている。

「お前、右足大丈夫か?」

「えっ……大丈夫っすよ!私、バスケやってるんすけど、ちょっと前の試合で相手のプレイヤーと接触しちゃって。でも、全然平気っすよ!ほら、ジャンプだって……」

夕野はその場で軽く跳び跳ねるが、着地した瞬間、表情が歪む。明らかに痛めているようだ。

「見せてみろ」

「え、い、嫌っす!その、わ、私今日スパッツ履いてないんすよ!」

「安心しろ。俺には妹がいる。パンツなんざ何回も見てきた。今さら欲情なんてするわけない」

「ちょ、それは先輩の話──」

嫌がる夕野を無視し、彼女のスカートの裾を持ち上げる。

「誰にやられた」

彼女の足にあったのは、無数の小さな火傷跡。

「じ、自分でつけたんすよ!どうすか?先輩。こ、根性焼きの跡っすよ!どうだー、怖いだろー!」

彼女の腕を掴み、制服の袖をまくると、腕にも数多くの火傷跡があった。自分で根性焼きをしたのなら、どうやって腕にしたのだろうか。それに、たばこを吸っているのなら多少なりとも彼女からたばこの匂いがするはずだ。

「もう一度聞くぞ。誰にやられた」

「…………」

「答えられないのか?」

「パパっす」

「父親?」

「えっと、勘違いしないでほしいっす!こ、これは全然虐待じゃないっすよ!ママが事故死んじゃって、そのせいでパパは少しおかしくなってるだけっす!いつか、必ずいつものパパに戻るっす!だから、だから、私は大丈夫っすから……」

彼女の目から涙が零れ落ちる。あの火傷跡の数からして、相当な年月を耐えていたに違いない。だが、今ここで警察に通報したとしても、彼女は虐待の事実を語ることはないだろう。

「分かった。俺はこの件にはこれ以上関わらない。だが、手当てぐらいはさせてもらおう」

「先輩は優しいんすね。でも、大丈夫っすよ!私、もう慣れっ子なんで」

「いいから黙ってついてこい」

夕野の手を引き、保健室へ向かう。

「ほら、そこ座れ」

「あ、その、ありがとうございますっす」

彼女の手と足を消毒し、包帯を巻く。

「どうだ?少しきついか」

「あ、大丈夫そうっす」

「そうか」

「あの、なんでここまでしてくれるんすか?別に、なにも知らないふりをしてもよかったんすよ」

「生憎だが、俺は目の前の傷ついている女の子を放っておけるほど薄情な精神は持ち合わせていないんだ」

「あはは、先輩は不思議な人っすね。普通、初対面の子を助けようだなんて思わないですもん」

「そうかもな」

夕野と話していると、3時を告げるチャイムが鳴った。たしか、今日の終礼時刻が3時30分だったはずだ。

「そろそろ行くぞ」

「おっけーっす!」

中庭へ戻ると、既に多くの生徒が帰宅の準備をしていた。

「遅いぞ!宮野、守屋。何をしていた」

神田先生ではない男性の教師がこちらに歩み寄ってくる。

「すいません、俺がちょっとお腹を下してしまって、トイレに行ってました」

正直に保健室にいってた、なんて言えば夕野の火傷跡が見られてしまうだろう。

「そ、そうか。大丈夫なのか?」

「はい、遅れてすいませんでした」

「まぁ、何事もなければそれでいい。早く列に並べ」

「わかりました」

夕野と共に列に加わるとすぐに終わりのHRが始まった。適当に聞き流していると、夕野が話し掛けてきた。

「先輩、今日はありがとうございましたっす」

「あぁ、こっちこそ」

「でも、先輩には迷惑かけちゃったっすね」

「気にするな。それより、自分の心配をしろ。何かあったらすぐに言いに来い。分かったな」

「了解っす」

『えー、それでは、これで終わりとする。起立!』

教師の号令で立ちあがり、礼をする。

「じゃあな」

「さよならっす!」

元気そうに手を振る夕野に振り替えし、学校を出た。

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