土日出勤(ぱおん)
うたた寝
第1話
1
土日出勤である。皆さん、盛り上がっているだろうか? ちなみにだが当然だがこちらは一切盛り上がっていない。テンションバク下がり中である。死んだ魚のような目をしてパソコンを見つめている彼を誰が責められよう。
皆さんは、『法定休日』と『法定外休日』を知っているだろうか? 知らない、という人は恐らく意識したことがない、つまり、休日出勤をしたことがないホワイトな会社に勤めているものと思われるので、その会社に居続けることを強くおすすめしよう。
仮に会社の休みを土曜日と日曜日に決めていて、土曜日を法定外休日、日曜日を法定休日とした場合、土曜日・日曜日にまったく同じ時間、同じ勤務内容を行った場合、土曜日(法定外休日)の給与が日曜日(法定休日)の給与より低いという意味の分からないルールである。平日と休日で給与に差があるのは分かるし当然だとも思うが、何で同じ休日に出勤して給与に差が出るのだ。給与を払いたくない会社と国が結託しているとしか思えない。
最初そういうルールだと知らなくて、給与明細を見た時におかしい、と上司に直談判したものだが、法的に問題無いと一蹴された。あまつさえ、休日出勤の給与が支払われるだけありがたく思え、と酷く傲慢なことを言われた。
法的に問題無い、に関しては同じ休日出勤で給与が違うことに納得はいっていないものの、この国が法治国家である以上、法に抵触していなければ騒いでも無駄なので、不満はあるが、こちらについては言い分を認めるが、給与が支払われてありがたく思えとは何事か。働いてるんだから給与を支払うのは当たり前のことだろう。当たり前のことをしておいて何を偉そうに感謝を求めてくるのか。むしろ従業員の労働のおかげで会社が成り立っているのだから、こちらが感謝してほしいくらいである。
こういうことを言うと、払わない企業もあるんだぞ? とか上司は言ってくるが、何を言っている。払わない会社が間違っているのであって、間違っている会社を比較に出していい会社アピールなどされても何も響きはしない。むしろ、間違っている会社と比較でもしないといい部分が無いと認めているようなものである。そんなんだから会社名で検索した時に出てくる予測変換の一番上に『ブラック』と出てくるのだ。
それを経営陣が由々しき事態だと思ったのか、それとも外部のコンサルに何か言われたのか、会社では最近妙なことにやっきになっている。
例えば、アットホーム(と言っている時点でブラック臭漂う気がする)な会社アピールでもしたいのか、いやに最近会社内のイベント開催に精力的である。平時から土日出勤させられている社員のどこにイベントに参加する余力があると思っているのだろうか? バカなのだろうか? 言い出すだけで何の準備もしない上の人間はともかく、人が集まるのかも定かではないイベント開催の準備に追われる管理部のメンバーが悲鳴を上げていた。可哀想に。
歓迎会、送別会、忘年会、と、会社の飲み会も余裕で断り、上司に直接遊びに誘われても目を見て普通に断る彼からすれば、会社のイベントなどもちろん参加する予定も無いのだが、恐ろしいことに、アンケートには『不参加』の文字が無かった。強制参加ということだろうか?
まぁ、そんなものは余裕で無視するわけだが、管理部の若手の子が、このままじゃ誰も集まらないんですぴええええん、と、割とガチ泣きして泣きついてきたので流石に可哀想だな、と思ってちょっと揺らいでいるところではある。下手に参加すると発案した経営陣が付け上がりそうではあるのだが、残業してまで準備に勤しんだメンバーが参加者0では不憫過ぎる。
また、社員のことをちゃんと気遣っている会社ですよ、と対外的にアピールしたいのか、最近社員への労働環境についてのアンケートがアホみたいに来る。この前は『仕事のやりがいは何ですか?』と聞かれたので、正直素直に『無い』と答えたら再提出を求められた。理不尽この上ない。というか、名前を入力させている時点でアンケートの意味をなしていないような気がする。
労働環境のアンケート、とだけ聞くと、ああ、いいじゃん、ホワイトじゃん、って思うかもしれないが、ただ形骸化しているだけであれば何の意味も無い。聞いているだけなら意味が無いのである。聞いて何か対策をしてくれてアンケートは初めて意味をなす。
それに会社のアンケートに正直に答えられる人間など少数である。前述の通り、名前を記入させているから匿名性もないし、その状態で質問されれば人事評価に影響出るんじゃないかと、人はそれっぽい回答を返すのである。それで社員に不満が無いと判断されるのだからやっていられない。
アンケート絡みでいくと、ビジネス本か自己啓発本に触発されたのかは知らないが、キャリアプランを考えよう、みたいな企画もやり始めた。何だ? キャリアプランって。そんな来るかどうかも分からない先の未来予想を考えるくらいなら今日の晩御飯の献立でも考えていた方が有意義だ。土日出勤の無い会社に転職している、とでも書いてやろうか。
キャリアプランをしたい人は勝手にやればいいし、やりたくない人はやらなければいいし、何故会社に強制されてキャリアプランを考え、あまつさえそれを会社に報告せねばならないのか。社員のため、というのであれば、放っておいてほしいものである。やりたくない人の気持ちも汲んでくれ。
会社としてはやる気や向上心に満ち溢れ、日々自己研鑽に励み成長していき、会社に利益をもたらすような社員が欲しい、という願望を持つことは自然だろうが、生憎こちらにそんなモチベーションなど欠片も無い。仕事を通して成長したいことなど無ければ、挑戦してみたい仕事なども無い。やりたくない仕事であればいっぱいあるが。社員の選考間違えたね、と言ってやりたいくらいである。まぁ、これはお互い様かもしれないが。
大体、キャリアプランなんていう社員の未来に目を背けていないので、今の社員の労働環境という現実を見てもらいたいところである。
見ろ。このやってもやっても終わらない仕事を。これは何だ? 無理なスケジュールで仕事を取ってきた営業が悪いのか? それとも無理なスケジュールでも組まないと仕事を取れないうちの会社が悪いのか。
手元は休まずパソコンを叩いているが、脳内ではひたすら止まらない愚痴が零れていく。しかし休日の仕事など愚痴でも言わなきゃやっていられない。何なら酒でも飲みかわし、盛大に愚痴り合いながらやりたいくらいである。とはいえ、今日も今日とて社内に愚痴れる相手が居ない。
またボッチじゃん、という感じだが、今回はちょっと事情が違う。みんな顧客先に打ち合わせで出掛けているのである。え? 何でお前は会社に居るのって? 正直過ぎるから顧客先に行くことを禁じられているのである。何だ、正直過ぎるって。大体の童話では正直者は褒められるというのに。
というわけで、顧客先にはある程度本音と建前が使い分けられる通称・アダルトチームが行っている(中には年下後輩を含む)。今社内に居るのは自称・ヤングチーム。正直者の彼と一番若手の後輩社員一人である。経験として顧客先に連れていってあげてもいいと思うのだが、彼を一人で社内に残すのも可哀想、という理由で後輩を置いていった。何かこの前の土日出勤から妙に気を遣われているような気がする。気のせいだろうか?
後輩に一方的に先輩が愚痴を言うのもどうだろうな、ということで、彼はあらゆる愚痴を脳内に浮かべるだけに留めている。一言向こうから言ってくれればこちらも滝のように返すのだが。ああ、愚痴りたい。
なぁ、後輩、お前も愚痴の一つくらいだろう? と彼が期待の視線を向けると、視線に気付いた後輩はニコッ! と眩しい笑顔を向け、
「仕事って楽しいですね~」
何だこの気持ちの悪い後輩は。いや、ごめん、気持ちが悪いは言い過ぎた。価値観は人それぞれ。全く共感こそできないが責められるものでもないだろう。
いや、あるいは自己防衛本能の表れなのかもしれない。日夜残業・休日出勤を強いられてきたため、心を守るために労働は楽しいものと思い込もうとしているのかもしれない。憐れ。この会社の悲しき犠牲者の一人であったか。
「…………何でそんな憐れむような目で私を見るんです?」
「いや、何でもないよ」
でも確かに、つまらないつまらないって思いながらやるよりも、楽しい楽しいって思いながらやった方が有意義ではあるかもしれない。嫌々過ごそうが楽しく過ごそうが同じ時間を過ごすのだし、なら楽しい方がいいよね、は一理ある。
仕事は楽しい……、仕事は楽しい……、仕事は楽しい……、仕事は……いかん、ダメだ、蕁麻疹が出てきた。体が明確な拒否反応を示している。
「先輩は仕事好きじゃないんですか?」
すんごい真っ直ぐな目で聞いてくんじゃん? コイツ。仕事に対して夢と希望を抱いているキラキラした目である。俺にもそんな時期が……、……いや、無かったな、そんな時期は。好きって思うだけで蕁麻疹が出る程度には嫌いだしな。
「俺は……」
「うんうん」
キラキラとした目で頷いてくる後輩。さてどうしてくれよう。正直に答えた方がいいのか、この目に宿っている光を守った方がいいのか。
「俺は…………」
「うんうん!」
どうしよう?
2
打ち合わせを終え、街中を並んで歩く三人組。
「仲良くやってますかね? あの二人」
「どうだろうな? 仕事の価値観は全然合わないだろうけど」
「仕事大嫌い人間と仕事大好き人間だからね」
「そこだけ聞くと心配ですね……」
「まぁ、あいつは後輩には優しいから大丈夫だろ」
「面倒見いいんだよね、彼」
「そうなんですよね。私もよくしてもらってます」
「その分、上には容赦ないけどな」
「下への優しさをたまに分けてほしくなるよ……」
「でもおかげで先輩、後輩から絶大な人気あるんですよね」
「ああ、らしいな。あの子も『先輩が残るなら残る』って言ってたしな」
「ああ、それで来なかったんだ、あの子」
「折角の機会だから色々学びたいって言ってましたよ」
「あいつから一体何を学ぶ気だ?」
「偉い人に物怖じしないでガンガン文句言いに行くところとかじゃない?」
「役員会議に単身で乗り込みに行きましたしね」
「『長い』って文句を言いにな」
「まぁ、確かに長かったけど」
「みんな思ってたっちゃ思ってましたよね……。言わなかっただけで」
「あの会議終わらないと帰れなかったしな」
「会議後に全体周知があるから帰るなって言われてたからね」
「先輩のおかげで帰れて感謝はしてますけど、よく言いに行けますよね」
「あいつは辞めてもいいと思ってるからな……」
「辞めてもいいと思っている会社員は、ある種社長以上に強いからね」
「カッコいい~って、後輩たちからちょっとした英雄扱いされてますよ」
「真似する奴が出てこないことを祈ろう……」
「大丈夫じゃない? 自分じゃできないから憧れてる部分ってあるだろうし」
「………………」
「おい、何で黙るんだ?」
「もしや真似する気でいた?」
「……お二人と違って、私は先輩の後輩、とだけ言っておきます」
「信者が一人ここにも居たか……」
「人事に掛け合って僕らも後輩にしてもらえないかな……」
先輩みたいになりたいと憧れる後輩と、あんな部下が増えたら困ると思う上司陣であった。
土日出勤(ぱおん) うたた寝 @utatanenap
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