第9話 権能全てを賭けて

「あなたの権能……? アハハ」


 賭けるモノを提示した後、ルシは声を上げて笑った。

 涙が出るほど紅い瞳を細め、頬を恍惚させ嬉しそうに口元を覆う。


「良いの? あなたが負ければ、権能が奪われあなたは神ではなくなる。

 あなたの存在意義が消え失せ、つまりこの世から消えるのよ?

 そればかりか私が地球の神になる。

 地球がどうなっても私の勝手ってことよね?」


「……覚悟の上だ」


 俺は短く頷く。


「お前がどんな手を使ったのか知らないが、俺の全能力を賭けて奪われたものを取り返す。

 それで無理ならもう仕方がないよ」


「へぇ~」


 ルシはフフフと口角を歪ませる。


「案外、諦めが早いのね。

 地球にとても思い入れがあったと思ったのだけれど」


「当たり前だ。俺は地球の神だ。てめぇの星を見捨てて何が神だ」


「…………」


「これは自分の仕出かしたこと。自分で責任を取るつもりだ」


 例え俺がどうなってもな、とルシに諭されないように呟く。


「だが、それでダメなら地球の神として俺は立つべきじゃない。

 誰か別のやつが管理した方がマシに……いや。より良くなるはずさ」


 その様子の俺を見て、少々怪訝な顔をするルシ。


 まぁそうだろうな。

 ルシから見て、俺に算段があるとは思えない。

 だが覚悟を決めたような態度をしている。

 何を企んでいるのかわからない。怪しい。


 そういう思いが駆け巡っているのがルシの表情から見て取れる。

 だから俺は何にも企んでいない、と言ったように両手を広げ軽く笑みを浮かべる。


「まぁ。つまるところ俺は賭けをした時点で神失格。

 それなのに地球の神を演じ続けるのも疲れた。

 最後に責任を果たしてもう楽になりたいんだよ」


 ルシは黙り込み思案しているようだ。

 少しの間沈黙が流れる。

 それからルシは薄っすらと笑みを浮かべると、


「……いいわ。じゃあ勝負をしましょう」


 とカードを手に取った。


「あぁ」


 そうして俺はルシの正面にある椅子に着席した。


★★★


 ルシの前にあるカードがゆっくりと開かれる。

 結果は静かに決まった。


「……私の勝ちね」


 俺の手札と見比べても明らか。

 出すことのできる最高の役がルシの前には出来上がっていた。


「アハ……アハハ……」


 ルシの身体がだんだん大きく震えていく。


「アハハハハハハ!」


 ルシの甲高い笑い声が反響する。

 さっきよりも愉快で恍惚した表情だ。

 俺はその姿を冷静に見ていた。


「ダメ。お腹がイタイ。とんだ茶番ね!

 本当に何も……! なぁんにも策を講じていないなんて!」


「…………」


「全く同じ展開! 覚悟を決めた顔をしてたのに!

 全然勝ててない! ぼろ負けじゃない!」


「…………」


「奇跡でも信じたのかしら? 残念ねぇ~……運は味方しなかった。――方だけどね、あなたは!」


「…………」


「尤も、勝てるはずはないのだけれど!」


 あぁ~おかし、とルシは目から出た涙を人差し指で拭う。

 さんざん罵倒し笑い満足したのか、ルシはふぅと息を吐いた。


「笑い終わったか?」


 背もたれに寄りかかり、ルシをじっと見つめた。

 その様子に気付きルシは手をパチパチと叩き、


「えぇ。楽しかったわ。良い喜劇をありがとう」


 と嬉しそうな笑みを俺に向けた。

 そうか、と俺は一言呟き、


「じゃあ契約通り……」


「えぇ。契約に従ってあなたの権能全て頂くわね」


 そう言うとルシは俺の目の前に手のひらを向ける。


「ウグッ……!」


 胸の内から何かが引っ張られる感覚。

 根本から引っ張られているようで、継続的に突き刺さるような激しい痛みを感じた。

 身体が勝手に反応し胸を両手で握りしめ、俺は前にあるテーブルに頭をつけた。

 俺を構成するアイデンティティが喪失する。

 ブチブチと魂から無理矢理剥がされていく。


 やがて俺の身体から権能が全て抜かれた。

 ぽっかりと穴が空いたような感覚。

 いや、それ以上だ。むしろ俺の中に残っているのは食べかすのようなわずかな思いだった。

 

「これが……地球の神の権能……」


 ルシが美しいものを見るように恍惚に呟く。


 汗や涎、涙。穴という穴から吹き出したそれを拭う余裕はなく。

 そのまま前を見ると、ルシはうっとりとした顔で手に収めたを見ていた。

 俺の権能はルシの手のひらサイズに収まるほど圧縮され、宝石のように美しく輝いていた。

 自分の権能をこうやって見るのは初めてだ。その美しさは地球そのもの。


 ルシのような表情になるのも頷けた。


「契約成立だな……」


「えぇ。これで地球は私のもの。そしてあなたは……」


「あぁ……消える……」


 俺の中にあるわずかな火も消え去っていくような感覚がある。

 少し気を抜けば、すぐにでも消えてしまいそうだ。


 だから。


「最後に頼みがあるんだけど……」


 俺は最後の力を振り絞る。


「なぁに? いいわ。最後の望みだもん。聞いてあげる」


「ルシが……地球の神になる瞬間を立ち会わせてくれないか?」


「え?」


「次の地球の神が産まれる瞬間をこの目で見たいんだ」


 そう言ってルシに笑いかける。

 もう最期なんだ。それくらい許してくれよ。


 ルシは最初はポカンとしていたが、俺の――もう何も抵抗が出来なくなっている元神の表情を見て、ニヤリと笑った。


「いいわ……最期だもんね。せいぜい私が地球の神になるところ、見てなさい」


「あぁ。恩に着るよ」


 ルシは大きな口を開け、手に収めた権能を口に含めた。

 ゴクリという喉を動かす音を立てて、丸呑みする。


「はぁ~……」


 気持ち良さそうに頬を赤くさせ、美味しそうに艶めかしく舌なめずりしていた。


「これで正真正銘、私は『地球の神』になった。どう? 元?」


「あぁ……」


 力なく頷いた。

 元神としての本能だろうか。

 ルシが俺の権能を取り込んだ瞬間、今まで気持ち悪く嫌悪していたルシが急に愛おしく感じた。

 可愛くて妖艶で気持ち悪くて嫌いで愛おしい。

 複雑な理性と感情がぐるぐると頭を駆け巡っていく。

 それが何ともおかしくて自然と口角が上がってしまった。


 ルシもそんな俺を見て満足げな表情をする。


 ――だが。


「……え? ……ちょっと待って……!」


 急にルシは焦ったような声を発した。

 胸を抑え、頭を振り、動揺したように立ち上がりウロウロとする。


「どういうこと……!? は? え? そんなはずは……!?」


 今起きている違和感に混乱するルシ。

 やがて、


「い、いったいどういうこと!?」


 わけがわからない。自分だけじゃ解決しないと判断したのか、怒りの顔で俺を見た。

 その顔を見たかった。


「何が、だ?」


「何が、じゃないわよ! いや……でもわからない……何? この感覚……は?」


 未だ混乱しているルシ。

 言語化が出来ない奇妙な感覚にわけがわからなくなっているのだろう。


 そのルシを見て俺はニヤリと笑った。


「なぁ……ルシ……」


 ルシはそんな俺を恐ろしいモノを見るように目を向けた。


「どうして俺が今まで地球から動かなかったか、わかるか?」


 俺は今まで一度たりとも自分の星以外のところに遊びに行ったことがない。

 地球以外の星を知らない。


「どうして今まで地球が他の星から侵略も戦争も仕掛けられていないか、わかるか?」


 地球は創星されてからルシが来るまで一度たりとも他の星の影響を受けたことがない。

 地球以外に似た星があることを子供たちはまだ知らない。


「どうして人間こどもたちが俺を知らないのか、わかるか?」


 地球のことを散々バカにしていたルシ。

 だが、今まさに地球の神となったルシにはその理由がわかるはずだ。


 俺の質問にどんどん真っ青になっていく。


「まさか……?」


「そのまさかだよ」


 俺はニヤリと笑った。


「動かないんじゃない。んだよ」

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