第7話 共同生活
共同生活が始まって一ヶ月が経過した。
その間にわかったことだが、この家は現在セイタしか暮らしていなかった。
どうしたのか、と聞いてみたら元々母親と暮らしていた家らしい。
曰く、
「母さんが戻ってきた時に帰る場所がなかったら、可哀想でしょ?」
とのこと。
大家さんに無理を言って、子供ひとりでの生活を許可してもらったらしい。
もちろん、定期的に家事代行サービスが来て掃除や食事を作っているようだし、貯金もそれなりにあったことから不自由はしていない。
(さすがは政府の命令で調査隊に編成されるだけはある)とセイタの母が写る写真を見て思う。
もっと言えば、この都市の人間は他人をそこまで気にしていない。
だから俺がセイタの家で暮らし始めたことを知る人も誰もいない。
買い物や遊びに行く時にたびたびセイタと一緒に歩いていても親子と勘違いしていた。
せいぜい家事代行サービスが来ている間、隠れるくらいだ。
なんやかんや。俺もこの共同生活を楽しんでいた。
数千年、数万年、休みなく地球の管理をし続けていた俺にとって
考えなくても、気にしなくてもいいというのが心地よくて。
地球や子供たちのことから目を逸らし続けた。
セイタの『いつまでもいていい』という言葉に甘え続けた。
その間、絶えず人が消えているにもかかわらず。
★★★
「セイタ。今日の夕飯はなんだ?」
ソファの隣に座るセイタにそう聞く。
「今日はね~煮物」
俺を見ずにぶっきらぼうにそう答える。
「かぁ~……また煮物かよ」
俺もセイタを見やしない。
前方のテレビ画面では二人のキャラが縦横無人に飛び回っている。
「しょうがないじゃん。家事手伝いの人、おばあちゃんなんだもん。
簡単だし保存も効くし。文句言わないの」
「もっとさぁ。あるじゃねぇか……ハンバーグとかエビフライとかさ。
そろそろそういうの食べたくね?」
そう言うとセイタは呆れたようにため息を吐いた。
「おじさんさぁ、意外と子供舌だよね」
「子供に子供って言われたくねぇよ。あぁ……クソ。また敗けた……!」
ゲームコントローラーを投げ飛ばし、ソファにもたれ掛かる。
テレビには『YOU WIN』の文字と共にセイタが操作していたキャラクターが映し出されていた。
「おじさん、弱いね~」
ニヤニヤとこっちを煽ってくるセイタ。
「こっちは初めてなんだよ。少しはわかれ」
「とか言って手加減したら接待するんじゃねぇって怒ったの誰だったけ?」
「………………うるせぇ」
されたらされたで悔しんだよ。
「もう一回だ」
それにしても地球にはこうも面白いものがあるのか。
ただ見ているだけじゃこの面白さに気が付かなかった。
これを
「はいはい。でもあと一回だよ。もうご飯の時間だから」
時計を見ると確かにそんな時間になっていた。
こんなにも夢中になっていたのか。
テレビゲームっていうのは恐ろしいな。
俺はニヤリと口角を上げると、
「望むところだ」
とコントローラーを握りしめた瞬間。
――ピーンポーン……。
インターホンが鳴る音が聞こえた。
「…………」
「…………」
お互いに顔を見合わせる。
ここにはセイタひとりしか暮らしていない
だから滅多にインターホンは鳴らない。
家事代行も今日じゃない。
新聞の勧誘か何かか?
そう思うが、この音は共用玄関の方ではなく部屋の前のだ。
あいにくこのマンションは外を映し出すカメラ付きのインターホンじゃない。
誰かを確かめるには、扉の方まで行かなくてはならないが……。
「セイタ君? 私です。大家です!」
考えている間にノックの音と共に叫ぶ大家さんの声が聞こえた。
大家さんは3、40程の気の良いおばさんで会うたびによくセイタに話しかけてくる。
当然、俺は一切話したことはない。
だが、遠目からでもわかるほどセイタのことを気に掛ける優しい女性だった。
「大家さん? なんだろう……?」
セイタは不思議そうな顔をしながらも立ち上がり家の戸へ向かう。
俺は行かない。
俺が住みついていることは秘密だから、だ。
「――さん!? どうして……?」
「おま―――い―で。――――!」
「ちょ――」
「――――」
なにやら口論している?
セイタの声、大家さんの声。それに男の怒鳴り声も聞こえる。
ここからじゃよく聞こえない。
心配になっておもむろに立ち上がる。
よく聞こうとテーブル近くまで向かいテーブルに手をつくと、
――ドカドカドカ!
どうやら誰か上がってきたようだ。
「ちょっと待って!」
セイタの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
誰かを必死に止めている様子だが、「うるさい!」と叫ぶ男の声。
そしてリビングの扉が乱暴に開け放たれる。
「貴様か!?」
男は俺を見つけると、睨みつつこっちへ向かってくる。
ぴっちりとした黒の背広にスラっとしたズボンを履いていた。
口の周りの髭は丁寧に剃られ、ワックスで整えられた黒髪。
目つきは鋭く鼻周りがどこか
しっかりした奴という印象を与えるが、なんとなく裏がありそうな雰囲気を感じた。
裏表が激しそうで、こいつとは別のところであっても仲良くはできなさそうだ。
「覚悟しろ!」
男は右拳を握りしめ、更に駆け出す。
セイタがその後ろで涙目になって叫んでいるのが見えた。
「ちょっと待ってよ! 父さん!」
そうだろう、と思ったよ。
俺は目を瞑り、甘んじて彼の攻撃を受け入れることにした。
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