第3話 地球の神様

 最初はただの遊びだった。


「最近あなたの星のとあるゲームが気になっているの」


 そう言ってルシは俺の家――地球に訪ねてきた。

 地球の神として、地球を管理するため、地球をただ虚と見ている時だった。


 俺は地球ここから離れることはできない。


 そこに住む生命体が地球上で何をしようが知ったこっちゃないが、地球自身はたまにとんでもない不具合を起こすことがある。

 大地震を起こしたり、生物の大量絶滅を招いたり、太陽系外から超巨大な隕石が来たり。

 そんな不具合を、地球の子たちせいめいからは観測できない別次元から対応するのが俺の――地球の神の仕事。


 所謂、保守というのに近い。


 ただ今の地球は安定期を迎え、そうそうバグることはない。

 神の仕事もそこまでなく、ただ子たちの生き様をぼうと眺める日々が続いていた。


 だからであるルシがこうしてから訪ねてきてくれるのは、暇つぶしには充分過ぎるほど、有り難かった。

 例えそいつがどんなに嫌なやつだったとしても。


「ゲームだと?」


 努めて冷静にそう返す。

 こいつに俺の胸の内を吐露したら鬱陶しいほどおちょくってくると思ったからだ。


「そう。ゲーム……娯楽と言った方が良いのかもしれないけれど」


 ルシは溢れる笑みを隠すように口元を覆い目を細める。


地球の子こどもたちが主には金を、時には命を、家族を、尊厳を溶かし自らの人生を棒に振る遊びよ」


「あぁ……賭博のことか?」


 ルシは何も言わず嬉しそうに微笑んだ。

 どうやら当たっているようだ。

 言い方に悪意があり過ぎるのがルシらしい。


「あなたとやってみたいなぁ」


「それは良いがなんでだ?」


「ただ遊びたいだけ。そこに理由なんている?」


「嘘をつけ」


 俺は即座にルシの発言を否定する。

 長い付き合いだからわかる。


「お前は契約と悪意が大好きな嘘つきだ。

 急にそう言ってくる時は何かしらの打算があるって相場が決まっているんだよ」


 何せルシは正真正銘、『悪魔』なのだから。


 ルシはとある星で、俺と同じようなことをしている同業者だ。

 そこはダークマターの霧に覆い隠され、地球からは絶対に観測できない星。

 子供たちが――その星を知ってか知らずか――『地獄』と呼ぶ世界に近い。


 しかもルシがその星――地獄の管理をすることになった経緯も、人間が創作した物語に出てくるのだから驚いた。

 ――まぁ若干、脚色されているが……。

 まったく人間の想像力というのは末恐ろしいもんだ。


 とにかく。

 人間の言うところの『悪魔』であるルシが、わざわざ動けない俺と遊びたいがために、片田舎の発展途上でまだまだお子ちゃまの下町ならぬ下星の地球に来るなんて、明らかに嘘臭い。


「ひどいわぁ」


 そう言いつつもルシは下を向き図星をつかれたのを嬉しそうに口角を薄ら上げた。


「けれど遊びたいというのは嘘じゃないわ」


「それ以外の目的は?」


「新しい事業を立ち上げるの」


 ルシはあっさりと白状する。


「ほら。私が管理している星ってちょっとばかり過酷じゃない?」


人間こどもたちにとってはちょっとじゃ済まないけどな」


「そう。だから――彼らが呼んでいる悪魔たち――複数人で管理しているの」


「…………」


 ワンオペの俺からすると羨ましい限りだ。


「こうして遊びに来れるくらいには余裕があるんだけどね――あなたとは違って」


「一言余計だ。憎まれ口を叩きに来ただけか?

 さっさと要件を言え」


「新しく星を創ろうと思うの」


「……ルシの管理下に、か?」


 ルシはコクリと頷く。


「管理できているとはいえ、やっぱり過酷。故に星も不安定。

 いつ崩壊するかわからない場所に地獄の子たちを住ませ続けるわけにはいかないから」


 俺やルシのような者が管理する場所には生命が必ず存在する。

 その姿形はそれぞれの星に合わせた形をしているし星に合わせて適応もしているが、星自体が危険ならば話は別だ。

 一種でも存続させることが俺たちの最重要事項。

 だからルシの話もわからなくもない。


「それにそろそろ星が欲しくなってね」


「本当の目的はそれか」


「ふふ……今の星はあくまで管理しているだけ。

 所有しているのは宇宙創世の神お父さんでしょう?」


 地球もだけど、とルシは微笑む。

 地球や地獄。それにほかにも星はあるが、それはもともと宇宙創世の神が創った星だ。

 俺たちはその神が所有する星を管理しているに過ぎない。

 俺にはまったく気持ちがわからないが、ルシはやっぱり自分が所有する自分のためだけの星が欲しいんだろう。


「そのために資源とかちょっと欲しくてね。まぁなくてもいいのだけれどやっぱり余裕が欲しいじゃない?」


「……だから俺と遊びがてら地球おれのほしの資源を貰おうってことか?」


「そういうこと。ちょうど良い感じの丸いものもあるしね〜」


 そう言ってルシは手からある物質を召喚する。


「!? マンホール?」


「えぇ。地球の子が作った。コイン代わりにちょうどいいじゃない?」


「そんなんで良いのか?」


 俺は目を丸くして聞き直す。

 星を創るというのだから、もっと大変な資源を求めてくるかと思ったからだ。


 そんな俺を見てルシは微笑を浮かべる。


「余裕が欲しいって言ったでしょ?

 もう充分な資源はあるの。ただ少し余裕があると嬉しいというだけ」


 意匠も素敵だし、とルシはうっとりとした眼でマンホールの蓋を見る。

 確かにマンホールはその地区によってデザインが凝ってるところもある。

 賭けのコインとしてはやや大きいが、それは俺らの権能神様パワーでなんとかするとして、


「なるほどな」


 ルシの言いたいことはわかった。

 だが――。


「それに俺の何のメリットがある?」


「あら?」


 ルシは首を傾げた。


「さっきは『良い』って言っていなかったかしら?」


「あぁ。だがお前にメリットがないなら話は別だ。

 マンホールの蓋とはいえ狙っているのは地球の資源だ。

 お前のところよりも豊富にあるとはいえ減っちゃ困る代物だよ」


 ただでさえ子たちはその資源を巡って話し合ったり争ったり殺したりしているのに。

 せめて俺にメリットがなくちゃやる意味がないな。


「あら? 誰がただで資源を貰うと言ったかしら?」


「何だと?」


 ルシは口元を隠しながら笑う。


「これはアクマで賭け。もちろん私もそれなりのものを賭けるわ」


 そう言うとルシはパチンと指を鳴らした。

 すると音に合わせたようにルシの両側背後からサングラスを掛けたスーツ姿の悪魔2匹が出現する。


「賭けるのはもちろん人手あなたが足りないモノ

 私の星のお手伝いさんを賭けるわ」


 その発言に俺は目を丸くする。


「い、いいのか……?」


 地球の管理の人手が増えるのは願ったり叶ったりだ。

 今までワンオペで休むこともできなかった。

 俺にとっちゃ喉から手が出るほど欲しいだ。

 マンホールの蓋と、だと明らかに人手の方が価値がある気がするが――。


「それほどその資源が欲しいのよ。余裕があるとはいえ、ね」


 というルシの甘い言葉に、俺はニヤリと口角を上げた。


「面白い……やろう」


「契約成立ね」


 こうして俺はルシの罠にまんまと嵌ったのだった。

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