第4話 その日……

 ルシの誘いが罠だったと気が付いたのは、そんなに時間が掛からなかった。


「おい! どういうことだ!?」


 俺が怒鳴り込んだ先は極東の島のホテルのスイートルーム。

 観光だ、とか言ってルシは未だ地球に居残り、悠々自適な生活を送っていた。


「あら?」


 眠そうな顔でベッドから起き上がるルシ。

 だがその顔は俺がそうするのが想定通りだったかのように余裕な表情だった。


「どうしたの?」


 わかっているはずなのに惚けたように首を傾げやがって。

 そんなわざとらしい行動にイライラが募る。


「どうしたじゃねぇ! 惚けやがって」


「…………」


人間こどもたちを返せ」


「返せ?」


 眠そうに欠伸をして首を傾げるルシ。

 その後、目を擦りながら立ち上がりコーヒーを淹れ始めた。


「往生際の悪い。あなたは賭けに敗けたのよ?」


「賭けたのはマンホールの蓋だけだろ!?」


 俺はルシとの遊びに敗けた。

 でもその時はまだ敗けても良いと思っていた。

 ルシも本当に遊んでいるような雰囲気だったし、俺が勝ったりもした。

 結果的に失ったのもマンホールの蓋せいぜい5枚くらい。

 資源は失ったが大敗したということもなく。

 これくらいならルシの目的のため大目に見ようと思っていた。


 だが――。


「人間が取られるとは聞いていない!」


「あら? 言ったはずよ」


 ルシはコーヒーを啜りながら俺を見る。


「賭けたのは『穴を塞ぐ蓋』」


「!?」


「マンホールを塞ぐ蓋であるならばそれが何であるかは指定していない。

 私が賭けとして契約したのは『蓋となり得る場所』。

 だなんて一言も言っていないわ。

 賭けをする時の契約書にもそう書いてあるでしょう?」


 そう言ってルシは一枚の紙を俺に見せた。

 ルシの権能で作られた契約書だ。

 その効力は結んだ時から発揮され書かれていることは必ず実現する。

 ただの遊びなのに「形式的なものだから」と言ってしつこく迫ったのはそういう理由か。


「その場所を私が手に入れたのだから、どうしようが私の勝手。

 も私のものよ。

 あなたが勝手に勘違いしただけでしょ」


 ちょうど彼らも欲しかったのよ、とルシは口角を吊り上げる。


「お、お前ぇぇえええ!!」


 こめかみのあたりの血管が切れたような気がした。

 俺はルシに向かって走り出す。

 ルシの首根っこを掴み、怒鳴りつけ、賭けを無効にしてもらおうと思ったからだ。


 しかし。


「……グッ……!」


 背後から腕を掴まれ流れるように足掛け、背中を押され、そのまま床に倒れた。

 上に乗っていたのは、ルシが賭けに利用した二匹の悪魔。

 地球に紛れるようにスーツ姿にサングラスを掛けた人間の男の姿になっていた。


「は……なせ……!」


 力を入れるが悪魔二匹の重さに勝つことができない。


「悲しいわねぇ~」


 紅い眼を細め俺を見下すルシ。


「あなたは下星したほしの地球の神様。過酷でも危険でもなく平和で技術レベルも乏しい田舎の神様なのよねぇ。

 そんな星の管理をいつまでもしていたらそりゃあ権能ちからも落ちるわよねぇ。

 あなたの星にセキュリティホールを開けるなんて簡単だったわ」


「彼らをどうする気だ!?」


 ルシのことをギロリと睨み、俺はめいいっぱい叫ぶ。

 そんな俺を呆れたように肩を竦めため息を吐くルシ。


「言ったでしょ? 星を創るって。

 でも創星には人手がいるの。

 だからあなたの子たちに手伝ってもらってるのよ。

 こっちは人手が足りないし……ほら! 好きでしょ? 異世界?」


「それが目的か!?

 それに異世界なんて生ぬるい! 人間がギリギリしか生きられないほど過酷な世界なんだろ!?

 チートも魔法もない!

 そんな星で手伝うだって? 奴隷のように働かせてるの間違いだろ」


「人聞きの悪い……悪魔でお願いしてるだけよ。ねぇ?」


 ルシは俺の上にいる悪魔2匹に目配らせすると、彼らは人間の顔から悪魔に変化した。

 その顔や体格で脅したことは明白。

 暴力を使ってないにしても、人間が製造した武器では敵わない相手だ。

 弱い子供たちは帰ることもできず拒否することもできない。


 俺はギリっと歯軋りをしてルシを睨んだ。

 ルシはそんな俺を見て「往生際の悪い」とため息を吐いた。


「そんなに返してほしいなら、あるじゃない。ひとつだけ」


「なんだと?」


「もう一回ヤル?」


 ルシはそう言って悪魔のように微笑んだ。

 俺には選択する余地なんてなかった。


 ただ思い返してみれば、前賭けた時は勝つこともあった。

 この前は最終的に敗けたが、逆転勝利だってあり得た内容だった。


「上等だ……クソ野郎!」


 あの時俺が勝ったのもルシの作戦だったと気付いたのはしばらく後のことだった。


★★★


「もう一回だ!」


 コインが消える。


「もう一回だ!」


 コインが消える。


「……もう一回……!」


 コインがどんどん消えていく。


 なぜ勝てない。

 カジノゲームは人間がやっていたから知っている。

 いかさまの手口も知っているが、ルシがそれをしている素振りはない。

 ディーラー有利? それすらも承知済みで俺はルシに挑んでいる。


 なのに、なぜ勝てない。


「クソ!」


 また敗けた。

 俺はテーブルの端を叩きつけた。


「乱暴ね。もう少し楽しんでやったら?」


「うるせぇ」


 地球の子がどんどん消えていってるんだ。

 楽しんでやっている場合じゃない。


「不思議よねぇ」


 ルシは鉄のコインを弄りながら俺に微笑みかける。


「あぁ?」


「地球の子たちのことよ」


「?」


「だってそうでしょう?

 彼らは誰に言われるまでもなく自らの命を絶つ。

 地球以外の場所を夢想し他の地へ行こうともする」


「…………」


「それだけじゃないわ。

 彼らはあなたが地球を護ってくれているのにも関わらず、別の神を信仰するのよ?

 知ってる? 最近『マンホール教』というものができたのよ。

 しかも神は私。信じられる?」


「…………」


「こんなの他の星ではあり得ない」


「…………」


「よっぽどあなたのことが嫌いなのね」


 ルシの言葉が鋭く俺の胸に突き刺さる。


「それとも地球の子たちはこんなにも気が触れるほど平和ボケしているのかしらねぇ」


「…………」


「ほら。暇すぎると気が狂うって言うじゃない?」


「うるせぇ……」


 ようやく重い口がゆっくりと開いた。

 喉につっかえるように出た声はか細く弱々しかった。

 ルシの見解は全てでたらめだ、と言いたかった。

 けれどそれこそ喉につっかえた。


「平和なんかじゃねぇよ……」


 少なくとも否定できるのはそこだけ。

 だが。


「いえ。平和よ」


 ルシは即座に否定する。


「あなたは地球内の戦争小競り合いのことを言ってるんでしょうけど、私からすればあれはただのじゃれあい。

 少なくとも他の星から侵略も戦争も仕掛けられていなかったじゃない?

 あぁ。違う。見向きすらされていないのね。

 人間の言葉であるじゃない? 『争いは同じレベルの者同士でしか発生しない』だっけ?」


「……けれど……」


「なぁに?」


 か細く出た俺の言葉にルシは恍惚した表情で目を細める。

 変わらずのサディスト野郎だ。


「けれど、それが地球から人間たちを奪っていい理由にはならないだろうが……。

 それに神なんて気づかれねぇくらいがちょうどいいんだ」


 これで最後だ。

 一気に取り返すにはこれしかない。

 俺は場にある全ての鉄のコインを押し出した。


「ふふ……いいの?」


「あぁ。これで一発逆転を狙うしか勝ち筋がない」


「そう。ふふ……あぁ。ごめんなさい。つい笑みが……」


「何がおかしい?」


「いえ……別に。なんでも。それじゃあ始めましょうか」


 バカね。

 そうぼやき気持ち悪い笑みをしているのが見えた。

 だが俺は気付かず呑気にも最後のゲームを、無謀な賭けを開始したのだった。


権能ちからも危機意識もない』


 ルシの言う通りだ。確かにそうだ。

 どうしてすぐに気が付かなかった。


 何も人間のいかさまだけが手口じゃない。

 こいつは悪魔なのだ。

 悪魔的ないかさまがあったのだ。


『セキュリティホールを開けるなんて簡単だったわ』


 俺は最初から敗けていた。

 俺が勝てたのはルシが俺を油断させるため。

 全て手のひらの上だった。


 それに気付いたのは、全てが終わった後だった。


「私の勝ちね」


 その日世界中のマンホールの蓋が全て消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る