ぶっつけ本番


「海野さん?」

「どうして、そんなこと言うの? なんでわたしなの? ねえ、なんで?」


 疑問からなのか。不安からなのか。森山さんが無視する怒りからなのか。

 自分でもよくわからないうちに大声が出ていた。


「なんでって……それは、海野さんにその力があるからかな。特別なんだ、海野さんは」


 特別って……わたしが?

「……長老。彼女に魔力があるかどうか確かめられます?」

「わかった」


 長老は、答えると一旦奥へ引っ込んで、大きな赤い石を持って戻ってきた。

 わたしでは両手で抱えられなさそうなぐらいの大きさのそれを、机の上に置く。


「そなた、名前は?」

「……海野 詩音です」


「シオンか。これに触ってくれないか」


 長老の言われるがままに、わたしは右手を伸ばす。


 触った石は、ほんの少し温かい。

 そしてわたしが触れると、石は豆電球のようにちょっとだけ光った。


「この石は、触れた物体の持つ魔力量に応じて光る。これが光るってことは、海野さんが魔力を持ってるって証拠。そして、他の日本人は、あたしが知ってる限り魔力を持ってない」


「本当に?」

「うん」


 ……やっぱり、森山さんが嘘を言っているようには見えない。


「そして海野さんの場合、その魔力はピアノ演奏に気持ちを込めることで魔法として効果を発揮する。もっとも、魔力を持たない人にはなんの効果も無いんだけど……」


 でも、信じられない。

 わたしに限って、そんな特別なんてこと……


 

 カーン!

 

 カーン!


 

 ――その時、森山さんの声とわたしの考えを遮って、建物の外から鐘の音が聞こえてきた。


「何!?」

「グリーンがいない間に、警報システムを一新したのじゃ。ここ数日攻めてこなかったのだが……」

「わたしも出た方がいいですか?」

「いや、グリーンはここに残って、シオンを助けてやってくれ」


 そう言うと、長老は外へ出る。


 目の前の通りを、馬に乗った兵士が大勢通り過ぎるのが見えた。


「え? どういうこと、森山さん?」

「マークセン連邦の軍が攻めてきてるの! 海野さん、一旦説明は中断! ぶっつけ本番だけど、ピアノ弾ける?」


「え、え……」

 森山さんはまたしても、わたしの手を引っ張って連れ出した。




 ***



 来た道を戻っていく。

 

 ……さっきとはなんとなく雰囲気が違う。

 街の人たちはみんな、家に閉じこもってしまって出てこない。


 時折すれ違うのは、みんな鎧をつけた兵士だ。

 馬に乗っていたり、集団で整列したり、一人で走っていたり、剣を持っていたり、槍を持っていたり、色々違いはあるけど、出している雰囲気はみんな重々しい。


「ねえ、攻めてきてる、って、この街もしかしてやられるの?」

「わからない。向こうがどれぐらい本腰を入れて攻めてるかがわからないけど……基本的に、兵士の量は向こうが上。数で攻め込まれたら……少しずつこっちが押し込まれていく」


 森山さんの表情が厳しくなっていく。

 クラスで喋ってるときの楽しそうな感じは、全く無い。


「……大丈夫なの?」

「そうならないために、海野さんに頑張ってもらうの」


 そう言いながら、わたしと森山さんは小走りに戻っていき、最初の屋外ステージらしい場所に戻っていった。


 わたしたちと一緒にここにやってきた、音楽室のグランドピアノが変わらず置いてある。

 その周りには、兵士の人が何人か、ピアノを取り囲むように立っている。


「……これから、負傷した兵士がどんどんここに運ばれてくる。その人に対して、ピアノを弾いてほしいの」

「どういうこと?」


「……海野さん。ちゃんと言うね」


 森山さんは、わたしをピアノの前に座らせる。

「海野さん。あなたの演奏するピアノには、傷ついた人を回復させる力がある。怪我を治せるし、精神的な癒やしの効果もある」


 それじゃあまるで……


「魔法みたい、って思ったでしょ。実際、回復魔法と大差ない」


 さっきからそうだ。

 森山さんは、わたしの考えをいつも先回りしてくる。


「あっ、この世界も回復魔法はあるよ。ただ、使える人はそんなに多くないし、ゲームみたいに一発で全回復とか、ましてや死者蘇生みたいなことはできない。それこそ神様とかじゃない限り」


「魔法、なのに?」

「魔法だって、万能じゃないの。……でも、海野さんのピアノ演奏によってもたらされる力は、そこらの回復魔法の数倍から数十倍の力がある。あたしが感じたんだから、間違いない」


 森山さんは自分の胸を、自信を持てと言わんばかりに叩く。

 

「転校してきた次の日に、初めて海野さんのピアノを聴いた時、あたしの中にある魔力が反応した。体力が復活して、気持ちが安らぐのを感じた」


 ……そんなこと、今まで言われたこと無い。


「その後も何回か聴いたけど、間違いない。他の人の演奏も聴いたけど、反応したのは海野さんのだけだった」


 ……本当に……?


「だから、確信したの。言い伝えの『救護の子』って、そういうことなんだって」



「おーい! 『救護の子』がいるってのはここかー!」


 急に聞こえてきたその声にわたしたちが振り向くと、二人の兵士がこっちへ向かって歩いてくるところだった。


 よく見ると、兵士の鎧は傷だらけ。右側の人は、片足を引きずってしまっている。


「はい! こちらに集まってください!」

 森山さんの言葉で、二人はステージの前の低くなった場所に座り込む。


「すみません、今準備をしてます。もう少ししたら、演奏を始めますから……!」


 それだけ言って、森山さんはまたこっちを向く。


「ごめんね、いきなり本番になっちゃうけど。……何か、優しい感じの曲って、弾ける?」

「優しいって……」


 わたしは、ピアノの蓋の上に乗った楽譜へ目を向ける。

 一緒にこの世界へ運ばれてきた楽譜。


 ……わたしはとりあえず一枚を手に取った。『エリーゼのために』。


 よくわからないけど、あれだけ頼られて、弾かないわけにはいかない。


「ありがとう。……準備をするね」


 そう言うと森山さんはステージを降りる。そして、また何事かつぶやいた。



 次の瞬間、広場全体が透明なドームで覆われる。

 森山さんを中心に、何か膜のようなものが、一瞬だけステージを、その奥に広がる広場を覆い尽くして……消えた。


「広場全体に結界をかけた。これで、海野さんのピアノは、最大限その効果を発揮する」


 そうしている間にも、負傷した兵士が続々と広場にやってきた。

 中には、担架で運ばれてくる兵士もいる。



 ……数分ぐらいで、広場はあっという間に負傷した兵士で埋まってしまった。

 その間を、看護師みたいな白衣の女の人が何人か動き回っている。きっと応急処置をしているのだろう。


「ねえ、海野さん。……お願いできる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る