救護の子
地面は舗装されていない。
森山さんに連れられて歩くにしたがい、建物の数が増えてくる。
でも、大きなビルとかは一つもなく、木造の、せいぜい二階建ての家とか、お店っぽいものとかしかない。まるでおとぎ話に出てくるような、日本とは違う街並み。
「……ここはね、日本じゃないの。海野さんのわかる言葉で言うと……異世界、ってことになるのかな」
わたしの考えを読んだかのように、森山さんが話しかけてくる。
「異世界……」
「日本のアニメとか、ゲームとかって、割とこういう感じの世界を舞台にしてるよね。たまたまなんだろうけど、びっくりしちゃった」
「森山さんは……ここの人、なの?」
「うん。あたし、魔法使いなんだ」
……魔法?
「あっ、驚いてる驚いてる。まあそうだよね。でも、この世界には、魔法というものがごくありふれて存在する」
そう言うと、森山さんはわたしに向かって何事かつぶやく。
……次の瞬間、二人の間に不思議な模様の、透明な壁が出現した。
それはまるで、変身ヒロインが不思議な力で張るようなシールドそのもの。
「これぐらいなら、この世界の人はみんなできる。上手い下手はあるけどね」
「そうなの……?」
「うん。あ……もしかしたら、海野さんも練習すればこれぐらいできるのかな。海野さんは『救護の子』だから」
『救護の子』……さっきも、森山さんがわたしを指して言っていた言葉だ。
「それって、どういう……?」
「うん。それもちゃんと説明するよ。ほら、ここが長老の家」
案内された先は、他の建物より一回り大きい家。
「長老! 『救護の子』を見つけてきましたー!」
「おお、入りなさい」
家の中から聞こえる、明らかにおじいさんと分かるその声。
森山さんは勢いよくドアを開け、わたしを引っ張り込んだ。
***
街の長老、というその人物は想像通りのおじいさんだった。
校長先生を、もう十年老けさせたらこれぐらいになるんじゃないだろうか。
顔はシワだらけで白髪だけど、声は大きくはっきりしている。
「えっと……海野さん、まずはごめんなさい。説明なしに、ここまで連れてきてしまって」
森山さんは隣に座ったわたしへ向かって、いきなり頭を深々と下げた。
「そうだけど……ねえ、どうなってるの?」
何を聞けば良いかわからない。
「うん。最初から、全部説明するね」
頭を上げた森山さん。わたしからするとほんの少し見上げた形になる。
その横顔は、まるで大人の美人のように整っている。
何かこう、余裕があるような、そんな感じだ。
「さっきも言ったように、ここは日本とは違う異世界。魔法があって、貴族と平民がいて、科学的な何かみたいのはあんまり無いし、危険な魔物とかもいるけど、みんなで力合わせて頑張ってる、そんな世界」
本当に、小さい頃読んだ絵本の中のような世界だ。もしかして、お姫様とか、勇者とか、そういうのもいるんだろうか。
「で、この街は中央大陸の少し北側にある、エーデル森林というところの中にある街。そして同時に、このライン王国にとっては、北側の国境に最も近い街の一つ」
森山さんは、机の上に置かれた、古そうな紙に書かれた地図を示しながら説明する。
指さしたところには、たくさんの木のイラスト。そして所々に文字らしきものが書かれているが、ひらがなカタカナ、漢字どころかアルファベットですら無い。
「で、この北側で国境を接しているマークセン連邦は今、ライン王国に侵略をしている」
侵略!?
「侵略。本当に、攻撃している。海野さんもここに来るまでにたくさん見たでしょ? 鎧を着けた兵士さん」
そういえば。
明らかに街の人たちとは違う、銀色に光る鎧をまとった人たちもいた。あれが兵士さんなのだ。
「そして見ての通り、この街は戦いの最前線。今はまだ敵軍に国境を越えられてないけど……いつこの街も戦場になるか、わからない」
「そんな……」
例え異世界であっても、ここの街にはたくさんの人が暮らしている。
戦争なんてことになったら……
「海野さん、心配してくれてありがとう。でもね、そうならないために、海野さんを連れてきたの」
……え?
「わたしが?」
「うん。この街には古い言い伝えがあってね」
「ああ。『空が赤く染まりて――』」
「長老、それ全部言うと長くなるでしょ!」
演歌歌手のような低い声でゆっくり語りだした長老さんを、森山さんが止める。
「ざっくり言うとね、『この街に危機が訪れた時、こことは違う世界の人間が特別な能力を持って救世主となり、救護の子として街を救うだろう』……」
森山さんの、少し芝居がかった口調。
……冗談で言っているようには聞こえない。
「で、その『救護の子』を探すために、はるばる日本へ行ったのが、このあたしってわけ。大変だったんだよ、古い本をみんなで読み解いて、別の世界と行き来できる魔法を完成させるの」
「グリーンはこの街でも有数の魔法使いじゃからな。それにとてもしっかりしているし、我々としても不安はなかった」
「そうそう。あ、グリーンってのはあたしのことね。森山 みどりってのは、適当に考えたそれっぽい名前」
森山さんの、ハキハキとした受け答えと言っている内容のギャップに、頭がついていかない。
そんな、それこそ、ファンタジーの漫画やアニメみたいなことが、現実に……?
わたしは右手で自分の頬をつねる。
「夢じゃないよ。これから海野さんには、『救護の子』になってもらうんだから」
……森山さんの声と頬の痛さが同時に伝わる。
「でもわたし、戦うとか、そんな……」
「大丈夫。海野さんは、ピアノを弾いてくれれば良いから」
森山さんはわたしの両肩をポンと叩く。
まるで、プリント配りを頼むかのような気軽さで。
「ピアノ?」
「うん。……長老、この子の奏でる音楽には、体力、魔力、精神力を回復してくれる効果があります」
「なるほど、文字通り『救護』ということか」
長老は腕を組む。
って、そんな魔法の呪文みたいなのが?
わたしのピアノに?
「はい。現状、この街に一番足りていないのは医師、回復要員です。国からの援助も充分とは言えません。ただ、彼女の能力があれば、傷ついた兵士たちがすぐに戦線へ戻ることができます。いや、もしかしたら、瀕死の重傷さえも……」
待ってよ森山さん。
わたしをどうしてそんなに信用するの?
「うむ、確かなのかそれは」
「はい。あの感覚は……間違いないです。向こうの世界の人間は感じられてないようですが……」
森山さんと長老の会話は、わたしを置き去りにして進んでいく。
どういうことなの?
なんでわたしなんかを?
もっとピアノが上手い子はたくさんいるのに?
「……ピアノ? なんじゃそれは?」
「向こうの世界の楽器です。彼女はそれを使って音楽を奏でるのです」
「……森山さん!」
――思わず、叫んでいた。
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