第12話 本番
なんてこった……。
ネコポン、見た目から想像出来なかったが、まさかここで裏切るようなヤツだったのか?
普通マスコットキャラって裏表が無いってのが常識じゃねえのか?
そんな事を考えてる俺の目の前で、ネコポンが笑う。明るい笑み。だが、どす黒い笑みだ。
「ボクは貴方を倒さなきゃいけない」
「なんで……だよ」二つの恐怖で声がうまく出ない。「こっ……こんなところでお前、裏切る……のか?」
「ボクだってホントはこんな事したくないさ」どす黒い笑みを浮かべるマスコットは言う。「でもやらなくちゃいけない。それにボク達は最初からずっと敵じゃないのかい?」
「う……」確かにこの大会、チーム戦とは言ってない。ヤツの言う事は間違ってねえ。「だ、だが他の参加者と協力しても問題外、じゃねえのか?マニュアルでもそれを禁止しちゃいない」
「バカだなぁ、ジョンさんは。だから騙しやすかったよ」
「え……」
「そのルールは後から自分が戦いやすくなるようにあるんだよ」
っ……て事は俺、最初から騙されてた、って事か?あの、承にも……?
「もっとも、承君は律儀に貴方の味方になっていたようだけど」
「何でお前がそんな事を言える」俺の腕が震えてやがる。何か分からねえ感情のせいで、今にも落下しちまいそうだ。「お前が承の事を口にするな」
「ああ、それは」
クソマスコットが左腕に右手を添える。その右手が左腕から離れると同時に、望遠鏡が左腕から飛び出した。
「未来道具『脳内スコープ』。これで承君の脳内を覗かせてもらったよ」
「じゃあ俺が何を考えているか、その筒で覗いてみやがれ」
ネコポンは筒を覗かずに口を開いた。
「『怖い、ネコポンが憎い、早く元の足場に戻ってネコポンをぶっ倒したい』。スコープを覗かなくても分かるよ」
「っ、てめえ……」
全部合ってるじゃねえか……。
そうと決まれば、さっさと元の足場に戻ってヤツをぶちのめすだけ。だがヤツの事だ、俺が元の足場に戻ろうとしてる時に攻撃を仕掛けるだろう。
と、俺が足場に戻る前に、ヤツがこっちに歩いてくる。剣を持って……いない?
「これは正々堂々と戦えるチャンスだ」
俺の前でしゃがんだネコポンが、腕を差し出してくる。
「何の真似だ?」
「ちゃんとした足場で戦いたいんだろう?」ネコポンが、今言うとは思えないセリフを吐いた。「なら僕が助けてあげよう」
「どうせ何か考えてんだろ?引き上げた瞬間に剣でグサッとか、そういう事だろ?」
「いやいや。ボクは何も考えていない」信用できそうにない言葉。「ホントはボクも、卑怯な真似はニガテなんでね。フェアな場所で戦えるよう引き上げてあげるんだよ」
どの口で言ってやがる。
「ま、僕の手を借りないと言うのなら落ちるしかないんだろうけど」
「フッ、俺はこんなんで諦めるような人間じゃねえぜ」
手を借りるなんてしたくなかった。
俺はそう言って、体を揺らし、勢いがついた所で後方に飛び退いた。
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拳の衝突で起きた風圧が、僕を襲っていた。
「チクショウ、なんで攻撃が当たらねえんだっ!」
討竜の顔は憤怒に燃えている。
それもそのハズ、『ビザール・クレイズ』が僕の攻撃を防いでいるから。そして討竜に『ビザール・クレイズ』が見えていないから。
拳、拳、拳。
間髪入れずに叩き込んでいるのに一発も当たらない。
「こ、攻撃が当たらない……ここまではOK、だけど」
かく言う僕は防戦一方。防ぐのをやめれば拳が当たってジ・エンド。
どうにかしてこの状況を終わらせなければ。
「これならどうだァ!?」
そのセリフと同時に、僕の右から一本の棒。
当たった瞬間、横からも風圧が襲った。
「がっ!?」
風圧の次は衝撃。壁にぶつかったようだ。
とっさにフリーレンジ・ストーンキックを発動して留め具にしたから良かったが……。
そうしていなければ僕の体も後ろの壁みたくなっていただろう。
「ハッ、ヒビが入ったのは壁だけか」討竜が吐き捨てるように、だが笑みを含んだ声で言う。「お前の体も耐えられねえと思ったんだが」
「クッ、フッ、ハハ……」僕は痛みの走る体で何とか立ち上がり、壁のヒビを確認すると討竜に向かって言った。「そう油断したからあんたのターンは終わり。ここからは僕のターンだ」
「いーや」討竜が飛び掛かる体勢になった。「まだ俺のターンは終わっちゃいねえ。ターンが変わらねえうちに終わらせる」
そして討竜が飛び掛かった。
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俺の体が床に叩きつけられ、軽く宙を舞って転がる。そして数回転。
「どっ……どうやら成功みてえだな」
俺が階段から飛び降りた先は、40階の穴。うまく勢いをつければ届く距離。そして俺には鍛えられた肉体があった。あったじゃねえか……。
「とっ、飛び降りて逃げるとはね……」
マスコットの野郎が明確に驚いてやがる。
明確に表情が現れちまうのはマスコットの宿命か、フッ。
ここで俺は安堵の息で呼吸を整えようとした。
だが、甘かった。
「でもボクにはこれがあるんだ」
そういって、ネコポンはバズーカを取り出した。それは先程マイティ・スタッグを撃退したものと同型だった。
確か名前は『マインドバズーカ』、だったか……?
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「出力最大」
そのセリフと共にネコポンは引き金を引いた。
光弾がバズーカから放たれる。それは穴に吸い込まれ、爆発した。
すかさずバズーカを左腕にしまい、次の道具を出す。
「未来道具『バグライダー』」
それは学習机ほどの大きさ。蝶の姿を丸写ししたフォルムの下には取っ手が付いている。
ネコポンはその取っ手を掴み、穴へ向かって飛んで行った。
「な、なんだ……?あんな、威力だったか……?」
ジョンは爆発地点より少し進んだ所で倒れていた。
なんとか脱落はしていないが、体には痛みが十分走っている。これ以上の戦いは止めた方がいい、と言っているかのように。
その耳に羽音が聞こえる。
「おい……スタッグの野郎、まだ脱落してなかったのか?」
その予想は外れた。
「残念」癖とドスの強い声が聞こえる。「未来道具『バグライダー』だよ」
ジョンの脳に
ジョンがネコポンと反対に駆け出す。
「逃がさない」
安全な場所でバグライダーから降りると、ネコポンは再度バズーカを取り出す。
再びの光弾。
その光弾は空中で爆散した。
「ん?」
向こうから何かが飛んでくる。金属音が高鳴り、足音がこだまする。
「素直に逃げると思ったか?」
銃を撃ちながら走る男の姿。
「『勝てない』とは思ったが所詮はマスコットだろ?」
吐き捨てると、M16からM870に持ち替える。
M870ショットガン。近距離で猛威を振るう『ショットガン』。
ネコポンの前に辿り着き、俺はその銃口をネコポンに向ける。そして撃つ。
「じゃあな、所詮は戦闘向きじゃないマスコットだったな」
ネコポンの体が後ろへ倒れる。さっきの階段。
ドシャッ、という音が……しなかった。
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討竜が承めがけて突進する。同時に、承が討竜の方向へ飛ぶ。
「バカめ」
討竜が左の拳でその影を殴ろうとした。だが当たらなかった。
「フン」
足でブレーキ。そして承の飛ぶ方向へ自らも跳ぶ。
1秒足らずで、承に追いついた。
「追いついたぜ」
討竜が承に右拳を当てる。
手応えは、無かった。
「なにっ!」
続いて回転蹴り。これも当たった感覚が無い。
「どういうこった」
回転蹴りを終えた討竜が顔を上げる。
目に映っていたのは、先程飛んで行ったはずの承だった。
「ハッ……」
「『エメラルド・バレットレイン』ッ!!」
討竜の体を無数の緑の弾丸が襲う。
「ぐおっ!?」
弾丸の嵐。対応しきれず、討竜は壁に叩きつけられた。
「やれやれ」承が近づく。「『ゲーム』とは言え、討竜を倒すってのは気が引けるなあ」
「何とでも……言ってろ」討竜が壁を蹴って空中で前転、うまく着地した。「見えない壁とか緑の弾だとかふざけた技ばかりだぜ。だがお前が俺にダメージを与えたのもまた事実」
討竜が両腕を腰に添えた。
それは承にも見覚えのあるポーズだった。
「……まずい」
「こっからは本気で行かせてもらうぜ」
金色の閃光。空間を裂く高い爆音。
次の瞬間、承の体からバランスが消えた。
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キィィィィィィィン、という音が聞こえた。
その瞬間、俺はバランスを崩してしまった。
「ぬおっ!?」
そして俺は感じ取ってしまった。
下で戦ってる奴の攻撃で今から森タワーが崩れるって事を。
聞こえ方からして、起点は35階ぐらいか?
「これはマズいぞ……っ」
俺は覚悟を決め、垂直滑り台の要領で踊り場まで壁を滑り落ちた。
「アィチッ……」
踊り場にはネコポンの姿は無かった。恐らく脱落して元の世界へ帰ったんだろう。
流石にマスコットには戦う力なんて無かったか。
俺は階段を駆け足で降りて行った。
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討竜の目の前には、承の姿はもう無かった。有るのは外側まで穿たれた、大きな穴のみ。
「なんだ、本気で行ったら大した事無かったじゃねえかよ」
軽く嘲笑。今の討竜がする事はそれだけだった。
その討竜の姿は神々しい金色に包まれていた。
髪、道着、闘気、全て金色だった。
だがこれ程すんなり終わってしまえば、結局無駄だった。
「さて」討竜は元の黒髪白道着に戻り、拳を握った。「次の強そうなヤツを探すとするか」
討竜が拳を床に当てた。
森タワーの床に、連続して穴が開いていく。その凄惨な光景に似合わず、討竜は滑らかに落ちていく。
ふと討竜の目に、緑の閃光が見えた。
その閃光は窓の外を伝っていた。
「んなっ?」
拳にかけた力を抜き、足で床を蹴って宙を一回転。そして着地。
「また新手の強えヤツか?」
討竜の顔にまた笑みが浮かんだ。「面白え事になってんじゃねえか」
そして叫ぶ。
「おい強えヤツ!緑色だったか?とりあえず逃げねえで出て来いよ!」
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承は34階で倒れこんでいた。
「クッ……」
承の体には痛みが走っている。
「あの攻撃は流石に防げなかった……君がいなかったらあそこで終わってたよ。ありがとう、輪廻」
承の指輪には骨の欠片が入っていた。承の大切な、唯一無二の親友の、遺骨の欠片だった。
話は数十秒前に遡る。
閃光。その直後に見えたのは、閃光と同じ金色に身を包んだ、討竜の姿だった。
それは神々しかった。『宇宙人』とは聞いていても、『神』と呼べそうなくらいには。
その『神』の手から承に向かって光線が放たれた。いや、光線ではない。討竜の必殺技、気力の放流。当たった箇所に破壊を生む、大いなる風の震動。
その名も『
それは承の分身が床を破るより早く、承に当たる速さだった。
だが気波砲が当たる寸前、承は遺骨の欠片を指輪に嵌めた。意味の無いはずのその行為に、意味があると言わんばかりに。
気波砲が承の体をかき消す。
かき消えたのはその姿だけだった。
承が遺骨を指輪に嵌めた時、同時に超次元空間が発生していた。
承の体は超次元空間に吸い込まれ、気波砲から逃れた。
残ったのは気波砲による空気の余震と、それを見つめる討竜のみ。
かくして承は気波砲を逃れ、超次元空間経由で34階まで逃げ果せた。
「さて……35階から上にはもう行けない、か」
承がジョン宛てに連絡を開始しようとウィンドウを開いた。
改造学ランと同じ真っ黒の薄板が空中に浮かぶ。
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走っている俺の眼前に、またウィンドウが現れた。承からの連絡だった。
「っ、今度は何だ?」
これも重要な事だろうから一応聞いておこう。
「承か?俺だ、ジョンだ」
「ジョンさんか」承の息が少し荒れていた。電話越しにも承の疲れが分かる。「そっちが無事そうで何よりだよ」
「承、本当に厄介な目にあったぜ」多分ただの安全確認だろう。だが言うチャンスはここしか無さそうだ。「俺達を狙ってた敵はネコポンだった」
「ああ、僕も薄々そうかもって思ってたよ」
……ウソだろ?
まあコイツは頭の切れるヤツだもんな……ネコポンが裏切り者だったってだけで動揺するメンタルでもねえし。
「でもあんたがこうして話してるって事は、無事に切り抜けて来たんだろ?」
「ああ。ショットガン一発でおしまいだった」
「ふっ」
ウィンドウの向こうで承が小さく笑った。
「こっちもさっき襲われた」
「襲われた、って誰にだよ」
「張 討竜」
「は?」
「戦ってみたらホントにヤバかった。ジョンさんは絶対に戦わない方がいい」
「戦わない方がいい、っておい、さっき35階ぐらいから聞こえてた爆音は」
「討竜の気波砲だよ。僕はそれを食らいかけた」
「でもこうして生き残ってんだろ?どうせ『ファング・オブ・ディメンション』の能力でも使ってよ」
「正解。あと」
「んだよ」
「ジョンさん、今、下の階へ逃げてるでしょ」
「ああ」
「アイツも下の階へ向かった」
「何、だって……」
「まあジョンさんならアイツに狙われないと思うよ。弱いし」
「その言い方だとムカつくな……」
「ははは」
「ま、あんなヤバ気なヤツに狙われねえだけ、安心ってところだな」
「ああ。でもあれだけ盛大に破壊してくれたんだ、誰かが気づいて襲撃にかかるかも」
「アドバイスありがとな」
気が付くと俺は12階まで降りていた。承のアドバイスの通り、ここからは警戒態勢に入らねえとな。
「すぐに襲撃に来ないような面倒くさがりしかいねえ大会である事を祈るぜ」
「ああ。そろそろ僕も下へ降りないといけない」
「合流、するか?」
「僕はいいよ。共倒れは避けたいしね」
「分かったぜ。言ったそばから倒れんなよ」
「そっちこそ、脱落したら承知しないから」
激励の言葉を互いに送り合う。
そしてウィンドウが消えた。心なしか、ここまでで一番優しく消えた気がした。
*************************************
「さて、と……」
僕は窓の方を向いて、短い時間の割に疲労を溜め込んだ体を起こした。
目の前には、黒い甲冑に身を包んだ男がいる。その頭には、長いツノが二本、クワガタムシの顎のように生えていた。
いや、その二本自体が、彼にとっての『顎』であり『刃』。
先程ネコポンが倒したハズの、クワガタ男である。
タワー倒壊のどさくさに紛れてもう一度中へ入ったんだろう。
「あんた、生きてたんだな」
「ああ、倒されるかと思ったよ。でもあのキャットボーイ、僕を殺さずにタワーの外へ出しちゃったんだもん」
「ふ~ん」
「で、キミが
「『ハイスクール・ヒーロー』か。いい肩書だよ、ありがとう。だけど最後の言葉、遠回しの悪口じゃないか?」
「いや、思ってる事を口に出しただけだよ。キミこそ、僕の過去を知っててそんな事を言ってるのかい?」
『マイティ・スタッグ』、その中身であるデイビッド・リンツの事ならよく知ってる。何度も映画を見たんだ、覚えていない訳が無い。
「ああ。『いじめられっ子のオタク君』だろ?」
「正解だよ」黒い兜の中から若い白人の顔が現れる。喜んでいるようで悲しんでいるようでもある。「じゃあ『MIGHTY-STAG』って映画は見てたのかい?」
「本人であるあんたが言うか?」僕は「YES」とも「NO」とも言わずにこう言った。「マイティ・スタッグがメタ発言なんてする訳ない。何か意図でもあるんだろ?『別の世界』が本当かどうか確かめる、とか」
「そこまで頭が回るなんてね」
「図星か。ちなみにさっきの質問に『YES』か『NO』で答えるなら、『YES』だ」
「……やっぱり、合ってたんだね」デイビッドが僕に聞こえるレベルで呟く。「キミは間違いなく、別の世界の住人だ。それも僕の事が『創作』って事にされてる世界の」
「……倒されかけた人がそんな事を呑気に考えてたとはな」
「アハハ、『呑気』か。色んな人がいるんだね」黒甲冑が「過去にも何回か『別の世界』の『マイティ・スタッグ』に会ってきたが、僕がフィクションだっていう世界のヒーローに会うって初めてだよ。僕も新鮮な気分で戦える」
「そいつは結構」僕は彼に見えない分身を後ろに陣取らせた。「あいにく他の世界の事は毎日のように見てきたんでね。こっちはすぐにでも帰りたい気分で戦ってる」
「じゃあさっさと脱落しちゃえばいい」白人の顔が黒い兜にしまい込まれる。「こっちはもっと他のヒーローを見たいんだ」
スタッグが兜のツノの付け根を指で
「さあ、倒される覚悟は出来てるかい?」そういって黒甲冑が戦闘態勢に入った。「このまま戦うと苦しいだけさ。苦痛に関する保険は無いよ?」
「うるさいな、時代錯誤の黒騎士さん」僕は相変わらずの直立不動状態。僕には彼に見えない『切札』がある。絶対に負けない。「騎士は保険も何も出ない時代にお帰り下さい」
黒甲冑がこちらに飛翔してくる。僕の本体は未だ動かず。
しかし僕の分身が前へ動く。
「「ウリャァッ!!」」
*************************************
森タワー20階。
「おい強えヤツ!緑色だったか?とりあえず逃げねえで出て来いよ!」
遠くからでも聞こえるように、討竜が大声を張った。
先程の緑の閃光。それが討竜の目に映っていた時間は、一秒はおろかその10分の1にも満たなかった。
討竜はそれを『強者』だと認識した。ただ『本能』のままに。
「ここだぜ」
声。
その声が発されたのは、討竜の後ろ。
「んっ?」
一秒後、討竜の体は床に倒れていた。
「んがっ」
次の一秒で、討竜は背中に激痛を覚えた。
「どわっ!?」
その次の一秒で、緑の閃光を帯びた討竜が床を突き抜けていく。
「がはっ」
一方的なダメージが終わったのは計四秒たった後だった。
討竜の背中に、重りのように激痛が乗っかっている。
「うぐ、ぐっ……」
立ち上がるのは容易だった。これくらいの痛みなど、討竜にとっては食事のようなものだった。
だが自分にこれだけの攻撃を浴びせられるのは、ライバルのベノミウスとエイト、宇宙大帝ことキュース、最凶ミュータントのジェノぐらい。
他の世界には彼らと同等、或いはそれ以上の戦士がいるとは思っていたが、ここの参加者達にそれほどの闘気は感じられなかった。
「お前が『宇宙戦闘民族』の張 討竜か」
今度は討竜の前で声が出された。
「お前……やるじゃねえか」討竜は声のした方へ声を発した。「この俺の体に、一瞬で沢山攻撃するなんてな……チビのオオカミさんがよぉ」
「『チビ』だと?」声の主は顰蹙を声に乗せた。「確かにオレはチビだが、本人の前でそう言うのはマナーがなってないぜ」
「ハハッ。あいにく俺は貧民街出身なんだ、マナーなんて分からねえよ。それはさておき、お前も俺の事を知ってんのな」
「お前……パンフレット見なかったのか?」
「読書はニガテでね」討竜は相手を見ながらようやく立ち上がった。「オオカミの癖に読書好きなのな。そのパンフレットってヤツに、この武闘会の参加者の事が書かれてる、ってか?」
「大体、そうだぜ」討竜の目に映っていたのは緑のオオカミだった。「ま、お前は見てないから分かんないか。いいぜ、自己紹介してやる」
「そいつぁありがてえ。そこまで気配りが出来るたぁな。さっさと教えろ」
「オレの名はニック。ニック・『レイスピード』・マックウルフだ」
*************************************
森タワー1階。
「フゥ、フゥ、ハァ」
軍人は息を整えようとしていた。
あとはこのタワーから出るだけだったが、外は瓦礫の山。リラックスできる状態ではなかった。
「しっかし、誰も来ねえな……」
ジョンはウィンドウを開き、時間を確認する。
今は、11時10分。大会の開始からかなり経っている。
(それにしても)
ジョンは先程から違和感を抱えていた。その違和感が胸から腹にかけて圧迫感を与えている。
その違和感が、波に流されたゴミのように頭をよぎる。
(承にやられた痛みの感触が残ってやがる)
その瞬間、ジョンは違和感を脳に流す波の正体が、痛みと疲労である事に気づいた。
「これは最強を決める『ゲーム』」、とあのモニターは言った。だとしたら、痛みをこんなに長時間感じる必要はないはずだし、モニターの神も参加者たちがいつでも全力を出せるよう痛覚に介入するだろう。少なくとも、あの神にはそれが出来るだけの能力があるはずだ。
しかし、彼(あるいは声を変えているだけで女なのかもしれないが)は未だにジョンの痛みを消していない。
(こりゃ、新しい問題だぞ……)
痛みと疲労の事が、ジョンの新しい圧迫となった。ジョンは精神を平常に戻す事に失敗した。
「考えてもどうしようもねえ事が分かっただけだな……」
ジョンは森タワーを出る事にした。手にはM16、使い慣れた軍用モデルのアサルトライフル。
この先は何が起こるか分からない。そしてこの大会は、本来は『個人戦』。
自分の身は自分で守る。戦場格言の、第1条にして初歩の初歩。
「承……先に外で待ってるぜ」
ジョンは森タワーを出る為、その足を踏み出した。
*************************************
11時00分、芝浦ふ頭公園グラウンド。
「『ビーム・ギロチン』ッ……!」
「エクス・ディメンションカリバー!!」
超科学の光と魔力の光。その応酬が、砂塵を舞い上がらせていた。
銀の英雄が飛ばす光の円盤。聖剣によって召喚された光の剣が、それを貫く。光の剣は尚も銀の英雄を追うが、光の壁に阻まれる。
二人の動きを、疲労という重りが押さえつけ始めていた。
「これ程とはな、剣聖王アーサー」
「お前の方こそ、なかなかの身のこなしだ」
「お褒めに預かり光栄だよ。だがいい加減終わらせたい」
「私もだ。『民の永久の幸せ』という願いが、懸かっているからな!」
その言葉と同時に、アーサーがシルバーの前に躍り出た。聖剣がシルバーの頭へと振り下ろされる。
「それだけ強いなら、それは自分で叶えられるんじゃないか?」
シルバーが腕を交差させる。
その交点から光の壁が発生し、聖剣の一撃を受け流した。
「っ……!」
「こちらも、願いが懸かっているんでね。『星を脅かす者どもを全て抹消する』という、こちらの世界の民の為の願いが」
銀色の腕が後ろに引かれた。拳が弓矢の要領で放たれる。
アーサーの頬に、それは向かった。
拳がアーサーの頬に到達する前に、それは起こった。
二人の足元から出た突風が、二人を同時に吹き飛ばした。
「なっ!?」「はっ!?」
二人の体が土に衝突する。
「残念ながら、どちらの願いも叶わない」
そして二人は声を聞いた。どちらのでもない声を。
二人はその方向を見つけ、目を向けた。
そこにいたのは、白い長髪を滑らかになびかせた、美しさの中に悍ましさを見せる長身の男だった。
その男は言った。
「どうやら、お前たちは体制の為に願いを叶えようとするようだな……。そんな腐りきった者どもに叶えさせる願いなど、私が潰す」
*************************************
11時11分、森タワー。
ジョンの足が踏み出された。次の瞬間だった。
ジョンの足に、刺すような痛みが走った。
「ぐあっ!?」
ジョンがよろける。倒れる勢いで、頭が地面に激突した。
「あだっ」
頭が少し回る。しかし、生きてはいる事が確認できた。
「何なんだぁ?なんで足に急に痛みが生じるんだ……ヘルメットを装備してて助かったぜ」
ジョンは足を見た。そして
自分の足に、本当に刺し傷ができている。
「誰だ……!」
ジョンはすぐさま敵の存在を疑った。透明化できる能力だ、と。
ジョンはMP5を取り出し、全方位に弾丸を放った。
金属音がエントランス全体に響き渡る。
数個の弾丸が、虚空で一度浮遊しているのが見えた。
「そこか!?」
ジョンがM870に持ち替え、その方向へ弾丸を放つ。
弾丸が通った場所に、敵の姿が現れた。
「!?」
「クックックッ……10分ぶりですね、ジョン・H・スミスさん」
全身黄色ずくめの、ネコ科動物のような2頭身のマスコット。人相こそ優しく目つきはにこやかだが、その裏に何が渦巻いていたのか。
「ネコポン……!」
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