第11話 敵探し
ジョンの元に、固有ウィンドウが突然現れた。
「誰だ?」
ジョンがウィンドウを見ると、そこには『着信 汐見 承』と書かれていた。
「いや、承はここにいる。コイツは偽物だな」
そう言って通話を拒否した。
「承、これから俺達の拠点を探そ……」
再び突然のウィンドウ。
「しつこいぜお前」
再び通話を拒否する。
「ったく、俺をハメようなんて百年早……」
またもやウィンドウ。
「ホンットしつけえなお前!」ジョンはついに顔を火のようにした。「出りゃいいんだろ出りゃあよ!」
仕方なくジョンは通話を始める。
「ジョンか!?」
「お前、偽物の承だろ。承は今ここにいる」
「いや、僕が本物だ。今『承が近くにいる』って言ったか?」
「お前が偽物だってのは分かる」
「いや違う。僕だってジョンさんと一緒に走っていると思っていたら、いつの間にか消えていた。置いて行かれたかと思って、今連絡をかけたんだ」
「そんな口車に俺を乗せようってか?」
「ジョンさん、今、何処にいる?」
「は?」
「ジョンさんが見ている『承』も含めて、だ」
「……48階だが」
「僕は今8階にいる……そうか!」
「何だよ」
「そっちにいる『僕』は偽物、幻覚だ!」
「?」
「多分、僕も幻覚を見せられていたかもしれない」
「おいおい、何言ってるんだ?」
「『幻覚を見せる能力』を持った奴が近くにいるって事だ、気を付けた方がいい。そのせいで僕も8階を回っていたと思う」
「そんな奴いたか?やっぱりお前が偽物なんじゃねえか」
「疑うならそっちの『僕』を一発、いや何発でもいい、殴れ!僕はそっちへ向かう!」
そう言って、承を名乗る人物は通話を切った。
「待たせたな、承。お前の偽物から連絡があったから話つけてやった所だ」
ジョンは近くにいた承に向かって言った。
「……」
「さ、行くぞ。早く拠点を見つけねえと、また襲われちまうからな」
「……」
承は何も言わない。
「何か言ったらどうなんだ?『はい』だけでも良いからさぁ」
ジョンが呆れて言う。
「……」
それでも承は何も言わない。
「あのさあ、いい加減何とか言えよ」
ジョンが少し怒り気味で言う。しかしその顔に、汗が少し見えていた。
「……」
「無視かよ!ならもうお前に教える事は何にも無え!」そう吐き捨てたジョンはMP5を構え、引き金に指を掛けた。「じゃあな!」
銃声が響く。
アルミの弾が、承の体に吸い込まれていく。
しかし、承の体に傷がつく事は無かった。
アルミの弾は確かに、承の体に命中した。
しかし、承は吹き飛ばない。それどころか無傷だ。
「おい、ど、どうなってんだ……?」
ジョンはMP5をしまい、ナイフを構えた。
「これならどうだっ!」
言うと、ジョンは突進した。
ナイフが承の体に刺さる。
人の倒れる音がした。
倒れたのはジョンだった。
「うおわっ!?」
ドスン、という衝撃音。走る痛み。
ジョンはその両方が自分のものであると悟った。
そして、承は何事も無かったかのように立っている。
「まさかっ」
ジョンの不安は的中していた。
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『着信 ジョン・H・スミス』
そう書かれた薄い板が僕の目の前に現れた。
「ジョンさん?」
通話を開始し、ジョンさんに問いかける。
「承か!?」
「ああ、本物の承だ」
「お前の話は本当だ!俺の近くにいた奴は幻覚だった!アイツが何にも言わねえから怒って銃とかナイフで攻撃したら、全部すり抜けやがったぞ!」
「落ち着け、って言いたい所だが、そりゃ落ち着ける訳ないな」
「お前は今どこだ?」
「今34階にいる」
「敵とかいなかったか?」
「まだ見てない!それよりも、そっちこそ今すぐ降りた方がいい」
「えっ?」
「何かが引っかかるんだ。僕の偽物がジョンさんと一緒に48階まで行ったんだろ?」
「ああ。で?」
「僕が8階で足止めを食らっていた、という事は『僕達が48階まで行く』って知った上での行動だ。敵はそれをどこかで聞いた、って事だ」
「おい、そんな事されてたっけか?」
「今頃敵は倒しやすいジョンさんの方に向かってるはずだ、だから早く降りろって事」
「分かった、すぐに合流して……おい」
「どうかしたか?」
「敵、ではないかも知れねえが、俺達の行動を聞いてたヤツが二人いた」
ジョンさんの声が重くなった。って事は何かに気が付いたんだろう。
多分、敵についての事だと思う。
「えっ?」
「一人はあのクワガタ男、『マイティ・スタッグ』だ。俺はよく知ってる。ソイツは情報戦とか得意なオタクだ」
「なるほど、あいつはそういう名前だったのか。で、二人目ってのは……まさか」
「ああ。お前も気づいてると思うが、ネコポン……アイツは『最上階へ行け』って言ってたよな?」
「確かに言ってたね。ジョンさんが間違ってて心の中で笑っちゃったよ」
「おい。で、ソイツは何か不思議な道具でマイティ・スタッグから俺達を守ってたから、多分味方だと思うんだが……」
「でもマイティ・スタッグには幻覚が使えない、だろ?僕もその映画ぐらい見た」
「そうなんだよなぁ……」
ネコポンが怪しい、となると確かに不思議な道具で幻覚ぐらいは見せられそうだ。だが、それならマイティ・スタッグより先に僕たちを倒そうとしてたはずだ。マイティ・スタッグが幻覚を見せる能力を持っている訳でもないし。
「あの二人以外にも別の敵がいるんじゃないのか?」
「そう……だよな。それ以外に考えられねえ」
「そうだな。とりあえず合流してから考えよう」
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「合流地点は40階。敵に気を付けて」
通話が途切れる。
「……マジかよ……」
せっかく上って来てみたら、敵の罠だとはな。
だが、この近くに、敵なんて他にいるのか?
俺はそんな疑問を持ったまま、階段を降りようと足を踏み入れた。
「おっかしいですねえ~、このあたりに敵がいると思ったんですが」
不意に声が聞こえた。相変わらず癖の強すぎる声。
「ネコポン?ネコポンなのか?」
俺は嬉しさを
「その声はジョンさんですね?」アイツの方はどうやら上機嫌らしい。「生きてるようで安心したです!ぼくは今オフィスの中です!」
「はいはい、分かったすぐ行くよ」
俺はいつもの口調で応え、オフィスの中へ入った。
「おい、ネコポンじゃねえか!お前が生きてて俺も嬉しいぜ!どうやらマイティ・スタッグは倒したようだな、えぇ?」
「ああジョンさん!あなた、幻覚ではないですね?敵を探してる間に幻覚を見せられてるかもですけど、あなたは本物ですか!?」
「当たり前だろ、触ってみろよ」
肉球の感触が俺を撫でる。肉球を触った事は無いが、まさかこんなにも肉球が気持ちいいとは。
「本物じゃないですか!良かったですー!」
「お前も本物みたいで安心したぜ。で、今『この辺りに敵がいると思った』って言ってなかったか?」
「聞こえてたんですか」ネコポンの顔が少し陰った。「じつは、『マイティ・スタッグ』は倒せてないんです」
「えっ?」
「戦ってる最中にとつぜん消えたんです」ネコポンが残念そうに言う。「幻覚を見せられていたかもと思い、部屋を一階一階スキャンしてのぼって来たです」
「よくやったぜネコポン」俺はネコポンの背を軽く叩き、褒めた。「俺達が生きてるだけでも十分な収穫だ。それにお前が一階一階をちゃんとスキャンしながら上って来たってのも助かったぜ」
「えっ」ネコポンが首をかしげる。
「お前が既に調べた1階から47階の間には敵はいねえ、って事が分かった。だから俺達は、49階から調べられる」
「そ、そうなんですか?」ネコポンの声が再び弾みかけた。
「その前に承を呼んでいいか?」俺はこの出来事を伝える為、承を呼ぶ事にした。「仲間は多い方がいいからな」
その途端、ネコポンが言った。冷えた声で。
「ダメです」
「えっ?」
「ダメです」
「何がだよ」俺は理由を聞いた。
「おそらく、敵の一番の狙いは承くんです」ネコポンが神妙な顔で言う。「ぼくたち三人の中で承くんは、目にも見えないふしぎな力で戦ってるですよね?」
「ああ、俺にも見えなかった。さっき俺は品川駅でアイツと戦ってたんだが、柱から何か思いつかなきゃこっちが倒れてたぜ」
「たぶんその力を消すために、敵は承くんを一人にしたです」
「じゃあ呼べばいいじゃねえか」
「それが逆にまずいと言ってるんです」
「なんでだ」
「承くんが見えない力で戦ってる以上、最優先で狙いに行く人もいると思うです。だから、今のタイミングで承くんを呼んだら、ぼくたちも巻き添えになって終わりです」
確かにそれはマズい。敵がもし広範囲の破壊力を持つ奴でもあったら、まず承もろとも吹っ飛ばされて終わりだろう。幻覚をしっかり制御できるくらいだから、敵は相当の実力者だと割り切れる。
だが、そんな奴がいるのに承を一人のままにしておくのも心配だ。
どうする……。
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僕の前にまた例の板が現れた。分身を使って階段の手すりを飛び移っていた僕には迷惑な登場の仕方だ。
僕は分身を止め、着信に応答する。
「もしもし?」
「承か?俺は今ネコポンに会った。アイツも敵を探してたそうだ」
「本当か?」
「ああ、なんでも『承はこっちに来ない方がいい』ってよ」
「何か理由があるのか?」
「さっきから幻覚を見せてる敵の狙いは恐らくお前なんだとよ。奴は俺らの居場所も手に取るように分かってる。奴が広範囲の破壊力を併せ持ってたら、お前もろとも吹っ飛ばされて終わりだ」
ジョンさんの声がこれまでより随分と真面目に聞こえる。
「奴は今もお前を狙ってるハズだ。だから迎えに行ってやりたいが、こっちも巻き添えで敗北って終わり方はしたくねえ。だから迎えには行けねえ」
「そうか」
「だがお前が暫く倒されないよう、アドバイスはさせてくれ」
「ジョンさん、何?」
「危ねえ時は無理に勝とうとするな。まずは倒れない事だけ考えろ」
「それは戦場格言の一つか」
「ああ」ジョンさんは静かに言った。それは僕を信用しているとばかりに、優しく聞こえた。「危険が無くなったらまた呼ぶ。それまでは脱落するなよ」
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「ああ。ジョンさんも、先に脱落したら許さない」
「分かってるって。俺は軍人だ、一応戦いのプロだ。ぽっと出の能力者どもに引けを取ってたまるか」
ジョンはそう言うと優しく通話を切った。
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よかった。ジョンさんは僕を信じてくれている。
『疑念』が気体となって口から出てくるのを感じた。
これが、『安堵の息』ってヤツか……。
僕はその言葉の意味を理解した嬉しさ――そう呼べるか怪しいが、正の感情である事は明らかだ――を噛み締めながら、来た道を引き返すべく一歩を踏み出した。
――その時だった。爆音が階段中に響いたのは。
体の節々に走る痛み。
僕の体は横になっていた。
なんとか立ち上がった僕の前にいたのは……。
「よお。お前、強そうだな。ちょいと一発、やっちまおうぜ」
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突然の爆音が、ジョンとネコポンの耳に入った。
「何だ!?」
「来たですね……」
この大会での爆音は、敵の襲撃の合図に他ならない。
「どうする?承がやられるかもしれないぜ、助けに行くか?」
「……やむをえないですね。承くんの所まで降りて、敵の情報を得ましょう」
「決まりだな。こんな状況じゃ、どのみち降りるしかねえもんな!」
ジョンがネコポンより早く足を踏み出した。
ネコポンはそれを追って歩み始めた。そしてその右腕は、左腕に添えられていた。
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「お前は……ッ」
「どうした?俺は勝手に戦いを始めるなんて事ぁしねえ」
目の前の男は、道着を着たツンツン頭。間違いない。僕が『少年ヒーロー』で何度も見た、あの戦闘民族。
「張……討竜か……?」
「おっ、俺の事知ってんのか。俺は最強だからな、名が知れ渡るのも速いって訳だな」
「ああ、お前の事なんか誕生日以外全部知ってるよ。『自称』最強だってな」
「なっ……」
今の挑発で堪忍袋の緒が切れたのか?
「お前……言ってくれるじゃねえか。俺の前で、俺の最強の称号に『自称』ってつけるたぁ随分度胸据わってんな」
「まあな」こんな奴に勝てないのは僕でも分かりきっている。なら戦わずに時間を稼ぎたい。「こっちもあんたと同じくらい多く戦ってる」
ここはあまり刺激しないような言葉を淡々と並べるのが正解か?
「フン」討竜の鼻息。実物の討竜が鼻息をするのは初めて見た。大きい鼻息だ。「なら、今から戦っても文句はねえよな?」
まずい。明らかに戦闘態勢だ。
最初に刺激してしまったのがいけなかったか……。
「ああ、やろう」
誰も来る気配が無い。こいつの攻撃で森タワーの一部が大きくえぐれているが、タワーが崩れそうな様子は感じられない。
何も僕の身を守らない、か……。
こうなったらやるしかない。
「いいぜ。お前みてえなヤツ、気に入った。だが当然俺が勝つ」
そのセリフの終わりと同時に討竜の体が消えた。しかし殺気が大きい。
その殺気の方向は、上。
僕は上を向き、そして唱えた。
「来い――『ビザール・クレイズ』ッ!!」
*************************************
下の方で更なる爆音。走る二人の耳を連続して襲う。
二人は、44階まで差し掛かっていた。
「もう戦い始めたのか!?」
「下を見るです!」
ネコポンが緊迫した大声を出した。
ジョンは下を見、そして恐怖のあまり声を漏らし、後ろに倒れた。
38階から43階までの階段が無い。
40階の壁には、穴が開いている。
「お、おい、これはっ」
「張 討竜……」
ネコポンが呟いた。しかし様子がおかしい。
確かにネコポンの声。だが、先程までと違い冷ややかだ。氷結系能力でも持っていたら一瞬で安全な足場を形成できそうな冷ややかさ。
そうではない。
癖の強さに加えて、それ以上にドスの効いた声になっていた。
「ネコポン?」
ジョンが後ろに視線を回した。
「うわあっ!?」
視線が回りきったと同時に、承の戦闘で生じた揺れが階段を襲った。ジョンのいる位置が崩れ、ジョンが落ちかける。
崩れた場所より一段上の段差を掴み、ジョンは九死に一生を得た。
「こりゃヤベえぞ!どうやって降りるんだ……え?」
そしてジョンは見てしまった……。
*************************************
ネコポンの手に、剣が握られてやがる……。
「ネコポン……?お前、このタイミングで剣を出すなんて馬鹿か?」
「あっ」ネコポンがこちらに気づく。「えーと、その……」
「まさか、な……。もう一回聞くぞ?その剣、何の為に出した?」
「ぅぁ……」
ネコポンは固まってやがる。
「答えられねえ、ってか」
これで全てが分かった。俺はその結論を、ネコポンにぶつける。
「さっきから俺達を狙ってたのはお前だな?」
「……ここまで来てバレちゃうとはね」
あの癖の強い声に、更に冷気が宿った。
「僕だよ」癖が強くドスの効いた声が続ける。「貴方は正解だ。もっとも、『運良く』正解に辿り着いたに過ぎないけどね」
「お前……さっきと同じ癖の強い声で冷ややかに喋らないでくれるか?お陰で高所落下の不安とお前に倒される不安が一緒に襲ってくるのが軽減されなくて困る」
「それは可哀想に。でもダメだ」
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