第13話 真実

「ネコポン……!」


「その様子だと、ボクが、とでも思ってるようだね」


 おい……なんでアイツがまだいるんだよ……。


 M870で一発ダウンしたハズだろ?


 これも『未来道具』とやらの力なのか?


「何も知らずに死なせる訳にはいかないので、教える事にするよ」


「お前……さっきから言動がおかしい上にまだ脱落してねえのかよ」


「その理由を今から教えると言うんだ。というより、実践した方が早い」


 奴は言ったすぐ側から何かの板を腕から取り出し、地面に置いた。それはどう見ても腕の中に入りきらないサイズの板だった。


 板の上に乗ると、奴は唱えた。




「未来道具『次元フリッパー』」




 奴が板の上から板を裏返す。


 その瞬間、。まるでように。


「!?」


 驚きを隠せなかった。それを見る者がいないので、意味なく驚いている、って事になっちまった。


 俺はネコポンが立っていた所へ向かって走った。


 俺の背中に衝撃が走った。


「がっ!?」


 後ろへ転んだ訳でも前から吹っ飛ばされた訳でも壁にぶつかった訳でもない。


 単に、だけの事。


 俺はうつ伏せに倒れた。首から上にも痛みが走る。


「どうだい。これが『次元フリッパー』、なかなかの未来道具じゃないか」


 背中の方向から声がする。直後、俺の眼前にネコポンが現れた。俺をジャンプで飛び越えて、説明しやすい位置に行こう、とばかりに。


「……何が起こったんだ?」


「やはり普通の人間には分からないようだね」


 ネコポンはクソ鬱陶しい声で俺を煽る。煽っている訳ではないと思っているヤツには申し訳ないが、俺にはそう聞こえている。


「『次元フリッパー』。それは立体世界と平面世界を行き来できる、まさに『裏返すフリップする存在』」


「何……だと」


「ちなみにさっきの銃弾は、『フリーサイズシールド』で全部防いだよ。タイミングを合わせれば、銃弾に当たって吹っ飛んだようにも見せられる」


「とんだ演技力だな……」俺は痛みの引いた体を起こし、M16を構える。「お陰で血流が心なしか良くなった気がするぜ」


「それでボクを殺そうって事かな?」


「ああ、お前を倒そうとはしてるぜ。だがお前、さっきから『死ぬ』とか『殺す』とか言ってるがこれはゲームだろ?負けても死ぬ事は無えだろ。だからお前は参加した。違うか?」


「今ボクと戦ってみれば分かるよ」


「じゃあお前で試してやるよ!」


 俺はM16のトリガーを引いた。銃弾がネコポン目掛けて飛翔する。




*************************************




「仕方ないなぁ……」


 ネコポンは次元フリッパーの上に乗り、その板を上からめくった。


 ネコポンの体が地に潜る。


「そんなの、地面を撃たれたら意味無えだろ!」


 ジョンのM16から銃弾が放たれる。それらは全て下方向、重力の向きに動いている。


 金属音、金属音、金属音、金属音。凄まじい速度で地面が音を立てる。


 しかし、地面に描かれたネコポンの絵には穴一つ空かない。


「どこを狙っているんだい?」ネコポンが嘲り嗤う。「軍人の狙撃力はそんなものじゃないよね?」


 ジョンは余裕の表情を浮かべている。それは嘲り文句にも動ぜず、むしろ自分から嘲っているようにも見える。


「残念だが」ジョンは余裕の表情を声に乗せ、ネコポンに対して吐き捨てた。「『お前を狙わねえ』ってのが今の作戦なんでね。これは相当の狙撃力が無いと出来ねえ技だぜ」


 ジョンはネコポンから少しずれた位置を指差し、言った。「お前は一度地面から出る事になるぜ」


「そんな事は無……っ!?」


 ネコポンはジョンの元に進もうとした――しかし、進めなかった。


 ネコポンはに阻まれ、それ以上進む事が出来なくなっていた。


「これは……!?」


「お前が俺の所へ来られないよう、銃弾で地面に穴を空けておいたのさ」


 ジョンはさらにネコポンの後ろを指す。




 ジョンの目には、穴で描かれた円が映っていた。その中に、平面化したネコポンが囚われている。




「お前の後ろにも穴を空けておいたからな、倒したかったら地面から出て来いよ。でなきゃこっちからお前の絵に穴を空けてやる」


「くっ……」


 ネコポンが地面から飛び出る。


「ところで、さっきお前は透明化してただろ?」ジョンが畳み掛けるように質問を浴びせた。「どうせ未来道具なんだろ?ま、お前の事だから『俺に撃たれたから透明化を解除した』ってのは到底考えにくい。だとしたら答えは一つ、『もう使えない』だ。俺の銃弾が当たって、な」


「……ここまで軍人が強いとは思わなかった」ネコポンの顔に焦りが見え始めた。「でも僕は負けてはいけない。貴方が軍人として人を守るように、ボクにも守るべき大切な人がいる」


 言うとネコポンは左腕から再びバズーカを取り出した。「未来道具『マインドバズーカ』」


「へっ、その大砲で俺と打ち合い勝負でもするってのか?お前の事だからどうせ何か仕組んでるん――」


 ジョンが言い終わらないうちに、マインドバズーカからは既に弾が発射されていた。


 弾は徐々に高度を上げていく。


「……それで仲間を呼ぶつもり――」


 次の瞬間、弾は上空で爆発した。


 ――同時に、小型エネルギー弾の雨を降らせて。




「……Oh no」


 ジョンは森タワーとは違う方向へ駆けた。


 初発のエネルギー弾の爆発と同時に分散した小型エネルギー弾が地面に降り注ぐ。広場に佇んでいたクモのオブジェがエネルギー弾に穴を穿たれ、足を折られた。


 芸術の残酷な死体がそこに出来上がった。


「……そこか」


 ネコポンがジョンを見つけた。ガラス張りの建造物に向かっている。


「バカなのかな、そんなガラス張りに向かって」


 ネコポンはマインドバズーカをガラス張りの屋根より少し上に向けた。




*************************************




 俺は階段を降りながら、ウィンドウを呼び出した。


 今度は連絡じゃなく、地図を見る為だ。


「……やっぱり、あるな」


 俺が見つけたのは、アリーナ。


 俺と承がここに来た時に見ていた、ガラス屋根の舞台。


「これならっ!」




 アリーナで俺が待ち伏せし、アイツが来た所で屋根を撃つ。


 そこでフリーサイズ・シールドを使ってくるだろう。そうして油断した所を後ろから叩く。




 我ながら完璧な作戦だ、と思っていた。




 ガチャンCRASH。と言うより、ピシャンPLASHと言った方が正しいか。


 ガラスの割れる音が俺の頭上、5メートルくらいの位置から聞こえてきた。


「っ……!」


 俺はやっぱりバカだった。バカってよりも、命知らずって言った所か。


 この作戦は確かに完璧だった。、って事を除けば。




 世界で最も鋭い雪が階段へ降り注ぐ。軍人の俺でも当たれば即脱落だろう。


「クソッ!こんなにも五月蠅えのかよ、ガラスの音は!」


 雨よりも耳障りな雪に交じって、熱気を帯びた雨も見えてくる。


「よりにもよってここもガラス屋根だったのかよ!」


 俺の最大の失策。アイツに、攻撃方法を与えただけ。


 これで生き延びられたら奇跡だ。




 そんな奇跡なんて、起こるはずも無く。


 俺は前方へ吹っ飛ばされてしまった。


「うわあああああああああああああああっ!!」


 どうやら、今度は親爆弾に子爆弾。クラスター式エネルギー爆弾だったようだ。


 ガラスの耳障りな雪の中、俺の意識は薄れてしまった。




*************************************




「うわあああああああああああああああっ!!」


 断末魔と思しき男の声。


 バズーカを肩に担いだマスコットの口から空気が漏れた。熱交換の為の冷却に過ぎなかったが、周りに誰かいれば、普通の息に見えているだろう。


「倒した、ようだね」


 ネコポンの眼前には、無惨な姿になったミュージアムコーンが哀しく佇んでいた。


 恐らくジョンは生きていないだろう。爆発エネルギー弾に当たったか、ガラス片に当たったか。


 ネコポンはその場を離れようと後ろを向いた。


「野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 雄叫びが近づいてきた。




*************************************




「野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」




 すれ違いざまにネコポンの体を攫う。


 俺はその体を小脇に抱え、そのまま走る。ヤツが両手を使えないよう、腕を縛るように抱え込んだ状態で。


「なっ」


「さっきはご苦労さん。次はお前の番だぜ」


 そのままガラス屋根とは別の階段に入る。


「な、なんで?」


「お前のエネルギー爆弾は俺の後ろで爆発した。お陰でガラスから逃げきれたぜ」


 階段を下りきり、右へ方向転換。


 ネコポンが必死で両腕を解放しようとしている。


「くっ、この、この!」


「あと少しだぜ、お前の処刑場までな」


「嫌だ、嫌だ!ボクは勝たなくちゃいけないんだ!」


「どうせ俺の脱落シーンを想像して帰ろうとしてたんだろ?それが敗因だ」


「何を言ってるんだ?」


「お前の油断を突けた。そしてお前は同じ目に合う。俺との違いは、そのままガラスに巻き込まれる事だ」


 1分もかからないうちに、アリーナの見える位置まで辿り着いた。


 アリーナの方向へ、ネコポンを放り投げる。


 ネコポンの体は――しかし地表には到達しなかった。


「未来道具『バグライダー』……っ!」


 バグライダーがヤツの背中に装着され、ヤツの体を浮き上がらせてしまった。


 こっちに来る前に撃ち落としてやりたい所だ。


「来いよ」


 挑発し、M870を構える。銃口をネコポンに向け、引き金を引いた。


 だが銃弾は全て避けられてしまった。


「それだけかい?こんな所に連れてきて、やりたいことがそれだけかい?」


「五月蠅え黙れ!」


 銃弾、銃弾、銃弾。


 3セット撃った所で弾切れになってしまった。


「クソッ!」


 俺はウィンドウを開き、『インベントリ』と書かれた箇所をタップした。


 インベントリ。簡単に言えば『アイテムメニュー』。


 数々の銃弾が枠を埋め尽くしていた――左上を除いて。


「……!」


『Rocket Launcher M72 LAW』


 それは軍でも世話になっていたロケットランチャーだった。


 そして俺の脳が、たった一つ、冴えた賭けを編み出した。


 俺はロケットランチャーを呼び出し、砲口をネコポンとは違う方向――アリーナの屋根を支える支柱に向けた。


 引き金を引く。


 ロケット弾が支柱に体当たりし、炎の花を咲かせた。


「どこを狙って撃っているんだい?」


 ネコポンが嘲笑いながら言う。


 俺はヤツよりやや低めのトーンで返した。


「……お前の脱落を狙ってな」




*************************************




 ロケット弾が、支柱を時計回りに攻撃していく。


 残り1本、という所でネコポンは気付いてしまった。




 ジョンが、地形を利用して戦っている事に。




 支えきれなくなった屋根が、重力に従って崩落していく。




 ネコポンは恐怖に顔を歪め――てはいなかった。それどころか、より一層ジョンを嘲笑うようだった。


「未来道具『重力シール』」


 その手に、1枚の紙きれが握られていた。ネコポンはそれを1層ずつに分け、屋根に貼り付けた。




「やったか!?」


 次の瞬間、屋根が上へ上へと引っ張られ始めた。本来の重力もジョンの作戦も無視して、ヘリウム風船のように浮かんでいく。


「おいおい……ウソ、だろ……」




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 これは無いぜ……。重力をいじって屋根の崩落を止めた、なんてよ……。


 こうなりゃ、最終手段に持ち込むしかない。


 これは賭けだ。




 俺はインベントリにLAWをしまい、M9銃剣をM16に着けて手に持った。そしてアリーナに続く階段を駆け下りる。


「屋根で潰すのに失敗したからって最後は銃を持って突撃とはね……とんだバカだよ貴方は!」


 ネコポンがこっちに気づいちまった。だが止まってはいられねえ、ここで止まっちゃあ、次の瞬間にゃジ・エンドだ。


「バカって言う奴がバカだって証明してやらあこの大バカ野郎!」


 銃を撃ちまくる。当たる確率を上げる為、バラバラな方向に撃つ。それと並行で俺が走る。


「やはりバカだと証明されるのは貴方だったよ!」


 ネコポンはマインドバズーカを構え、俺に向けた。


 それが、ヤツの失敗となった。


 パシュンPTOOM、という音が俺にも聞こえたような気がした。


「うあっ!?」


 ヤツのバグライダーに弾が当たったらしい。


 バグライダーの飛行能力を失ったネコポンがそのまま落下していく。


 ネコポンの体が床に叩きつけられた。


「ぐえっ!」


 そして俺は銃剣をネコポンに突き立てるべく。銃剣をネコポンに向けて全力で走った。


「残念だったな、やっぱりお前の方がバカだったよ!」


 俺の銃剣がネコポンを突く。




 痛みが走り、悶え苦しむ。


 地獄のような痛み。それを感じた――。




 ――ネコポンではなく、俺が。




「ぐああああああああっ!!」




 俺の脇腹から――血が出ていた。


 俺が銃剣を刺した場所は、ネコポンの脇腹。胸に刺すつもりだったが。ヤツにもまだ避ける余力はあったらしい。


 だが問題はそこじゃない。


 ネコポンの脇腹に銃剣が刺さったはずが、俺の脇腹から血が出ている。


 幸い、内臓にダメージは感じられない。


 だが何かがおかしい。




 ふと俺の痛みが、痛みじゃない違和感にかき消された。


 俺はネコポンの手を見た。何も持っていない。


 またネコポンは未来道具を使う時、決まってその道具名を宣言してくる。フリーサイズ・シールドの効果かと思ったが、ヤツは道具宣言をしていない。




 だとすると、これは何なんだ?


 この現象を考えていたその時、ネコポンの声が聞こえた。




 「遂に、ボクを攻撃したんだね」




*************************************




 場に広がる殺気。


「まさか一般軍人の貴方がここまでやるとは、驚いたよ」


 その声は喜んでいるように聞こえた。だが、どこまでも深く黒い何かを帯びていた。


 何より、。先程の癖の強い声は跡形も無くなり、艶のある、流れるような声に変わっていた。


「お、お前……」


「貴方は考えているね、『ネコポンを攻撃したはずなのになぜ俺がダメージを受けるのか』って」


 ジョンの顔に一抹の光沢が走る。


「おいおい……分かるのかよ……。未来道具も使ってないハズなのに……。あとその声はどうした、お前じゃないみたいだ……ハッ!」


「どうしたんだい?」



 ネコポンの顔が強張こわばった。


「……フフ……フッフッフ……ハハハハハハハハハ!」


 唐突の三段笑い。その顔もそれに見合う表情になっていた。声だけが、余りにも見合わなかった。


「――そうだよ」


「っ――!」






「ボクの名前はネコポンじゃない。『N・ジェネシス』だ」






 マスコットの体から、生物と思しき触手が現れた。手のひらから、足の裏から、膝に当たる部分から、そして肩から。可愛らしい丸顔からはドラゴンの頭蓋骨のような、先端が尖った流線形の頭が飛び出し、マスコットの体が装甲として触手を守るように変形した。




 ものの数秒で、可愛らしい2頭身のマスコットが8本足の怪物に変身した。




「…………」


 ジョンは言葉も出せなかった。


 目の前の怪物は、5メートルはあろうかという大きさだった。四面体に近い頭部の左右では眼がそれぞれ2つずつ、光を灯している。4本の触手で立ち、残りの4本はジョンに向けられている。直径は30センチ程だろうか。冷血さの象徴たる装甲が生々しい触手を包み、まるで戦争の為に生きているように思わせている。


 人を恐怖させるには、もうこれだけで十分だった。


「なんだい、ジョンさん」冷血といった質感の声でジェネシスが言う。「そんなのパンフレットに載ってなかったぞ、って?」


「……」


 ジョンは口を開いたまま、無意識に首を縦に振っていた。


「ふ~ん。まあ、貴方がボクをこんな姿にしたんだ、殺す前に教えてあげよう」


「……」


 ジョンの開いた口は未だ塞がらない。そしてその口から声が出る事も無かった。


「あのマスコットの姿、あれは『地球人の為の姿』なんだよ」




*************************************




「ボクは地球人からしてみれば『異星人』に当たるんだ。ボクの故郷はラーケン星。地球人から見て、くじら座タウ星に位置する惑星さ。惑星全体が大軍事国家で、他の星への侵略を主な政策としているよ。ボクの世界の地球もまた侵略対象さ。侵略する時、ボク達はその惑星で評価されるものに擬態して現地人の信頼を得、その現地人を利用して惑星の勢力図を塗り替える、という方式を取っている。でもボクが担当している生天目 亜輝太、彼は地球人としてとてつもない出来損ないだった」




*************************************




「ボクは『未来道具』という名目でラーケン星のツールを使う他に、『異能』も使えるんだ。なんでも、っていうものでね。限度はあるけど、くらい朝飯前だよ」


「……マジで言ってんのか……?」ジョンがやっと口を開いた。「そこまで聞くと、お前、絶対ヴィランの類じゃねえか……ここは『ヒーロー』の大会だぞ……」


「いや、ボクはいつかラーケン星の『ヒーロー』になる」ジェネシスが重く言う。「その為に亜輝太くんを強くする必要があるんだ」


「じゃあ異能を使えば――」


「それも試した」ジェネシスはより一層哀しげに言う。「だけどあの子は強くならなかった。勉強でも、運動でも。だから優勝して、願いで亜輝太くんを強くする。そうなりゃ『功労者』としてあの子も幸せになる。その為にボクは残ったんだ」


「五月蠅えよ……」ジョンは出血を手で抑え、よろめきながらも立ち上がった。「全部お前らの星の為じゃねえかよ……。俺の願いが見たらどんな顔するかな」


「へえ……」


「俺は1000億ドルを願いで手に入れようとしてる。だが俺の為じゃねえ。俺と一緒に働いてる、大切な親友BROの為だ」


 言ってMP5をジェネシスに向けるジョン。それを見て、ジェネシスは左の触手を右に向ける。


「いいよ、撃ってごらんよ」


 ジョンはMP5のトリガーを引いた。引けなかった。




 トリガーが引かれるよりも速く、触手がジョンの体に到達した。


 そのスピードが運動エネルギーとしてジョンに伝わり、ジョンの体がほぼ同じスピードで水平に飛ぶ。


「ぐうっ」


 それを見逃さず、次の触手が上からジョンを襲う。触手と共に、ジョンは地面に叩きつけられた。


「がはっ……」


「もう終わりかい?その銃で触手を撃てばいいのに」


「……そんな事したら俺にダメージが来るんだろ?」


「ふ~ん……じゃあ、ボクが直接殺すしかないね」


 地面に叩きつけられた触手がそのままジョンを巻き取る。そして勢いよく触手が振るわれ、ジョンはほぼ同じスピードでアリーナの壁に投げつけられた。


「ぐあはっ……!」




*************************************




 何なんだ、この戦闘力!


 火星人みてえな見た目して、アイツ、こんな重力下をもろともしてねえなんて……!


「痛いだろう、苦しいだろう、それが答えの1つだよ。貴方がさっき疑問にしていた、なぜボクが『殺す』だの『死ぬ』だのと言っているか、っていう事のね」


 そこで確信出来ていたら、俺はこの先も苦しまなくて済んだだろう。


 だが愚かな俺は、降参しようとしていた。ウィンドウを開いて。


 そして、気づいた。




 Player Status


 Inventory


 Map


 Contact


 Help




 俺のウィンドウにQuit降参の文字が無かった。




「な……何だよ……おい、おい!」


 これまでの人生でこんなに動揺した事は無い。


 いくら試しても、Quitの文字は出なかった。それが見られていたのか、ジェネシスのほくそ笑む声が微かに聞こえた。


「……フッ……」


「これはどういうことだよオイ!」俺は後ろを振り向き、ジェネシスに向かって叫んだ。「降参のコマンドが出てねえじゃねえか!これじゃ戦いを放棄できねえ!」


「そうだよ。それが2つ目の答え」


「その言い方……まさかお前がやったのか?」俺でも分かるくらい、その声は震えていた。色々な感情が内臓全体を駆け巡る。「答えろよ!お前が妨害してるだけだろ!」


「ボクは何もやってないよ」ジェネシスは流れるように否定した。「むしろボクも――いや、なってるだろうね」


 あまりの発言に、俺は立ち上がろうとする足を精神的に凍らされてしまった。


 そして、衝撃的な答えが返ってきた。


 それは俺の、人生で最も絶望感を感じた日となり、それは俺の、これからの苦悩の始まりだった。




「そう、ボク達はもう後戻り出来ないんだよ。そのなまの肉体が死んだら、そのまま死んだ状態で元の世界に帰るか、ここでほったらかしにされるか。たったそれだけ」




 空いた口が、暫く塞がらなかった。


 これは、『ヒーロー達による殺し合い』だったのか……?


 更なる黒い感情に飲み込まれそうになる。


「だからジョンさんは、もう死ぬしかなくなる。一般人として特殊能力者に交じって戦おうとした度胸は認めるよ。ボク共々『騙されて』って形になるけどね。でも、不運にも『死』を突き付けられた。これじゃ友達にも永久に会えないだろうね」


 ジェネシスが悲しげに、しかし淡々と話すのが聞こえる。


「お前……この戦いが終わったら……まさか他の世界を侵略するつもりじゃねえだろうな?」


「まさか」震える俺の声とは違い、滑らかにジェネシスが返す。「ボクはボクの世界だけラーケン星が手中に収めれば十分だよ。もっとも、『大皇帝』様が他の世界を欲したらまた別の話になるだろうけど」




*************************************




 走馬灯、という言葉を以前ケントに教えてもらった。


「『ソウマトウ』?島か塔の名前か?」


「違うよ。これは英語で言うと『Flashbackフラッシュバック』っていうんだけどね、死にかけた時に見るフラッシュバックだから、『デス・フラッシュバック』とでも言った方がいいかな?」


「ほえ~、成程な」




 今、俺が見ていたのが、まさにそれだった。。




 ケント、タケシ、ジョナサン、マイク、大学時代の元カノ、高校時代のヤンチャ仲間、アメリカに住んでる俺の両親。


 色々な連中が俺の目の前に現れては消え、同じ事を数回繰り返していた。


 ダンスパーティーの夜の出来事や初めてテレビゲームを遊んだ日の事など、色々な景色も一緒に映っていた。




 俺は考えてみた。


 もし、俺達の地球がアイツらに狙われたらどうすんだ?当然、俺達には成す術も無いだろう。


 そしたら、俺の大切な連中も、酷い目に合わされるかもしれない。


 それだけは絶対に嫌だった。


 軍人になったのは、金の為だけじゃなかった。『人を守る為』。それが俺の目的だった。


 あんなヤツに、地球を侵略させてはならない。


 それに、地球には大切な思い出がある。


 今アイツを倒す事が、それを守る事に繋がるだろう――。




 俺は覚悟を決めた。




*************************************




 俺はゆっくりと、痛みと恐怖の走る体を、それ以上の怒りと使命感で起こした。


「まだ立ち上がる余力があるとはね」


「当たり……前だ……俺は……軍人だぞ……!」


「そうか忘れてたよ、ジョンさんは軍人だったねえ!ならどっちの使命が勝つか、勝負といこうじゃないか!」


 俺のM16がジェネシスに向けられる。ジェネシスの触手が俺に向けられる。




 ジェネシスの触手が先に動いた。


 俺は迎え撃とうとはしなかった。今ヤツを攻撃しても、ダメージが跳ね返ってくる。どうにかヤツの方にダメージを与える方法が出るまで、俺は逃げ続けるしかない。


 俺は横に跳んだ。触手の先が地面にめり込む。だがもう1本の腕が俺を待ち構えていた。


 運がいい事に、俺は後ろへ転び、その触手を逃れた。だが不幸にも、次の触手が上に来ている。


 俺は横に回転してそれを避ける。腕を使って、反動で体を起こす。


「いくら避けても、ボクに攻撃する手段が無くちゃどうしようもないね」


「五月蠅え!絶対見つけ出してお前の野望を止めて見せるからな!」


 相変わらずアイツの声は涼しげでムカつく。或いはそれを狙ってるのか。


 そう考えてると、触手が左右から2本ずつ迫ってくる。挟まれれば俺の4分割死体が完成だ。だが逃げ場が無え。まっすぐ行こうとしても地面がベルトコンベアみたいになって進めねえ。


 俺は覚悟を決め、敢えて倒れてみた。背中が軋む。痛い。


 最も下の触手が俺を薙ぎ払う。十分痛い。だが、これで4分割死体にならずに済んだ。


 その時、ある予感がした。有効な攻撃方法が、もはや常識の類だった、という予感だった。


 俺は銃剣を装甲の隙間に差し込んでみた。




 ジェネシスの呻き声がした。


 銃剣を確認しようとしたが、触手から俺の体が離れて見る事が出来なかった。俺の体が地面に叩きつけられ、胴体全体が激しく軋む。


 痛みに耐えながら、俺はジェネシスを見た。




 涼しげな声のジェネシスはそこにいなかった。


 驚いた事が完璧に分かる声で、自分の触手を見ては呻いていた。


「よくも」ジェネシスがこっちを向いた。そして震える声でこう言った。「ボクの体に傷をつけられたもんだな……!」


「そうか……それがお前の弱点なんだなあ!」




 ジェネシスの弱点。それはあの装甲が覆っていない箇所だった。


 ネコポンがジェネシスに変化する時、ネコポンとしての着ぐるみが装甲となっていた。俺が銃剣で攻撃してダメージを受けた時、ヤツはまだネコポンだった。装甲が、ダメージを跳ね返していたのだ。正確には装甲に入るダメージのエネルギーを、そのまま俺の体に伝えていたって事だ。『半径10メートルの現象を操る異能』と言っていたが、それを利用する為の装甲だったんだろう。


 だがジェネシスになって、『タコ』として戦う為にどうしても『関節』が出来てしまった。そこを攻撃されちまえば、伝えるエネルギーを正確に判断できずにダメージを食らう。


 そう思って攻撃を仕掛けたら、どうやら当たりだったようだ。




「この……こうなったら、やるか」


 突然、ジェネシスが触手から火の玉を生成した。これも現象操作の異能なんだろうと思ったが、考える時間は無かった。なぜなら、普通は俺を狙うから。


 


 ジェネシスが火の玉を投げたのは、だった。


 同時にジェネシスが4本の触手でジャンプし、建物の中へ逃げ込んだ。


 もう降参か?と思った。だが違った。


 俺は忘れていた。俺がネコポンを潰そうとして崩落させた屋根が、重力操作の上に浮かんでいた事を。


 ヤツはいつでも、やろうと思えばできただろう。だが自分が潰れるのが嫌で、いつまでも俺が死ななかった時の最終手段にしてたのだろう。




 影が急激に大きくなる。俺を潰そうとする、さっきの屋根の影だった。




 俺は力を全部振り絞って走り出した。


 その5秒後、屋根が地面に叩きつけられた。瓦礫が辺りに飛び散った。


 


 その轟音を聞きながら、俺は逃げるように室内へ入った。




 家具店と靴屋とレディースファッションショップに囲まれて、ジェネシスがうずくまっていた。


「フゥ、フゥ、フゥ……これで良し」


 嫌な予感が寒気として俺の背中を襲った。


「ジョンさんか」ジェネシスがこっちを見た。「傷なら、もう治ったよ」




「おい……」


「半径10メートルの現象を操る能力。それはボクも操られる対象に入ってるよ」


 何を言ってるのか、理解したくなかった。だが理解できちまっていた。


「ボクの傷が塞がるスピードをいじったのさ。貴方のダメージくらい、いくらでもしのげる」

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