第27話 会うための理由

 鉄雄は芽依のいる時間には帰って来なくなったし、芽依は時間が合えば、健人とお茶をして帰ったりするようになった。でも目の前にいる健人と話していても、サークルの話、大学の授業、差し迫った提出課題の話は別世界の話で芽依はただ相槌を打つだけだった。

「今度、サークルの仲間でキャンプするんだけど、一緒に行かない?」と誘われた時は芽依は困った顔で「次の日仕事だから…」と断るしかなかった。

 健人もそう言うと、無理強いすることはなかった。


 髪の毛を切った翌日、仕事に行ったが、仕事先ではすっぽり髪の毛を覆う帽子を被っているので、誰にも何も言われなかった。着替える時に、村上さんに「思い切ったわねぇ」と笑われたくらいで、健人もバイト中は全然、分からなかったみたいだった。

 芽依は健人に告白されたものの、返事をした方がいいのか分からなかったが、あえて自分からアクションを起こす気分になれなかったし、健人もそれ以上、何も言って来なかった。仕事が終わった時、急に雨が降り出し、芽依は傘を撮りに帰るか、このまま駅まで走って帰るか従業員入口で悩んでいた。もう傘を取り戻るのが面倒なのと、濡れてもいいかなと、どうでも良い気持ちもあった。

「雨かぁ…困りますね」と声をかけられたので、横を見ると、健人だった。

 健人は芽依だと分からないまま話しかけたみたいで、芽依だと分かって、一瞬、固まっていた。

「…あ」

「バイクですもんね」

「あ、髪、切ったんだ」

「そうなの」と言って、芽依は短くなった髪を少し触った。

「どうして?」

「失恋しちゃった」と言って笑った。

 もう笑うしかない、と芽依は思って笑ったけど、涙が溢れそうだったので、健人から視線を外して前を見た。

「…あの。雨だし、お茶でもどうかな」と健人から誘ってくれたので、芽依は頷いた。

 雨は本格的に降り出して、いつものファーストフード店でお茶をすることにした。ポテトを健人が奢ってくれた。

「ありがとう」

「ううん。なんか…。こんなことしても」

「そんなことないよ。ありがとう」と芽依はお礼を言った。

 健人に慰めてもらう資格もない気がしたけれど、芽依は素直に受け取ることにした。

「小林くんの焼きそば持って行ったら、付き合ってみたらって言われちゃって」

「え?」

「でも…。私、失恋して切ったんじゃなくて、本当は少しでも男の子に見られるかなって思ったんだけど。…やっぱり無理だったみたい」と言うと、芽依は涙が抑えきれなくなった。

 目の前にハンカチを差し出されたけど、それがとても高級ハンカチだったので、芽依は何だか受け取りにくかった。慌てて自分のカバンからハンカチを出した。

「…そんな理由で」

「髪の毛はスッキリしたからいいの」と涙を拭いて、笑ってみた。

「似合ってるよ」

 無理して笑っている芽依を見ていると、健人はなんとも言えないいじらしい気持ちが湧き上がってくる。

「もうそこから一度も会えてないし…」

「…そっか。じゃあ、たまには…僕とお茶行ったりしてくれる?」

 芽依は健人に驚いた。

「私と?」

「うん」

「私のどこが?」

「なんて言うか、一生懸命なところに惹かれて」

「それは誰だって、そうだよ。生きていくのにみんな頑張ってると思うし…」

「うん。まぁ、でも周りは大学生だからまだそんなでもないかな。石川さんは…あの芽依ちゃんって呼んでもいい?」

「え? はい」と思わず声が上ずった。

「芽依ちゃんの夢ってあるの?」

「夢ですか…。あの…本当に恥ずかしいんですけど。結婚して、自分の家族がいたら幸せだなって思ってて」

「え? 結婚?」

「結婚…です。家族がいて、働いて、毎日一緒で…それで幸せな時間を過ごすのが夢です」

 健人の周りでそんなことを言う女の子はいなかった。同じ年で、健人はまだまだ結婚なんて考える気持ちになれない。これから社会に出て、いろんな経験をして、もちろん結婚だって、その先にあるとは思うけれど、それが唯一のゴールでもない。

「だから小林さんとは何だか違う世界にいる気がしてます」

「…違う世界だけど…。そうかもしれないけど、たまに話ができたら嬉しい」

 人恋しくなっていた芽依はそう言われて、頷いた。それに鉄雄にデートする、と宣言したのもあって、お茶に行くくらいはしなければいけないような気がした。


 そう言うわけで時間が合えばお茶をしていたのだが、芽依は何だか申し訳ない気持ちになってきた。特に健人の話に何か共感できることもないし、何か話題を振ることもできない。鉄雄と一緒の時はそんなことなかったのにな…と思いつつ、時間を以て余すような居心地の悪さもあった。

「じゃあ、日帰りだったら行ける?」

「え? 近くだったら…」

「どこか行きたいところある?」

 芽依はどこに行きたいと聞かれても、特に思いつかなかった。鉄雄に連れて行かれたパチンコはもう二度と行きたくないし…と思案していると、ふと以前、鉄雄と一緒にいた時に「植物園に行きたい」と言ったことを思い出した。

「植物園に…行ってみたいです」

「植物園?」

「はい。たくさん…植物見てみたくて」

「分かった行こう。次の芽依ちゃんの休みの日に」と健人は笑った。

 芽依はついにデートまですることになった、と心の中で思ったが、もう鉄雄に伝えることはない。

「いいんですか?」

「もちろん。こっちこそ、本当にいい? 僕で」

「そんな…私こそ…お願いします」と言って頭を下げた。


 サブローは鉄雄が花の仕事を受けているのを横目で見ながら、自分は新店舗の店長になれると、喜んでいた。鉄雄は才能があるから、羨ましくも思うが、自分には才能がないから努力だけは続けてきた。報われる日が来るなんて思いもしなかった。鉄雄はカフェ店内で結婚雑誌の人と打ち合わせをしている。ウェディングブーケ特集の花を作るらしい。

 店長としての自覚を持つべく、サブローはにこやかに接客もできるようになってきた。今までは割と好き嫌いがはっきりでてしまう態度だったのだが、最近は雰囲気も柔らかくなって、客も喜んでくれた。

 今日は雨のせいかお客も少なかったので、鉄雄のうち合わせしているテーブルにおかわりのコーヒーを運んだ。

「ありがとうございます。イケメンですね」と編集者がお世辞を言ってくれた。

「まぁ、嬉しい言葉、ありがとうございます。綺麗なモデルさんの写真…」とテーブルに並べられた眺める。

「この特集はモデルさんですけど、読者さんにもお願いしたりしてますよ。ご結婚予定あれば、ぜひ出てくださいね」と言うと、「わぁ、結婚したい。相手がいないけど」とサブローは黄色い声を上げた。

「今からすぐに探しに行こうかなー」とサブロはウキウキした調子で言いながら、カウンターに戻った。

「楽しい方ですね」

「最近はそんな感じみたい」と鉄雄は言いながら、ウエディングドレスを着たモデルを見る。

 それに合わせてブーケを用意するのだけれど、モデルがショートカットだったので、芽依のことを思い出した。

「あのさ…さっき言ってた読者モデル…結婚の予定はないんだけど、結婚に憧れてる子がいるんだけど…使えないかな?」

「お知り合いですか? いいですよ? その方…彼氏いますか?」

「あ、どうかな?」と鉄雄は最近、会っていない芽依のことを考えていた。

「まぁ、いなかったら、適当に用意してもいいですし。今度の撮影の時、連れてきてくだされば…」

 お礼を言いながら、鉄雄は芽依に会う理由を探していたような気がした。

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