第14話 なかまに して あげますか
健人と別れてから、芽依は部屋に戻り、お湯を沸かした。
『僕も仲間に入れて欲しい』
その言葉の意味を理解したような、できなかったような曖昧な気持ちになって、芽依は困った。お湯が沸いた時、芽依は紅茶のパックを切らしていて、そしてまだ買っていないことを思い出して自分にため息をついた。仕方なくそのままのお湯を飲むことにする。美容で白湯を飲むモデルがいるのに、芽依は買い忘れで白湯を飲むしかなかった。
健人が突然、
「僕が入る隙はなさそう?」と言った。
「それって…どう言うこと?」と怪訝な顔をする芽依に健人は慌てたように言った。
「…僕も…そう言う関係になれたらいいなぁと思って」
「そう言う関係?」
「信頼関係だけの…僕も仲間に入れて欲しい」
瞬時に芽依の頭の中には有名なロールプレイングゲームの『なかまに してあげますか?』という言葉が浮かんできた。
でも健人を見ている限りは特に『なかまに なりたそうに こちらをみている!』と言う訳ではなさそうな気もした。
「私の一存では…」と返答しながら、どうしてすぐに『はい』が選択できなかったのだろう、と思った。別に友達になりたいという人の誘いをそんなに重く考えなくてもいいのではないか、と思いながら、小学生になった気持ちになった。小学生の頃、仲のいい女の子と一緒に遊んでいた時に、部外者が入ってきたような何とも言えない気持ち。本当は二人だけで遊んでいたいのに、そこに「一緒に遊ぼ」と言われた時の、胸の中に広がる薄い嫌悪感。小学校の時はそれを抱えながらも、そのまま遊ぶことができたのに、今はそんなこともできなくなるくらい自分は汚れてしまったのだろうか、と白湯を飲みながらため息をついた。
インターフォンが鳴って、見ると小さな小花が集まった花が見える。
「お帰りなさい」と芽依が扉を開けると、ガラスに入ったヒヤシンスを持った鉄雄がいた。
「ただいまー。今日は昼のお仕事があったから、くたくたよー」と言いながらヒヤシンスを芽依に渡す。
「これ?」
「頂いたの。お仕事先から」
「お仕事先?」
「新しい洋服屋さんのイベントがあるから、花を飾って欲しいって言われて」
「お花の仕事もしてるんですか?」
「まぁ…ね。たまに依頼されたらするわよ」
芽依は薄紫の小さなヒヤシンスを手にして嬉しくなった。花を買うなんて思いもしなかったけど、家にあるだけで何だか気持ちが明るくなる。鉄雄はテーブルに置かれているパンの袋の中身を早速確認している。
「あら? 何、これ? 可愛い」とお雛様パンを取り出した。
「…これはあの…この間、来た部長の息子が鉄雄さんにって」
「私に? え? 惚れられたのかな?」と少し弾んだ声で言った。
ちょっとその声に恨めしく思って「仲間になりたいって言ってました」と付け加えた。
「えー? 仲間ぁ? 何それ?」
「なかま に して あげ ま す か?」と芽依は片言で言ってみた。
「襲っちゃうけど、いいかな?」と両手を胸のところで合わせて、何故か可愛いポーズを取りながら言う。
芽依はそのポーズに思わず笑ってしまう。
「ねぇ、それよりこのパン、可愛くて食べられないんですけどぉ」とそのままふざけた様子で大きな口を開ける。
「あー、お尻から食べてください」と芽依は慌てて止めた。
「どうしてよ?」
「それが良心だからです」
「何それー」と言いながらも、鉄雄は芽依の言う通りに下から食べてくれた。
「どこに置こうかなぁ」
芽依はガラスの器に入ったヒヤシンスを見ながら、うっとりと想像した。どんなお店か分からないけれど、きっと美しい花に囲まれて素敵な空間になっているはずだ。
「あ、どうして一つだけ持って帰ってきたんですか?」
「それはモンプチラパンが喜ぶかなぁ…って思ったから」
そう思ってくれたことに、芽依は嬉しくなった。プレゼントは物も嬉しいけれど、それを贈ってくれた人の気持ちが何より嬉しい。そう思って、芽依は本当にどこに置けば綺麗か、考えて狭い部屋をぐるぐる動き回った。
「ちょっと…落ち着きなさいよ」
「だってどこに置いたら一番可愛いか…」
「そこしかないわよ」と台所の窓を指す。
言われたところに置くと、ガラスの瓶に光が差して、花も瓶の中の水も透明感が出て綺麗に見える。
「わぁ、さすが鉄雄さんですね。きっとお店は素敵になったんでしょうねぇ」
芽依がひとしきり感動していると、「明日、お店に行く?」と鉄雄は言った。
「明日のイベントの招待状もらったんだけど、面倒臭くて行かないつもりだったの。でもプチラパンとだったら楽しそうね」
芽依は嬉しくて、思わず飛び跳ねたくなった。その様子を見て、鉄雄は笑いを堪えていた。
「私、ちょっと紅茶を買いに行ってきます」と言って、芽依は部屋を飛び出した。
飛び跳ねたくても、階下の人に迷惑なので、芽依はスーパーまで走って行くことにした。鉄雄とパチンコ以外のお出かけも嬉しいし、何より鉄雄の昼の仕事というものがどういうものか目で見れるのも楽しみだった。そしてそれは間違いなく美しくて素敵なものに違いなかったから。
芽依に「おやすみなさい」と言ってから鉄雄は夜の仕事に出かける。今日は昼間に眠れなかったから、お客が少ないといいな、と思いながら店に出た。店にはサブローが出ていた。
「おそよう」とサブローに言われて、時計を見る。
事前に連絡していたが、確かに十分遅刻していた。客は二、三人しか入っておらず、サブローは退屈そうにグラスを磨き上げていた。
「おそよう」
「あんた、まだあの子と家族ごっこしてるの?」というサブローを見て、ため息をついた。
「必要なのよ。あの子も、あたしも」
「傷の舐め合いしてるだけじゃないの?」と馬鹿にしたように笑う。
確かにそうかもしれない。でも今はお互いが必要だと思っている。特に鉄雄にとってはなくてはならない存在だ。
「いつまでそうしてるつもり? あんた、あの子を捨てられるの?」
「捨てる?」
「本気になられたらどうするの? あんた、結婚できるの?」
つい先日、誰かに言った言葉が自分に返ってきた。
「本気で愛することもできないのに、なんで優しくしてんのか、さっぱり分かんない」と言って、またグラスを拭き始める。
曇りひとつないグラスを並べ続けるサブローに返す言葉がなかった。
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