第15話 残された者たち



 マリアがローマのヴァチカン市国へ帰って1週間後に、1人の男が教会にやって来た。異端審問会から派遣されてやって来たハンターであった。

 マリアを帰国させる代わりに、新たに補充を送る――とのことであったが、ようやくである。


「レオン・マーカスです。よろしくお願いします」


 礼儀正しく頭を垂れ、そう名乗った男は20代。ところが、経歴を詳しく聞くと、彼は新人に毛が生えた程度であった。

 ベテランのハンターと組ませることによって、彼に経験を積ませる。どうやら、それが上層部の狙いで、実質的に研修を兼ねていたようだ。


「2人、来る――って聞いてたんだけど?」


 エリスとリックは顔を見合わせ、疑問を口にした。補充は2人のはずだ。だが、レオンは首を振るばかり。『行け』という命令を受けて来ただけで、詳細は知らないと言う。


「坊やと組んでも仕方ない」


 リックは、新人の面倒を見るのは御免だと、彼の世話をエリスに押し付けた。ウィリアムとは酒飲み同士として馬が合ったものの、元来は気ままな単独行動を好む性格だったからだ。

 それに対して、元々の気質が姉御肌のエリスは、渋々ながらもレオンと組み、何かと甲斐甲斐しく、この新人の世話を焼いた。


「サム・ハモンドだ。俺の邪魔はせんでくれよ」


 レオンが派遣されてから5日後、遅れてやって来た2人目は、年の頃40代半ばのベテラン。彼は会うなり、ぶっきらぼうな口振りで名乗り、継いで『邪魔はするなよ』と言った。そのぞんざいな物言いに、エリスとリック、それに新人のレオンまでが、これでは先が思いやられる――と顔を曇らせた。

 勿体ぶったように微妙な日数を遅れて来たのは、ベテランらしい風を装うためか。その割には、落ち着きがないようにエリスには見受けられた。


 サムはベテランとの触れ込みであったが、それゆえにマリアの報告やエリスやリックの意見に耳を貸さず、単独行動を採った。


 そして、11月8日。正確には前日からであるが、事件は起きた。

 サムは7日の夜に出かけたきり、教会へ帰って来ることはなかった。彼は8日になって、遺体で発見された。死因は、首筋を切断されたことによる失血死だった。


 リックは、彼の死を確認した直後、姿を消した。この件から、のである。口には出さなかったが、自らの武器である銃が、ランドに通用しなかったことが主な理由であった。勝てない――との判断であろう。

 それでも、サムが死亡するまでここに居続けたのは、マリアとエリスに対する義理と、サムの実力が分からなかったからである。補充される人員の能力次第では、対ランド戦でも何とかなる可能性も残っていた。

 しかし、サムは能力の片鱗も見せることなく死んでしまい、もう1人は頼りない新人である。これでは、話にならない。


 リックが去るまでに、エリスは物憂げな彼を何度も見ていた。その様子から、リックが降りそうだ――とエリスは薄々、察していた。

 命あっての物種だ。決して、責められるものではない。ランドと自分の力量とを推し量って下した、賢明な判断と言えた。

 

 エリスは仕方なく、残された〝新人〟のレオンと行動を共にした。しかし、経験の少ない相棒では何事にも不便であった。ランドの行方を探るだけでも、むやみに手間取った。


 8日の昼に、2人は街へと出かけた。もちろん、ランド捜索のためである。その潜伏先として目星をつけていた場所へ向かい、探ろうとしたのだ。

 エリスたちは二手に別れ、街外れの古びた倉庫を見張った。何事もなく1時間半が経過した頃、突如としてレオンの背後から声が掛かった。

 

「新人さん、今晩は」

「!?」


 驚き振り向いたレオンは、誰何の声を発する間もなく、首筋を切り裂かれた。薄れゆく意識の中で、それでも噴き出す血を止めようとレオンは首に手をやった。その手を掴み、ランドは非情にも背後の運河にレオンを投げ込んだ。


 ドボン、と大きな物が運河に落ちる音に気付いたエリスが眉を顰めた。水音がしたのは、レオンが張っていた方角だった。心配になり、見に行くべきか――とエリスは迷った。その迷いが――警戒心を散漫にしたのだろう。


「今晩は。エリスさん」


 驚愕して振り返ったエリスの前に、帽子を取り、微笑を浮かべて挨拶をするランドの姿があった。ランドの表情は微笑んでいたが、ただ、その眼は笑っていなかった。

 ランドの眼を見たエリスは、自分の迂闊さにほぞを噛んだ。


(ごめん、マリア。約束……守れそうにないわ)


 この期に及んで、エリスの心に浮かんだのは、そんな言葉だった。



 

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