5
ライル山脈は、厳しい気候が特徴の王国屈指の山脈である。
そのせいか人はあまり訪れず、魔獣の棲家となっていた。
(――経験値を稼ぐには、ここがもってこいかな)
ナオは躊躇なく足を踏み入れ、雪の絶壁を登る。
途中で何体か魔物に出会った。全部が氷属性であるため、ナオは抜いた剣に炎を軽くまとわせる。
一匹、二匹と確実に息の根を止めていった。
魔石が残るとそれを回収する。
「……あ、ギルドにもよらないと」
思えばギルドには五年半以上も訪れていない。もうそろそろ行かないとクリフがしびれを切らしていそうだ。
「んー……別にまた今度でもいいかな?」
ギルドまで結構な距離もある。今から引き返そうにも面倒くさい。
歩いて中腹まで登ると、突出した岩に腰掛けて一休みをする。そしてまた登り始める。
その繰り返し。
日が翳ってきたら洞窟を探して寝床にした。魔獣が近寄らないように結界を張って眠りにつく。
朝になると、雪原特有の澄んだ空気を取り入れてあるき出す。
襲いかかってくる魔獣を倒し、山頂付近に来た時、他の洞窟よりも一際大きな洞窟を見つけた。
中に入ると、ひんやりとしていた。多分鍾乳洞だろうか。
(ゲームのときもそうだったし、こういうのは結構当たりのことが多いんだよな。貴重なものとかが落ちてあったり――)
この国でも貴重に分類される鉱床が多くあったり、手に入れることができない装備なども置いてあったりする。人が滅多に来ないため、希少価値が高い。
「……あ」
奥に進むと、空の空いた広場の奥に一本の剣が地面に突き刺さっていた。刀身こそボロボロだが、ナオにははっきりと分かる。あれは――
「――聖剣アールガット……?」
聖剣アールガットとは、火、水、風、雷を自身の魔力を対価に自由に扱うことのできる、世界に五つある聖剣の一つだ。
ゲーム時代ではそもそもリソース数が限られており、かつどこで手に入れるのか分からないため市場でも滅多に流通しなかった。なのにそれが、どうしてここに?
ナオは吸い寄せられるように聖剣を手に取る。思ったよりもずっしりとしていて、見た目よりも丈夫そうだ。軽く素振ると、ブォンと空を切った。
(うん、これなら刀鍛冶に持っていけば結構使えるかも)
アールガットを空に掲げ、錆びついた刀身を煌やかせようとしたその瞬間――
空が陰り、突風がナオを襲った。
「グォォォォォオッ!」
「うわっ!」
いつの間にか現れていた黒竜がナオめがけて圧縮した空気の塊を投げていた。が、運良く軌道が逸れたことで致命傷にならずに済んだ。
「やっとおでましか。良いご身分だね!?」
煽られて崩した体勢を立て直すと同時にまた風の塊が飛んでくる。横に走ると、合わせて攻撃してくる。
と、今度は進行方向に炎を吐いてきた。
(こいつ……あぁ、たしか多属性だったっけ。ちょっと面倒くさいな)
今は十分な武器もないし……と避けながら呟く。
ライフも常時可視化されているわけでもない。まだダメージを喰らっていないから平気だとは思うが、黒竜の攻撃力は計り知れない分、余計な攻撃は受けたくない。
繰り出してくる攻撃を動きながら躱していると、ナオはあることに気がついた。
(もしかして……
確かに、黒竜は攻撃さえ自分に向けているけれど、ナオは何一つ黒竜に危害を加えていない。まあ、棲家を荒らされたと思われているかもしれないが。
(どうしてかは分からないけど……なら!)
次の瞬間、ナオはアールガットを地面に叩きつけた。丈夫そうだったそれは一瞬のうちにバラバラに砕け散り、鉄の塊へと還った。
案の定黒竜は怒り狂い、青い炎を向けてきた。ナオが引き攣る。
「……いやいや、あれはヤバいって!」
黒竜が発する青い炎はゲーム時代では『絶死の一撃』と別名が付けられており、その名の通り掠れば運がよくてHP一個残し、当たれば即死というチート級の攻撃だ。
ナオも慣れるまでは苦戦しており、何度もゲームオーバーを繰り返してきた。
対処法は、対抗しうる属性の攻撃を相手と同じ攻撃量でぶつけることだ。
それか攻撃前に急所を攻撃する。
ナオの場合、相手が自分にとって圧倒的不利な場所にいるので――
愛用している剣に氷属性の魔力を纏わせ、全身の力をかけて炎に振った。
氷属性の斬撃は黒竜に届き――鋼でできた翼にざっくりと切り傷をいれた。
劈くような轟音を発しながら黒竜が堕ちてくる。
ナオは耳を塞ぎながら後ろの方に飛ぶ。着地と同時に、地面を抉りながら黒竜が着地した。
「……ッ、これで……!」
ようやく接近戦ができる。
――――――――――
黒竜は身長5mは悠に越す巨躯の持ち主だ。多属性生物であり、全ての動物のヒエラルキーの絶対的頂点。立ち上がれば相手にプレッシャーを与え、闘争心を消失させる。
だがそんな彼にも弱点がある。
リーチが短いのと、巨躯であるが故に体を上手く動かせないことだ。
そもそも、黒竜を始めとする竜族は翼を使って行動するのが一般的であり、前足や後ろ足は基本使わない。
翼が使えなくなった時点で、最強の座は無きに等しいのだ。
――――――――――
「――はぁッ!」
「グゥォオオッ――!!」
体勢をぎりぎりまで低くし、黒竜の体の下に潜り込む。体を支えている後ろ足を集中して斬撃し、鋼を削ぎ落とす。
「……いけるぞ!」
何時間経ったのかは不明だが、それでも双方疲れてきているのは確かだ。
黒竜は自身最大の武器である翼をもう両方とも潰され、なおかつ体の構造上圧倒的不利な近接戦。
一方でナオは人間であるため体力は黒竜と比べればほんの少ししかない。また何回も殴打され壁に激突しているため満身創痍だ。
それでも未だ倒れないのは、彼が諦めていないからだろう。莫大な経験値もそうだが、それ以前に、強者と相まみえることがただ純粋に楽しいのだ。
――それこそ、前世でプレイをしているかのような感覚で。
黒竜が片手を大きく振りかぶり、近づいてくるナオに振り下ろす。それをジャンプでぎりぎり避け、黒竜の手に着地する。
そして一気に駆け上がり、首を狙う。
攻撃強化の魔法を最大限付与した剣を横に薙いで――黒竜に飛ばされる。
「――――ッ!!」
投げ出され、壁に激突する前に、全身の魔力を振り絞って出した魔法が、斬撃を飛ばし、
「…………ギャァァァァァアアアッッ!!!」
黒竜の左肩から右の腰までをざっくりと切り裂いた。
その威力は切り口ごしに地面が見えるほどだった。
――――――――――
「…………あ、れ……?」
ナオが気がつくと、そこには誰もいなかった。
代わりに見たことのないドロップアイテムが転がっている。
「ってことは……俺、勝った……のか?」
口に出した途端、全身をなんとも言えぬ気持ちが広がっていく。
じわじわと広がるそれは、多分嬉しさと安堵だ。
黒竜を今世でも倒せたこと、生き残れたこと。
色んな感情が体を巡り、ナオはほうっと息をついた、
「じゃあ、それでは……って、イタタ……」
激戦での傷跡が今になって悲鳴を上げ始めた。ナオはスキルを発動し、体の傷跡を癒し始めた。みるみるうちに治っていくのを見て、やっぱり魔法と錬金術では差がありすぎると感じた。
ゆっくりと立ち上がり、ドロップアイテムを確認する。
その中に、ナオがずっと欲しかったものもあった。
「あった……これだ」
【黒竜の涙】。
戦闘において獲得できる経験値が約五倍にまで跳ね上がる超がつくほどのレアドロップアイテムだ。
指輪になっているので右の中指に嵌めると、ナオの指の太さにぴったりと重なった。
「これさえあれば効率よく強くなれる」
他のアイテムも忘れずに回収し、一休みしてから山を降りることにした。
――――――――――
ナオは今十六歳だ。あと半年で十七歳になる。
もう少しで王都に着く。
―――――――――――――――
お久しぶりですニッコウキスゲです。
いやー、八月ってそういえば法事やらお盆やら急な用事やらで小説書く時間が取れなかった月でしたなー。。。
数日間隔で投稿すると言ったのに予定を悉く潰されました。。。
小説の続きを気になってくださっていた方々、本当に申し訳ない。。。
九月に入り、随分こちらでも余裕が生まれてきたので毎日とは言えませんが数日、あるいは一週間に一話間隔で投稿していきたいと思っております。大丈夫、私は優先事項の考えられる人間だぁ。。。
幕間 ラテル放浪編はあと二話で終わりとなります。それまでお待ちくださいませ。
それでは。
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