クロエに追い出されるようにして敷地内を歩いていると、ちょうど入ってきた時の生徒が魔法剣を交えた模擬戦を行っていた。

 思わず足を止めて見入る。


(――ああ、


 戦闘において、魔法を使う上での効率が悪い。魔力を無駄に消費している。男の子が剣を振りかぶっているみたいだが、力の伝達性も力の入れ方もグダグダだ。

 これくらい他の生徒も分かるだろ――と想っていると、一人の生徒がナオに気がついた。



「君、どこから来たの?」

「あ、いえ。その、俺は……」



 駆け寄ってくるとは思いもよらなかったナオは、ちょっと焦った。



「あもしかして見学? ならちょうどよかった。一人余ってたんだよね、付き合ってよ」

「え、ちょっと」



 グイッと手を引かれて強制的に生徒の輪の中に連れ込まれると、生徒が教師に許可を得る。



「先生、彼見学らしいんですけど、どうせなら一緒にやっちゃ駄目ですか?」

「む、別に大丈夫だぞ。君もいいよな?」

「あ、はい……先生にもいいって言われているので」



 渋々ながら頷くと、連れてきた生徒が練習用の剣を差し出してくる。

 ナオは持っていた剣を近くに立てかけた。それを見た生徒が聞いてくる。



「君、剣を持ってるみたいだけど。戦闘経験はある?」

「まあ、一応は」

「よかった、じゃあいろははわかるみたいだね。このまま開始でオッケー?」

「あ、はい」



 曖昧に首肯した。

 みんなが見守っている中、距離を開けて静態する。



「それじゃあ行くよ。――ハァッ!」



 掛け声とともに走り寄ってくると、勢いのまま剣を上から下に振るってくる。

 ナオは傍観しながら、


(うーん、やっぱり隙が多いな)


 直前で身を捩らせながら躱すと、剣を首筋に添える。それだけでピタッと相手の動きが止まった。


(勝負あり、かな)


 ナオが剣を離すと、生徒は負けたよと首を振った。



「あっれ〜、ケルテはもうお終い? 飛び入りの子に負けるなんて、はっずかし〜」

「うるさいな、ノマ。ちょっと油断しただけだよ。ね、もう一試合僕としてくれるかな?」

「ちょっとちょっと。次は私よ!」

「いや俺だろ!」



 途端に冷やかしが始まり、わいわいと盛り上がっていく。

 ついていけずに曖昧に笑っていると、クロエがこちらに近づいてきた。



「先生。あれ、もう話は終わったんですか?」

「ええ、なんとかね」


「ねえ君。その人は誰?」

「えっと……」


 クロエと親しげに話している姿を見たケルテと呼ばれた、先程戦った生徒が小さく尋ねてきた。ナオはなんと返したら良いのか分からず口ごもった。



「クロエだよ。今日からここの臨時教師になったからよろしく。担当はこういった実戦。ブロン先生が出張とかでいなかった場合には私が教えます」

「じゃあ、きょう校長先生が教えてくれた新しい先生ってクロエ先生のことだったんだ!」

「想像と違ったね」

「あはは。私のこと、もしかしておじさんのような先生かと思ってた?」



 親しみのある笑顔でクロエが生徒たちと話をする姿を見て、なんとなくナオは微笑む。

 そうだとクロエがこちらに振り返った。



「ナオさえよかったら、ローベルト魔法学園ここに編入しない? ここには中等部もあるらしいし、ナオでも簡単に入れるって」





  ――――――――――





 クロエのその言葉に、ナオは目をパチリとさせた。


 かつては学校に通いたくないなどとも思っていたが、今はどうだろうか。

 この世界は直人ナオの時に知っていた世界に酷似しているが、かといってゲームの中に迷い込んできたということはまずない。


 だって、この世界の国民はゲームのような規則正しい行動をしているのではなく不規則だし、感情もある。そもそも、ココリコ村なんてものはなかったのだ。



 これから直人が歩んできたシナリオどおりのストーリーが展開されるということも確約できないし、そもそも正しい道を選択できているのかすら分からない。


 学校に通ってこの世界の常識を覚えるのも良策かもしれないけれど、でもまだまだナオは力不足だ。

 かつての直人の操るナオに、未だナオは指先すら届いていない。



「…………」



 学校は必ず力がつく。だって安全で、環境がしっかりと整えられているのだから。

 でも、頑丈に固められた殻の中では、突発的な場面で純粋に突破するだけの力は若干弱い。


 そうなれば、達成感よりも後悔のほうが大きくなってしまう。あの時ああしていれば、とか、こうしていれば、とか。

 悲しみに暮れるのであれば、後悔しない選択を取りたい。


 その後悔しない選択は、ナオにとっては。



「――いえ、やめときます」

「………そう」



 クロエの表情は一瞬曇ったように見えたが、それでもいつもと変わらない表情で続ける。



「まあ、ナオはまだまだ半人前だしね。納得の行くまでしっかりと鍛えてきなさい」

「………っ! はい、わかりました」



 彼女の優しさに頷くと、「せっかくだし、最後に私と勝負しない?」という提案に微笑む。



「もちろんです。先生をあっと言わせるので期待していてくださいね」

「あら、それじゃあ私も覚悟しないとね」





  ――――――――――





(先生とこんなふうに手合わせするだなんて、かつての俺は想像もしていなかっただろうね)


 目の前に剣を構えて佇むクロエを見ながら、ナオはぼやっと考えた。


 どうしたらクロエを負かせるか。ずっとお世話になり、時に戦闘の方法なども教わってきた彼は、うすうす感じていたことがあった。


(前は、素手の先生には勝てないと思っていたんだよね。先生って氣を使ってくるから。武器を持たせるなんてもってのほかだけど)


 クロエは剣や槍などを持たせると、氣と武器をうまい具合に使いこなし、素手以上の戦闘力を発揮していた。それは五年経った今も変わらない。


 だが今回は純粋に武器と身体能力だけで挑んでくるつもりらしい。

 は、と息をついた。



 見守っている生徒の一人が開始の合図を送った。




 途端にクロエが突っ込んでくる。まばたきをする間も与えない神速。ずっと相手していたナオでなければ呆気なく倒されてしまうほどの。


 クロエはよく剣だと下側から斬りつけることが多い。相手の思考の隙をつくためのものらしい。

 なのでナオは押さえつけるように上側から剣を構えた。



「よく見ているな!」

「そりゃ、何回も手合わせしましたからね!」



 ギリッ、という剣の音の隙に、クロエが右足で回し蹴りをしてくる。後ろに飛んで回避した。


 それでもクロエは距離を縮める。踏み込みで地面が抉れるほどの威力で、姿勢を極力低くして間合いを詰めてくる。横に回避すると、クロエが体勢を整えるコンマ数秒でナオが押しかけた。



「ガラガラですよ、先生!」

「ふっ!」


 素早く、それでいて力強く。

 だがナオの放った攻撃は呆気なく相殺され、逆に今度はナオが体勢を崩した。



「………ッ!」

「勝ったな」



 蹈鞴を踏み、ハッと見れば喉元に剣先が届いていた。

 これ以上動けばナオは喉元を掻っ切られる。負けたのだ。



「……これでまた、修行する理由が一つ増えました」

「そうか。楽しみにしているぞ」



 クロエは屈託ない笑みを浮かべた。





  ――――――――――





 ナオは翌日、クロエに挨拶をしてからロイザン地方を発った。

 彼女は彼を優しく抱きしめた後、「行ってらっしゃい」と笑顔で見送った。


 行き先は決まっていなかった。ただ、自分の能力があがる場所を……ということで放浪していると、自然と足は向いた。



 ――ライル山脈に。

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