3.5

 ラテル王国には13もの地方が存在する。

 ロイザン地方は王都に近い地方の一つで、スレプ地方にも接している。

 王都に近いため商業分野においても発展しており、また治めている領主も上位貴族であるということから、王都とまではいかないが豊かな地方である。


 スレプ地方と隣接しているとはいえ、それでも広大な土地なため移動にも一月や二月かかることは必須である。


 クロエによると、急ぐことはないそうなので、今は北のククピラ地方を訪れていた。





  ――――――――――





「うっ……寒っ」

「極東諸島はこんなに寒かったんですか?」

「北の豪雪地帯だったらこれくらいかな。だけど私は行ったことないからどのくらい寒いのかわからないけど」

「そうなんですか」



 防寒着を着込んだクロエが白い息を吐きながら体をブルっと震わせた。

 ザクザクと雪を踏み込み、テレバル山脈の洞窟の中に入る。

 ナオが拾ってきた木々を集め、魔法で火を点けて焚き火を起こし、ついでに洞窟内の空気も温める。少しいじっただけで肺を刺すような寒気が和らいだ。



「ふぅ……ありがとうナオ。これで防寒着を脱いでもよさそうだね」

「ずっと着込みっぱなしは辛いですしね。動きにくいし暑いし」



 成長したナオが収納袋マジックバッグから狩ってきた魔熊と包丁を取り出す。

 そのまま包丁をあてがって内蔵処理をしていく。血抜きをして、部位ごとにカットしてまとめていく。

 その様子を見て、クロエが感嘆の息をもらした。



「ここ五年ですごい成長したわね。前に見たのとは大違い」

「まあ、ずっとこの役目は請け負っていましたから」



 ナオは十四歳になり、かなり成長した。精神面でも能力面でも他の人とは群を抜いていると自負している。

 それは環境と教える人と、それから意識の差だろう。


 ナオは収納袋マジックバッグにそれら全てをしまい込むと、洞窟の外に目を向ける。



「今日はどうします?」

「こういうときは鍋料理が食べたくなるけど」

「じゃあ、獣鍋にしますね。てか昨日も獣鍋でしたね」

「そうだね。飽きないかしら? 私は平気だけど」


「大丈夫ですよ。……でも、体温まる料理でもレパートリーは多ければいいんですけど。野菜とかは都市のほうに行かないと買えないですし、今から行くにしてもこの猛吹雪ブリザードの中だと大変ですから」



 苦笑しながら必要な肉を取り出して調理していく。

 予定だと南下して地方都市ロシャンティを経由してロイザン地方に到着するということだったが、突然の猛吹雪ブリザードに揚げ足を取られたのだ。

 運良くあった洞窟に逃げ込めたはいいが、なかなかやまないので困りものだ。


 このままここにいれば、食料と時間だけが失っていくだけで、何も得るものがない。



「うーん、どうにかしたいですね。先生、なんか案ありますか?」

「へ? ああ、そうだね、もう少ししたら落ち着いていくと思うから、あと少しの辛抱だと思う」

「じゃあ、様子を見ながら少しずつ南下していきましょう」

「そうね」



 幸いにも山場は超えたようで、猛吹雪ブリザードの威力は弱まってきてはいるものの、それでも人が外出するには少々不安なところではある。


(まあ、いつかの峠事件ほどには至らないようにすればいいんだし。なんとか場所を見繕えば大丈夫だろう)


 翌日の早朝に出発すれば夕方までには街が見えてくるのではないかと言うのがナオの打算だ。


 鍋の中にいれた具材がぐつぐつと煮え、いい匂いを発してくる。

 クロエの分を取り分け、自分のもよそうとありついた。


(ああ、早く街に出たいな……)





  ――――――――――





 どうしてククピラ地方を訪れていたのかというと、クロエが修行をしたいと言い始めたからだ。

 別に普通の場所でやってもいいのでは、と思ったのだが、クロエが「寒い中ですれば相乗効果で全身鍛えられるし行こう」と言ったのだ。


(寒中禊でもするのかな?)


 という訳でククピラ地方に向かい、ナオとクロエが個人個人で防寒具を購入し、極寒の雪山に足を踏み入れたのだ。

 自然を侮ってはいけないというように、入山からもう既に一ヶ月以上は経っている。もう平野が恋しいとかいう心理じゃない。


 もちろん、肉体も成長した。



《名前》 ナオ  Lv.22(897/1150)

《職業》 少年

《スキル》 【固有】

       回復  Lv.3(27/150)

      各種属性対抗  Lv.3(31/150)

      【ユニーク】 なし

《魔法》 下級生活魔法全般

《体力》 Lv.21(625/1100)  《俊敏性》 Lv.19(298/1000)  《攻撃力》 Lv.23(714/1200)  《防御力》 Lv.21(326/1100)  《投擲力》 Lv.20(153/1050)  《運》 Lv.22(442/1150)



 一年で1、2ほど上昇していたが、ククピラ地方ここに来てからグッと上がった気がする。


 加えてスキルも少しながら獲得することができた。

 この世界で、スキルは各個人が必ず手に入るものではない。なんらかの条件を満たさない限り、スキルは掠りもしない。


 今の所彼が見つけた条件は、


・上位レベルのボスモンスターを倒すこと。

・ドロップアイテムを一定時間以上身につけてある行動を起こすこと


 意外と簡単そうに見えるが、これが難しい。


 そもそもボスモンスターなんてそうそういないし、ドロップアイテムだって効果付きなんてあったらすごいぐらいなのだから。


(まあ、回復スキルを得たことはデカいかな)


 回復魔法なんてこの世に存在しないから、魔草を消費しないで回復できるのは大きい。


 どうして回復スキルを得られたのかは不明。だが、どうであれ生存確率が上がったのは喜ぶべきことだ。





  ――――――――――





「あっ、見えてきましたよ」

「やったな。さあ、先を急ぐぞ」

「はい」



 ナオとクロエは、夕方ぐらいに街を見つけた。まだ日の上らない早朝に出かけたとはいえ、かなり時間がかかった気がする。


 ただ、もうロイザン地方に入ったと思われるので、やっと一息つけそうだ。



 ホテルに着き、チェックインを済ませてベッドに横になった。



「あー疲れた……」

「ここまで不休で来たからね。夕食は何か買ってくるよ」

「お願いします……」



 ナオが脱力しきった声音でクロエに言う。

 久しぶりに寒くない場所に来て、体がほっと息をついた。もう動けない。


(なんで先生はあんな元気なんだろ……)


 小銭が入った袋を持って退出すると、ナオは重い体を持ち上げ、街中を見まわした。


 やはり王都に近いからか、都市化が進んでいる。大型商業施設のようなものも見えるし、学校みたいなのもある。


(そういえば、レナが学校に行こうと言っていたっけ)


 かつての与太話として話題に出していた学校。ただ残念ながら地方都市メッサはロイザン地方からは遠くなってしまっている。引き返すのは別にいいのだが、今の状態じゃ気力が足りない。



 ナオに急な睡魔が襲った。ずっと溜まっていた疲労が一気に押し寄せたのだ。

 これからシャワーを浴びたり着替えなければならないのに、体が動かない。ちょうど近くに置いてあったイスに座り込み、背もたれに預けて瞼を閉じた。





  ――――――――――





 クロエが帰ってくると、ナオが死んだように眠っていた。当然といえば当然だろう。ずっと彼にはお世話になりっぱなしになっていたのだし。

 テーブルの上に買ってきたパンや肉料理の入ったパックを置き、イスの近くのベッドに腰掛ける。



 約五年前に出会った彼は、ひどく幼くて華奢で、なりより何かを失ってもなお前に進んでいかなければならないという悲壮感があった。


 旅を通して成長を見てきたが、ここ五年間でグッと成長したように見える。晴れ晴れとした表情も浮かんできたし。

 ――こうして目の前で安心しきった表情を浮かばせて眠りにつく様子を晒すのも。



 離れてきた遠き故郷でよく目にする黒髪の頭をさらっと撫で、布団をかけてあげてから、クロエはカバンの中から一枚の封筒を取り出す。



「『』、か……異邦者のこんな私が臨時の教師になるなんてね。まったく、の私が、ねぇ……」



 自嘲じみた表情でそう零すと、ナオが「ん……」と寝返りをうった。思わず口元を緩めさせてから、ナオに洗浄魔法をかけた。それから自分にも魔法をかけ、横になり、目を閉じた。





  ――――――――――





 朝目が覚めて、シャワーを浴びて着替える。クロエを叩き起こし、彼女がシャワーを浴びている間にベッドメイクを終わらせ、昨夜買ってもらったパンにありつく。


 出発支度を済ませ、チェックアウトをすると、クロエの用事を済ませるべく彼女の後をついていった。


(本当に、どこに行くんだろう?)


 都市化が進む街中を抜け、地方の中でも比較的穏やかな場所の中に一際目立つ門をくぐり抜け、建物に向かう。


 敷地内には、

 つまりここは――



「………学校?」

「そう。ローベルト魔法学園ロイザン校だよ。そして私は本日付で配属された臨時教師さ」

「臨時……教師……先生が?」



 思いもよらない言葉に思わず疑問形で返してしまった。「失礼じゃない?」というクロエの言葉に苦笑いする。

 大理石でできた建物を踏むと、授業中なのかしんとした、独特の雰囲気を感じる。


 彼女が大きなドアの前に立つ。ノックすると、初老らしき白髪の男性が出迎えた。



「やあ、やっと来たのかい」

「はじめまして。臨時教師になりましたクロエです。こちらはナオ」

「こんにちは」

「こんにちは。じゃあ、私は彼女と話があるから。そうだな……ちょうど今外で魔法戦をやってるんだ。見学なり参加なりしてくるといい」

「あぁ……わかりました」



 遠回しに邪魔だと言われ、ナオは正直に従う。クロエはそんなナオを見送った。


 彼が消えてから、クロエは「じゃあ早速お話を」と促した。



「なんだ。三年も待たせておいてその態度はちょっとないんじゃないのかい?」






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