2
「いい? ナオ。幽霊は『うらめしや〜』って出てくるの。頭に白い三角のやつをつけてね」
「はあ」
「そんな時は、『悪霊退散! やー!』って言いながら護符を貼るといいのよ。わかった?」
「はあ」
「あ、あと、歩く時はナオが先頭ね!
「それただ単に怖いだけじゃ……?」
「そ、そんなことないもん!」
ナオの背中にしがみついて声を震わせながら気丈に振る舞うクロエは、彼の目に小動物として映った。
(先生弱いもの知らずなのに、こういうのには怖がるんだ)
あれから時間が過ぎて、ナオは十二歳になった。今の季節は夏で、たまたま立ち寄った、王都にほど近い北西のスレプ地方カルドナシティで依頼されたクエストを受けていた。
――――――――――
「先生。今日はここに泊まりますか?」
「そうだね、そうしようか。宿見つけるついでに何か仕事が貰えないか探そうか」
ナオたちはたまたま近くを通ったカルドナシティで、宿に泊まることになった。
別に野宿をしてもいいのだが、クロエがどうしてもということで、シャワーとベッド付きの宿を所望したのだ。
カルドナシティはそこそこ規模の大きいシティで、先進的な文化も見受けられる。
例えば、蛇口をひねれば綺麗な水は出てくるし、都市部に行けば
ナオのいたココリコ村が辺境だったのか、そういう系の話はあまり聞かなかった。
地方都市クルグスにもそういうのは見たことがない。
(まあ、クルグスよりもここのほうが王都に近いらしいし、技術の伝達速度の問題かな)
お店で買った一口サイズのデザートを食しながら興味津々と辺りを見渡すクロエは事あるごとに楽しそうに報告してくる。
そのどれもを受け流しながら、ナオはふと男性たちの言葉を耳にした。
「いやー、最近は治癒院に行っても薬剤をケチられて困ってるんだよ。あちら側も余裕のないのはわかってるんだけどさ……」
「そうだよ。お陰様でこっちは娘が風邪に罹ってもろくに与えれやしない。……なぁ、アレックスよ。お前、市長の息子だろ? なんとかしてくれよ」
「そう言われたって、月花草が自生している洞窟は魔物たちに占領されちゃってるんだよ。俺らだって暇じゃないのに。あーあ、誰か討伐してきてくれないかな……」
「………先生」
「うん、聞いてた。
クロエのはっきりとした態度に苦笑した。
「すみません、洞窟がどうかしたのですか?」
うまいように話を切り出すのはクロエの仕事だ。ナオだとどうしても疑り深くなってしまう側面があるし、クロエはああ見えて語学が堪能なのだ。
「ああ、旅の人か」
「ええ。ちょうど通りかかったらあなたのお話が聞こえたので。それよりも魔獣がどうしたのですか?」
「いや、ちょっとな。シティでは月花草っていう回復効果のある魔草を使っているんだけど、運が悪く群生地が魔獣に占拠されちまってて取りに行けない状況で」
「そうなんですか」
アレックスと呼ばれた男性が憂いを帯びた顔でそう言った。「なら」、とクロエが笑みを浮かべる。
「その件――私達が解決してきてもよろしいですか?」
「……は? いやいや、ちょっと――何言ってるかわからないんだけど」
「私はクロエと申します。彼はナオ。どうか私達の話を少しでもいいので聞いてください。腕前には自信があります」
「いやだから。旅の人には関係な――」
「いいじゃん、少しだけでも聞いてみようよ」
クロエの押しに負けた友人と思しき男性がアレックスの言葉を遮った。「今は人選んでる場合じゃないでしょ」と。
それを聞いたアレックスはしばし黙り込み。
「………じゃあ、俺の家に」
「ありがとうございます」
家へ二人を招待した。
――――――――――
回復魔法とは、魔法の才に優れた極一部の人間のみに与えられる権能である。
与えられなかった大半の人間は、回復効果を持つ薬草に頼るほかなかった。
その瞬間から、使える者と使えぬ者との見えないはっきりとした壁ができた。
ルナがいい例だ。
彼女は普通の攻撃魔法や防御魔法は人並み以下だが、回復魔法だけが抜きん出ており、今の地位にまで登り詰めてきた。
自力で回復できない人間は薬草に頼るほかなかったため、カルドナシティの人々はひどく困窮していた。
――――――――――
「では、依頼内容を確認していきますね」
高山の麓の洞窟に生息していて、夜にのみ咲く魔草、月花草を取りに行くという、極簡単な仕事なのだが。
「わかりました」
「報酬は金貨50枚と月花草を幾つかで」
「ありがたく引き受けさせていただきます。ちょうど夜ですし、終わってからシャワーを浴びさせて貰いたいのですがいいですか?」
「もちろん」
「じゃあ先生、行きますよ」
……懸念材料が二つ。
一つは、その洞窟には魔物や魔獣が巣食っており、誰も近づけないということ。これまでそれらが寝入る夜間に採取を行ってきたが、夜行性の魔物たちが住み着いてからは取りに行くことが困難になってしまったという。
その点については問題ない。ナオやクロエは今までの夜間での経験があるからだ。
問題なのは二つ目。
それは、クロエが大の幽霊嫌いなのである。
というのも、夜行性の魔物たちが住み着いてから、採取しに入った人間が
それを出発時に運悪く耳にしたクロエが「行きたくない」と駄々をこね始め、だけどクエスト受注後だったため断るわけにもいかず、ナオの説得によってどうにかここまで来たのだ。
だんだん洞窟に近づくにつれ、クロエの様子がおかしくなっていき、終いには洞窟の前でナオが確認していると、
「………あはははははは!!」
と笑い声を上げて洞窟の中に突っ込んでいった。目の前に現実を突きつけられて撹乱したのだ。
「あはは、あは、あはは、あはははは!! さあかかってこい、下等生物が!」
「ちょっ、先生の馬鹿ッ……!」
(そんなに叫ばれたら余計な魔物たちまで起きちゃうじゃん!)
ナオは焦りながらクロエの後をついていった。だが彼女との差は一向に縮まらない。
(まさか先生、氣で全身を強化しているんじゃ……)
氣。
極東諸島独自の武術の一つで、全身に巡る氣を用いて攻撃や防御を繰り出す攻撃方法の一つだ。
彼女には一応帯剣させているが、それすら抜く気がないように見える。
案の定、興奮した魔獣がクロエに襲いかかる。
クロエは躊躇なく振りかぶり、その顔面を殴打した。衝撃波が生じ、魔獣が悲運にも吹き飛ばされ、壁に激突した。氣で強化された拳がクリティカルヒットしたのだ。
その一場面を見ていた魔獣たちが思わず怯む。だが関係なく彼女は進み続けた。
叩き、蹴り、殴り、吹き飛ばす。
クロエが愉悦を覚えながら進んでいる間、ナオはその後始末に追われていた。
当然、吹き飛ばしただけでは絶命しない個体が大半なので、確実に息絶えさせるために急所を切り落とす。消えた魔獣たちには目もくれずに――というか目をあげる暇がなかった――、クロエの後を必死で追う。
――――――――――
どのぐらい進んだかわからない中、ふいにクロエの足が止まった。
「……見つけた」
「へ?」
「だから、月花草よ。彼から特徴を聞いていたでしょう?」
彼女が指差す足元には、月明かりを受けて銀色に光っている花の群生群が広がっていた。どうやら洞窟を抜けてきてしまったらしい。
ナオはクロエの側に近づき、一本摘み取った。純白で星型の花弁に、ギザギザの葉。花弁を一枚離し、ちうと吸ってみる。ほのかに甘い、独特な味が口の中に広がるのを確認する。
「――そうですね。これは確かに月花草です」
「……ああ」
「ただし――治癒能力の一切ない」
「まったく、あの人達は何が欲しかったんだろうね。こんな洞窟に治癒能力のある月花草なんか生えやしないのに」
「でも仕事ですから。使用する彼らが効果があるといえばそこまでですし。さ、いっぱい摘んで朝イチに提出しましょう」
ナオはプチプチと月花草を摘んでは持ってきた籠に放り込んでいく。
同時に、月花草を
「帰るのは明け方でもいい?」
「ああ……別に平気ですよ。なんでです?」
「少しだけ……ここで涼みたいの」
座り込んでいる彼女は長い黒髪をなびかせて、夜空を仰いでいた。つられてナオも空を見上げると、星の河が空一面に流れていた。
(ああ……今日は七夕なのか)
彼女は今、何を思っているのだろうか。遠い異国の地で祖先から伝わる物語を反芻しているのか。それとも、誰か残してきた人でもいるのだろうか。
神の娘と平民の男が巡り合ったように、彼女も誰かと巡り合うことはできるのだろうか。
(………いつか、母さんたちに再会できるといいなあ)
できれば元気な姿のままで。擦りきった精神ではなく、優しいあの笑顔で。
……また、会いたい。
(どこにいるんだろう、本当に……)
魔石が大丈夫だからどこかで元気に生活しているのだろうけれど。
クロエの隣に座り、ナオも時間を忘れて空間にとどまる。
「………ねえ、ナオ」
ふと、クロエが声をかけた。
ナオと目が合った彼女は、優しく目を細めながら、
「私、ロイザン地方であなたと別れなければならないの」
と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます