幕間 ラテル放浪編

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           始めに

           幕間はすべて三人称となります



           ―――――――――――――――






 パチパチと、炎が爆ぜた。

 辺りは真っ暗で、しんと静まっている。

 寒さが激しくなるこの季節では、体温と体力を保つために早めに就寝するのが野宿のルールだ。


 魔獣をおびき寄せないために、夕食の匂いは完璧に消えている。

 携帯天幕テントの中、毛布に包まって静かに寝息を立てていたナオは、ハッと目を開けた。そっと入り口を開け、辺りを窺う。



「………気のせいか?」



 念のため、外に出てみる。

 心なしか、草を踏む音が聞こえた。だが、周りには何も誰もいない。


 だが、見えないのであれば魔獣が出てくるはず。それがないということは、対処に焦る必要もない。


 先日十歳を迎えたナオは白い息を吐きながら、上を仰いだ。満天の星が空を埋め尽くしている。


(確か小さい頃にも、母さんたちと星空を見たことあったっけ)


 屋根に登り、寒いのも気にせず満天の星を眺めた。

 多分、転生したことを自覚する前だった気がする。


 当時は本当に無邪気で、何も知らなかった。この世界が前世にプレイしていたゲームの世界で、レベル上げをしないと死んでしまう。

 きっと自覚しなければ、ずっとレベルは低いままで、身を守る術を何も持たずに、ただただ圧倒的な強さの前でひれ伏していただろう。



「………ナオ?」

「先生。起きていたんですか」

「今さっき目が覚めた」



 隣の携帯天幕テントからゴソゴソと這うようにして女性が現れた。彼女の名前はクロエといい、二十代前半で髪をあちこちに跳ねさせながら寒さに体を震わせた。



「うう、寒い」

「テントにいればいいじゃないですか」

「こんな寒さじゃ寝れやしないよ」



 イスを出現させ、座るように彼女は促す。ナオが大人しく座ると、懐から彼女はマグカップを取り出した。コポコポと魔法でできたミルクティーを注いで「はい」と俺に手渡した。



「ありがとうございます」

「いや、ちょうど飲みたかったし」



 ほっと一息をつくと、冷えた体がじんわりと温もりを取り戻すのを感じた。



ラテルこっちに来るまでが長かったな」

「確か先生は極東諸島出身なんでしたっけ」

「ああ。魔海うみに囲まれている絶島群だけどね」

「でも行ってみたいです」



 ナオがぼそりと呟いた。ぱちりと彼女はまばたきをする。



「そういえば、ナオは極東諸島あっちよりの顔立ちなのに、ラテル出身なんだね」

「ええ。……珍しいですよね」



 大多数の中に少数派がいると浮くように、ラテルでは明るい系統の髪色が多いのに対し、ナオのような黒髪はあまり見たことがない。


(まあ、ラテルは広いんだし、国のどっかしらには先生のように黒髪の人もいるよね)


「……そんなまだ若いキミが一人で旅、か。可愛い子には旅をさせよとは言うけど」

「――――」



 ナオはクロエを見た。

 この世界は《アナザーワールド》に酷似しているからか、それとも本当に転生してしまったのかは分かりかねないが、それでもどことなく現実世界の構造に似ている。

 現に、先生は日本人――もとい、アジア人テイストの顔立ちをしている。


(……とすると、ラテルは多分、ユーラシア大陸の大部分を占めているってことになる)


 なんという広さなのだろうか。それこそ自分がどこにいるのか分からなくなりそうな。


(クルグスもメッサも、本当に“地方”都市だったんだ)


 あとどのくらいで王都につくのだろうか。数ヶ月? 半年? それとも数年? いずれにしよ両親が元気な間は自分の力を育成するために時間を使える。


 ナオは手首につけた収納袋マジックバッグに添えられた小さな二つの魔石を触った。控えめな赤と青がきらきらと光っていた。


 両親――ダリアとオルガが残した物の一つである魔石。当人の魔力が込められており、魔力が尽きない限り永遠に発光しているものだ。戦闘で使うものではないため、保存魔法がかけられている。


 魔力が尽く=込めた人が死ぬ。

 だから光っている間は、両親はまだ生きている。



「キミが今どんな立場かは知り得ないけど、でも私はキミに出会えて嬉しく思うよ」

「どうしたんですか急に」



 クロエがしみじみとしながら言った。突然のことに、だけど慣れたそれにナオは苦笑しながら返す。



「いや、ここにきてまだ右も左も分からなかった私を助けてくれたんだから」

「先生なら突っ走りそうですけどね」



 今までの彼女の行動を思い返しながら言う。


(魔熊を素手ではっ倒してそのまま食べようとした時は流石に凄かったけど)


「そんなことはないよ? 私はちゃんと後先考えて行動するタイプなんだから」

「ええ、それ言います?」



 クロエの言い分にあえて茶化したように言うと、彼女はくすりと笑う。

 それからんんっと伸びをすると、「じゃあ私寝るね」と言って先に携帯天幕テントの中に入っていった。



 ナオはそれを見送り、しばし夜空を堪能してからある場所に向かった。


 カサリと草むらをかき分けると、魔兎の群れが眠っていた。

 それらは鋭利な一本角を持っており、普段は群れで地中で生活していて、捕食時のみ地上に這い上がってくる。そして獲物を見つけると躊躇なく襲ってくる。


 つまり今は、狩りの最中なのだ。



「………先生が危険になるし、食料もゲットできるから、丁度いいな」



 収納袋マジックバッグから静かにピッグを取り出し構える。密集しているところを狙い、投擲。見事に命中し、三体絶命した。矢が地面に刺さる微かな音に反応して仲間が飛び起き、こちらをロックオン。

 飛び上がってきた個体を出した短刀ナイフで的確に捌いていく。

 半年近い野営で培った技術と勘だった。


 ほとんどがナオによって息絶え、残った数体は散り散りに逃げていった。



「………ふう。明日の朝食にでもするか」



 その場で血抜きと内臓処理を施し、魔法で出した氷で冷凍保存させる。

 完成したものを収納袋マジックバッグに放り込み、ナオの全身を浄化してから携帯天幕テントに戻っていった。





 ちなみに今後二週間ほどは兎料理がメインになった。

「故郷の味には馴染みがないから嬉しい!」

 とクロエは言っていたけど、ナオは正直一日で飽きた。






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