第十二話 決意とそれぞれの

 早朝、俺は歩いてココリコ村――の俺の家に向かっていた。家は少し離れた丘の上にあるため、遠くから見ても家の状態が確認できる。

 村の入口をくぐると、近くで森が焼き爛れていた。これは――明らかに人工だ。

 家屋も少し燃えた後が見受けられた。


 俺がいないたった数日でこんなに荒れ果てるなんて。大体想像はつくけれど、それでも自分の目で確認し、自分の持つ知識と照らし合わせたかった。


 人っ子一人いないから、母さんたちもいないのだろうか。そんなことはないと信じたい。鼻を刺す不快臭を感じないため、死体はないのだろうけど。


 道すがらに見える家屋には、荷物が持ち出された跡が見えた。


「…………?」


 荷物を持って消えた? 何のために?

 他の家もそうだ。引っ越しのように家具ごっそり持っていくのではなく、最低限のものだけしか持って行っていない感じ。

 不法侵入は駄目だから、気になりつつも自分の家に向かう。



 近づいてくるにつれ、得も知れない不安が迫り上がってくる。本当に母さんたちは大丈夫なのだろうか。


 ドアに手を当て、押す。

 鍵は開いていた。


 ガチャリと開き、中を伺う。静かだった。

 いつも明るく賑やかな家の中が、今回ばかりは酷く冷徹な空間と化したようだった。


 と、テーブルの上に何かが置かれているのを見つけた。

 拾うと、それは何かの紙切れだった。文字が書かれている。



 ・日々の鍛錬は怠らないこと

 ・毎日早く寝て早く起きること

 ・十二歳になったらエリュウに出向くこと

 ・何か困ることがあったら、グレンシア公爵領を訪れること

 ・他人との縁を大切にすること

 ・自分の好きなことはとことん突き詰めること

 ・好きなように暮らすこと



 母さんの言葉を、父さんの優しい文字で書いたようだった。

 どうしてこんな書き置きを残して消えた? これではまるで、


「………もう、ずっと帰らないみたいじゃないか」



 ポロリと零れた言葉にハッとする。

 ずっと帰らない? 消えた? どうして?


「でも、母さんたちが生きていることは確実だな」


 文字をなぞる。俺の魔力が込められたため、キラッと虹色に光った。

 魔法を込めた特別なインクで書かれた書き置きだ。込めた魔力の持ち主が生きている限り、それは文字として存在し続ける優れたツールの一つだ。


 母さんたちがクリフさんと書類上でやり取りするときは、証拠がわからないようによくこのインクを用いていた。

 俺自身も近くで見ていたのでわかる。これは父さんの魔力だ。母さんと父さんは二人で一つのような感じだったから、絶対に離れ離れになんかなっていない。


 となると。


「これからは、どうすればいいんだ?」


 メモに示されたように、グレンシア公爵領とやらに行く? ただそこは、王都を挟んだココリコ村の反対側だ。今から行こうにも、人脈もお金も力も足らない。


「母さんと父さんには悪いけど……今の俺には何一つないから、まずは修行に出させてもらうよ」


 考え考え抜いた末、俺はまず力をつけるという選択を選んだ。


 これから待ち受ける人生がどうなるのかはわからない。だけど、後悔をしない選択をしたい。

 力がなければ、守れるものも守れない。母さんや父さん、レナたちがどんな立場に立ってようとも、守れるように。





  ――――――――――





☆ルナside



 私達は調のために、クルグスを超えた奥地にやってきました。

 突発的に起きた大規模火災の原因を調査するためです。

 火魔法に長けたお姉さまと同伴で、ギルド長からの司令が下りました。


 クルグスにいた私達は、面倒くさいからと乗合馬車を使って向かいました。途中で馬車のルートが切れているため、最後まで馬車で揺られたら、あとは徒歩で移動します。

 出発の直前に通話魔石で「ウチが地図持ってくよ」と仰っていたので、私は携帯天幕テントや食料しか持ってこなかったのですが、お姉さまが私のもとに持ってきたのは、


「ゴメン! 失くしちゃった」


 という謝罪の言葉でした。

 しかも失くしたのに気がついたのは、クルグスを出発して少しした馬車の中でです。理不尽すぎません?



 とりあえず、今から引き返せば調査に大幅な遅れが生じるのは分かり切っていること。大体の方角は覚えていましたから、もう行っちゃえということで(私の中の自分と)合意し、強引に調査を進めました。


 だんだんとクルグスから離れていき、ほとんど不安になってきた時、そういえばと目の前の少年に目を向けました。


 王都では魔力量が膨大なのに見た目が醜いということでとされている黒髪黒目のまだ十代前半くらいの少年です。酷く憔悴しきったようすでぐったりと項垂れていました。


 聞こえる息遣いからして眠っているのでしょうか? 何にせよ、話しかけにくいですね。お疲れの様子なのに、こちらの私情で起こさせてしまうのは申し訳ないのです。



「それよりもルナ、これからどうしよっか」


 お姉さまが申し訳無さそうにおずおずと聞いてきます。私はジトッとした目を向けながら、ふむと頷きました。


「どうするも何も、イェレナお姉さまが地図一つすら持ってきていないのですから、他の人に聞くしかないのです。どこかに集落があればいいんですけど」

「………あっ、あっちに何軒かあるよ。ちょっと降りて行ってみよ。すみませーん……」


 慌てたように指をさす先には、確かに集落がありました。ここからは数軒しか見えませんが、結構な数です。あそこならば何らかの情報は得られるでしょうし、宿泊施設もあると思います。


 馬車を降りて集落に向かいます。少し歩いて、ふと少年のことが気になりました。

 彼一人で大丈夫でしょうか?

 振り返ると、もう馬車は先に進んでいました。ふるふると頭を振り、私はイェレナお姉さまのあとをついていきます。


「こんにちは、ワタシたちはこの先にあるという村に少し用があるんですけど」

「あぁ〜、ココリコ村かい? あそこは結構静かなところだけど。どうしたんだい?」

「先日山火事が起きたと聞きました」

「そうなんだよ!」


 洗濯をしていた女婦人たちにお姉さまが話しかけました。ズバッと直球を投げると、潔くホームランを返してくれました。


「確か火事が起きるちょっと前くらいに、ごっつい格好をして馬に乗った人たちが通ってココリコ村まで行ったんさ。そのちょっと過ぎに森が燃え始めて、燃え広がったと思ったら、大所帯で戻ってったんだよ。何だったんかね、本当に」

「そうですか……」


 女婦人の言い様から、やはり人の手で行われた犯行だと確定しました。大所帯ということから上級貴族であることが伺えます。


「それよりもこんなところに来てくれたんだし、泊まってってよ」

「あっ、いいですね。ルナ、泊まろう」

「………まー。急いでいないし、夜も近いですし、わかりました」



 そうして適正価格を大幅に超えたぼったくり店(地図料金込み)で一泊泊まってからココリコ村に向かいました。





 ココリコ村に着きました。人気は全く無く、民家もほとんど原型をとどめていました。家具が残っていますが、なんだかがらんとしていますね。まるで住民が全員唐突に消失してしまったような。廃墟に近いです。


 森に近づき、匂いをかぎます。一週間ほど前のことですから、ほとんど無臭です。

 ですが、ところどころ異様な匂いが微かに漂ってきます。嗅ぎなれていない匂いですね……。


「おーい、ルナ。なんかここ変色しているよ」

「え? 日焼けじゃないんですか?」


 お姉さまの側に近寄りながら零します。

 うっすらとピンクの粉がかかっていました。

 念のため防御魔法を指先に展開し、掬います。さらりとしていました。

 匂いをかぎました。甘い。いいえ、これは――


「魔獣が好きそうな匂いだね」

「はい、そうですけど……でもこの匂いは……」



 ――――爆発粉? しかも、闇ギルド間でしか取引されていない、あの?





  ――――――――――



☆エレーナside



 太古から本国では、黒髪黒目はとして扱われていた。

 ある者は『英雄の申し子』と言い、またある者は『厄災を呼ぶ忌み子』と言った。

 極東にあると言われる小さな島国では黒髪黒目が主流だそうだけど、極東はここからだと物理的な距離がある上に魔海うみに覆われている。

 そのため本国に伝わっている文献や資料はごく少数で、政府下の管理に置かれている。



「ふう……」


 工房の中は温度調節はしているけれど、それでも熱気が籠もって自然と汗が出てくる。私はを作っていた。

 集中力を切らすと、喉が乾いているのに気づいた。何か飲もうと思い、工房の隣に併設している休憩室に入った。


 休憩室は涼しくて気持ちがいい。果実水を呷りながら、ふとダリアの事が気になった。


 私の親友。剣姫とまで謳われている天才。

 彼女は幼い頃から負けん気が強かった。何事にも対してひたむきで、誠実で。だけど、すごく繊細で。

 そんな彼女だからこそ、あのオルガにも心を許したのだろう。不器用な彼女をすべて包み込んでくれる彼を。


 赤髪碧眼と、青髪金眼の二人からなぜ黒髪黒目の子が生まれてきたのだろうか。

 ………まさか、英雄の再来とか? まあ、それはないだろうけれどね。



 私が首を振った時、コンコンと窓をノックする音が聞こえた。


「うん? 配達便か?」


 私はおもむろに窓辺に近寄る。私の勘は外れてもいないが当たってもいないようだった。

 鳥の形をしたナニかが一つの便箋を咥えてキョロキョロと首を動かしていた。

 窓を開け、手紙を受け取る。鳥は役目は終わったと言わんばかりに粒子となって消えていった。


「差出人は……ダリアとオルガからか。ふむふむ……はぁ!?」


 何だ、このくそったれた内容は! ふざけるんじゃない!

 迫り上がってくる怒りに体を震わせた。



『親愛なるエレーナ。ナオの剣は三年後に直接渡してもらいたい。ナオがそっちに出向くから。そして、もう一本の方は二年後に。いつかまた会う日まで。楽しかったよ   ダリア、オルガ』


 こんな手紙を寄越しておいて、書いてある内容がだと!? ダリアたちにしては面白くないじゃないか。


 私はふんと鼻を鳴らしてから、ぐしゃっと丸めて竈門に焚べようとして――シワを伸ばして折りたたむと、引き出しの中にしまった。

 何故か捨てたくなかった。こんな手紙だけれど、彼女たちから手紙を寄越すなんて珍しかったから。



 コップを流しに置き、工房に戻る。最近は注文がひっきりなしに来て大変なんだ。そのくせ注文者は変に凝るよう指示してくるし。作るのはこっちなんだから、こっちのことをもう少し考えてくれよ。



 カランコロンと、ドアベルがなった。お客人が入ってきたのだ。

 ……おかしい。今日は予約は入っていなかったはず。直接交渉はこっちが疲れるだけだから、全て断っている。だから、今入ってきた私の神経を逆撫でする人も優しくご丁寧に追い出して差し上げよう。


「あぁーすみませんお客様。ただいま予約受付を開始していないんです。なので……」

(早く帰れや。また後で出直してきてよ)


 すると、コートを来たダンディなおっさん(老けて見えるから)が目を開いた。


「ふむ、そうなのか」

「ええ、申し訳ございません。お名前と連絡先が書かれた紙があれば良いのですが」

「じゃあこれで」


 渡された紙には、『サイラル=グレンシア』と書かれていた。





  ――――――――――



 第一章 村生活編完結です。いやー疲れましたね。

 第二章は王都生活編になります。主人公は十七歳くらいになります。でも急にそれだと違和感が拭えないし筆者自身も『急にそうなるか!? そもそも第一章から年齢何歳離れてんだよ』となるので、幕間として『ラテル放浪編』を書きます。十話以内で完結予定。

 更新は八月です。三日に一話更新の頻度で行きます。過ぎていたらこちらに何かがあったんだなと悟ってもらえるとありがたいです。


 ここまで読んでくださりありがとうございましたー!

 また会いましょう。



            ニッコウキスゲ




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