第十一話 村の

 馬車に揺られて数日。寝る間も惜しんで馬車を降りたらステータスの《俊敏性》を最大限活かして走る。走った先でまた新たな馬車を見つけて乗る。


 そういうことを繰り返して、俺は一週間と数日という驚異な速さでココリコ村に向かっていた。

 母さんと父さんが俺を置いて帰るだなんてありえない。もちろんクリフさんだって両親を引き止めるか俺に知らせるはずだ。

 なのにどうして?


 味のしない携帯食料を口に入れもそもそと咀嚼する。乗合馬車のため他に数人がのっていた。夜動いている分、馬車に乗っている間は休息を取らなければならない。身を屈めて丸くなっていると、大抵の人は話しかけないでいる。


 目の前に座っていた女性二人も同じようで、こちらを窺っているだけで何も話しかけないでいた。


「それよりもルナ、これからどうするの」

「どうするも何も、イェレナお姉様が地図一つすら持ってきていないのですから、他の人に聞くしかないのです。どこかに集落があればいいんですけど」

「………あっ、あっちに何軒かあるよ。ちょっと降りて行ってみよ。すみませーん……」


 旅でもしているのだろう。女性は御者に声をかけると、お金を払って降りていった。


「ついたよ」

「ありがとうございます」


 ペコリと挨拶をし、馬車を降りて村方向に早歩きをする。と、親切な御者は慌てたように俺に声をかけてきた。


「ちょっと、そっち行ったら危ないよ。そっちは先日ね、んだ。隣の国へ行きたかったら迂回する必要があるよ」

「…………!! いえ、ありがとうございます」


 去っていく御者の姿を見送りながら、俺の心臓は激しく波打っていた。

 まさか、村に? だけど、ここらへんに住んでいる人ならココリコ村を見聞きしているはずだ。ならあの人はもっと騒いだり動揺していてもいいはず。


 ………でもまずは、


「もう少しで着くはずだ。急ごう」


 考えている暇があるのなら、体を動かしたほうがいい。





  ――――――――――





 それから少し前に遡る。

 村の入口付近で遊んでいた幼子数人が、馬に乗った大所帯を見た。

 甲冑をガシャガシャ言わせながら、一人の男性が優しげに微笑みかける。


「村長さんはいるかな?」

「えっと……」

「いますので、僕が呼んできます!」


 幼子の中で最年長に見える少年が立ち上がった。だがそれを「いや」と静止させた。


「ここに来てもらうのはあちらに申し訳ない。ただでさえ急に押しかけたんだ、こちらから参ったほうがいいだろう?」

「そ……そうですね。じゃあ、村長さんの家まで案内します」

「助かるよ」


 男性が馬を後ろの人に預け、数人を連れて少年の後を追うよう準備する。その間に、妹らしき少女に耳打ちをした。コクッと頷くと、タタタッと先に走っていく。

 その様子を見て、男性が微笑ましげに頬を緩めた。


「最近の子供は元気があって可愛らしいな。あの娘は私の事が嫌いなのかな?」

「少々シャイな子でして。迷惑をかけないように先に家に帰ってもらったんです。もともと帰る予定でしたし」

「そうか。私にもそんな子がいたら良かったのに」


 ふわっと甘い匂いが少年の鼻腔をくすぐった。香水というのだろうか。

 少しゆっくり目に歩き、やがて村長宅に辿り着く。


「村長さん。僕です、アルトです」

「ああ、アルトか。どうしたんだ?」

「村長さんに用があるという人を連れてきました」

「そうか、ちょっと待っていてくれ」



「案内ありがとう」

「いえ。では」


 ぺこりと頭を下げ、家の方向に向かう。見えなくなると、男性は出迎えた村長に笑いかける。


「やあ、久し振りだな、ルグス」

「………! あ、アンタは……いや、貴方様は……」

「忘れられてしまっちゃ困るよ、我が。お前の姿が見えなくなったと思ったら、こんな辺鄙な場所にいたとはな」


 出迎えたルグスは、男性の姿を見るなり青ざめていく。わなわなと震え、ドスンと腰を落とした。

 その様子を見て、クックと笑う。


「なんで今なんだ! なんで……」

「おいおい、それが今まで弟を思って探してきてくれた兄に対する態度か?」

「うるさい! 俺の家族に手を出すな! なんで今ここに来た!?」


 男性を睨むルグスの目には、明らかな恐怖と憎悪が滾っていた。

 サァッと彼と同じ灰色の目が冷めていく。それからちらと周りに目を向けた。


 この村では、基本的に誰かが来るなんてことは滅多にないため、村人は好奇心でいっぱいだ。今も野次馬でわいわいと見に来ている。


 と、家の中から声が響いた。


「お父さん? どうしたの?」

「ぁ……こっちに来るんじゃない! 逃げろ、レナ!」

「えっ……」

「おや?」


 男性がレナを見据えた。いつもの鍛錬に行く服装を着たレナは、男性が視界に入るとピクッと体を揺らした。男性は打って変わって優しく微笑みかける。


「やあ、初めましてかな?」

「えっと……?」

「ああ、私の名前はサイラル=グレンシア。グレンシア公爵家当主であり、さ」

「……え」


 レナは固まった。そもそも彼女にとって、両親以外に家族関係を持つ人間はいなかった。しかも、その人間が村人ならまだしも、やんごとなき身分だとは夢にも思わなかったのだ。


「これからは気軽に、”サイラル伯父さん”と呼んでくれると助かるよ」

「あ、はい」


 勢いに呑み込まれたレナが思わず頷いた。

 ところで、とサイラルはルグスに向き直る。


「私が何の知らせもなくここに来たのかということだろう?」


 一拍置くと、周りに聞こえるように言う。


「端的に言おう。ここから出たことがないから知らないかもしれないが、お前達は『異端』という位置づけにいる。王国にいながら王国法に背き、自分たちが勝手に定めた方法で生活しているからな。私は国王陛下から”異端を抹消せよ”と厳命を受けた。本日は命令を遂行するためにここに来たのだ」

「………なっ! ぐっ!?」

「お父さん!」


 ルグスが青ざめる。掴みかかろうとして、ついていた数人のうち二人が体を拘束した。

 それからああ、とサイラルはさも思いついたようにレナの方向を向いた。


「レナ、お前は公爵邸にこい」

「………え?」

「お前は使えそうだ。養子縁組をして私の養女になりなさい」

「ふざけるな!」


 突然の言葉にレナがたじろいでいると、ルグスが激昂した。


「ふざけるな! 俺の家族に手を出すな!」

「連れて行け」


 ルグスの言葉を無視したサイラルの言葉に、追従した屈強な騎士が後ずさるレナを無造作に担ぎ上げた。

 必死の抵抗も虚しく、レナは予め準備されていた馬車に放り込まれる。そして魔法で中から外に出られないようにした。

 その馬車はすぐに出発し、あっという間に消えていった。


 ルグスは迫りくる感情を飲み込んだ。今は感情的になっている場合ではない。一つでも選択を間違えれば、今後の情勢が不利になることは分かり切っているのだ。


 今やるべきことは――サイラル達一行をどうにかして帰すことだ。これ以上村人まで巻き込むことは絶対にさせない。


「だが、そうだな……。思いもよらない収穫もあったことだし、今日は帰るとするか。どうせここは私の土地になったのだから」

「なっ」


 私の土地になった。それはサイラルの統治下に下ったということで、つまりは自分たちの命はサイラルに握られてるということ。

 この人たちの命令に背けば、いつか殺されてしまう。


 顔面蒼白で黙り込むルグスに、ハッと息をついた。

 帰ろうとするサイラルに、「まちな」という声がかかった。


 振り返ると、そこにはダリアが立っていた。サイラルの進行方向を防ぐ形で。

 ダリアの胸についている冒険者ギルド所属のブローチを見て、サイラルが少しだけ顔を歪めた。


「なんだ、お前は」

貴族おえらいさんたちでいうところの『死にたがりの卑しい犬』さ」

「ふん、汚らわしい王族の傀儡が何のようだ」

「あんたらの悪行を止めに来たんだ。どうやらこの中に魔獣召喚師ビーストサモナーがいるみたいでな。しかも、恐ろしくタチの悪い」


 そう言って、ちらりとダリアはサイラルを――詳しく言えば、サイラルの腰ポーチを見た。


「その中には何が入っているんだ?」

「言ったところで何になる」

「じゃあ、当ててやろうか? そうだな、中級レベルの魔獣を誘き寄せるには十分な匂いだ。そこにはアルスメルが入っているのか? それともテッドロフ? いずれにせよ違法魔草だ」


 ダリアの言葉に、彼は反射的に腰ポーチを押さえつけた。布の間から漏れ出る違法魔草の匂いがサイラルの手のひらにつく。

 ハッとダリアがせせら笑った。「やっぱりアタリか」


「……うるさい。私はグレンシア公爵家当主なんだぞ、お前に口を出す権利などない!」

「身分が高いからって、何一つしても許されると? そんなだからこの国は腐っていくんだよ」


 王族も、実質は上位貴族の傀儡に過ぎない。立場だけを守って後は丸っきり他人任せだ。だから、民たちが危機に陥っても、直接の指導権がないためどうすることもできない。

 冒険者ギルドや商人ギルドなどと呼ばれる『ギルド』は互いに協定を結んでおり、この国を根本的な所から支えている。ギルドは貴族たちが取り扱わない部分を代行人として指示を出している。



 と、サイラルがおもむろにポーチから幾つもの瓶を取り出した。それから発せられる甘い香りは、違法魔草そのものだ。

 まさか、とダリアはハッとする。


「オルガ!」

「わかってる!」


 遠巻きにダリアたちを見ていたオルガが魔法陣を展開した。そして、相手の動きを静止する付与魔法をサイラルにかける。

 が。


「…………ッ!?」


 魔法は。オルガは付与魔法に特化した魔術師だ。それ以外の魔法は彼の体質上使えない。魔法を封じられては何もできない。

 かといって、ダリアは無魔法だ。そのためこの場で正確に対抗しうる力は誰一人として持ち合わせていなかった。


 だから、咄嗟の判断でダリアは持っていた剣を抜刀し、瓶を斬りつけた。

 ピンクの粉が空中に舞ったと思ったら、キラッと光ってその場で轟音を伴って爆発した。


「………っ!」

(――爆発粉か!)


 ダリアは爆撃をもろに喰らい、後ろに吹き飛ばされた。

 アルスメルやテッドロフなどの違法魔草は、魔獣を誘き寄せる効能を持つ。対処するには対抗薬を散布するか、燃やす。ダリアは剣に辛うじて残っていたオルガの火魔法の残滓を当てつけた。


 、灰となって空気に流されるが、爆発粉と呼ばれるものは、それ自体が持つ力以外で外部から得た火魔法などが加速の原因となる。つまりはダリアは、着火剤を自ら知らず知らずのうちにつけてしまったのだ。


「はっ! 聡いのが下手に出たな」

「………っ」


 ダリアのもとに駆け寄り肩を支えるオルガは、ギリッと奥歯を噛んだ。

 村人たちから悲鳴が上がる。

 目を向ければ、近くの林から業火の手が上がっていた。


「まさかっ」

「やめろ!」


 オルガとルグスの声が重なった。サイラルの部下が林に放火をしているのだ。

 目の前に悪魔が微笑んで佇んでいた。


「私の領地は安全で暮らしやすいところにしたいんだ。そのためには、不安分子を消滅させないとね」


 必死に逃げ惑う村人を吟味するように眺める。

 ふむと顎をさすり、思いついたように口を開いた。


「ちょうどよかった、人手不足が解消されるな。王命にもいい言い訳ができる」

「今度は何をするつもりだ……ッ」


 ルグスが絞り出すように声を出した。

 サイラルはにこりと笑った。


「異端者は狩りの対象になるけれど、ルグスは私の弟だ。冷酷な兄にはなりたくはないんでね。この村の住人は奴隷としてこちらで働いてもらう。そこの冒険者二人も同じだ」

「………」

「また一週間後に来るから、それまでに準備をよろしくね」


 青ざめたルグスたちを置いて、今度こそ部下の元へ戻っていく。


 姿が完全に見えなくなり、拘束から解放されたルグスが蹲って嗚咽を漏らした。

 ダリアを回復させながらその姿を見ていたオルガが、彼女におずおずと話しかけた。


「……ナオはどうする。置いてきちゃったけど、あれで正解なんだよね?」

「……ええ。あの子には危険に晒したくないから、早く転移水晶を破壊させましょう。それから、エレーナに連絡を。ナオに良いようになるものは置いていきましょう」


 コクリ、と頷くと、ダリアはルグスに手を差し伸べた。


「悔しいのはわかる。だけど今はそのことにずっと浸っている場合じゃないでしょう。まずは消火しないと」


 村人が消火活動に当たっているが、雀の涙程度で、一向に消える気配がない。民家まであと少しのところに迫っていた。





  ――――――――――





 ココリコ村に着く手前で野営をした。これ以上は体が持たない。

 限界までに近い不眠不休で、立っていられないほどだった。

 御者の言ったことは本当のようで、ココリコ村方面は明かり一つついていない。

 こんなにクルグスからココリコ村までが遠いだなんて思っても見なかった。地図上では遠いとわかっていたけれど、こんなに遠いとは。


 底冷えする森を抜ければ、もう目と鼻の先だ。

 もう瞼が重い。これ以上は意識を保つことができなくなる。

 携帯天幕テントを出して組み立てる時間ももどかしく、布団だけ出して包まう。

 早く向かいたいのに、体が動かないのが悔しい。


 母さんたちは大丈夫だろうか。レナやルグスおじさんは……。

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