第十話 夜
「俺も……飛竜を倒してきていいですか?」
「駄目だよ」
クリフさんに飛竜を倒す旨を伝えると、即座に却下された。
「どうしてですか」
「それは君が一番分かっているんじゃないのかな?」
「…………っ」
押し黙るしかなかった。
飛竜は黒竜、白竜に続く竜族の中でも上の中に位置する魔物だ。まだなって一週間しか経っていない、それも子供に危険な行動を取らせるわけにはいかないということは重々承知している。
もちろん、俺は過去に飛竜を単身撃破しているとはいえ、まだまだレベルも追いついていないし、ゲームの中でのことだった。
前にできていたことが、今できるとは限らない。
それでも、俺は飛竜の倒し方を知っている。
それに、母さんたちが今どこにいて無事なのかはわからない。
「でも……」
「ナオ君の気持ちはわかる。お父さんたちが心配なんだろう? 大丈夫だよ。彼らはこの国で四番目と五番目に強いんだから」
……またそれだ。
四番目と五番目に強いから。
そうだとしても、本当に強い敵に序列は通用しない。
前世だって、いつも敵を意識してレベル上げをしてきたからこそ一位をキープできていたんだ。
命を賭けて戦う世界では、通用するのは自分の実力と準備だけなのだ。
……俺には何ができるのだろう?
先週に冒険者になって、本当に少ししか戦闘経験を積んでいない俺に。
知識だけはあるが、レベルと体がついていけていないというのに。
…………ここでじっと帰りを待つだけなのだろうか? 大切な人がもし窮地に立たされていたらどうする。
母さんたちが、もし死んでしまっていたら?
クリフさんがはぁ、と息をついた。
「………本当はこんなことしたくないけれど」
「…………?」
「ついてきて」
連れられてやってきたのは、どこかの倉庫だ。
「はい、これをつけて」
といわれて渡されたのは、小さな魔石の嵌まった
独特な光沢の放つそれを見ながら、ごそごそと作業をしているクリフさんに疑問を投げかけた。
「あの、これは?」
「
「はい」
そう言って渡してきたのは、穂先が鋭利な槍だった。それも何本も。
クリフさんが腕輪に槍を近づけると、魔石が光る。槍が粒子程もの大きさに分解されて消えていった。
数十秒かけて準備した全てをこの中に仕舞い入れると、クリフさんがこちらに怜悧な瞳を向ける。
「いいかい。これは特別だ。この先許されると思わないでね」
「……はい」
「その上で、だ。君の実力と立場を鑑みて、上層部には『僕個人の依頼を受けた』ということで話をつけておこう」
「……ありがとうございます」
俺は深く首を垂れた。
俺の身勝手なお願いに理解を示してくれたのだから。
「それから」
「はい」
「これは僕から」
クリフさんは俺に近づいてくると頭に手を置いた。
ポゥ、と置いた手のひらから光が漏れ出た。
「魔物から気配を隠す付与魔法と、どんなに強い攻撃でも一度だけ凌げる付与結界だ。見殺しにすると後味が悪いからね」
「あ……ありがとうございます」
目の前のクリフさんは、ふっと表情を和らげると、ぼそっと言った。
「……本当は、僕が一番最前線に出なければならないんだろうけど。もう、動けなくなってしまったからね。僕にできることは後継者の育成とギルドの安泰の維持だけだ」
「…………」
「君は飲み込みが早いし要領がいい。きっと凄腕の冒険者になれる。さ、行っておいで」
「クリフさ――」
視界が光で満たされ、一瞬意識が遠のいた。
頬に当たる冷たい夜風にハッとし、頭を振って音のなる方へ駆け出した。
クリフさんは、母さんたちはクルグスじゃないどこかで交戦していると言っていた。他のギルドランク最上位の人たちも分かれて戦っている。
なら、俺一人加わったところで姿を見られなければ、俺の正体はバレる事がない。
それに、現代ならともかく、ここは月明かりのみで街灯の一つもない夜の森の中。どんなに目のいい人でも顔までは分からないだろう。
竜特有の甲高い雄叫びにハッと夜空を仰ぐ。
飛竜が次々と飛んできて、それを一人の男性が対処していた。
体にぴったりと這われた銀の防具は、
なるほど彼が魔法剣の使い手か。
走りながら眺めていると、彼がこちらを見た気がした。
「………ッ!」
慌てて近くの草陰に隠れる。
バレた?
だが彼は特に気にする風もなく飛竜に集中した。俺は小さくため息をつく。
バレていないのなら、このまま続けていいよね……?
少し開けた場所に移動して、俺は
穂先に攻撃魔法を付与。先を尖らせる。追跡魔法をかけて、急所から少しズレたところに必中させるようにした。
小さく息を吸って、吐き出すとともに全力投球。槍は一直線――とまではいかないが、飛竜を追って飛び出した。
風を切って飛び出した槍は飛竜の急所である眉間を外して掠んでいく。
俺は直接攻撃しない。攻撃したら男の人が気づくだろうし、二次災害を出しかねないからだ。
見る限り彼の魔法剣は攻撃力は高いが、小回りが効きにくい。一直線すぎるのだ。
だから、相手の動きがよく分かる。ギルドランク一位の剣豪であるのなら尚。
そのため俺はバレないように、敢えて直接は狙わない。彼が止めをさす。
槍が丁度なくなったところで、俺は切り上げた。潮時だろう。
飛竜も残りあと数体となって来ているので、来た道を引き換えして帰る。
……うん、まぁ母さんたちは平気だろう。多分少ないとか言っていると思う。
ここ一週間で母さんと父さんの戦いを近くで見てきて、知ったこと。
それは、二人共何かない限り共闘をするということだ。最初は仕事を早く処理するためかと思っていたが、どうやら違うらしい。
欠点がなく完璧な人間がこの世に存在しないように、母さんたちにも欠点がある。それも大きな。両親の今の強さと地位は、諸刃の剣が合わさってできているのだ。
――――――――――
ギルドに戻り、クリフさんに報告をする。数十分ぶりに再開したクリフさんは俺を見てひどく安心したようにため息をついた。母さんたちはまだ帰って来ていないという。
「ありがとうございます、クリフさん」
「ああ、本当に……ま、君の将来はこれで心配はしなくなったけどね」
「あはは……」
「さ、疲れただろう。夜も遅いし、ホットミルクでも飲んで眠りな。これからは大人がどうにかするから」
「……ありがとうございます」
近くに腰を下ろし、クリフさんの出してくれたホットミルクを呷る。知らず知らずのうちに体は疲れ果ててしまっていたようだ。温もりがじんわりと体を巡って眠気を誘う。
俺はそのまま沈むように眠った。
――――――――――
「……ナオは?」
「寝ているよ。見ていく?」
「ああ、そうする。オルガも行くよ」
「うん」
ナオが眠ってから数十分後。仕事から戻ってきたダリアとオルガがクリフのところを訪れていた。
自分の息子の命が安全であったことに安堵し、音を殺してナオに近づいていく。
さらりとした黒髪をそっと撫で、彼女たちは執務室に入る。報告をするためだ。
入れば先に戻っていたのだろう、ルイラックやモニアの姿もある。クリフが椅子に座り、皆に着席を促した。
「それで、どうだったかな?」
「私のところは平気だったわよ。ノエルくんが指示を出してくれたから、ちゃんとやれたわ」
「…………誰かさんのお陰でダンジョントラップを発見することができましたけどね」
モニアとノエルのグループがぐちぐちと言いながらも報告をする。
ダリアとオルガもそれに続く。残りのルイラックも大丈夫だと言っていた。
「そうか。皆ご苦労だった。戦闘に当たってくれた冒険者の中には第三次スタンピードとも取れるといった報告が上がっていたけれど、その件についてはどう思うかな?」
「私はそんなに大事に取らなくてもいいと思う。スタンピードだったらもっと魔物の群れが来るだろうし。もっとも、
ダリアが言った。今回ばかりは、冷静に、客観的に見た感想だ。
モニアが思い出すように言った。
「確か、私達の他にイェレナちゃんとルナちゃんも参加していたわよね? 彼女たちの感想も聞いたほうが良いんじゃないかしら?」
「それを言うならグレイドさんとかジュリアさんにも聞いたほうが良いと思う。彼らはルナたちが到着する前から戦闘に当たっていたんだし」
ノエルがその地頭の良さで発想を繋げる。オルガがふと気が付き、ずっと静かなルイラックに顔を向けた。
「どうしたんだい、ルイラック。いつにもまして静かじゃないか」
「ん、いや……俺が飛竜と戦闘している時、誰か男の子が通ったような気がするんだ」
「気のせいじゃないか? そもそも近隣住民は避難させているんだし」
「…………そうだな」
オルガの言葉にルイラックは神妙な顔つきで頷いた。
――――――――――
気がつくと、朝日が昇っていた。
取り損なった疲労と少しの寝不足で体が重い。
首を動かすと、他の子達は外に出ているらしく、この空間には俺一人しかいなかった。
のそりと体を動かし布団を畳んでいると、一人の俺と同い年ぐらいの少年が入ってきた。
「うぇっ……あの人たちのテンションについていけるわけがないだろ……俺をなんだと思ってるんだ……ん?」
「あ……どうも」
「なんだ、避難児か。もう避難は解除されているからさっさとご両親のところに戻りな。俺はここで休ませてもらうとするから……」
俺に気づくと、少年はひどくぐったりとした様子で「もらうぞ」と俺の布団を掴んで寝入ってしまった。
「……? 二日酔いか?」
訝しみながら俺はローブを被り、母さんたちを探す。
ギルドの建物内にいると思っていたが、幾ら探しても一向に見つからない。
こんなことはなかった。俺は仕方なくクリフさんの部屋にお邪魔することにした。
仕事に追われているクリフさんに暇を縫うように間を見繕って聞いてみる。
「ねえクリフさん。母さんたち見なかった?」
「ああナオ君か。ダリアたちは転移水晶で一足先に村に戻ったよ。ナオ君は馬車で帰らせるように厳命されたけれど」
「………え? なんで!?」
「さぁ……それは僕にもわからない。きっと聞いても話してくれないと思うし。この転移水晶は何故か壊れてしまったから」
「………!」
墨汁の入った水風船が透き通った水の中で割れるように、俺の胸の中に嫌な予感が広がった。
ゲームの中でも度々転移水晶が行き先を制限することがあった。それは大半がゲーム進行に悪影響があるか、プレイヤーのレベル上絶対に死んでしまうと運営側が判断した時だ。
今回は、きっと後者だ。転移水晶が故障したのは、偶然ではない。多分、母さんか父さんのどちらかが壊したのだろう。
でも、疑問が一つ。
俺が村に帰らないようにするためなら、ココリコ村の俺の家の転移水晶との接続を制限すればよい。わざわざ壊したのは何故だろうか。
……いや、考えている暇はない。まずは一刻も早くココリコ村に帰らなければ。
「……ッ、クリフさん、俺帰ります。お世話になりました!」
「あっ! その前にこれを!」
駆け出そうとする俺を、焦った声が止めた。
振り返ると同時に、何かが投げ込まれる。
それは、小さな
「……
「僕からのプレゼントだ。中に振り込み済みの君のギルドカード、地図と銀貨や銅貨、食料や
「……ありがとうございます!」
俺はペコッと頭を下げ、飛び出した。
そのままココリコ村付近にまで進む乗合馬車を拾い、村に向かった。
―――――――――――――――
お久しぶりです!
少し連載を休止させてもらっていましたが、7月中旬頃からは三日に一話の頻度で投稿します。お楽しみに〜。
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