第九話 各々の戦闘

 迫りくる魔物を倒しながら、ルナはポロッと愚痴をこぼす。


「っていうか、ギルナン1〜5だけって、差別じゃないですか」

「そうか?」

「そうですよ! 他にもっともっと実力のある人間がいるんです。彼らにやらせるとか、ギルマスどうにかしてますよ。ただでさえ、4と5が不在なんです。飛竜は多くてそこそこ強いんですからもっと人員を割いても良い気がするんですけどー」


 ぷっくりと頬を膨らませながらもきっちりと仕事はこなすルナに、イェレナは子供を見るような目で上位の遠距離魔法を連続で放つ。


「まぁ、全てはギルマスの指示なんだし、気にすることはないと思うけど」

「お姉さまは楽観視しすぎなのです! もっと現実を見るべきなのです」


 大方魔物の数が減ってきて、もう剣を抜いて戦ってもいいかなというところまで来た時、イェレナはそういえば、と思い出した。


「ねぇルナ」

「なんです?」

「そういえば、ダリアとオルガ、ここに来ているらしいよ」

「…………えっ!?」





  ――――――――――





 一方、急遽作られた飛竜討伐作戦チームには、五人の男女が作戦を練っていた。


「まずはみんなお久しぶりだね」

「ほんとねぇ」


 ギルドナンバー5のオルガが柔和な笑みで残りの男女に声をかける。

 茶髪の女性――ギルドナンバー2のモニア・シェレフニーが相槌を打つ。


 モニアは国内トップの魔導師で、国王妃の護衛をしている。王都から駆けつけてきたのだろう。


「ギルマスも王都に入ればいいのに、どうしてクルグスにいるのかしら」

「面倒くさかったからでは?」


 今度はギルドナンバー3のノエル・レットが言った。

 彼はナオと一歳差の十になったばかりである。分厚い魔導書を抱えて口を開く。


「ギルマスのあの性格ですから。煩わしい王都にいるよりは地方都市で集中して職務に励みたかったのでしょうね」

「そうかしら?」


 こてん、とモニアが首を傾げた時、パンパンと両手を叩く者がいた。シン、と途端に静まり返る。


「再会を喜ぶことも大事だけど、今は一刻を争う事態。早めに飛竜を退治して、みんなで酒でも飲もうじゃないか」


 彼――ルイラック・ロベルトがにこやかに言った。

 彼こそがギルドナンバー1、この王国の冒険者の中でトップに君臨する剣士である。


 ギルドナンバーは、登録時には全冒険者のナンバーの最後の数になり、クエスト達成数や統治活動に特別な貢献をした際にナンバーが上がっていく。


 冒険者ヒエラルキーの中の、上位15名はギルドトップクラスの実力を持っていることから、巷では『王国が生み出した怪物』などとも呼ばれている。


「簡潔に言うね。今の所、三百ほどの飛竜がクルグスの上空、カイロン、メッサ方向に別れて向かっている。モニアとノエルはカイロンに、ダリアとオルガはメッサに向かって欲しい」

「ここは?」


 ダリアが腕組みをしながら聞いた。ルイラックがにやっと笑った。


「もちろん、俺がやる」





  ――――――――――





「ねぇモニアさん」

「んー、なあに?」


 魔導書を開きながらノエルが聞いた。


「どうして今更になってダリアさんとオルガさんが帰ってきたのでしょう?」

「毎年この時期になると、決まってクルグスに来ているらしいわよ」

「あ、127番、《茨の鞭ソーンウィップ》お願いします」

「了解〜」


 ノエルの声にゆったりとモニアが応答すると、空中に巨大な魔法陣がいくつも展開される。半透明で、淡い白銀でいて虹色のそれからうねりを上げて茨が鞭の如く飛び出した。


 器用に飛竜の翼に絡みつくと、ついていた棘が分厚い翼をいとも容易くへし折り、穴をあける。

 移動手段であり空中戦での要を一瞬のうちに無くした飛竜は飛行を維持できるはずもなく、あえなく落下した。


 ドゴォォン、という轟音が地面を揺らす。


 ノエルが気にもとめないといった感じに両手を頭の後ろで組んだ。


「あーあ、せめてクルグスかメッサが良かったなぁ。カイロンここも良いところなんだけど、地方遺跡都市って何なんですかね」

「いいところじゃない、十分ここも。それよりも早めに終わらせるわよ。ほら、指示出して」


 会話の途中でカイロンに飛んでくる飛竜は全て地面に叩き落としたが、這いずり回って新たな災害を生み出しかねない。周辺に住む人々は一時避難命令を出してあるため平気だが、彼らの帰る場所がないというのは可哀想なことだ。


 それに、地方遺跡都市というだけあって、旧聖紀時代の神殿や価値ある建物が壊されて良いはずがない。死守しなければ。


 飛竜は動き出しているため早急に手を打たなければならない。

 ノエルがペラリと持っていた魔導書を開く。


「あ、はい。62番、《氷華の大剣アイスソード》を、前方900メートルに10時から3時までの範囲で散らばせてください」

「了解」


 今度は地面に平行するように魔法陣が展開。月夜を埋め尽くした。

 そこから先の尖った氷柱が何本も絶えることなく降ってくる。飛竜は奇声を大地に響かせ、絶滅した。


「終わったわねぇ」

「そうですね。もう帰ってもいいですか?」

「駄目に決まっているじゃない。まだ飛竜が来ないとも限らないんだし、それに素材を集めてギルド本部に提出しないと」

「うぇぇ、めんど。ああもうこんなことになるんだったら魔導書使いになんかなるんじゃなかった……」


 ノエルの怠惰さに、モニアが苦笑した。


「なに言ってんのよ。十五歳になったら一時前線を退くでしょうに。それまでの辛抱よ」


 抗議するかのようにモニアの方を見た。だが彼女は気づいた様子もなく、地平線の方を注視している。


「……モニアさん?」

「ううん、ギルマスやルイラックが『スタンピードがくる』って言ってたから、魔物くるかなぁと思ってて」

「ここには滅多に来ませんよ。住民は一応避難させていますけど」


 ここ、地方遺跡都市カイロンのはずれには中規模のダンジョンがあるが、十数年前に二人の男女の冒険者が完全攻略を成し遂げ、今では空洞になっている。


 そのためクルグスのように魔物たちが飛竜に煽られて〜みたいなのは滅多に起こり得ない。


「じゃあ、そろそろ回収に行きますか」

「そうですね」


 モニアは自分以降には国を覆えるほどの大きな防御結界を張った。これで人間しか入れないようになった。少し歩くと、地面いっぱいに広がる飛竜の絨毯が広がっていた。


 飛竜は下位の魔物とは違い、溶けて消えることはないため、ドロップアイテムの代わりに確認部位を提示することが決まりになっている。


「ここから飛竜の証拠部位、飛竜の額に嵌め殺された第三の瞳サードアイですね。これを回収してギルドに提出すればもう僕達の仕事は終わり、ルイラックさんの奢りで酒場に行きますよ」

「そうね……もう気配もなさそうだし。あっ、私帰る前に観光して行きたいわ」

「なにいってんですか?」


 ノエルが魔導書から顕現させたマジックボックスに全ての確認部位をしまい込む。

 まーたいつもの天然っぷりがこんなところで……と思いながらふとモニアの方を見ると、彼女は幾何学的模様のある、確実に何かヤバい石碑に手を置こうとしていた。


 ……もしかしてあれ、ダンジョントラップなのでは?


「うわぁ、なんだろう。これ」

「ちょっ……!」

「えいっ」


 ポチッ。

 …………ゴゴゴゴゴゴゴ。

 ガッシャン、パラパラ。


「…………」

「…………」


 今、絶対に何か、やらかしましたよね……?

 ノエルの顔から、パッとモニアが目を背けた。


 その間を縫うように、暗闇から巨大なストーンゴーレムが顔をのぞかせた。


「モー二ーアーさーんー?」

「あっいやあのね、私も何が起きるかわかんなくてそれでね、興味本位で押してみただけなのごめんなさーいっ」


 ぎゃぁぁあっと半ば泣きながら、無意識に魔法を出し始めた。

 だがそれらはストーンゴーレムには殆ど効かない上に大掛かりなため遺跡への影響が大きすぎる。

 ひとまず止めなければ、と思い、ノエルは対抗魔法を繰り出して相殺する。


「ちょっと! 誰のせいでこんな事になったと思っているんですか!」

「だからごめんなさいぃぃっ」

「謝るぐらいなら上手く立ち回ってくださいよ! あぁもうっ、世話の焼ける……!」


 ノエルはたまらずモニアの手を掴んで走り出し、ストーンゴーレムを何もない場所まで誘き寄せる。

 ドゴンと、土の塊を投げてきた。地面のめり込み様をみて、これは隕石だろ、と思った。


「ほらっ、腰抜かしていないでさっさと立つ! 自分のなされたことなんだからご自分で責任を取ってください! これでも王国二番目の冒険者ですか!」

「そこはせめて王国一番の魔導師と言ってもらいたかったな……」


 ぐずぐずとしながらも、きっかりと責任を果たすのだろう、立ち上がりストーンゴーレムを見据えた。


「そうね。責任は取らないと。ノエルくん、指示をお願い」

「は? ご自身で考えてくださいよそれくらい出来るでしょうが」

「…………そうね。じゃあ――」


 そういうと、意識を集中させる。パッと、光輪で出来た弓が出現した。

 彼女が弓を構え、矢を引く仕草をすると、魔法陣が展開。光が集まり矢が出てきた。


 狙いをつけて、引き絞る。バツン、と音がしてゴーレムに一直線に向かった。矢は岩でできた皮膚に当たり、人間で言うところの右腕に命中。弾け飛んだ。

 すかさず今度は左腕を狙う。右足、左足。

 そして、頭部。


 一分足らずで完結したその動作は洗練されており、王国一番の魔導師を物語っていた。


「お見事です、モニアさん」

「えへへ、ありがとう」


 ノエルがドロップアイテムを拾いながら言った。モニアは嬉しそうに頬を掻くと、「じゃあ、他のところの援護にでも行きましょうかね」といった。





  ――――――――――





 ダリアは空を埋める飛竜を眺めていた。


「……誰? 少ないって言ったのは」

「ルイラックじゃない? どうして? もしかして予想以上に多かった?」

「ううん、その逆よ! こんなに少なすぎたら私のモチベーションがだだ下がりじゃないか」

「あ、うん。そっち?」


 オルガのツッコミにダリアが屹っと上空を睨んだ。


「まぁいいや。オルガ、やるぞ」

「はいはい」


 ダリアは両腰から二つの剣を抜いた。オルガがそこに魔法を付与する。


 、赤く光った。チリチリと熱い。


「やっぱりオルガの作ってくれた魔剣は最高だな」

「お褒めに預かり光栄だよ」


 オルガがにこっと笑いかけて、ダリアがダッと駆け出した。


 プツンと、飛竜が何かに引っ張られたように地上に落ちていく。飛竜はただただ混乱した。


 まるで、自分の意思で地上に落下していくような――。


「いただくよ」


 はっと気づけば、目の前にダリアが迫っていた。右手を振りかざし、頭部を破壊。焼け焦げるような痛みが走り、飛竜は絶命した。


「まだまだぁっ!」


 ダリアは運動機能の全てを失った飛竜たちに走り寄っていく。確認部位を器用に躱しながら。


 しばらくすると、魔剣に変化が訪れた。

 色がのだ。


 冷気を吐き出したそれは、氷の魔剣。




 オルガは付与魔法使いであり、万物に己の魔力を付与させることができる。

 彼は数多ある付与魔法使いの中でもトップで、付与されたものは至高の領域に達するとまで言われている。


 だが彼は付与魔法しか使えないが故に、元いたパーティーでは雑用係やらされていた。


 そんな彼がタッグを組んだのは、『無魔法の剣姫』と呼ばれる魔力を持たないダリアという少女だった。


 彼女は魔力を持っていないが、それに比例して剣の才能だけは世界でも最強と謳われていた。だが所詮魔法世界において無魔法はヒエラルキーの中の最下層に位置しており、彼女が日の目を見ることはなかった。


 どん底だった彼女の人生を変えたのは、オルガと出会ってからだ。

 ダンジョンで出会い、そして共闘した。お互いの穴をカバーすることで、世界最強へと成り上がったのだ。





  ――――――――――





「…………おや?」


 各々が各地で戦闘を開始していた頃。

 ルイラックが飛竜の相手をしていると、小さな影が森を横切ったように見えた。


 大人にしては背が低く、子供にしては上背のあるほうだ。

 全員避難させているから、ここには自分ひとりしかいないはずなのに……と、考え至った時、飛んでくる飛竜が


 だがそれはほんの少しのこと。駆け出し冒険者には判別の出来ないことだが、数多の戦闘をしてきたルイラックには、その差が手を取るように分かった。


 だが、これといって飛竜が絶命したわけでもないらしい。ただ、近づいてくる飛竜から遅くなるだけ。


(………これは一体……?)


 だが多くの飛竜を相手取っているルイラックには、そのことを考えている暇はない。なにせ、ここクルグスが今一番飛竜害に苦しめられいているのだから。


「何かは知らないけど、さっさと終わらせてもらうよ」


 ルイラックが剣を横に薙いだ。魔法剣を得意とするルイラックの愛剣から魔法の風が出現。飛竜の首をスパンと跳ね飛ばした。

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