第八話 開始
最初に動いたのは、母さんだった。
「建物の地下へ! 急いで避難しなさい! 飛竜は暴風を巻き起こす!」
テキパキと声がけをして、突然の恐怖に逃げ惑う人々を誘導する。
先程まで明るかった屋台街が、一瞬のうちにして恐怖へと染まった。
ガシャンガシャンと屋台が閉められ、人々が建物の中へと殺到する。
「ナオも避難しなさい。ここからならギルドも近い。商業ギルドでも冒険者ギルドでも何でもいいから」
「でも、父さんたちは……」
俺は慌てて父さんに聞く。
前世の時、飛竜はレベルを上げる手っ取り早い方法の一つだった。黒竜の下位互換であるため経験値もそこそこ多いからだ。
そして、飛竜は群れで飛ぶため経験値を効率的に多く稼ぐ方法でもあった。
俺が初めて
やっと
負ければ死が現実であるこの世界で、軽装で飛竜の群れに突っ込むのは自殺行為だ。
だけれど父さんは優しく笑いかけると、俺の頭に手を置いた。
「大丈夫だよ。なんたって父さんはこの国で五番目に強いんだから。それに、戦うのは父さんだけじゃない。ここには、母さんや同業の人だっているんだよ」
言われて辺りを見る。よく見れば、避難誘導をしているのは母さんだけではなかった。装備したギルド所属の冒険者がちらほら見えた。
「だから、ナオは安心して避難しなさい。事が終わったら迎えに行くから」
ほら、と言って父さんは冒険者たちのところに向かってしまった。
…………これでいいのか?
確かに、避難して父さんたちの迎えを待っている間は、安全だろう。まだレベルが追いついておらず、死ぬよりはずっとましだ。
だけど、このまま何もしなければ、俺はきっと成長できないだろう。ずっと周りの人に頼ってばかりじゃ、本当に自分ひとりの力を求められた時に生き延びることが出来ない。
じゃあどうする?
戦うしかないだろう。幸いなことに、俺は安物の武器でも飛竜を倒してきている。飛竜の弱点や効率的な攻略方法を知っているからだ。
だから極論を言えば――木の枝一本でも戦いようによっては倒せないこともない。
俺はギルドに向かっていた体をクルリと返すと、人の波を逆流しながら進んでいく。
「あっどこ行くの!? 危ないじゃないこっち来なさい!」
「っ!?」
見知らぬ女性に腕を掴まれ、俺はつんのめりそうになった。
バッと見れば装備した女性が怒っているような表情で立っていた。
冒険者のようだった。
「君、どこの誰だか知らないけれど、今そっちは危ないからこちらに来なさい」
「離してください。今はそれどころではないんです」
「今は異常事態なのよ。君のような装備も何もしていない人間が行っていい場所ではないわ」
俺は咄嗟に払おうとしたが、案外女性の掴む力は強く、なんとしても行かせたくないようだ。
「君ご家族は? どこに避難しているか分かる? 一緒に行ってあげるから」
「離してください」
「冒険者ギルドに行けば安全よ。そこで待ってなさい」
駄目だ、話を聞く耳すら持ってくれないようだ。
俺はどうにかして逃げようとしたが、悉く失敗してしまった。
大人しくなった俺に女性は満足し、対応に追われている受付嬢に俺を出した。
「ネオンさん、ジュリアです。避難者一名、子供です。至急保護をお願いします」
「分かりました。君、悪いけれど二階の応接室に向かってくれないかな? すぐに分かると思うから」
「じゃあ、ここで待っててね」
ジュリアさんは受付嬢に俺を預け、さっさとギルドから出ていってしまった。
俺の逃げるタイミングはゼロに等しく、悶々としながら応接室に向かう。
そこでは同年代の子供達が集まっていた。
みんな家族と離れ離れになってしまったらしく、恐怖に引きつった表情をしている。ブルブルと震え、支給品であろう毛布を全身にかけていた。
俺はとりあえず空いていた部屋の隅に座る。
これからどうしよう。まずはここから逃げ出さなければ。
窓から降りる? 怪我をしたくないし、ここにいる子どもたちを更に怖がらせてはいけないから却下。
正面入口から出ていく? 入り口には警備の人もいるだろうし、それに多くの視線に晒されるためこれも却下。
じゃあどうすれば……と考えたところで、クリフさんが入ってきた。
「……おや、ナオ君じゃないか」
「クリフさん。こんにちは」
クリフさんを見ると、俺はとあるひらめきを見出した。
そして新たに入ってきた子たちに毛布と温かいスープを支給しているクリフさんに近づいて話しかける。
「――……クリフさん、お願いがあります――」
――――――――――
「くそっ……なんだこの数は! 倒しても湧き出てきやがる!」
「落ち着けグレイド! 竜族は下級魔獣の闘争心を掻き立てる! 多分これは、スタンピードの予兆だ!」
一方、森の中では、複数の冒険者が迫り来る魔獣の対応に徹していた。この森の奥には地下ダンジョンがあり、そこから出てきているようだ。
だが、件のダンジョンは数年前に攻略し尽くされており、魔獣はとうの昔に消失していたはずだった。
ではなぜ、こんなにも魔獣がくるのだろうか。
「ギルドから今通達があった! クルグスの奥にある複数の村から派遣依頼だ。すぐに何人かは向かうようにと」
「はぁ!? まじかよ」
クルグスのもっと奥ーー王国の南西部には、まだ未攻略の大規模ダンジョンがある。
魔獣はそこから来ているのだろうと、グレイドは思わず舌打ちをした。
「チッ。こっちは手一杯だっつーの!」
実際、ここに十、十一人はいるが、それでも市街区に流れ込まないように阻止しているだけで精一杯だ。誰か一人でも欠ければ、この均衡は崩れてしまう。
誰か一人でも、自分のギルドナンバーより高い人間が来てくれれば――とグレイドは思う。
愛用している短剣を両手で握り、突っ込んでくるウルフの個体を捌く。十数分前から戦っているが、それでも終わらない。群れ自体にそもそも個体の数が少なかったのが僥倖だろう。
「……っ、終わったか……?」
一緒に戦っていた冒険者の一人が、途切れたウルフの群れを見て、息も絶え絶えに呟く。
その一言で、じわじわと緊張が解れていく。
「ギルドからだ! 村の人は全員王国中心部に避難完了だそうだ」
「よかった……」
だがスタンピードはこんな生易しいものではないとグレイドは身に沁みて分かっているため、彼は「気をつけろ」と言おうとした。
だが――彼は気圧されてしまった。はるか後方、確かに魔物の行軍がこちらに向かって突っ込んでくるのが見えたから。
「嘘だろ、オイ……」
「防御結界を張れッ!」
グレイドとほとんど等しいタイミングで、冒険者の一人が声を上げた。
数秒経ってから魔法陣が浮かび上がり、辺り一帯を青白い光が埋め尽くす。
だが。
(遅かったか……!)
「全員戦闘準備! 魔物を一匹残らず倒せ! 街に被害が及ばないようにするんだ」
防御結界に弾かれた魔物は立ち往生しているか、後続の魔物の下敷きになっている。
しかし、結界を逃れた魔物たちがこっちへ奇声を上げながら迫ってくる。
「ギィヤァァァァァアッ!!」
「気持ち悪いんだよ!」
グレイドはこちらに走ってきたゴブリンに短剣をパッと握り直し、薙ぎ払う。直撃したゴブリンは魔石とドロップ品を残して溶け消えた。
ちょこまかと早く走りずる賢く立ち回るゴブリンは、ガタイのいいグレイドには少々不向きな相手だった。
なんとかリーチの長さと長年の勘で戦えているが、体力が尽きるまでの勝負となる。
何体もの相手をして捌いては薙ぎ払い、斬って倒す。
何人もの年季の入った冒険者が相手取っているというのに、未だ魔物側が優位に立っている。
グレイドは思う。
(………これは、十数年前の第二次スタンピードの再来か?)
第一次は今から900年以上前、この王国史上最初の頃に、第二次は十数年前に起きた。どちらとも原因は定かではないが、上位種の魔物、あるいは魔獣の行動が関連していると言われている。
魔獣や魔物の尋常ならざる量と気迫、そして飛竜の群れの発生から、第三次スタンピードと仮定することが出来る。
「――くッ!」
思考に気を取られて襲いかかってくる魔物の対応に一瞬遅れた。
グレイドの体勢が崩れた瞬間を狙って、ゴブリンが攻撃してくる。手に持った包丁はどこから調達してきたのだろうか。まさか村から盗ってきたんじゃないだろうな?
間一髪で避け、横に薙ぐ。シュッと溶け消えて魔石とドロップ品がコロンと転がる。
息つく間もなく魔物の対応に集中する。防御結界で魔物の流れは断てたとはいえ、それでもこの量。王国史に刻まれているスタンピードの中でも抜群に多いのではないだろうか。
「クッソ! ………あっ?」
今の所ゴブリンしかいないのが不幸中の幸いだろうか。ずっと後方にはオークなどもいるため、ゴブリンを完全に倒し切るまでにどれだけ力を温存出来るかが勝負だろうか。
右手で握っていた短剣がバキンと刃の中腹から真っ二つに折れていた。急激な酷使による副反応が出たのだ。
「チッ!」
左手のを右に持ち替え、慌てて対応する。だが遅く、グレイドは後ろに跳ね飛ばされた。受け身をとって大ダメージを阻止する。だが、重要なのは自分の体ではなく。
「しまった! 崩れた!」
グレイドの転倒によって均衡が崩れ、魔物側に天秤が傾いた。それも、大きく。
右で握っていた短剣も気づけば側になく、少し離れた場所に転がっていた。
やばい、この状況はやばい。
それよりも、この状況を作り出したのが自分ということに戦慄いた。
自分に向かって魔物たちが走ってくる。今のグレイドは何の装備もしていない丸腰だ。戦場に武器一つ持たずに突っ込むことは自殺行為で、今は自分がその立場に立っている。
どこからかの民家から盗ってきた棍棒を振りかざし、直撃する――前に、グレイドは避ける。そして愛剣のところまで走り、掴む。
「うぉおおっ」
リーチの長さのデメリットを生かした攻撃。怯んだすきに腰につけているピックを取り出し、複数の魔物に投げつける。奇声を上げて魔石と化した。
長年冒険者をやっていたこともあって、こういう想定外の事態に慣れているのか、一瞬で体勢を整えたグレイドに魔物が怯む。
今度は逆にグレイドが突っ込んでいく。すれ違いざまに大きく振りかぶって進んでいく。コロコロコロ、と魔石が溢れていく。
だけれどとうとうもう一本の短剣も折れてしまい、グレイドの手持ち武器はなくなってしまった。いや、ピックがある。それでもなけなし程度ではあるが。
グレイドは折れた根本で尚も戦う。そうまでしないとこの量の魔物は到底倒しきれないのだ。
と、奥側の魔物が爆発した。ごっそりと空間が出来る。それが断続的に続き、魔物の動きが遅くなった。
同時に、グレイドたちが相手にしていた魔物が全部消えた。
「いやー、遅くなってごめんねぇ」
「お姉さま、そんな呑気なこと言っている場合ですか。まずは冒険者さんたちの手当ですよ」
血生臭い戦場とは似つかないのんびりとした声音が響く。グレイドたちが声の方向を向くと、二人の可憐な少女が歩いてこちらに近づいてきた。
真っ赤な髪の毛に青い瞳を持った女性に近い少女と、ローブを羽織り黒髪で紫の瞳を持った幼い少女だ。
その二人を見て、一人が声を上げた。
「イェレナさんとルナちゃん! 助けに来てくれたんだね!」
「え……あの二人が!?」
イェレナ・ヴァルトリーゼと、ルナ・スグレイド。それぞれギルドナンバー8と9の、国内屈指の冒険者だ。
「勘違いしないでほしいのです。私達は本当は飛竜退治に向かうはずだったのに、ギルド長が1〜5までの冒険者しか飛竜には対応させないとか言いやがるから……!」
「ルナ、ほら回復」
「あ、はい。
何かを忘れていたのを思い出したかのような、軽い口調でルナは回復魔法をかけた。さっきの罵倒は。
だが言葉とは裏腹に体から立ち所に傷が癒えていく。まるで自分の体ではないようだ。
これが、奇跡とも称される
「え、あ、あの……」
「あぁ、ここはウチらがやっておくから、アンタらは尻拭いぐらいしてなって」
自分たちが取りこぼしたものは自分たちで責任をとって処理しろ、ということだろう。
グレイドたちは気遣いに感謝して、クルグスの中心地に向かった。
――――――――――
グレイドたちが森を抜ける直前、さっき耳にしたのとは違う類の爆音が轟いた。次いで奇声が響く。
飛竜狩りが始まったのだ。
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