第七話 仕事と今後の予定について
指定された部屋は、いわゆる“家族向け”のもので、そこそこ広かった。浴室とトイレなどを省いても、教室1.5個分並みの広さがあった。
キングサイズのダブルベッドに、窓際にソファベッドが一つ。寛げるテーブルやソファなどもあり、ウェルカムスイーツがのっていた。
なかなか立派な作りだな、などと思っていると、母さんたちはとりあえずベッドの上に荷物を置き、テーブルのところに集まるように言う。
俺もソファベッドに荷物を置いて、空いているチェアに腰掛ける。
母さんが筆記用具を取り出す間に父さんはお茶を準備した。その手際の良さったら。
「さて、じゃあ改めて仕事の確認とそれから仕事分担ね」
「一応俺が確認したけど、今年もほとんど変わっていなかったね」
「そう? じゃあナオに振り分ける仕事もカバーしやすいかも」
母さんは口にクッキーを含ませながら、資料を慣れた手付きで次々と読み込んでいく。
そして紙を取り出してサササッと筆を走らせた。父さんが覗き込んで「うん、これなら平気だね」とOKを出した。
「じゃあ、ナオ。これがナオの仕事分。私達が他の仕事をこなしている間に終わらせといてくれ。なに、たったこれだけなのだから、当然出来るだろう?」
俺は受け取って、沈黙した。
そこにはびっしりと埋め尽くされた文字の羅列。なんかゴブリン300体とか物騒な単語が見えたんですけど。
……嘘だ!
なにがたったこれだけ、だ! 母さんたち俺を殺しに来てない? 俺何か悪いことでもした?
紙を持って放心していると、段取りをもう決め終わったらしい母さんたちが満足そうに頷きあった。
「じゃあ、せっかくクルグスに来たんだし、本格的に観光でもするか」
「そうだね、必要なものも買い揃えなければならないしね」
「必要なもの?」
母さんの言葉は置いといて、俺は首を傾げた。必要なもの……生活必需品か。最低限のものは村の商店でも購入できるから、現地調達という考えはなかったな。
宿を出て、母さんたちについていき、買い物を楽しむ。どれもこれも日本ではごくありふれた、でもこの世界では高価なものばかりだ。商業の一角を担っているため、入ってくる商品のバリエーションも量も多く、それにつられるように人々も多い。
だが結局どの店でも物品を購入することはなく、逸れた裏道を進んでいく。ここからはグッと人の数が減り、しん……と喧騒がひどく遠くに聞こえるほどに静寂につつまれる。
歩いてやがてついたのは、一軒の建物。男性が何かを振りかぶっているシルエットが特徴的な看板を吊っていた。
父さんがカランコロンとベルを鳴らしながら建物の中へ入っていった。
するとぶわり、と熱気が体を包み込む。まだ薄寒いとはいえ、こんなに部屋を暖かくしていると熱中症にならないのだろうか。
強気な女性が振り返った。そしてパァッと破顔する。
「やぁ、エレーナ」
「ダリアじゃないか! 久しぶりだな。元気にしてたか?」
駆け寄り、どこよりも紅い長髪を持った女性は母さんにガバっと抱きついた。
二人は絆を確かめ合うように抱擁し、女性が父さんに目を向ける。
「オルガも、元気そうだな」
「まぁ、それなりにはね。なんとかやっていってるよ」
「そうか。ところで今日は用件で?」
「私の息子に作ってやって欲しいんだ」
「……息子?」
エレーナさんはようやく俺の存在に気づいたらしく、水色の瞳をこちらに向けた。
「……へぇ、珍しいじゃない。黒髪黒目は」
「私の息子だ。怒るぞ?」
不貞を疑われそうになったのだろうか、母さんがキッパリと言った。エレーナさんが慌てる。
「あ、いや、そういう意味で言ったわけじゃなくて。黒髪黒目は魔法学的にも興味深い学説があるから」
「なんだ、そういうことか」
母さんが安堵する。エレーナさんは椅子に座り、俺たちを見た。
「それで、詳細なご要望はおありで?」
「ナオに似合う剣を作って欲しい。出来れば、そうだな……出来る限り壊れないやつがいいな」
「ははっ」
さっきのお返しとばかりに母さんが言う。エレーナさんは声をあげて笑い、それから本格的に話し込み始めた。
蚊帳の外に追い出された俺たちは、エレーナさんが座ってと言うので接待用のソファに座る。
落ち着いて周りを見渡してみれば、そこは鍛治工房だった。
大きな竈門から火が爆ぜていて、隣には鉄鉱石と思しき岩石がゴロゴロと転がっている。鉄のハンマーと鉄板が置いてあり、壁には今まで作られてきた長剣や盾、短剣などが飾られていた。
「ここは鍛治工房エリュウ。完全受注生産の剣の名店だよ」
「父さんたちも最初からここでお世話になったの?」
あれほど仲良くしているんだし、顔を合わせた時にお互いの名前まで知っていたのだから、顔見知り以上の関係があると見ていいだろう。
「いや、もともと母さんが懇意にしていた鍛冶師でね。父さんは母さんと知り合ってから親しくなったんだ」
「そうなんだ」
「なんで父さんたちがここに連れてきたのか聞かないのかい?」
納得する俺に聞いてくる。
俺は目を見開いた。
確かに疑問には思った。ただ、その目的の対象が俺だと認識するのに時間を要しただけで。
俺は曖昧に頷く。
「うんまぁ、気になったけど……聞いてほしいの?」
「いや、別にいいよ。理由を察してくれているんなら」
「――――というわけで、よろしく、ダリア」
「あぁ。最高級のものを頼むぞ」
「当然よ。私は何事にも妥協しないからね」
父さんとの会話が一瞬途切れ、逆に母さんたちの会話が終わる。
エレーナさんがそのまま近づいてきて、にこっと笑った。
「やぁ、君がナオだね。ダリアたちから聞いているよ」
「初めまして」
俺がペコリと挨拶すると、エレーナさんは腰に手を当てて覗き込んでくる。
「利口な子供じゃないの。ちゃんと大人に挨拶できるなんて偉いわね」
「常識ですから」
「まあそうね」
うんうんと頷く。
「私はエレーナ・コルルエ。ここ鍛冶工房エリュウの店主をしているわ」
「父さんから聞いています」
「こちらの都合でここで店やっているけど、優秀な弟が王都西南地区で鍛冶屋をしているから、
「あ、分かりました」
王都に行く予定は今の所ないけれど、思わずそう言う。
……これ、何かのフラグとかじゃないよな?
――――――――――
俺たちは束の間の団らんの後、今日のうちにやっておける仕事は済ませておくことにしようということになり、郊外にある山の中に入っていった。
今回集めるのはエポルス草というで、煮込んで濾せば耐毒効果を得られるもの。
依頼書には俺ぐらいの身長ほどある籠に、少なくとも八分目まで入れてギルドにもってこいとのことだ。
エポルス草自体が緑茶の茶葉ほどの大きさなので、たまるには時間がかかる。そうとうな労働内容だな。
特徴的なのは、エポルス草の色だ。耐毒とあって紫色の色をしている。これを採取し他の果実や薬草などと混ぜ合わせて濾すと耐毒ポーションとなり、戦闘中で毒を食らった時に飲めば解毒したり毒への耐性を得たりすることができる。
素手で触ると草自体にも毒があるため傷口を媒介として体内に入ってきてしまうらしいため、採取の時は手袋をする。
「何年も見ているけど、まるで紫の絨毯みたいだな」
「そうだね。繁殖力も強いし」
母さんたちがそういう。去年もこうだったのか。
「この籠八割分だけでもいいって書いてあったけれど、あれはここ一面は全部採れって意味。ナオも覚えとけ」
「あっうん。覚えとく」
母さんのキリッとした表情に返答し、母さんたちを倣って採取していく。
日が西に沈み、綺麗な茜色を空に映し出し始めた頃、ようやく俺たちの初仕事が終わりを迎えた。
一面を摘み取り終わり、ずっしりと肩にのしかかる重量を感じながら下山し、ギルドに向かう。
ギルドは夜行性の魔獣を狩る夜専用のクエストや、酒場もあるため夜も開いているんだそう。俺らが来た時はまだ午後五時を指していた。
母さんがカウンターに向かう。籠を出せと言われたので、肩から下ろして預けた。途端に軽くなる肩が気持ちいい。あぁ、重かった……。
「納めてくれ。これが依頼書と品物だ」
「確認しますね。エポルス草の大量受注……はい、確かに受け取りました」
受付嬢が側にあった魔石の嵌められているシーリングスタンプを手に取り、ポンと依頼書に押すと、赤い色合いでギルドの紋章が現れた。
「では、こちらはお預かりさせていただきます。クエストお疲れさまでした。報酬銀貨21枚分、ギルドカードの方に振り込ませていただきます」
「あぁ、また頼む」
受付嬢が奥に引っ込むと、母さんも「帰ろう」と言う。
「あの動作がギルドの受注完了なの?」
「あぁ。ナオも覚えとくんだぞ」
「単純だし、覚えられるよ」
母さんたちの中では既に自分がギルドに通うことになっているのだろう。ギルドに登録した時からもう決まってはいるのも同然なのだけれど。
「それよりも、夕食はどうする?」
「そうだね。ここにいるときは全部外食で済ませちゃっているから。屋台街にでも顔を出してみるかい?」
「あぁ、そうしよう。ナオ、行くぞ」
「うん」
俺はギルドを出ていこうとする両親たちを追う。
――――――――――
「こんな時間なのにまだ人がいるんだね」
「この時間帯は夕食の材料とか外食目当てで来る人も多いしね。それにここは昼間とは違った場所で、軽食からガッツリまでの料理を提供している、『屋台街』と呼ばれているところなんだ」
本当だ。
屋台が肩を並べひしめき合い、美味しそうな匂いを漂わせている。そこかしこから活気に満ちた声が飛び交い、昼間よりも繁盛しているように見える。
席を見つけといて、という両親の言葉に従い、空いている三人席を探し、着席する。
と、月光と屋台灯に囲まれた星空に、ふっと影が通る。
一瞬ザワッと鳥肌が立ったが、横切ったのも一瞬のことなので、俺は幻覚だろうと結論づけた。それよりも美味しそうな匂いだな。
地球でいうところのバンコクやシンガポールに雰囲気が似ている。行ったことはないけれど、妹に旅行雑誌を見せてもらい、画像で見たことがある。
「おまたせ」
そう言いながら父さんたちが持ってきてくれたのは、小さな入れ物に入っているブリトーだった。
薄く広げたパンに、野菜や何かの肉を美味しそうな匂いのするタレに絡めて包んだ、とても食べごたえのある美味しい料理。
それの他にも母さんは付け合せの料理を買ってきてくれて、村ではなかなか食べられない食事を堪能した。美味しかった……。
宿に戻り、シャワーを浴びてソファベッドに座り込む。父さんたちはもう寝入ったようで、二人分の寝息が微かに聞こえてくる。
《名前》 ナオ Lv.16(497/850)
《職業》 少年
《スキル》 なし
《魔法》 下級生活魔法全般
《体力》 Lv.17(326/900) 《俊敏性》 Lv.14(351/750) 《攻撃力》 Lv.15(115/800) 《防御力》 Lv.16(465/850) 《投擲力》 Lv.11(212/600) 《運》 Lv.10(239/550)
ここ三ヶ月と今日の仕事分で、やっとここまでたどり着いた。俺が
………裏を返せば、生き残るためには最低でもその半分――342レベに、王都に行くまでには到達しておかないといけないということだ。
……長いな。だけど、コツコツとやっていかないと、いざという時に、きっと俺は後悔するだろうから。今は効率がどうのこうの言っている場合じゃないよな。
俺は目を閉じた。
そして、母さんたちの野暮用はほとんど完了し、あと一日ほどで村まで帰れるだろうという日まで来た。
俺は指名された仕事をこなし、レベルも着々と上げれている。
夕食時、俺たちは初日と同じ場所に座り、遅めの夕食をいただくことにした。
毎食毎食違う料理を食べ、とっても満足だ。村に帰ったら、こんな贅沢はもう味わえないかもしれないけれど、まぁまた来ればいいことだし。
俺が俄に騒ぎ出したのに気づいたのは、その時だった。
カァーンカァーン。
鐘が夜の屋台街に響き渡る。
母さんたちが素早く警戒し、夜空を見上げた。俺もハッと見上げ――息を呑んだ。
広げた二対の羽に、鋭い鉤爪。何体もの列を成して飛んでくるそれがバサリと羽を動かせば、木々が衝撃に耐えるように歪む。ギャァア、と耳朶を劈くその音。
……あれは、間違いなく。
「飛竜だぁ――! 飛竜の群れがこちらに飛んでくるぞ――! みんな逃げろぉ――!」
厄災であり、経験値の塊の下位互換だった。
―――――――――――――――
100pv突破ありがとうございます! 感謝です。
これからも今作をよろしくお願いしますm(_ _)m
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