第六話 ギルド
父さんは中央やや奥側にあるギルドカウンターに近づくと、「仕事の受理をお願いします」と受付嬢らしき女性に話しかけた。
ゲームの中と一緒で、受付嬢のほとんどが耳の尖った精霊――エルフと呼ばれる種族だ。
エルフは大きく分けて二種類いる。精霊の森と呼ばれるところで生活しているか、人間の生活環境で生活しているか。おそらく彼女らは後者だろう。
「はい。ギルドカードをご提示ください」
そういってすぐ側にある水晶を指す。父さんがごそごそとカードらしき長方形を取り出し、かざした。
するとピッと音がして、ポゥと水晶が淡く発光した。
「登録者情報を確認しますね。ギルドナンバー4、オルガ・レヘト様。ランクはS」
「はい、合っています」
「では、ギルド長がお待ちです。三階奥にある執務室へお向かいください」
エルフの受付嬢は、側にある階段を示す。父さんがペコッと頭を下げて階段に向かった。
俺は階段を登りつつ、父さんに聞く。
「ねぇ、ギルドカードって何?」
「これかい? これはね、自分がギルドのメンバーですよって教えてくれる身分証だよ。ギルドに来た時とかには必須なんだ」
「ふぅん」
ゲームの中のメンバーカード的なやつか。
ここのギルドはそこそこ大きなギルドで、王都のギルド本部には敵わないけれど、王国屈指の規模を誇る。
登録している冒険者の数は多く、また周囲には魔獣や魔草なども自生していることから多くのクエストが入る、好立地な場所でもある。
また、ギルド間での情報を共有しているため、登録さえしていればどこのギルドからでもアクセスでき、クエストをこなせるという。
「一階にはカウンターや受付嬢たちのデスク、酒場などがあって、廊下続きに隣の宿がある。二階には受付嬢たちの仕事場所、過去に発行・受注されたクエストの一覧などが出来る場所。三階は、幹部やギルド長の執務室があるんだよ」
「へぇ、じゃあ、俺たちがこれから行く場所はそのお偉いさんたちがいるところ?」
「うん、ギルド長の部屋に入ったらローブは脱いじゃって平気だからね」
「あ、うん。分かった」
俺は改めてローブを着ていることを思い出す。このローブは視界が悪くなるからか、顔を隠すのにはぴったりだ。
階段を登りきり、廊下を突き当たりに真っ直ぐ進むと、一際大きなドアが出てきた。父さんがノックし、「俺だ、オルガだ」と言う。
直後に、「入れ」というドア越しのくぐもった声が聞こえ、父さんが躊躇なく開いた。
広々とした部屋。大きな窓に、革張りのソファとテーブル。大きめの執務机には書類が山の様に平積みされている。その間に挟まるかのようにして座っているのは、筋骨隆々としたダンディーなおっさん……ではなく、父さんと似た年齢の華奢な男性だった。
「よぉ、クリフ。久しぶりだな」
「あぁ、オルガも、壮健そうでなによりだ」
クリフと呼ばれた男性はにこやかに父さんと握手を交わした後、俺に気づく。
「おや、その子は……」
「ナオ、俺の息子だ」
俺はフードを外してペコっと頭を下げた。視界が晴れて、男性の姿がよく分かる。銀髪に金色の瞳をしていて、右目に丸眼鏡をしている。理知的な人間だった。
「なんだ、お前子供いたのか。ずっとダリアと二人で来ていたから、もしやとは思っていたのだが――そうか」
ふははと笑うクリフは、「じゃあ一旦座ってくれ」と言いながらソファを示した。俺が父さんと並んで座ると、執務机の上から紙を一束抜いて遅れて座った。
「じゃあ話は早いが、こなしてもらいたい仕事を言うぞ」
「あ、その前に」
父さんが話を止めた。そして、
「ナオをギルドに入れてもらえないかな?」
と言った。いきなりのことに頭が混乱する。これはクリフさんも同じだったのか、一拍置いてから「……どうしてだ?」と言った。
「もし子供を持ったら、その子には危ないことはさせないと言っていただろう?」
「状況が変わったんだ。ナオには最低限の後ろ盾が必要になった」
「……それはつまり、オルガたちに何かあって、万が一ナオ君を側に置けなくなった時には俺らギルドが支えてやってくれと?」
「どうとでも取ってもいい。だが、ナオにはギルドに入らせるからな。許可も出してもらう」
「まぁ、オルガとダリアの息子って時点で不安は限りなくないけど。ギルドのメンバーが増えるのも嬉しいことさ」
「ちょっ、ちょっと待って」
急な展開に追いつけなくなっていたが、これだけはどうしても確認しておきたい。
「母さんはこのこと知ってたの?」
「あぁ、大丈だ。母さんと決めたことだから」
「どうして?」
「ナオはギルドで働いてくれたら嬉しいからさ」
……本音を隠した嘘。あるいはその嘘すら本音なのかもしれない。
いつもの食うに食えない笑みでそう言われると、俺は頷かざるを得ないのだ。
仕方ないといった俺の様子を見て、クリフさんはさらさらと書いていた書類をピッと差し出す。
「じゃあ、ナオ君。ここに署名をお願いするね」
「あ、はい」
一緒に出された羽ペンにインクを染み込ませ、『ナオ』と記名する。
「名字はヘレスだ。母さんのメイルスと父さんのレヘトをかけ合わせている」
「分かった」
ナオの後ろにヘレスを書き加える。クリフさんに提出すると、「受理しました」とにっこり笑って受け取ってくれた。それを後ろに佇んでいた秘書の人に渡す。ちなみに秘書はエルフだった。
「ナオ君も入ってくれたことだし、改めて仕事の内容を伝えるぞ」
ぴらっとプリントを捲る。
「まずはラキア地方のゴブリンの討伐。最低でも百匹は討伐して欲しいらしい」
「あぁ、あそこはゴブリンが好む食材が多いからね。人間にとっても理想的なんだけど」
父さんが依頼書に記名する。
秘書エルフが受け取り、クリフさんが次の紙を捲る。
「じゃあ次は、ネルロ山に自生するポニア草の大量採取。状態異常回復に持ってこいだな。ったく、神殿の奴ら、自分の神聖魔法を消費したくないからって……採るんなら自分たちで採れよ!」
「まぁまぁ。他は?」
「あぁ、そうだった……」
頭をがしがしと掻き、それから面倒くさそうに言う。
「あー、あとは……まぁ自分で確認してくれ。っていうか」
紙束を渡された父さんがん? と聞いた。
クリフさんは言いにくそうに言う。
「オルガたちが復帰すれば丸く収まるんじゃないか。どうして冒険者生活から身をひいた?」
「いや、俺ももう歳だし。それにもうこれ以上大切な人を傷つけたくないからさ」
そう言う父さんはひどく穏やかで。
心の内がふわっと温かくなる。
「それにちょっと隠居生活してみたかったんだよね。俺らが前線から抜ければどのくらいの影響が及ぼされるか知りたかったし」
「…………長い間オルガと付き合ってきたけど、やっぱりオルガって変わってるよな」
「そうかな? 普通の村人だと思うけど」
ニコッとした表情で首を傾げる父さん。何だか怖い。
「思考回路が夫婦揃って常軌を逸していると言うか、俺たちとは違った思考回路をしているというか……」
「これくらい普通でしょ。じゃないと生き延びれなかったわけだし」
「……まぁ、そうだね」
父さんの容赦ない一言に、クリフさんの表情が笑いながら暗くなる。どこか心が抉られた? 器用な笑い方だね。
一通り書類に目を通していた父さんが顔をあげると、
「うん、一応全部目を通したけど……この数なら一週間かからないぐらいで終わるかな」
「は!? あの量を!?」
「うん」
飛び出てきた爆弾発言にクリフさんがギョッと面食らった。
「いやいや、あんな量バケモンだろ。普通ぶっ通しでやっても三週間はかかるあれを、一週間で? どんな手を使ったらそうなるんだよ……」
ソファの背もたれにぐったりと倒れかかりながら頭を抱えた。
確かに俺が前世の時でさえも、あれだけの量はモンスター出現の制限をなしにして徹夜でやってもせいぜい二日はかかる。そのくせゲーム内の時間と現実世界の時間は
それを踏まえて俺がこなすとなると、ゲーム内では少なくとも一ヶ月以上はかかる。どんなに効率よくこなそうとしても、それは不可能だ。
「お、俺もそう思う。何が何でも無理じゃないの?」
「ナオ、父さんは王国内で四番目に強いんだ。そんな父さんが魔獣の一匹や二匹、サクッと終わらせられないとでも思うかい?」
「いっ……いや」
父さんの視線に耐えきれなくなって、俺は慌てて否定した。最大の原因は、怖かったからだねもちろん。
「そうか、ナオは父さんと母さんの戦闘を見たことがなかったんだっけ」
「そういえば……」
言われてみれば本格的には見れていなかったな。
父さんたちの二つ名とかは知らないが、強いらしいことは何となく察していたけれど。
どれぐらい強いのかは、まだわからなかったな。
「じゃあ、いい機会だと思わないかい? 父さんたちは戦闘で仕事を消費できる。ナオは実戦を積める」
「確かに、それはウィンウィンだと思う」
足手まといが増えたところで、父さんたちなら俺一人分ぐらいなんてことはないだろう。実際、母さんたちとの鍛錬で何度か魔獣に襲われた時や逆に狩った時もあったけど、気にもとめていないどころか俺のフォローまでしてくれたし。
なら、父さんの提案を受け入れたほうがいいだろう。
そういう旨を伝えると、父さんが破顔した。
「じゃあ、決まりだね。クリフ、今日はダリアたちと話し合う必要がある。予約している部屋は?」
「あぁ、3−5室だ。これが鍵」
「ありがとう。じゃあ、話はまた今度な」
「なんだ、旧友との一年ぶりの再会はもう終わりかい?」
パシッとキャッチした鍵をひらひらと振りながら、父さんはにこっと笑う。
「また時間を見つけて来るから。その時は仕事を終わらせておいてくれよ?」
「うっ……善処するよ」
「あぁ、楽しみだ」
「くれぐれも死ぬなよな。ナオ君も」
「はい」
俺は父さんと一緒にクリフさんにぺこっと頭を下げ、部屋を辞する。
すると廊下に母さんが酒瓶片手に寄りかかっていた。こちらに気がつくと、キュっと酒瓶のコルクを締める。
「どうだった、クリフとは」
「なかなか興味深かったよ。さ、話し合いだ。部屋に行こう」
「そうだな」
俺は父さんと母さんの後ろを追った。
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