第四話 新たな参加者

 次の日、俺がいつもの通り午前中から母さんたちと練習をしていると、レナがふらりとやってきた。


「……レナ?」

「…………」


 俺が声をかけても反応はなく、ただ俯いて一言も声を発しない。


「レナ、何かあったのか。正直に話してくれ」

「………わ、」


 母さんまでもが心配になり声をかけると、レナは喉から絞り出すようにして声を出した。


「わ、私にも、教えて下さい……!」


 突然の大声に、俺たちは思わずポカン、として。

 それから、父さんが聞いた。


「……それは、武術をかい?」


 コクン……っと小さく頷く彼女からは、決して冗談ではないことが伺えた。

 レナには二人の兄がいる。うち兄は王都で活躍している騎士で、もうひとりは村に在中し魔獣の警備に当たっている。二人共れっきとした優秀な騎士だし、ルグスおじさんに学べばいいことだ。


 簡単なことなのに、それを無視してまで俺たちのところに来たということが信じられないのだろう。さすがの母さんたちも困っているようだった。


「わざわざ私達に指南しなくても、レナにはルグスがいるじゃないか。それに在中騎士のロエルも。彼らには学ばないのか?」

「……何度もお願いしました。『私に剣術を教えて下さい』って……でも駄目でした」

「それは、何か性急にしなければならない理由があるのかい?」

「理由は……あります。私がもっと強くならなければならないからです」


 レナの悲壮感に満ちた表情を見ながら、俺は昨日のことは本気だったんだなと思った。

 どう考えても彼女が剣を握る姿が想像出来ないのが気がかりだが、それにしてもどうしてそこまで武力に執着するのだろう?


 幼い頃――俺たちがまだほんの五、六歳の時にはまだ、天真爛漫な村娘だったというのに。

 それでも、困った時には手を差し伸べてあげるのが幼馴染みだろう。違うかな? まぁいいか。


「お願いします」

「……そういわれても、ルグスに言わないと……」


 俺は小さくため息を付いて、決断を決めあぐねている両親たちに言う。


「母さん、父さん。俺は嬉しいな。一緒に高め合える仲間が出来たんだから。それに、こういうのは本人がどうしたいかでしょ?」

「……そうね。レナ、ルグスには後で言っておくから、最終確認ね。やり遂げる覚悟はあるか?」

「……ッ! はい、もちろんです!」

「そうか、いいぞ。じゃあ、今日はガルドと一緒に昼食を作るのを手伝ってくれ。明日から本格的に鍛錬を始めるぞ」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 ぱぁっと顔を綻ばせて笑うレナに、母さんと父さんは苦笑した。





  ――――――――――





「ありがとね、ナオ」

「ん?」


 作った昼食を食べながら、レナはそんなことを言ってきた。

 俺には感謝される謂れはないから、本当に首を傾げた。


「もぅ……さっきのことよ。ダリアさんに弟子入りさせてくれてありがとね、ってこと」

「あぁ……別にいいよ、感謝しなくても。最終的に母さん同じ選択をするだろうから」

「えっ?」


 俺の言葉に今度はレナがキョトンとした。碧色の瞳を覆うまつ毛が上下する。


「どういうこと?」

「母さんはさ、レナがレナのご家族に指南をお願いして拒否されたことを知ってたんだよ。あの人は戦闘能力の高い人間を好むから、いつかは弟子にしたかったんじゃないかな」

「なにそれ、有難いんだか……反応に困るなぁ」


 あはは、と力なく脱力した表情で笑う。ふぅ、と息をついて、手に持ったサンドイッチにかぶりついた。


「……でも、明日からよろしくね」

「ああ、こちらこそよろしく」





  ――――――――――





「おはようございます、ナオ、ダリアさん、オルガさん」

「おはよう。早いな」


 次の日、レナがハキハキとしながら俺の家に来た。

 レナはいつも着ているワンピースではなく、動きやすいコットンシャツにチノパンを穿いていた。その見慣れない姿に俺はパチリとする。

 俺の視線にレナが気づく。


「あれぇ、ナオったらどうしたのそんなに見ちゃって。もしかして、惚れた?」

「いや、レナがそんな格好をするなんて珍しいなと思って」

「…………そこは嘘でもいいから惚れたって言いなさいよ」


 若干拗ねている声音で腰に手を当て零す姿に思わず吹き出すと、レナもつられるように微笑んだ。


「さぁ、始めるぞ。まずは軽く森の中を走ろうか」

「はい!」


 母さんの背中にくっつくようにして走り出すと、早くもレナの息が上がり出した。


「ま、待って……これどれぐらい走るの?」

「母さんの気分次第だけど……今日は軽いほうだと思う。頑張れ」


 まだレナには早かったか。ていうか母さん初っ端から飛ばしすぎじゃありません?


 走って、走って、レナが倒れそうになった時、ようやく森から抜けて家の前に着いた。

 レナがぜぇはぁ言いながら地べたに倒れ込む。


「しっ、死ぬ……っ。これは死ぬ……」

「お疲れ、レナ。最初にしてはよくやったほうだと思う」

「なんっ……で、ナオはそんなに平然としていられるのよ……っ」


 未だ動けずにいるレナの横にしゃがみ込んで、俺は労う。唸るように俺を睨んできた。


「いや、別に……慣れ? 俺も最初はこのぐらいだったけど、ちゃんと食べて寝れば超回復してこなせるようになってきたけど」

「ふぅーん……っていうか私はダリアさんに剣術を習いにきたのよ。早く素振りさせてよ」


 駄々をこね始めたレナに、俺は諭すように言う。


「焦るなって。何事も基本が大事なんだから。毎日の無駄だと思える努力が積み重なって実を結ぶ。それはどれも変わらないんだ」

「……それは、痛いほどよく分かるけど……でも、出来るなら最短でしっかりと力をつけたいじゃない?」

「それはまぁ、そうだけど」


 苦笑した俺たちに、母さんが二つ木刀を持って近づいてきた。「もう素振りですか!?」と喜び飛び上がるレナに母さんはにこりと笑う。


「これが欲しいなら、次は筋肉作り。ナオはガッツリやっちゃって良いけれど、レナはまだ乙女だ。そんなにつけてたら逆に私たちが嫌だな。ほどほどにつけるぞ」

「え、あ、あの。木刀は……?」

「筋トレが終わったら渡す。それまでは我慢」

「ふぇ……」


 うさぎの耳があったら、垂れていると分かるほどに、レナは落ち込んでいたが、「よし、やってやる!」と言いながら母さんの真似をし始めた。人ってすごい。母さんえぐい。


「じゃあ、俺も」





  ――――――――――





「剣は、力の入れ方によって攻撃力が上下する。タイミングも重要だな。慣れれば無意識で出来るが、慣れるまでは不自然に力を入れてしまうことも多い。まずは素振り500本、力の入れ加減に慣れるまで振れ」


 ひゅっと、息を呑む音がして隣を見ると、レナがだらりと汗を垂らしていた。

 無理だと、はっきりと顔に出ていたような。


「……無理なら、俺から母さんに言おうか?」

「ううん、大丈夫。ちゃんと500本振れるよ」


 青ざめながらも健気に言うレナに、俺は一種の既視感を覚えた。

 なんだか……前世の妹に似てるな。


「そうか。なら頑張るんだぞ」

「もちろんよ。だから子供扱いしないでくれる?」


 むすーっとした顔でビュンッと振り始めるレナ。その木刀の動きを見て、俺は思わず「ちょっと待った」と声を出した。


「何?」

「力入れすぎ。もっと落ち着いて、冷静に、込めるべきタイミングで力を込めるんだ」

「やっ、やってるわよっ」


 振れば振るほど力んでいく。……大丈夫か? 本当に。

 それは当人も自覚しているようで、焦っているように伺える。


 もう黙って見過ごせるわけではないので、バッと木刀を取り上げた。

 手から急に消失したのに呆然とした後、「……返してよ!!」と怒鳴ってきた。


「おいレナ、何をそんなに焦っているんだ」

「……ッ、別に今日中に素振り500本終わらなかったらどうしようって思っていただけよ」

「本当はそれだけじゃないだろう? レナは素振りが終了するかしないかで焦っているんじゃないように見えるけど」

「……――」


 はたと、我に返り。

 レナは瞳を左右に揺らしながら、さらに青ざめた表情で深呼吸をした。


「…………お願い、今は色々と詮索しないで」

「……あぁ」


 何度か繰り返していると顔色もだいぶ良くなってきたので、レナは俺から木刀を受け取る。


「もう大丈夫そうか?」

「うん、なんとか。さ、素振りを再開しましょうか」

「そうだな。俺はともかくとして、レナが終わらないと大変だから」

「どの口が。舐めんじゃないわよ」


 すっかりといつもの調子を取り戻したレナと冗談を言い合い、俺たちは素振りを続けた。





 数時間後。

 昼休憩を挟み、なんとか終わったレナは、夕食を食べていけという母さんたちを丁重に辞してから、俺と一緒に村に向かった。

 先日の一件から、母さんたちと特訓しだしてきてから護身用に剣を一本携えている。木刀ではなく、真剣だ。

 だけれどこれを抜く時は本当に有事の時のみ。誤ってレナを斬ってでもしたら合わせる顔がないし、一生罪を償うだろうから。


 今夜は無事に村に着きそうだな――そう思ったときだ。

 遠くからグォォオオ……という腹が痺れるような声を聞いた。


「あ……黒竜ね。もう起きてたのね……」

「? 黒竜?」

「ナオあんたそんなことも知らないの?」

「まぁ、勉強はしたことないので……」


 俺の言葉にレナがぱちくりと目を瞬く。


 曰く、このココリス村の北東部には、ライル山脈という厳しい気候の山脈が北東に連なっており、その山頂には黒竜が住んでいるらしい。だが誰も見たことがないので、本当に住んでいるはわからない。都市伝説や伝承に出てくるのも、姿を見たことがないからだという。あの絶対的なまでの戦慄わななきが、”ライル山脈に居座る黒竜”という人々の空想を作り出したんだろう。


 だが、この世界を間接的ではあるが楽しんでいた俺には分かってしまった。

 俺が十日間の復活期日を待ちわびながら、毎回狩っていた、経験値の塊であるということを。

 ……あの声は、『経験値の塊がここにいるぞ!』という一種の意思表示なのではないか?


「ナオ、ついたよ」

「あぁ、じゃあ俺はこれで」

「うん、ありがとね。また明日もよろしく」

「いつでも来いよ。母さんたちが楽しみにしているから」


 手を振るレナに振り返しつつ、俺は家に戻る。途中、ライル山脈の方向を見据えながら、


「待ってろよ、黒竜。絶対にお前を倒して、この世界で生き残ってやる」


 そう決意を固めて家路を急いだ。

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