第二話 逃げるという選択肢
静寂な森の中を静かに揺らしたのは、体長2mは裕に超えるであろう巨躯。
何も持っていないのにも関わらず、その場に立っているだけで空気を圧した。
……そういえば、この村のこの森の中はちょくちょくオークが出るんだったっけ。
「…………ッ、レナこっちだ!」
あやうく死亡フラグを立てた自分の頭を振り、立ちすくんでいるレナの手を取った。
まずは一旦家に帰ろう。母さんと父さんを呼んで、討伐してもらう。この斧じゃアイツの分厚い皮膚は到底切り裂けない。
走り出した俺たちは、元来た道を大きく回るようにして家を目指す。
だが、オークの仲間と思しき他の魔獣たちが集まってきそうな気配を感じた。
……これはやばい。
「レナ、お前は逃げて母さんたちを呼べ」
「ナオはどうするのよ!?」
レナがぎゃんぎゃん叫ぶ。
「俺はコイツらの相手をしているから」
「いやよ! ナオと一緒じゃなきゃダメ!」
「もう来てる。時間はない。俺は斧を持ってるから大丈夫。行けっ」
「〜〜〜っ」
俺はオークの気配のない方向、家のある方向にレナの背を押した。追い出されるようにしてレナが駆け出し、姿が見えなくなった後、ズシッ……という足音が地面を揺らした。
よく見ると、俺がゲームの中でよく倒していたモンスターだ。経験値は確か……レベルをかなり上げられるぐらいのはずだ。
倒し方は何度も戦っているから分かっている。
ただ一つ、懸念材料があるとすれば……コントローラーでいじっていた時と生身で戦うとなった時のギャップの差を如何にして埋められるかだな。
そして今の俺のレベルが相手に通用するかも重要になってくる。
「あの時の復讐に来たのか? すまないが今度も俺が勝つぞ」
俺が挑発するような笑みを向けると、腹に響くような声で鳴く。
「……攻撃してこないのか? じゃあ、こっちから行くぞ」
「グオオォォオッ!」
俺は姿勢を低くして、オークに突っ込んだ。俺の愛用していた1800コインで買えるものに比べれば性能面で少し劣るが、それでも数年間一緒に木を切ってきた斧だ。まるで手先のような感覚で、斧が馴染む。
「俺はアンタの動きを知っている。だからいつもアンタと戦ってきて思うんだ」
「グゥアッ!」
まだ十にも満ちていない体を最大限生かして、オークの死角に回り込む。
「アンタは、もっと強いんだろうなって」
分厚い肉壁に斧を食い込ませる。俺の魔法が付与された斧は、まるでオークが豆腐か何かのように思えるほど、容易くオークの足をぶった切った。
「…………ッ!! グォォオオッ!!」
視界に火花が散るほどの激痛にオークが絶叫した。鼓膜が破けそうだ。
これ以上動かれては困るまいと、俺はもう一方の足も削げ落とす。
巨躯を支える中心がなくなり、オークは膝からくずおれた。
そうして少ししてオークが完全に絶命すると、経験値とドロップ品を落として溶けて消える。
「…………はぁ。死ぬかと思った」
体格差があったからまだよかったものの、機転が効かなければ死んでいたかもしれない。実質斧に魔法を付与しなければオークの足すら切り飛ばせなかったのだから。
………母さんと父さんに修行つけてもらわないとな。
意外と乗り気な両親の姿を想像しげっそりとすると、俺はステータス画面を出現させる。
《名前》 ナオ Lv.3(151/200)
《職業》 少年
《スキル》 なし
《魔法》 下級生活魔法全般
《体力》 Lv.2(107/150) 《俊敏性》 Lv.4(183/250) 《攻撃力》 Lv.5(182/300) 《防御力》 Lv.2(72/150) 《投擲力》 Lv.2(141/150) 《運》 Lv.3(155/200)
うわ、結構高くなっているな。オーク一体だけでこんなに進むのであれば、もっとオークと戦いたい。
俺は次にドロップ品を確認する。ドロップ品は個体差にもよるけれど、基本は生活に使えそうなものを落としていっていく。
今回は……オークの革袋、オークの首飾りだけだな。
意外といけた……のか? こんなレベルで? ……偶然ということだろうか。
だがホッとするのも早い。気配がどんどん近くなってきている。流石にあの数を一人でこなすには色々と足らない場所が多すぎる。かと言ってこのまま放っておくと、村の方に危害が出かねない。
どうする、どうする……。
「ギャゥッ!」
「…………ッ!」
ダダダッと走ってきたワーグの個体に噛まれそうになり、すんでのところで斧を噛ませた。蹴りを入れ、木の幹に叩きつける。
衝撃が激しかったのか、そのままワーグはぐったりとし、霧散した。間髪入れず、襲ってきた残りの個体に対応する。
「はっ……はぁっ。クソ、数が多すぎる。これじゃあ崩れたら一気に持ってかれるぞ……っ」
どうする? このまま引き返して母さんたちのところに行くか。だけど母さんたちの場所がわからない以上、すれ違ったらもっとひどい状況になるのは目に見えている。
………それに、今更ここまで来て引くわけにはいかない。俺には最初っから逃げるなどいう選択肢など存在していなかったのだ。
斧オンリーなのは少し心細いが、母さんたちの到着までなんとか持ちこたえて見せる。
もともと俺がこの個数を相手にして勝てるだなんてこれっぽっちも思っていない。まだまだレベルが低いからだ。オークに勝てたのはまぐれ、他のオークを連れていなかったのは運が良かったから。そこまで自惚れてはいない。
……だから、時間稼ぎをしよう。
「……来い。俺がまとめて相手してやる」
襲ってきたワーグを
直前まで引き付けたワーグをぎりぎりで半歩身を引き躱し、首筋に突き刺す。返り血がほんの少し手のひらについた。
……気がつけば、俺は時間稼ぎをすると決めたのも忘れて、目の前の戦闘に没頭した。経験値が上がっていくのが分かる。そのことに、今まで感じたことのない感覚を身に覚えた。体が鍛え上げられていく高揚感と、自分が再びゲームのキャラクターを演じているような、今このすべてを俯瞰できているような感覚。
体が勝手に動く。まるで、自分がコントローラーを手にとって動かしているような――
「…………ナオ、もういい」
はたと、母さんの声で我に返った。
見れば母さんが険しい表情でこちらを見下ろしていて。
肩に置かれた手に込められた力が、とてつもなく強くて。
「……母さん」
「お前はよくやった。だが、熱中するあまり周囲を見渡すのが疎かになっているようだな」
その言葉に慌てて周囲を見渡せば、もう動いているものはなかった。ただ、そこに多くのワーグの死体に変わってドロップ品が落ちているだけだ。
「帰ったらまず体を洗おう。レナも今日はうちに泊まっていきなさい。あっちには伝えておくから」
「はい」
返り血を浴びているんだと、遅ればせながら気がつく。見ると両手や体が血で染まっていた。
そして続いたその凛とした声音に、俺は少ししてレナもそこにいることを知った。
「……レナ」
「何?」
「無事に母さんたちを連れてきてくれたんだな。ありがとう」
「どういたしまして。でも、こんな夜にこんな森の中で女子一人で追い出すのはどうかと思ったわ」
「……ごめん」
「謝らないで。これから改善していけばいいもの」
しゃんとしているレナのあとに続いて歩くと、体がふらついた。
気が付かないうちに積み重なった疲労が、九歳児には耐え難かったのだろう。俺は座り込んで立てなくなった。
ここで「お母さん抱っこ〜」なんて、外見は良いとしても精神年齢がもう総合して二十歳超えている俺にはもう出来ないだろう。普通に恥ずかしい。
なので、ここは同性である父さんに頼むことにした。
「父さん……動けない」
「こういうときは子供なんだよね、ナオって。まぁ、さっきの戦闘を見ててこうなるだろうとは思ってたけどね」
苦笑した父さんの肩に乗っかり、俺は家に近づいていく。
驚いたことに、俺らがオークと遭遇したところは以外にも森の入口にほど近いところだった。つまり、俺がオークと戦闘を開始してから母さんに止められるまでさほど時間はかからなかったということになる。
家を出たときは午後八時ぐらいだったから、一時間も経っていないのか?
体感時間ではもう一時間以上は経過していると思っていたのだけれど、時間とは不思議なものだな。
――――――――――
家に帰り、冬に差し掛かってきたのとこっちの方がよく落ちるからと、魔法で出来た温水シャワーで返り血を注ぎ落とす。
大方落ちたと思ったら、その後は部屋に押し込まれ、強制的に寝るよう指示された。斧は当然というか、いつもと違うものを相手にしていたため刃こぼれがひどく、使えないということで処分させられるそうだ。少し寂しいが、それでもものはものだ。いずれ耐久寿命が尽きて使い物にならなくなることは分かっていたから、悲しくなんてないもん。
それから約三日間、俺は死んだようにして眠った。
三日後、俺はどこかスッキリとした体を持ち上げた。体の不調が一切ない。
どうしてだろうか? どこか思い当たるとすれば……レベルが上ったとか?
俺は首を捻りつつもステータス画面を出現させた。
「うわっ……マジか」
《名前》 ナオ Lv.7(231/400)
《職業》 少年
《スキル》 なし
《魔法》 下級生活魔法全般
《体力》 Lv.6(287/350) 《俊敏性》 Lv.5(124/300) 《攻撃力》 Lv.8(365/450) 《防御力》 Lv.4(139/250) 《投擲力》 Lv.4(128/250) 《運》 Lv.5(268/300)
跳ね上がっていた。俺が寝ている間に何があったっていうんだ?
俺はとりあえず居間に行こうとして、ベッド脇に置いてあるものに目が行った。
「……? どうしてここにくまのぬいぐるみなんかが……?」
それは子供であれば一抱えありそうな大きさのテディベアだった。ご丁寧に青のリボンまで結ばれている。
「まぁいいか」
俺は考えるのを放棄した。今はいつにも増して頭がクリアなのだが、そんなものは知ったこっちゃない。
「母さん、父さん。おはよ」
「やっと起きたか。気分はどうだい?」
「元気だよ。ピンピンしてる」
「そうか。ならいい。それよりも、大事なことがあるだろう?」
母さんの声に、はて? と首を傾げた。今日は考え事が多いな。
「ナオの誕生日のことだよ。どうするん、何が欲しいんだい?」
「………あぁ、それか」
俺はようやく合点がいった。そういえば誕生日の日に魔獣たちに襲われたんだっけ。俺の人生、ちゃんとツイてる?
それでも、と思い、考える。こういう機会は滅多に無いから、丁度いいな。
色々とやらかしているのにも関わらず怒らない両親の包容力に感謝しつつ、俺は口を開いた。
「えっと、俺が欲しいのは――」
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