第一章 村生活編

第一話 ココリス村の少年

 よく晴れた日。

 テラル王国の、地図にも載っていないような東側の辺境の村、ココリスにて。


 かぁーんと、小気味よい音が鳴り響いた。

 俺の振った斧が薪を真っ二つに切り裂いたのだ。


 一旦休憩しようと思い、巨木の木陰に腰を下ろす。

 この世界に転生し、丸八年が経つ。


 俺はヒロと遊ぶ約束をしていて、家に帰り必要なものを取り出してヒロの家に向かった。

 その途中で、多分車に撥ねられて、即死。

 気がついたらこの世界にナオとして転生していた。


 両親ともに冒険者であり、今はこのココリスに定住している。

 この世界は、前世でプレイしていたMMORPG、《アナザーワールド》に酷似していた。


 まずはじめに、ステータスがある。名前、性別、年齢はもちろん、レベルや経験値、スキルなどもステータスに表記されている。



《名前》 ナオ  Lv.1(27/100)

《職業》 少年

《スキル》 なし

《魔法》 下級生活魔法全般

《体力》 Lv.1(32/100)  《俊敏性》 Lv.1(21/100)  《攻撃力》 Lv.2(63/150)  《防御力》 Lv.1(65/100)  《投擲力》 Lv.1(89/100)  《運》 Lv.1(78/100)



 また、魔法が使えるのも《アナザーワールド》と同じだ。上級魔法を使えるのは王族や貴族などのやんごとなき立場の人間だと両親に言われたが、別に魔法を使わずともスキルと武器をうまく活用すれば魔法よりも高い攻撃ができることは知っている。

 だが、剣と魔法、そしてスキルのあるこの世界に転生したのだから、上手く取り込みたいと思っている。なにより、受験勉強による時間制限が撤廃されたために、もっと自分を鍛えるための時間が増えた。自己能力を高めるには最高の環境だ。


 だから今は、親が冒険者であること、周囲に高密度の魔素が漂っていることという恵まれた環境の中でただひたすらに自分を鍛え上げる。この世界でも生きていけるように。と、


「ナオ〜っ!」

「レナ。どうしたんだ、こんなところまで」


 一人の少女がバスケットを片手にタタタッと走り寄ってきた。レナはココリス村の村長の娘で、金髪に碧色の瞳を持っている。俺の黒髪黒目とはかけ離れているな……。

 彼女は息を弾ませながら、持っているバスケットを差し出した。


「お母さんとおばさんが、一緒にお昼食べればって。どうせ午後も働くのでしょう?」

「おー、サンキュ。美味しそう」

「そっ、そうかな? んふふ、そうよねっ」

「? じゃあいただくよ」


 俺はレナの態度に首を傾げつつ、持ってきてくれたバスケットの中から大振りなサンドイッチを手に取る。午前中に働いた体によくしみた。


「っていうか、おばさんが言ってたよ。ナオは変わってるって」

「そうかな? 普通の八歳のこどもだと思うけど」

「アレンを見てみなさいよ。アイツは私達と同じ八歳だけど、ナオとは大違いじゃない。いっつも大声上げて走り回っているわ」

「人には個人差があるんだよ。ごちそうさま、美味しかった」

「…………そう。よかったわ」


 むくーっと膨れているレナに感謝を示し、軽く発生させた水で手を洗い、斧を手に取った。

 レナが慌てたように言う。


「ちょっ、もう少し休んだら? 脇腹痛くなるよ」

「もう少しで冬なんだし、一分一秒でも時間が惜しいんだ。レナはここで待ってる?」

「あ、うん。そうする」


 鉄でできた斧を握り、振る。木に触れる瞬間、込める力を大きくして。


「ナオったらほんと手際がいいわよね。魔法を使っているの?」

「いや? 何も使ってないよ。ただ力の込め方を工夫しているだけ」

「ふぅーん……」


 俺の言葉に神妙な表情で頷くレナ。予め切っておいた丸太を半分に、そして更に半分にしていく。そうして小さくなった木を半分に切って、一箇所にまとめる。

 数時間後、山盛りになった丸太を背負子にのせ、村の集落まで運ぶ。レナが手伝うと言ってくれたが、丁重に辞した。彼女の綺麗な手を汚したくなかったからだ。


「むー……そんなに私役立たずかなぁ?」

「そういうわけじゃないけど。レナの手は本当に細くて綺麗だから」

「…………ナオがそう言うなんて。天災の前兆かしら」

「何でそんなこと言うんだよ。素直じゃないなぁ」


 胡乱気にジトっと見つめてくるレナに俺は苦笑した。

 集落まで着くと、次々に住民の方が話しかけてくれる。前世でも似たような光景だったけど、俺は今の方が断然好きだな。


「ナオ、いつもありがとな」


 話しかけてきたのは、まだ若い、俺の両親とさほど変わらない年齢の男性だ。


「ルグスおじさん。ううん、仕事だから」

「はっは。こんないい息子を持って、オルガ達は幸せだなぁ」


 ルグスおじさんはポンポンとと俺の頭を撫でた。おじさんはレナの父親でもあり、この村の村長をしている。


「そういうアンタは、別嬪な娘を持っていいじゃないか」

「…………母さん」


 気が付かなかった。

 音もなく背後に立っていたのは、俺の母親、ダリアだ。


「ナオ、家に帰るぞ。オルガが待ってる」

「あっ、ちょっと待って。この薪をみんなに配んないと」


 慌てて背負子を降ろし、わらわらと集まってきた他の住民に配っていく。自分たちを除いた最後の一本を配り終えて、ずっと待っていてくれた母さんのところに走り寄った。


「おまたせ」

「大丈夫だ。行こう」


 少し歩くと、約八年間住んできた家が見えてくる。木製のごくありふれた家だ。

 両親は結婚する前は王都で二人共二つ名をつけられるほど有名な冒険者だったらしい。お金はあるらしいのだが、どうしてこんな辺境にまで来たのかはわからない。


 ただ単に田舎での暮らしに憧れていたのか、それともここまで来なければならない理由があったのか。まぁ、詮索しても詮無いことだとは知っている。


「ただいま、父さん」

「おかえり、ダリア、ナオ」


 俺の父さん――オルガは柔和な笑みを浮かべた。これで冒険者とか人が良すぎるだろ。絶対ナイフ持って魔獣を狩ってなんかいないって。

 包丁を片手に鳥の肉を解体している父さんを見ながら俺は思った。

 夕食ができるまでソファに座って寛ぐ。


「今日は豪華にしようと思って」

「………?」


 今日は何かの記念日だったっけ? 俺は首を傾げて思案する。

 そうして何も思いつかないままでいると、コンコンとノックが。こんな夜更けにどうしたのだろうと思いつつ両親に代わって「はーい」と出る。


「ナオ、九歳の誕生日おめでと〜っ!」

「うわっ!?」


 だがドアを開けた途端、降り掛かってきたのは魔法で出来た王都で流行りつつあるクラッカーを模した紙吹雪だった。レナのはしゃいだ声とともに零距離で喰らったそれは、俺に多大な衝撃を与えた。


「急に何するんだよ!?」

「びっくりした? えへへ、大成功」

「大失敗だわ!」

「むー、せっかく女友だちがわざわざ誕生日を祝いに来てあげたんだから、少しは喜んだらどうかしら?」


 誕生日……。

 そうだ、今日は俺の誕生日なんだっけ。前世と違かったから忘れてた……。

 とりあえず俺はクラっとする頭を抱えてレナに向き直る。


「こんな状況で喜べるやつは生粋のマッドサイエンティストだけだよ……とりあえず入れよ。風邪引くだろ」

「おっ優しい。お邪魔します」


 レナは両親の前で器用に挨拶をすると手にぶら下げていたバスケットを差し出す。


「今晩はパーティに招待してくださりありがとうございます。お祝いの品とはなんですが、ささやかなプレゼントを準備させてもらいました。喜んでもらえると嬉しいです」

「あぁ、ありがとうなレナ。ナオも喜ぶよ」


 ガサリと本日の主役に贈られるはずだったものを真っ先に漁る母親。

 そうして中身をしっかりとチェックし――


「あっはっは!」

「!?」


 どっと爆笑した。


「いやー、これは面白い。ナオに合うと思う」

「実物すら見てないんだけど……」

「終わったら部屋に置いておくさ。それまで見せませんー」


 ピクッと、俺の口端が引き攣る。母さんはいつもこんな感じだ。いつもクールなくせして妙なところでお転婆と言うか、軽くゴーイングマイウェイというか。


「まぁまぁ、せっかくレナさんも来てくれたんだし、パーティーって言うほどじゃないけど夕食にしようか。丁度夕食も出来上がったし」

「父さん……!」


 た、助かった……。今まで生きてきてあれだけど、母さんの相手すると妙に疲れるんだよな。


「……そうだ、レナは大きくなったら王都に行くのか?」

「? あぁ……別にまだ考えてないかな。基本はここで一生を過ごすつもりだけど、森には夜魔獣が出やすいから、自分が守れるぐらいになるまで王都で鍛えてからここに戻ってこようかなって」

「レナは偉いな、ちゃんと将来を考えていて。ナオも早く考えるんだぞ」

「いやそれ九歳児に言う言葉じゃない……」


 俺は母さんの言葉にげんなりした。普通であれば将来などまだ考えなくてもいい年齢だ。だが俺の生きた世界とこの世界は違う。生き延びるためには否応なしに考えなければならない。


 ……それでもまだ、今はこの平和にいたいから。

 俺はほのかに微笑んだ。





  ――――――――――




「お邪魔しました」

「じゃあ、俺送ってくから」

「お願いね。しっかりとレナを守るんだよ」

「分かってる」


 夕食が終わった後、俺はレナを見送るために冷たい風が吹く夜空の下に出た。

 ここは村の中心部から離れているため明かりは月光のみだ。

 俺は片手に斧を持ち、レナと並んで歩き始めた。


「寒くないか? そんな薄着で」

「え? まぁ……でも大丈夫よ。これくらいここじゃ普通だから」


 言いかけて、くしゅん、と小さくくしゃみをしたレナを見て、俺は着ていた外套を羽織らせる。


「風邪引くぞ」

「……別に平気だって言ったのに。……でも、ありがとう」


 レナの素直さにホッとし、そのまま夜道を急ぐ。出来る限りの危険は排除しておきたい。


「………ところで、ずっと思ってたんだけど」


 森に入り、少し経った頃にレナが言った。


「その斧、意味あるの?」

「ん? 意味あるさ。これは何かあった時用の――」


 ものだから。

 言いかけて、俺ははたと口を塞いだ。レナも胡乱げに俺を見つめて足を止める。


「ねぇ、どうしたの?」

「シッ」


 話しかけてきたレナに静かにするようジェスチャーで促すと、ピクリとレナも動きを止める。

 直後、ズシン……という足音が聞こえ、俺たちは反射的に音の方向を向いた。


 ――そして、と目が合った。

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