世界最強の1から始めるアナザーワールド攻略法

ニッコウキスゲ

プロローグ 世界最強者

《アナザーワールド》、という大人気MMORPGがある。

 自身がプレイヤーとして、複数のプレイヤーと魔獣を狩るのはもちろん、定期的に行われる全世界のプレイヤーを巻き込んだ世界順位争奪ワールドランク戦などもあり、年々人気は上昇している。

 そんな世界的ゲームの、世界順位争奪ワールドランク戦の最新順位が更新された翌日。


「だーくそ、また直人ナオの独走かよー。これで何回目だ? 首位独走すんの」

「毎月に行われてそこから一ヶ月は順位変わらないから、それほどまでじゃないけど……十回ぐらい?」

「ほぼ一年間じゃねぇかよ……少しは譲れよな。っていうか、俺らもう大学受験だろ? ゲームにかまけて勉強疎かにしてねぇよな、一位野郎?」

「うん、勉強はしてるよ。週末にちょこっとプレイしてるだけだし」


 とある高校の昼休み、とある教室の一角で、そんな会話が繰り広げられていた。

 ナオは分厚い赤本を開きながら友人の問に答えていた。


「はぁ!? じゃあなんでそんなに一位をキープできるんだよ? それって最早チートじゃん! 訴えてやる」

「なんで訴えるんだよ」

「嫌なら攻略方法を教えるんだな」


 友人の言葉に、ナオがパチリと瞬きをした。その顔は驚きに満ちている。


「え、別にいいけど。何も特別なことしてないよ?」

「そんなわけないだろ」

「魔物を単独ソロで倒しまくればいいだろ。獲得した経験値とかを他の人に分配するとかないんだから。効率よくこなしていけば経験値1000pは余裕で貯まると思うけど」

「それが出来たらねぇ、俺らはこんなに悩むことはないんですよ。そもそも俺らが出来るクエストとかって限られているし、いいものから先に取られていくし」

「別にクエストをこなさなくても経験値は貯まるぞ?」


 《アナザーワールド》は『ギルド』で受注したクエストをこなし、経験値や金を稼いでレベルを上げていくという形のMMORPGである。


 だがわざわざやらずとも、個人で開放しているエリアで魔物を狩っていけばおのずと経験値は貯まっていく。こっちのほうが『パーティー』を組んでやるより効率がとてもよいのだ。ナオはその方法を導入しているが、ほとんどの人はこれをやらない。ハイリスクだからだ。ゲットした時の経験値やらと失敗した時の失うリスクがともに大きすぎ、天秤にかけて後者を懸念し諦めている。そもそも前者を知らない人間のほうが圧倒的に多いのだが。


「ギルドで受けれるクエストは、獲得する経験値が多い分、組んだパーティーの人全員に分配されるから逆に効率が悪いんだ。単独ソロのほうがレベル上げに丁度いい。たまに臨時で組むことはあるけど、俺は基本一人だよ」

「それは実力のある人間が言えんだよ……っていうかお前武器は何使ってんの?」

「え? 普通の武器だけど。1800コインで買えるやつ」

「はぁ? そんなん素人ビギナーが使えるやつじゃねぇか。もっと高いの買えよ一位野郎」


 友人が食って掛かる。どうして自分は頑張って貯めたコインで買った上級武器を使っているのに、こんな安物の武器を扱う奴に負けるのか。

 ……本物の天才とは、こういうことを言うのだなと、友人は思った。


「いい? ヒロ。適材適所って知ってる?」

「俺たち高校三年生だぞ知らない人はいねぇだろ」

「武器やスキルにもそれは通用する話なんだ。短剣とか長剣とかは近接戦闘に向いてるし、弓矢や魔法、スキルは遠距離攻撃や支援に使える。各々のいいところを活かせば、安物だって神の武器に成り得るんだ。そうすれば、大抵の敵は倒せる」

「……はっ? じゃああのライル山脈に住んでいる黒竜だって倒せるのか? 経験値の塊のあれを?」

「うん。倒せるけど」


 さらっと出たその言葉に友人は絶句した。


「おい明日土曜だし予定ないか?」

「え? うんないけど――」

「うっし、じゃあ今日俺んち泊まっていいから一から教えろ、一位野郎」

「……えぇー、分かったよ。だけど着替えとか持っていくから一旦家に帰るよ?」

「よし、決まりだな。放課後待ってるぜ!」

「はいはい。はあ、最後の追い込みしたかったんだけどなぁ……まぁ、いいか」


 怒涛の勢いで約束を決めた友人にナオは軽く苦笑すると、雪をたっぷりと蓄えたどんよりとした雲を見て、軽くため息をついた。


 ちらちらと雪が降り始め、世界を白銀に染めていく。

 今まで生きてきた人生で、後悔はなかったと思う。

 小学校、中学校、高校と約十八年間生きてきて大きな過ちを犯したことはないし、正しい選択をしてきたと思う。

 だけど、なんだろう、この得も言えぬ消失感は。徒労感は。

 失ったことなど一つもないのに、心の中に穴がぽっかりと空いていて、何かで満たされていないような感じ。


 ………受験を直前に控えているからストレスの一つや二つあったっていいだろう。

 今は余計な感情に左右されている場合ではないのだ。今日明日遊んだら最終チェックをしなければ。


 ナオはゆるりと頭を振って帰路を急いだ。





  ――――――――――




 ……頭がクラクラする。

 視界が黒ばんでいて、あまり、よく見えない。

 意識が朦朧とする。体が強力な電流に当てられたように動かず、時々ピクピクと痙攣する。

 冬だからか、全身が異様に寒い。

 横になっているのならば立ち上がらなければ。雪の中で眠れば低体温症で死ぬとかなんとか。


「…………だから、オレはぶつける気なかったんだよ! 気がついたらコイツがいて――」

「…………それよりも救急車を呼ばないと! 君、大丈夫――」


 ……うるさいなぁ。

 ヒロが待ってる。早く行ってゲームのコツを教えなければならないのに、体が言うことを聞いてくれない。


 ………………眠い。

 いっそ寝てしまおうか? 本能のあるがままにいけば、この寒さも煩さも感じなくて済むのだろうか。


 ナオは暗い暗い意識の海に沈むのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る