第49話 地獄からの使者
キラさんは自信満々に余裕ムーブを放ち、部屋の真ん中に立った。その後、不安そうに入り口付近で立ち尽くしている新人の僕に、早くこっちに来て扉を閉めて! と言葉を出さずに手の動作で僕に伝えてきた。
グルルルル……
悪魔のようなうめき声が部屋の隅から放たれる……
キラさんはゆっくりと目線をそちらに移し、西部劇に出てくるガンマンの様に、落ち着いた態度だがいつでも引き金を弾けるようにピリついたオーラを放っている。目の前の悪魔も彼のオーラ……いや、殺気に気付いたのかゆっくりと立ち上がり、いつでも彼の喉元を食らいつけるんだぞと、言わんばかりに殺気のようなものを放っている。
一触即発とはこのことを言うんだろう……
繊細でピリついた空気が、研究室中にはびこりはじめた。ちょっとでも刺激を与えたら直ぐに崩壊しそうだ。
しかし、この空気は直ぐに壊れることになった。
ガンマンがいきなり後ろに背を向け始めたのだ! 獲物を前にして! しかも、そいつは自分のことを食う気満々なのに! 熊を目の前にして背を向ける猟師がいるだろうか? いいやいない!
もちろんこのチャンスを獣が逃すわけがなく、狼とトカゲが入り混じったようなゼノが、キラさんの背中を目掛けて襲い掛かった。
だが、獣の鋭い牙が彼の背中に届くことは無かった。その前に捕縛されたからだ。いったい何が起こったのか? いきなり空中で身動きが止まり、その場で止まっている! 僕にはわからなかった。
「はい、終了。トラップ成功。トガ君、サイトウさんを呼んできてもう大丈夫だから!」
「凄いですね……いったい何をしたんですか? 後ろを向いた時は頭がおかしくなったのかと……」
「おいおい……君は上司を何だと思っているんだよ。そういえば、トガ君にはまだ見せてなかったっけ? 私のこの能力を……」
そう言うとキラさんは、手からピアノ線のような糸を出した。それはミシン糸より細く、かなり丈夫そうだった。ハリガネムシみたいにくねくね動かせるようで、ちょっと気持ち悪かったが……
「これが私の能力! 名付けて
まずい! キラさんが自分の世界を構築し始めている。
「さ、サイトウさん呼んできますね……」
「うん! お願いね。あとネバネバした糸とか出せたら、スパイダーマンになれたのに……」
ついさっきまでのカッコいいキラさんの姿は何処にもいなかった。
ただ、空想に耽ってニヤニヤしているオタクが突っ立ていた。
「いやぁありがとうございます。流石ですね!」
サイトウさんは胡麻をする感じでキラさんにお礼を伝えている。本人もまんざらでもない様子だ。最初は早く帰りたくて、イヤイヤ仕事していたのに……
捕獲されたゼノは専用の檻に入れられ、特殊な麻酔を打つとさっきまでの暴れっぷりは一瞬で静まり、大人しくなった。離れたところから見ているとまるで、赤ん坊の様に感じた。見た目はあれだが……
「こうして見ると可愛らしいですよねぇ~」
麻酔を打った研究委員が、僕の顔を見ながら言ってきた。
危ない危ない……この人達と同じ領域に入ってしまうところだった。
「いやぁホント、キラさんが居てくれて助かりますよ! ハイノメさんだとこうはいかないので……」
「アハハ、彼女だとだいたい焼き殺しちゃいますからね。でも、彼女は最近対象を傷つけずに捕獲する術を編み出したので、今後はきれいな状態でサンプルも回収できると思いますよ」
「そうなのですね! それは助かります。」
「ええ、彼女結構頑張っていたんですよ。能力のコントロール 」
「そうなのですか。意外ですね彼女そんな努力家だったとは……」
まさかこんなに話題にされているとは思ってないだろうなハイノメ……
時計を見るともう終電の帰宅ダッシュが始まる時間帯だった。まあ、電車はまだ走れる状態じゃないのだが……
研究所での依頼を終えた僕たちは、支部の廊下をトボトボ歩いていた。隣のキラさんの表情は心なしかなんだか少し悲しそうだった。
「結局、こんな時間になっちゃたね……」
「あ、やっぱり嫌だったんですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます